7、少しずつ前に
夏期講習の後半が始まった。
その初日、香緒里は秀人、雪音、翔太、沙世、真と寮へと帰っていた。
6人で、というのは久しぶりである。
「そういえばさ、亮の留学で思ったんだけど、秀人は留学しようとは思わないの?」
「んー、思わないな。俺の将来やりたいこと的には海外行かなくても問題ないし。海外で生活してみたいか、という話だと、俺は元々アメリカにもいたことあるしな。」
沙世に聞かれた秀人はそう話す。
行ける能力も環境もあるが行かないのが秀人だ。
確かに警察官になるのに海外に行く必要もないだろう。
「留学………あいつも、亮みたいなやつだったら母さんの未来も違ったのかもしれねぇな……。」
ふと、真が呟く。
あいつ、とは真の亡くなった実父・隆弘のことであることは香緒里たちにはすぐわかった。
その表情には若干の陰りがある。
真の家族関係のゴタゴタがあってから一年以上が経った。
段々気持ちに整理をつけて落ち着いてきてはいるものの、未だに思い出すことはあるらしい。
「……変な話ではあるんだけどさ、でもあの人が亮みたいだったら、恵さんは出会わなかったし、私はきっと生まれて来なかったよね……。」
香緒里がそう言うと、真は香緒里の方を見た。
隆弘が真の母の麻衣だけを愛し、結婚を約束して別れずに留学にもし行っていたら。
香緒里の母である恵と関係を持つことはなかっただろう。
「真は俺らどころか沙世にすら会わなかったかもしれないし、俺らも仲良くなってなかったかもしれない。皮肉な話だけどな。」
秀人は少し遠くを見ながら言う。
二人の言葉を聞き、真は少し黙る。
その真の手を沙世はそっと握った。
それを握り返した後、また口を開く。
「あいつがその選択をしたから、今がある……確かに、皮肉な話だな。」
「色々……本当に色々あったけど、でも今幸せだからいいのかなって最近思うんだ。」
「まぁ……そうだな。」
辛いことがたくさんあったからこそ、今のこの幸せが大事で特別に感じるのかもしれない。
隣にいる沙世を見て、視線が合うとにっこり笑いかけられる。
また少し、胸につかえた物が柔らかくなったように感じた。
「そういえば、恵さんで思い出したんだけど。もしかしたらお父さんと恵さん、付き合ってるのかも……。」
「え!!??」
「え、義之さんと恵さんが!?」
沙世と雪音は驚いて声を上げた。
さすがの秀人も驚いたように香緒里を見た。
「私の勘、なんだけどねぇ。付き合ってなくても、お互い好きなのかなって気がして。何となくなんだけど……。」
自分に向けられる好意には鈍いのに、他人の視線や好意には敏感な香緒里が言うのだから、8割方予想は当たっているだろうと秀人は思う。
「香緒里的にはいいわけ……?」
「うーん、まぁ、複雑なところではあるけど………。恵さん……責任感じて、結婚もしないし恋人も作らないって言ってたんだよね。でも、私は今幸せだし、そこまでしなくてもいいのにな、とは思ってて。」
香緒里を捨ててしまったことを酷く後悔している。
でも、それにはそうならざるを得なかった事情があったことも香緒里には分かっているし、今はもう憎む気持ちもない。
「私、恵さんのこと、好きなんだよね。まだお母さんって、呼べてないんだけど、もしお父さんと結婚したら、呼べるようになるのかな……なんて。」
ちょっと恥ずかしそうに笑う香緒里を5人は優しく見る。
養母との関係に苦しみ、愛されていない捨て子だと知り傷付き、悩んでいた香緒里が「今幸せ」と言えていることが嬉しかった。
血縁的には母娘である恵と香緒里だが、戸籍的には繋がりはない。
もし、義之と恵が結婚すれば、名実共に親子になる。
「まぁ、まだ不確かだから、二人から話があるまでは何も聞かないつもりなんだけどね。」
「じゃあもし、ほんとに結婚するってなったら、式挙げてもらわないとね!出たい!」
「恵さん、香緒里と似て美人だから、ドレス似合うんだろうなー。」
香緒里の腕を沙世と雪音は取り、話す。
真も香緒里も少しずつ少しずつ、前に進んでいる。
暗い表情をすることもかなり減っている。
それが分かるから、皆嬉しいのだ。
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夜、談話室から部屋に戻ってきてからの少しの時間、沙世と由美は香緒里と美愛の部屋に来ていた。
「ねーえ、美愛はさー悠と結婚するのー?」
香緒里のベッドに腰掛け、足をぶらぶらさせながら沙世は美愛に聞く。
髪をブラシで梳かしていた美愛はその質問にちょっと固まる。
「…急にどないしたん?」
「ほら、こないだ亮が奈津にプロポーズしたでしょ??みんなどうするのかなーって思って。」
「そういう沙世はどうなん?」
「そりゃあ、そのつもりではいるけど。真のことしっかり幸せにしてあげたい。」
「男前…………。」
キリッと真面目な顔をして沙世は言う。
実際そのつもりでいるのだろうということは二人の関係を見れば分かる。
「で?」
「……考えたことなかったなぁ。もちろん別れるつもりはあれへんし、ずっと一緒にいるんかなとは思うとったけど……。でも、鮎川やろ?」
美愛の言わんとしていることはわかる。
跡継ぎは亮とはいえ、悠や圭も恐らくグループ内で働くし、社長の息子、後々は社長の弟という肩書きは消えない。
「陸さんたちはそこまで気にしないとは思うけどね。」
「まぁ、そうかもしれへんけど……。付き合うてることも知っとるし、こないだ会った時には『悠のことよろしく』言われてもうたけど。」
香緒里に言われた美愛は先日会った時のことを思い出す。
「……うちの過去の話とか、影響あったら嫌やなぁ、とかも思う。」
美愛の過去のいじめの話は香緒里たちも聞いている。
「悠は、その辺もしっかり考えてくれると思うけど。」
「意外と考えてるよねー特に美愛のことに関しては。」
「まぁ……そか。」
少し表情が陰った美愛に香緒里と沙世はそう声を掛けると、ちょっと微笑む。
勉強は出来ないが、そういう面では抜かりない男であろうと香緒里たちは思っている。
美愛がどれだけ気付いているかはわからないが、悠はかなり美愛を見ているし、大事にしている。
から、心配はいらないだろう。
「ところで、由美は恋愛に興味ないの?」
「え、私!?」
次に沙世は由美に振る。
「興味ない、わけじゃないけど、今は特にないかなぁ。」
「そうなの?なおちゃんとか圭はどう?」
ぐいぐい質問する沙世に、うーんと由美は首を傾げる。
「直樹くんはどちらかというと弟みたいなところはあるからなぁ………部活でもそうなんだけど、面倒見てあげなきゃ、みたいな。」
「まぁ確かに弟キャラ感は強いよな………どうですお姉ちゃん?」
「せやからうちは直樹の姉ではないんやけどな?」
「圭くんは、優しいしかっこいいとは思うけど、私じゃ釣り合わないだろうからなぁ。」
「そんなことはないんじゃない?」
「圭くんならもっとかわいい子選ぶでしょ。」
圭、前途多難だな………と香緒里は心の中で呟いた。
多分1ミリも好意は伝わっていなさそうである。
「仲良いように見えるけどねぇ。」
「友達ではあるからね。」
由美は圭のスペックを見ていない。
中身でいい人、優しい人と評価している。
圭にはきっとそういう人がいいのだろう、ということまではわかる。
が、由美にその気がさっぱりないのか……もしかしたから、その可能性を最初からないもののとして考えているのか。
まだ意識はされていないように見える。
特に香緒里から何かするわけではないが、圭の恋が今度こそ上手くいけばいいのにな、と願ってはいるのだ。




