1、変わらない
インターハイまであと1週間を切った頃。
吉崎香緒里はいつもように部活を終え、新谷秀人と寮に向かっていた。
秀人が部活を引退した後も、香緒里の部活終わりに秀人は迎えに来てくれる。
迎えに来てくれること自体は香緒里自身は嬉しいのだが、負担になっているのではないかと思って聞いてみたことあるが、「俺がしたいだけだから。」と言って返されてしまった。
秀人には、他の男子生徒に絡まれるのではないかという心配と、香緒里に会いたい思いと色々あるが、香緒里にはどれだけ伝わっているかはわからない。
ともかく、貴重な二人きりの時間ではある。
「そういえばね、お父さんがインターハイ見に来てくれるんだって。」
「へぇ、そうなのか。」
「最後の大会だから、って頑張ってお休み取ってくれたみたい。」
嬉しそうにそう話す香緒里に、秀人も柔らかく笑う。
香緒里の養父の義之は基本的に激務のため、なかなか平日に休みを取ることは難しいらしい。
そもそも土日であっても忙しいようだが……。
最後の大会、しかも全国大会ということで何がなんでも見に行きたかったのだろう。
「あと、恵さんも来てくれるみたい。」
「恵さんが?」
「うん。まぁ、私から誘ったんだけど……。」
恵とは香緒里の実母である。
約1年半前に再会した後、徐々に交流を深めていった。
母娘と言うより、どちらかと言えば歳の離れた友達や姉妹のような関係になっているが、関係は以前に比べてかなり良好だ。
「仲良さそうで良かった。」
「こんな関係になるなんて私も思ってなかった。でも、やっぱり感覚としては似てるんだよね。親子ってこういうものなのかなぁ……。」
まだ「お母さん」とは呼べない。
今後も呼べるかはわからない。
だけれど、以前のような憎しみや怒りはもうないのだと以前香緒里は言っていた。
「まぁ、そういうところはあるかもな。俺も親父と感覚は似てる気もするし。
一緒に暮らしてると似てくる部分もあるだろうけどな。夫婦は似る、ってよく言うのと同じで。」
「あーなるほどねぇ。」
そんな話をしながら歩いていると、後ろから「秀人くん、香緒里ちゃん!」と声を掛けられる。
振り向くと上原奈津の弟である上原満がいた。
「満くん、久しぶりだね。」
「部活終わりか?」
「うん、今日は鍵当番だったからちょっと遅かったんだよね……。香緒里ちゃんも練習でしょ?」
「そうそう。」
奈津の弟で、一緒にスキー旅行に行ったこともあるため、それなりに交流はあるが、校内では学年も違うため、なかなか出会うことはなかった。
生徒会をしていた頃は、満は吹奏楽部なので吹部を訪れると出会えたが。
出会った頃に比べて身長も伸び、大人っぽくはなったものの、奈津に似てかわいい顔なのは変わらない。
「里華は元気?」
「日向さん?元気だよ、相変わらず。」
満は香緒里と同じ生徒会だった日向里華と同じクラスである。
「あの、二人から見て……奈津ねぇ、元気?」
満は少し遠慮がちにそう言う。
「奈津?元気、だと思うけど?」
「特に変わったところはないと思うぞ。」
満の質問の意図が分からず、顔を見合せた後香緒里と秀人は答える。
「そっか……なら、いいんだけど。」
「何かあったのか?」
「うーん……知らないなら、大丈夫。そのうち話に出ると思うし。ごめん、気にしないで。」
曖昧に満はそう言った。
奈津を揺らす何かはきっとあるのだろう。
けれど目を逸らした満を追求することはしなかった。
「変なこと言ってごめんね。じゃあ香緒里ちゃん、来週のインターハイ頑張ってね。」
「ありがとう。満くんもコンクール頑張ってね。」
手を振って満は先に寮へと戻って行った。
「なんだろうね?」
「わからん。けど、まぁそのうち話してくれるような口ぶりだったから、それまで待つしかないな。」
「だねぇ。」
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その『それまで』は意外と早くやって来た。
「香緒里のインハイももうすぐだねぇ。」
同日の夕食後、談話室で勉強をしている合間の休憩中に谷中沙世がそう呟く。
「応援行きたいけど、今回関西だもんねー。もう少し近ければよかったんだけど……。」
「秀人も行きたいんじゃない?」
安西雪音はそう言い、沙世は秀人に投げかける。
「行くつもりで調べてるけど?」
ちょうどスマホをいじっていた秀人はそう言う。
「え!聞いてないんだけど!私も行きたい!!!」
「いいけど……新幹線代大丈夫か?あと勉強。」
「うっ………そこは突かれると痛い……。夏期講習はない日だけど……。」
沙世は悩ましげな顔をする。
夏期講習の前半は7月末まであり、後半はお盆明けとなるため、インターハイのある8月上旬はない。
勉強に余裕がある秀人が見に行こうとするのは当然と言えば当然だな、と石川翔太は思う。
翔太とて、行けるなら行って応援したいところではある。
だが移動費と宿泊費を考えるとそれなりのお金になり、お小遣いで賄えるものではない。
秀人は貯金で行くのだろうが。
「ちょうど、そのあたりに関西方面で出張がある。同行するか?マイクロバスなら予算も抑えられる。うちのグループ所有の別荘もそっち方面にある。」
パソコンを叩いていた亮は顔を上げてそう言う。
「え、いいの!?」
「どっちにしろ、仕事の合間に試合は見に行くつもりだった。」
「あんたも抜け駆けするつもりやったんか。」
淡々と言う亮に渡辺美愛が突っ込む。
奈津も恐らく一緒に行く予定だったのだろう。
「じゃあみんな行くのでいいのかな??」
奈津が聞くと一同に返事した。
鮎川グループ、強い。と沙世は改めて思う。
「でもいいの……?受験の大事な時期なのにみんなして……。」
話の中心である香緒里は少し心配そうにそう言う。
「香緒里がずっと頑張ってきたの見てきたもの。最後くらいしっかり見たいわよ。」
「それに、全国大会見るなんて機会、なかなかねーもんな。」
雪音はにっこり笑って言い、鮎川悠もそう言う。
「あ、全員で行くなら向こうでの空き時間や夜はしっかり勉強するぞ。」
「ええぇ!!!そんな……!!」
「旅先でも勉強かよ……。」
「せっかく勉強から逃れられる思たのに……。」
秀人の発言に、今度は勉強苦手組が肩を落とす。
他の面々は元よりそのつもりだったので特に何も言わない。
むしろ旅先でも勉強を見てもらえるならありがたいと翔太は思う。
「ところで、亮が出張なんて珍しいね?部活引退して時間出来たから?」
今までは仕事と言えば寮内でパソコンで作業するかリモート会議をするか、もしくは休みの日に都内にある会社に行くかくらいだったはずだ。
香緒里が聞くとパソコンを叩いていた手を止める。
「あぁ、来年から留学することになったから、日本にいるうちにあれこれやっておかなきゃでな。」
そう、サラリと言った。
奈津、悠、鮎川圭以外、全員一瞬固まった。
一番最初に思考が動き出したのは秀人だった。
「聞いてねーけど?」
「今言ったからな。来年の春からアメリカに行く。仕事と留学で。まぁ、受験自体はこれからだが。」
「いやいやいやいや。そんな何でもないことみたいに報告しないでくれる!?」
さすがの翔太も動揺しながら突っ込む。
「あんた、知ってたんか?」
「まぁ、兄弟だからな。一応。」
「教えてくれてもよかったやろ。」
「こういうのは本人から言うべきだろと思って。」
美愛は隣に座る悠を恨みがましげな目で見て言う。
でも悠の言うことも最もなのでその後は何も言えない。
満くんが言っていたのはこの事だったのか、と香緒里は納得した。
亮の留学のことは悠と圭はもちろん、奈津も知っている様子だった。
満が知ってるくらいだから当然だろうが。
「なっちゃんはいいの……???」
「まぁ、仕方ないよねー仕事のことだし。」
須賀由美が聞くと、奈津はあっけらかんとした様子でそう言った。
長年一緒にいる信頼感からなのか、その表情から寂しさは読み取れなかった。
「えーリョウに会えなくなるのさみしー。」
「長期休みには戻ってくる。」
「じゃあその時遊んでー。」
渡辺直樹がそう言って絡むと亮は少し笑って返した。
「なっちゃんすごいなー私だったら絶対無理、真と遠距離なんて死んじゃう。」
同じ幼馴染みカップルである沙世が言うと、その彼氏である沢田真も、
「あー確かに俺も無理だな……。沙世がいないとか想像つかねぇ。」
と言った。
その言葉に沙世は赤くなり、その肩を叩く。
「すぐ!最近すぐそういうこと言う!」
「え、別におかしなことは言ってないだろ??」
「言ってないけど!!」
そう言って真にしがみつく。
通常営業ではある。
「仲良いねぇ。」
「そうねぇ。」
香緒里と雪音は生温かい目でその光景を見る。
悠と圭は亮と話す奈津の方へと視線を向ける。
その様子は特にいつもと変わったようには見えない。
見えないからこそ、二人は心配しているのだ。
夏真っ盛り。
今年の夏はまだまだこれからである。




