6、優しい
香緒里たちが駅のホームで電車を待っている時に、雪音たちは追い付いた。
「電車乗る前に追い付いて良かった。」
「早足で歩いたらなおちゃんへばるんだもん。」
「だってぇ、ボーリングもしたしヘロヘロなんだもん〜。」
5人が来たことにより、若干微妙にどんよりしていた空気が和らぐ。
「……何かあった?」
翔太は空気を察して少し遠慮がちに聞く。
答えられない圭に代わり、奈津が答える。
「んー……ちょっと会いたくない昔の同級生に会った、て感じかな。」
「そっか。」
それ以上は深く聞かない。
雰囲気の重さ的に今は聞かない方がいいだろうと思ったからだ。
特に圭の様子がいつもと違うのが明らかに分かる。
話す余裕もないようで、線路の向こうを眺めている。
「あ、沙世。沙世も帰ったら勉強するよ。」
「えぇぇぇほんとにするのー???」
「俺もしておこうかな……。」
「え、真も!?」
「一応受験生だからなー……。みんなより引退1ヶ月くらい遅くなるわけだし、出来る時にやらないと。」
なんだかんだ真も真面目である。
真がやるなら仕方ない……と沙世も諦める。
「俺も勉強しないと。行きたい大学行くためにはもっと数学の成績上げないとなー。」
「私もちゃんと勉強しなきゃ。」
翔太がそう呟くと隣にいた雪音も言う。
受験期はまだまだこれからである。
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くるみと遭遇してから数日。
圭はなるべくいつも通りに振る舞うように心掛けていた。
当日はどうにも繕えない程揺れてしまったが、一晩で落ち着きを取り戻せた、表面上は。
内心はまだ穏やかではない。
気持ちに整理をつけてふっ切れていると思ったのに、くるみに会っただけで崩れてしまった。
今も好きなわけではない。
けれどあの頃の自分に引き戻されてしまいそうで、怖い。
忘れたくて、変わったのに、また戻ってしまうのか。
傷付きたくなくて自分の心に蓋をして振舞っていたのに。
こういう時に部活があれば何も余計なことは考えず、サッカーに集中することが出来たのにな、と圭は思う。
今はそれも出来なく、かと言って勉強で誤魔化すことも圭には難しかった。
昼休み、飲み物を買いに自販機に行った帰り道。
「圭!久しぶり〜。」
別のクラスの女の子に話し掛けられる。
1、2年の頃によく一緒にいた子だ。
圭のことが好きでアタックをかけてきた子でもある。
「涼香ちゃん、久しぶりだね。」
「意外と校内でもゆっくり話せないもんねー。」
そう言ってこちらに寄ってきた。
「最近圭は上原さんとか男子とばっかいるんだもーん、話し掛けづらいじゃない??」
「あー、まぁ確かにそうかも。」
涼香は昔のように圭の腕に自分の腕を絡ませ、距離を縮めてくる。
「デートも全然してくれないし〜。好きな子でも出来たのー?」
「んーそういうわけではないけど……。」
「そーなの?今度遊ぼうよー。」
ねぇねぇ、と顔を寄せて少し甘えてくる。
昔はこの距離が当たり前だったなぁ、と頭の隅でぼんやり考える。
女の子複数人とこうして一緒にいたこともあった。
楽は楽だったな、と思う。
ある程度は楽しかった。
けど、多分どこか無理をしていた。
今も。
視界の端に由美と美愛が映る。
恐らく学食からの帰り道だろう。
美愛は気付いていないが由美とは目が合ってしまった。
すぐに逸らされることはなかったが、気遣わし気な視線を向けられ、圭の方が目を逸らしてしまう。
「ごめん。受験もあるし……しばらくはいいかな。」
そっと腕を振りほどき、そう言う。
涼香は少し残念そうな顔をするも、さして気にしてはいない様子だった。
「圭、やっぱりちょっと変わったよね。」
「そう、かな?」
「うん。なんというか、柔らかくなった?いや、前が怖かったということではなくてね。」
変わった……??
変わってるのか、俺は?
女の子との距離感も、付き合い方も割り切っていたあの頃と。
それは、くるみの言うように中学の頃に戻ったのか、それとも別の変化なのか。
もうわからなくなってしまった。
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夜、勉強会も兼ねていつものように皆と談話室に集まる。
その途中、圭はトイレに行き、そのまま談話室には何となく戻らずに多目的棟の外に出た。
まだ梅雨は明けていないが今夜は雨が降っていない。
多目的棟の入口から少し離れたところにあるベンチに腰掛けて、空を見る。
曇っていて星も見えない空はどんよりと暗かった。
みんなと話していても心の中のモヤモヤした思いは消えない。
どうしたらいいのか、誰に話したらいいのかもわからない。
兄たちにも話せない、奈津に話しても心配掛けてしまう、唯一他で事情を知っているのが香緒里だが、秀人の手前話を聞いてもらいづらくはある。
「あ、いた。」
突然聞き慣れた声が聞こえた。
多目的棟の入口の方を見ると、由美がいた。
「由美ちゃん……?何でここに……。」
「圭くん、なかなか戻って来ないから……外行ったのかなぁって思って。」
探しに来てくれたのか……と思うと、ちょっと嬉しくなる。
由美は圭の方へちょっと小走りに近寄って来る。
「隣、座っても大丈夫……??」
遠慮がちにそう聞いてきたので、頷く。
由美は圭の隣に少し間を空けて座った。
「雨降ってないけど、やっぱり晴れてはないねぇ。なんとなく、じめじめしてる。」
圭が外に来た理由を聞くわけではなく、他愛ない話を由美は始める。
「梅雨だからねー。」
「湿気多いと髪の毛跳ねやすくて困るんだよね……」
「あーそっか、由美ちゃん癖っ毛なんだっけ。」
「そう……。圭くんはサラサラだもんねぇ、羨ましい……。」
なんてことのない会話だけれど、モヤモヤしていた心が少し落ち着いてきたように思えた。
由美になら、話せるだろうか。
受け止めてもらえるだろうか。
由美の方を見ると目が合う。
「由美ちゃん……ちょっと、俺の話、聞いてくれたりする?」
「うん、分かった。」
頷いてくれた由美の反応を見て、圭はゆっくりと話し出す。
「この間ボーリングの帰りに会った子……元カノなんだ。中学の時に付き合ってた子。」
「くるみさん……だっけ。美愛ちゃんにちょっと似てる、って言ってた……。」
「うん、その人。……当時、本気で好きだったんだ。でも、くるみは5股していた。しかも、俺を好きになった理由が高スペックで自慢出来るから、というだけ。
本当は、亮狙いだったんだろうけどね。奈津がいるから……俺にしたんだと思う。」
亮の方が勉強も出来るし、鮎川グループの正式な跡継ぎだ。
当時通っていた中学は所謂お金持ちが通うタイプの学校だったので、今と違い圭たちが鮎川グループの子供だということは全校に知られていた。
「女の子を信じられなくなって。でも、それでも俺を好きになってくれる子はいっぱいいて。
それなら、特定の彼女を作らず、みんなと仲良くすればいいいんじゃないかって思ったんだ。」
そうして高校に入った頃、つまり由美が出会った頃の圭になった。
「でもさ……それって多分、逃げてただけなんだよね。傷付きたくなくて、怖くて、逃げた。
変わりたいって、思ってるのにね。結局俺のスペックで好きになってる子たちと遊んでた。変わっているようで、変わってなかった。」
圭はそう言いながら視線を下げる。
由美はその圭をじっと見つめた。
「美愛を好きになって、また本気で恋が出来るようになったと思ったんだけど、結局傷付きたくなくて、逃げた。
くるみと再会して、自分の変わらない部分、弱い部分、卑怯な部分が目に入った。割り切れてたと思ったのに、割り切れてない。
一番スペックに囚われてるのは、俺なのかもしれない……。」
ごめん、重い話で。と言った圭の言葉に由美は首を振る。
「圭くんは、優しすぎるんじゃないかなぁ。」
「え……???」
「だって、そんなに辛いことがあったのに、好きになってくれた子に冷たくしない、なんて優しくないと出来ないよ。」
「逃げてただけだよ。」
「ほんとに逃げてたら、対面しないと思うよ。私だったら、怖くて関われない。
もちろん、傷付きたくないっていう思いも本当だと思う。でも、女の子たちに、自分みたいに傷付いて欲しくなかったんでしょ?」
「それは…………。」
圭は瞳を揺らす。
そこまでは、考えていなかった。
無意識には考えていたのかもしれない。
傷付くのは自分だけでいい、とは思ってしまう。
「いつも人のことばかりで、傷付きたくないって思ってるのに、それ以上に人のことを傷付けたくないって思ってる圭くんのその気持ちは弱さじゃないと思う。優しさだと、私は思うなぁ。」
『優しいわね』と、くるみは圭に対して言った。
由美も圭を優しいと言ってくれる。
同じ言葉なのに全然違う。
由美に言われると、気持ちが温かくなる。
それは由美に言われているからなのか、言葉の意味合いによるものなのかはわからない。
「なんて、ごめんね。勝手に話して……。」
「いや……全然……。」
「でもね、圭くんは確かにかっこいいし、頭もいいし、運動神経もいいけど、それ以上に人のことをよく見ていて、どうしたらその人のためになるのか考えて動ける、優しい人だと私は思ってる。」
迷いなくきっぱり由美はそう言う。
中身を褒めるその真っ直ぐな言葉に、圭は耳を少し赤くした。
「由美ちゃんは、すごいなぁ。」
圭はそう言って少し笑った。
「そうやって真っ直ぐに気持ちを伝えられるところ、ちょっと悠に似てる。」
「そうかなぁ……??」
「……どっちの……いや、どの俺も、俺なのかなぁ。」
くるみと付き合ってた頃の恋に真剣な自分も、チャラくてナンパだった自分も、今の自分も。
「どの圭くんでも、圭くんは圭くんじゃない……??本質やいいところは変わらないよ。」
「そっか…………そうだよね。」
人間はそう簡単には変われない。
でも変われないなりに、少しずつ変化しているのかもしれない。
あの時のように、いつか本気で恋することも出来るのだろうか。
そう思って顔を上げると由美と目がまた合う。
つい、全て話してしまった。
弱いところも、かっこ悪いこの気持ちも全部。
穏やかに受け止めてくれる、由美にだからだろうか。
控えめに優しく微笑む由美につられて少し頬が緩む。
その隣はこんなにも居心地がいいと、気付いてしまった。
それと同時にずっともやもやしていた心が少しずつ晴れていくのもわかった。
「話、聞いてくれてありがとう。」
「ううん、そんな大したことはしてないよ。」
「でも由美ちゃんのおかげで少しすっきり出来た。」
「そっか…………それなら良かった。」
きっと、心配で見に来てくれたのだろう。
昼間の出来事を見ていても何も言わない。
過去の圭に戻りそうだったのを分かっていて、それでも何も聞かない。
由美こそ優しい人だと圭は思う。
みんなのところへ戻ろうか、と圭が言うと由美は立ち上がって頷いた。
「勉強、教えてくれる?」
「もちろん、俺で良ければ。」
そんな話をしながら、二人は多目的棟へと向かった。




