5、波風立たぬよう
夕飯に行くため、秀人は翔太と雪音と共に食堂に向かっていた。
香緒里は生徒会の仕事のため、後から合流する予定だ。
「秀人、ちょっといいか?」
その途中、町田に呼び止められる。
人通りも多いので、少し隅の方に寄る。
翔太と雪音がそのままいても、町田は特に何も言わなかった。
「どうした?」
「八代のことなんだけど……。」
八代の名前を出すと、秀人の纏う空気が変わる。
少し冷えた空気に若干たじろぎながらも町田は言葉を続ける。
「あいつ、本気だぞ。本気で吉崎のこと狙いにいってる。……お前らだから、大丈夫だとは思うけど、一応忠告しときたくて。」
「………やっぱり、そうだろうな。悪いな、気を使わせて。」
「いや……。八代は友達だけどさ、お前らとも友達ではあるし。それに……拗れて欲しくはないからさ、秀人と吉崎には。」
それはかつて好きだった人が幸せであって欲しいという願いでもあるし、友達として二人が仲良くして欲しいという思いもある。
どこまで秀人に伝わっているかはわからないが、町田の言葉に秀人は少し空気を和らげた。
町田は、じゃあな、と言って一足先に食堂へと向かった。
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「結局男バスってマネージャー入ったの?」
いつものように夕食後に談話室にいる時に、奈津が悠に聞いた。
「今年は入らなかった……というか、秀人が入れさせなかったんだよな。」
「え、そうなの?」
「希望者が多すぎるんだよ。その中から誰か一人選抜っていうのも面倒だからいっそ無しにした。」
悠に続いて秀人はそう言う。
「マネなら今3人いるしな。山瀬が引退したところであと2人いる。」
「山瀬と言えば、沙世、クラス一緒やろ?大丈夫なん?」
山瀬はかつて秀人にアタックを仕掛け、香緒里の悪評や噂を流した。
沙世はかなり嫌っていたはずだが、今回同じクラスになってしまった。
「絶っ対相容れないのわかってるからなるべく関わらないようにしてる……。」
「山瀬さんも私たちには寄らないようにしてる感じするものね。」
「あー確かに。秀人は部活で話すのか?」
「必要最低限な。そういう意味ではマネが3人いるから楽かもな。」
沙世は苦い顔をし、雪音もそう言う。
真が秀人に話を振るとそう答えた。
「男バス自体には部員結構入ったのか?」
「部員はまぁ結構入ったなぁ。大会の成績良かったのもあるんだろうけど。」
「今年の男バス、強いんでしょ?」
「まぁそうだな。俺と秀人は1年からスタメンしてるし、他のメンバーもかなりいいぞ。一輝も上手いんだよなー。」
「そりゃそうだろうな。小野は全中出場校出身だからな。」
大会が楽しみーと言っている悠に、亮は言う。
「は!?何それ知らねーんだけど!?」
「なるほどな、どうりで上手いわけだ。」
「あれ?二人とも知らない話なんだ?」
驚き立ち上がる悠と、知らなかった様子だが妙に納得する秀人に奈津は首を傾げた。
「初耳だな。一輝本人は何も言ってないし。」
「むしろなんでお前が知ってるんだよ……。」
「悠、忘れたのか?俺も元バスケ部だぞ。関東レベルの有名選手なら把握くらいしている。」
あぁそう言えば圭がそんなこと言っていたな、と美愛は思い出す。
「一輝、そんなに凄い選手だったんだ。でもなんで緑ヶ丘に?」
全中、つまり中学の全国大会に出るレベルの選手だったのなら、もっと強豪校に行くのが普通だ。
それ香緒里が言う?と沙世に突っ込まれるが、香緒里はそもそも空手をやるつもりで入学していない。
当時の部長の小田の熱心な勧誘によるものだ。
「2年生の時に怪我をして、そこからしばらく休養していたらしい。なんでうちを選んだのかまでは俺も知らん。」
ともかく、怪我も治り高校に入ってバスケを再開し、2年かけて実力を取り戻してきた、という所なのだろう。
「そういえば、秀人がバスケの試合してるの見た事ないかも。」
ふと香緒里は思い出して言う。
香緒里自身も部活やら生徒会が忙しく、大会に見に行く余裕がなかった。
秀人側もそうだが。
「そりゃ勿体ないなぁ。バスケしてる新谷、めっちゃかっこええて人気やで?」
「原田がいつも『秀人ばっか歓声浴びててずるい!』って言ってるくらいだからな。」
女子バスケ部は男子バスケ部と同じ会場で大会を行ったりするので割りと互いの試合を見に行ったりしているらしい。
「小野くんの彼女さんとかはたまに見に来てるよね。」
「あーせやな、確かに見掛けるな。」
「七恵が?そうなんだ……。」
見てみたいは見てみたい。
だが女子の歓声を浴びる秀人を見るのは正直香緒里的には複雑である。
「……今度の大会、うちの学校が会場になるんだけど、観に来るか?」
「え、いいの?」
「もちろん。」
学校の敷地内でやるのならば、部活の合間にも見に行ける。
パッと顔を明るくした香緒里を見て秀人は優しく微笑む。
「翔太、大丈夫だと思う?」
「八代のこと?」
香緒里と秀人から少し離れた位置に座る雪音は隣に座る翔太に小声で聞く。
「うん、そう。」
「………まぁ、正直香緒里を正面から狙ってくる男って今までいなかったからね。秀人自身もかなり戸惑っているように見える。」
今日の休み時間にあったあの出来事は雪音にも共有している。
そこからの先程の夕食前の町田からの忠告。
秀人が警戒心を上げる理由としては充分である。
今も、いつもより距離が若干近い。
「二人に限って何もないと思う。でも、町田じゃないけど、あんまり波風は立たせないでもらいたいなってのが俺の気持ちではあるかな。」
「ただでさえ、香緒里は今クラスの立ち位置微妙で、色々気持ち的に揺らいでる時期ではあるからね。」
未だに馴染んだとは言えないクラス。
対照的にクラスに馴染んで楽しそうにしている秀人を見て。
かつ香緒里を築く土台の1つである生徒会としての役割がもうすぐ終わろうとしている。
本人は隠そうとしているけど、メンタル的に若干ブレが出ているのが雪音や翔太には分かる。
むしろ八代はその隙をつこうとしているのではないかと勘繰りたくなるくらいには、二人は八代を警戒している。
このまま変わらず、ということはないだろう。
香緒里たちが談笑している様子を八代は談話室の入口近くから見ていた。
談話室は多目的棟3階全フロアを使っていて広く、人もそれなりに行き来しているので向こうからは見えづらいだろう。
秀人に目を向ける香緒里を、八代は少し目を細めて見つめる。
「何してるのー??もしかしてカオリのこと、見てるー?」
後ろから突然声を掛けられ、少し驚いて振り返ると、直樹がいた。
面識はほぼないはずだ。
「さぁ、どうだろうな。」
「ふーん?」
はぐらかすと、しばらく直樹は八代を見つめた後、香緒里たちの方へ向かって歩いて行った。
香緒里に話し掛ける直樹を見て、少し考えるように口元に手を当てた。
そして数秒後、踵を返して談話室から出て行った。
その八代を、秀人は横目で静かに見ていた。




