3、インターハイ
インターハイ2日目。
秀人たちは井口の運転するマイクロバスで会場へと向かった。
会場へ着くと人のざわめきと共に、独特な緊張感が漂っていた。
観客であろう人達に混じり、道着姿の選手もチラホラと見掛ける。
「……ねぇ、やっぱり目立ってるよねぇ……?」
「いつものことながら、目立つからね。」
沙世は翔太にそう話しかける。
基本的に顔が整ったメンバーが多いので集団であるとなかなか目をひく。
当の本人たちは気にしていないが。
どこの高校の応援だろうと周りがざわついているのが聞こえる。
目立たない側である沙世たちもある意味慣れては来ているものの、若干視線の痛さはある。
アリーナの観客席に移動する。
会場には複数のコートがあり、秀人たちは香緒里の試合が行われるコートを事前に聞いていたため、そのコートが見やすい位置に席を取る。
まだ試合は始まっていなく、スタッフがあちこち動き回っていた。
「今は大丈夫なんだけど、試合始まったら静かにしてねー。」
「そっか、応援とかあんまりしないんだっけ。」
「選手の集中力が乱れるからな。」
元空手部の奈津と亮がそう説明する。
「秀人は香緒里の試合見た事あるんだっけ?」
「あぁ、小学生の頃な。俺自身も出てたから同じフロアから見てた感じだけど。」
真に聞かれ、秀人はそう答える。
香緒里を初めて見たのも空手の大会だった。
高校に入ってからは機会がなかなかなかったため、観戦に行くことはなかった。
「あー、なんか大会で優勝しまくってた、って前に小田先輩が言ってたな。」
「そしたら秀人のこと知ってる人も中にはいるんじゃない?」
「さすがに6年くらい前の話ではあるからな……確かに全国大会とか出たりはしたけど。」
翔太が思い出して言う。
雪音に聞かれた秀人は少し考える。
2歳上の元空手部副部長や空手部の顧問は秀人のことを知っていたので、可能性はなくはない。
元より秀人は目立つ見た目である。
覚えられていても不思議ではないだろう。
「同じ道場の人とかはもう全然どうしてるかわかんねーの?」
「そもそも殆ど交流してねーからな。あーでも香緒里が雑誌に載った後、連絡してきたやつはいたな。『吉崎香緒里と同じ中学だったよな?連絡先知らない?』って。」
今度は悠に聞かれ、秀人はそう言った。
「いるよなーそういうやつ。」
「会話続けんのも面倒だから、『知らない』ってだけ返した。」
「完全シャットアウトやな。彼氏ですー言えばよかったんに。」
「それだとやり取り続くことになるからな。香緒里のことあれこれ聞かれんのも嫌だし。」
ある意味通常運転だ。
雑誌や新聞に載ったことにより、空手界隈では香緒里はちょっとした有名人になった。
無名校からインターハイに二度も出ているのだから当然と言えば当然、しかも容姿もいいので話題にはなる。
そんなことを話していると、試合が始まりだす。
香緒里の出番はもう少し後なので静かに見学をすることにした。
香緒里は控えスペースで他の試合を見ていた。
緊張が高まっていくのがわかり、一度深呼吸をする。
高校生活最後の大会だ。
負けたらそこで終わり。
去年はベスト8、せめてそこまでは行きたい。
部員も顧問の先生も、学校の先生たちも友人たちも応援してくれている。
今回は父と恵さんも来てくれている。
父が試合を見に来るなんてことは今まで片手で数える程しかなかった。
その父が、自分のために時間を作って来てくれている。
それだけで嬉しい。
秀人たちも受験勉強もあるのに応援に来てくれている。
それなのに初戦で負ける、なんてことは出来ない。
期待に応えたい。
手が少し震えているのが分かる。
大丈夫、落ち着いていつも通りに動ければ。
もう一度、今度は大きく深呼吸をする。
『女子個人組手、1回戦。〇〇県緑ヶ丘高校、吉崎香緒里選手、3番コートまでお越しください。』
アナウンスが流れる。
一瞬、目を閉じた後立ち上がる。
先輩頑張ってください、と後ろから後輩たちに声を掛けられ静かに頷く。
前の試合が終わり、交代で香緒里はコートに入る。
相手は初めて対戦する選手。
癖や得意な技などはリサーチしてあり、頭には入っている。
選手の紹介が終わり、お互いに礼をする。
そして、開始の合図と共に一歩間合いを詰める。
ほぼ意識はしていない。
相手の動きを見てどうするかを瞬時に判断する。
「ヤメ!赤、有効!」
審判の制止が入る。
まずは1ポイント。
その後もポイントを取って取られてを繰り返しながら試合は進んでいく。
相手の技のテンポが早いため、それに崩されそうになる。
まだ、大丈夫。
落ち着いて。
自分に言い聞かせながら集中力を徐々に高めていく。
いける。
相手の一瞬の隙をついて、腹部---中段に蹴りを打ち込む。
「ヤメ!赤、技あり!」
寸止めのため、そこで一度制止が入る。
その後はもう香緒里のペースである。
間合いを詰め、テンポよく攻める。
そして、
「ヤメ!」
試合終了の声が響き、香緒里は動きを止める。
数秒後、
「赤、吉崎選手の勝ち!」
名前が告げられ、張り詰めていた息を吐き出す。
まず、一勝。
身体は動いてきた。
十字を切って礼をして、コートから出る。
「き、緊張した〜………。」
「沙世が緊張したってしゃーないやろ。」
「いや、そうなんだけどさぁ。ルールよく分からないなりに見てるんだけど、ちょっとドキドキで。」
観戦していた沙世たちも息を吐き出す。
「ちょっと固かったか?」
「初戦は大体緊張してるのかギリギリなことが意外と多い。」
「なるほどな。」
秀人がいつも香緒里の試合を見ている亮に聞くとそう返ってくる。
「でも悪くはないな。この調子でいけば次も恐らくいける。あとは対戦相手次第だな。」
そう、亮は評する。
その亮の予測通り、香緒里はそのまま2回戦、3回戦も突破。
準々決勝へと駒を進めた。
そして、準々決勝。
「青、吉崎選手の勝ち!」
危なげなく、突破した。
以前も戦ったことのある選手だったのもある。
去年のベスト8の結果を越えられることが出来たことに、まずは一息つく。
準決勝と決勝は明日になる。
少し周りを見回すと、負けて泣いている者、明日へ向けて気合いを入れる者など、勝者と敗者が入り乱れている。
去年香緒里はこの場で負けた。
泣きこそしなかったが、悔しかった。
でも、今日それを乗り越えることが出来た。
あとは進むだけだ。
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多分出口付近にいれば会えると思うよ、という奈津のアドバイスで秀人たちは会場から出たところにいた。
「あれ?秀人くんたち。」
香緒里が来るより先に、香緒里の養父の義之と実母の恵が来た。
「義之さん、恵さん。お久しぶりです。」
「久しぶりだね。来ているとは聞いていたけど、会えるとは。」
雪音たちも頭を下げ、挨拶をする。
「受験勉強は大丈夫?……って、秀人くんは心配ないだろうけど…。」
「いえ、それなりにはしてますよ。みんな、順調です。」
「そっか。忙しいのに見に来てくれてありがとう。えーと、そちらはもしかして鮎川くんたち……??」
義之は、奈津や亮たちに会うのは初めてである。
香緒里から話には聞いていたが。
それぞれ、挨拶をする。
「なんだかあちこち連れてってもらっているようで…………。というか鮎川グループは仕事でもお世話になってるんだが……。」
「今の俺は、ただの高校生なので。お気になさらず。」
高校生であり社長でもある亮に対してどう接すればいいよか悩んでいる様子の義之に、亮はそう言った。
そんな話をしていると、遠くから「奈津せんぱーい!」「亮せんぱーい!」と後輩たちが呼ぶ声が聞こえてきた。
緑ヶ丘の集団……と言っても15人もいないが、こちらへやって来る。
もちろん香緒里もいる。
奈津や亮が他の部員たちと話している中、香緒里は秀人たちの方へ抜けて来る。
少し話をした後、義之と恵の方を見る。
「お父さんと恵さんも、遠くまで来てくれてありがとう。」
「最後の大会くらい、しっかり見に行かないとな。と言いつつ予選は見に行けなくて申し訳なかったが………。」
「ううん、全然。来てくれて嬉しい。」
「ベスト4、とりあえず、おめでとう。」
「ありがとう。」
義之に労われて、嬉しそうに笑う。
「私まで呼んでもらっちゃって……ありがとう。」
「こちらこそ。恵さんにも、ちゃんと見てもらいたかったから……。」
こう並ぶと、やっぱり似てるよなと沙世は二人を見て思う。
親子なのだから似ていて当然と言えば当然なのだが、醸し出す雰囲気も似ている。
顧問の先生から、そろそろ行くぞ、と声が掛かり、部員たちはぞろぞろとバスの方へ向かい出す。
香緒里もついていかなければならないが、最後に秀人の前に立つ。
「秀人、手、貸してくれる…??」
言われた秀人は両手を差し出す。
香緒里はその手をギュッと握り、少し下を向いて数秒目を瞑る。
秀人はそれを優しい表情で見守る。
その後に、手を離すと秀人の顔を見て少し表情を緩める。
「ありがとう。………夜、少し電話してもいい?」
「もちろん。」
「じゃあ、また後で。」
雪音たちにも、「またね、ありがとう。」と声を掛けて香緒里はバスへ向かった。
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夜、トイレを終えた翔太は皆が勉強している部屋に戻った。
「おかえり。」
「あれ?秀人は?」
「香緒里と電話にしに行ったわよ。」
声を掛けて来た雪音に聞くとそう返ってきた。
どこか静かなところへ移動したのだろう。
この部屋は勉強をしていると言いつつも騒がしいので。
今は秀人の代わりに圭が悠や美愛たちに勉強を教えている。
「今日、初めて香緒里の試合見たけど……すごかったね。なんか、いつも見てる香緒里とは全然違うっていうか。」
「普段の雰囲気はもっと柔らかいもんね。」
雪音は思い返して話す。
空手をしている香緒里は見たとこはあった。
でもそれと試合をしている時はまた違って凛々しい。
「本当に、3年間頑張ってたから……悔いなく終われるといいな。」
「そうだね。」
「亮には感謝しなくちゃ。直接応援出来るなんて、思ってもみなかったもの。」
その亮は、こちらでの仕事をこなす為に今は外に出ている。
相変わらずこちらも忙しい。
怪我なく、香緒里にとっていい思い出になるといいな、と雪音は静かに願うのだった。
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翌日、準決勝が行われた。
関西の強豪校の選手で、やや苦戦はしたものの、無事に勝つことが出来た。
代わりに、昨日からの疲れで身体が少し重い。
決勝までの間、控えのスペースで少しだけ休む。
去年のインターハイ後、『来年は優勝する。』と自分の中で目標を掲げた。
その為に努力もした、練習をたくさんした、有名選手の研究もした。
そして、ついにあと1つ、というところまで来れた。
多分、これが人生最後の試合になるだろう。
勝っても負けても、最後。
試合も練習も好きだった。
この背筋が伸びるような緊張感が妙に心地良い。
疲れはある、足も重い。
けれど昨日のようなプレッシャーは、ない。
3年間……いや、ブランクを除けば小学生の頃からずっと、積み上げてきたものを全部出すだけだから。
不思議と精神は研ぎ澄まされていった。
「決勝の相手……やっぱりすごい選手なの?」
「まぁ、全国大会常連の人ではあるねぇ。」
沙世に聞かれた奈津はそう答える。
それに、と亮が付け加える。
「春にあった全国選抜で吉崎が負けた相手だ。」
「え……そうなの?」
「でも、きっと大丈夫。インターハイに出るってなって、今まで全国に出て戦った選手、特に負けた選手の分析は徹底的にして、自分の弱点を潰してたから。」
奈津と亮はその分析に付き合っていた。
3年間一緒にやってきた仲間として、協力したかったのだ。
秀人は、アナウンスで呼ばれてコートに入る香緒里を見る。
見守ることしか出来ない。
けれど、最後までしっかり見届けたい。
コートに入ると、相手選手のピリリとした空気が伝わってくる。
手が震えているのは疲れか、緊張か、それとも武者震いか。
ゆっくり深呼吸をした後、礼をする。
「はじめ!」
審判の声と共に試合が始まった。
相手の突きが飛んでくる。
それを軽く避けて逆にこちらも返す。
今日は相手の動きがいやに鮮明に見える。
さっきまであんなに重かった身体も軽く感じる。
リズムよく、攻撃を畳み掛ける。
「昨日より、動きよくないか?」
「いや、むしろ………俺が見てきた中、3年間で一番動きにキレがある。」
秀人と亮が観客席で小声で話していると、「ヤメ!」と声が響く。
「赤、有効!…はじめ!」
香緒里にまず1ポイント入る。
相手選手も負けじとポイントを取ろうとする。
気持ちは焦っていない。
短く息を吸って更に攻め込む。
下段に蹴りを入れる。
相手の視線が少し下がった一瞬の隙をついて、右脚を蹴り上げた。
「ヤメ!赤、一本!」
相手の頭の横でピタリと足を止めていた香緒里は審判の掛け声で下ろす。
一本は3ポイント。
かなり点差が開く。
焦る相手の攻撃も落ち着いて避け、そして。
「ヤメ!!」
試合終了の声に止まる。
終わってしまった。
「赤、吉崎選手の勝ち!」
拍手が起こる。
勝ったはずなのに実感があまり湧かない。
現実感がない。
コートを出て、部員たちの元へ行くとおめでとうと揉みくちゃにされる。
そっか、優勝したんだ。
その後あれよあれよという間に表彰式が始まった。
トロフィーと賞状を受け取り、写真も何枚も撮られる。
嬉しさはもちろんある。
達成感もある。
でもなぜかふわふわした気分だった。
香緒里先輩は優勝しても冷静ですねぇ、なんて後輩たちからも言われる。
表彰式の後、着替えるためにアリーナの外に出る。
「香緒里!」
と呼ばれて振り向くといつものみんながいる。
おめでとう、と口々に言われる。
秀人と目が合う。
その瞬間、感情が溢れて出て、涙がこぼれそうになる。
思わず駆け寄って抱き着いた。
秀人は少し驚いたような顔をした後、穏やかな笑みを浮かべ、抱き締め返した。
「おめでとう、頑張ったな。お疲れ様。」
「うん、ありがとう………。」
優勝して嬉しい気持ち、終わってしまって寂しい気持ち、ホッとした気持ち、様々な思いが胸のうちから溢れ、涙と共に流れていく。
落ち着くまでしばらくそうして秀人の腕の中にいた。
周りにいる雪音たちはそれを嬉しそうに眺める。
香緒里の3年間の空手部としての活動が、終わった。




