4、対峙する
八代の香緒里への気持ちを柚希と七恵が聞いてから数日。
変わらず……というよりも徐々に距離を縮めているように見える。
クラスメイトから見ると違和感のないくらい、でも香緒里の近くにいる柚希たちから見ると確実に、仲良くなっている。
クラスメイトがなかなか香緒里に絡めず、唯一よく話すのが八代、柚希、七恵というある意味閉鎖的な空間だからこその進展だろう。
「吉崎さん、さっきの数学の問題なんだけどさー」
話しているのは授業の内容、部活の話、去年の学校行事の話など他愛のないものである。
「柚希、難しい顔してるね。」
「七恵………したくもなるよ。」
「まぁねー。ちょっとどうしたらいいのやら、って感じだもんね。香緒里が気付けばいいんだけど……」
「気付くわけないでしょ……。沙世曰く、昔からこうらしいから。」
間に入れる時は入って一緒に話すようにはしている。
だが八代は変わらない。
止めたところで、というところである。
「あ……。返すの忘れてた。」
「どうしたの?」
5時間目と6時間目の間。
机の中から次の授業で使う物を取り出そうとした香緒里は呟く。
「秀人に数学のノート借りてたの。ちょっとわからないとこがあったから。6時間目数学って言ってたから、返しに行かないと。」
「そっか。俺もちょうど町田に用があったし、一緒に行こうかな。」
立ち上がった香緒里に続き、八代もその後について行く。
それについて特に香緒里は何も言わない。
二人は連れ立ってA組へと行く。
ちょうどトイレから戻ってきた町田とA組の教室の入口で鉢合わせる。
「あれ?二人とも揃ってどうしたんだよ。」
「秀人にノート返そうと思って……。」
町田に聞かれた香緒里はそう言って教室の中を覗く。
「で、お前は?」
「今日の部活のメニューなんだっけ?」
「それ、部活の時でよくね?」
「まぁついで、ってことで。」
そんな八代の様子に町田は溜息をついた。
こいつは……と思ったが、ここで言及するのはやめておいた。
香緒里のお目当ての秀人は、と目を向けるとちょうど悠とクラスの女子の一人に数学を教えているところだった。
「さすが新谷くん、説明分かりやす〜い!」
「待って、なんでこれこうなったんだ?」
「今言ったばっかだろ……?」
「もう1回!もう1回説明して!」
「ったく……。だから、ここの数字を----」
香緒里はその様子を見つめる。
悠が混ざっていることで、秀人の雰囲気がいつもクラスメイトや他の女子と話す時よりも柔らかい。
何もないことは分かっている。
分かっているけれど、モヤモヤする。
雪音たちではない女の子と、そんなに楽しそうにしないで欲しい、なんて思うのはわがままなのだろうか……??
不安に揺れる視線を秀人に向けている香緒里を八代は静かに見つめていた。
町田が二人それぞれの様子に、どうしたらいいかと悩んでいると、香緒里が来たことに気付いた翔太が近寄ってきた。
「香緒里、どうしたの?」
「あ、翔太……。秀人に、ノートを返しに来たんだけど……。」
翔太が来たことで香緒里の固かった表情が少し緩まる。
秀人の方を見て、翔太は一瞬で状況を理解する。
そしてフォローに入るために、秀人に声を掛けようかと思ったところで、八代に話し掛けられた。
「新谷って、あぁやってよく勉強教えてるわけ?」
含みのある言い方をする八代を翔太は一瞥して、それに答える。
「悠にはな。女子にはたまたまだ。」
トーンはいつもより低い。
そしてそのまま秀人を呼びに行く。
翔太に声を掛けられた秀人は視線を香緒里の方へ向けた後、そのすぐ傍にいる八代へも向けた。
悠に一声何か掛けた後、翔太と共に入口へと行く。
「え、結局これで合ってんの?」
「合ってる合ってる。悠くん、これ1年の範囲だけど大丈夫なの?」
悠と女子はそのまま勉強を続けている。
「香緒里、ごめん待たせて。」
「ううん、むしろごめんね、返すの忘れてて……。」
秀人は香緒里の元へ行くと、すぐに腕を引き、八代から距離を取る。
香緒里はきょとんと秀人の顔を少し見るも、特に何も言わずにそのまますぐ傍にいる。
「香緒里、時間は大丈夫?」
「うん、次は移動ないからまだ平気。」
その香緒里に翔太が話し掛けている。
その間、秀人は八代のことを少し冷えた視線で見る。
八代はそれを特に気にした様子はなく、秀人と香緒里、そして教室内にいる悠と話す女子を見比べる。
「何だよ。」
「んー?別に?」
その様子に秀人は眉を顰め、聞く。
だが八代は肩をすくめた。
そして、香緒里に聞こえないくらいの声のボリュームで、
「彼女以外にもあぁいう顔するんだなーって思って。」
と言った。
正直、香緒里には見せたくなかった。
悠と一緒だとどうにもクラスでも気が緩む。
心配させたくなかったから、見せたくなかったのだ。
秀人は少し目線を八代から逸らした。
「秀人……?」
雰囲気が変わったのがわかったのだろう、翔太と話していた香緒里は秀人の顔を見る。
そこで少しだけ視線を和らげ、「なんでもない。」と言って軽く香緒里の頭を撫でた。
八代は静かにその様子を観察するかのように見ていた。
俺……戻ってもいいだろうか、と町田が思い、遠い目をしていると、
「なーにー?みんなしてここで何してんのー???」
トイレに行っていたらしい時行が戻ってきた。
「おまっ、手ぇびしょびしょじゃねーか!」
「やータオル教室に忘れちゃってさー。」
「濡れた手で触んな!」
時行はとりあえず手近にいた町田に絡む。
一気に雰囲気が緩んだな、と翔太はそれを見て苦笑いをした。
「あれーかおりんもいるじゃん、なになに?秀人に用?それとも生徒会の話で俺に用?」
「秀人に、だけど……あ、でもトッキー、今日会議あるの忘れないでよ。」
「了解〜。って、あれ?なんで八代もいんの?」
交友関係の広い時行は八代ともしっかり面識があるらしい。
「あれ?ってか空気微妙?」
「あーいい、いい。気にすんな。とりあえずそろそろ授業始まるから教室入るぞ。」
空気を読んでそうで読んでない時行を翔太はとりあえず教室に押し込む。
香緒里は秀人に「じゃ、また後でね。」と手を振って教室へ向かった。
八代と秀人は再度視線を交えた後、それぞれ戻って行く。
最後に町田は溜息をついて、教室に入った。
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部活後、町田は八代と共に寮へ向かっていた。
「あのさ、八代さ、俺巻き込むのやめてくれねー?」
「何の話?」
昼間のことを案に言ってみるが軽く流される。
「吉崎のこと、好きなんだろ?」
「もちろん、好きだよ。」
「本気かよ?」
「当たり前だろ?」
核心を突いてみるも、態度は崩れない。
「吉崎は……やめておいた方がいいだろ。」
「なんで?町田も好きだっただろ、吉崎さんのこと。」
「……昔な。」
正直、一年生の頃好きではあった。
学級委員を一緒にしていたため接点も多く、仲はいい方ではあったと思う。
秀人がいたため、最初から叶わないと諦めてはいたが。
今でも恋愛対象か否かと問われたら、イエスには入るし、かわいいとも思ってる。
でも、町田は無謀なことはしないし、秀人とも仲良くなった故に、そういった方向にはもう気持ちはいかないだろうと思っている。
「秀人が相手じゃ、分が悪すぎるだろ。」
「そうか?」
「運動神経抜群のバスケ部部長で、成績も全国トップクラスで、それであの顔だろ?」
対して八代は運動も勉強も平均よりちょっと上くらい、顔も所謂フツメンと呼ばれる部類ではある。
町田とさして変わりはない。
「吉崎さんは新谷のスペックで好きになったわけじゃないだろ?」
「それは……そうだろうけど。」
「見た目やスペックじゃなくて、中身を見る人だろ?」
それは町田にもわかってはいる。
「なら、チャンスはゼロじゃないし、入り込む余地はあると俺は思ってる。」
八代蒼介は秀人ほど頭がいいわけではない。
ただ、よく周りを観察しているタイプだ。
隠し事は大体バレてしまう。
その八代が本気になったらどうなるのか……。
町田には想像がつかなかった。




