3、距離感
「秀人〜英語のノート見せてくれー!」
ある日の休み時間、悠は秀人の席へと行く。
「今日多分当てられる、助けてくれ。」
「たまには自分で予習したらどうだ?ってか、俺日本語訳書いてねーぞ。」
泣きついてきた悠に秀人は言う。
ノートを出すも教科書本文は書き写されてるものの、その下に日本語訳は書いていない。
「なんでだよ!」
「授業で言われたの書けばいいだろ。当てられたところで別に答えられるし。」
「これだから頭いいやつは。」
「ほんとなー俺らが頑張って予習してるのにー」
秀人の前の席に座る時行が振り返って言う。
「悠は予習してないけどね?」
悠の後ろの席の翔太も近くに来る。
「秀人、ここの訳確認したいんだけどこれで平気?」
「あーそれでいいと思うぞ。」
「ほら悠、これが正しい学生の姿だぞ?」
「予習やったとこでわかんねーんだよ!」
「英会話は出来るのにな……。」
「文字で書かれるとわかんねぇ……。」
いっそこれ読み上げたらわかるんじゃね?等々悠たちと話している秀人を見て、クラスの女子はやや騒ついていた。
「え、新谷くんってあんな顔するの??」
「私去年も一緒のクラスだけど、沢田くんも落ち着いてるタイプだったからあんなに砕けて笑って話してるの初めて見た……。」
「ギャップ……いい。」
本来の秀人の素の姿ではあるのだが、去年までのクラスではそんなに賑やかにするタイプではなかったので見れなかった。
悠や時行がいるのが大きいだろう。
翔太は自分の席に戻りながら女子たちのそう言った声を耳にして、これはせっかく落ち着いてた人気がまだ上がるな……と思った。
クールな印象が強いからな、秀人は。
どうであれ、秀人の女子に対する態度は変わりはないだろうが。
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「香緒里〜古典の教科書持ってないー??」
休み時間に沙世はC組へと行く。
今までは忘れ物をすると真のクラスに行っていたが今は同じクラスになってしまった。
E組やA組に行った方が借りる人の選択肢は多いのだが、香緒里の様子を見るため、というのもあってC組に来たのだ。
香緒里は柚希や七恵、前の席の八代と話していた。
「ごめん、今日は授業ないから持ってないや。」
「私持ってるから貸そうか?」
「ほんと!?助かるー。」
香緒里は置き勉……つまり教科書を教室に置いておくことを殆どしない。
だからまぁ授業が被らないと持っていないことはわかっていた。
柚希はロッカーから教科書を取り出し、教室の入口にいる沙世のところまで持ってくる。
「ありがとー!」
「珍しく予習でもしてたの?」
「しようと思って持って帰って、やらないで忘れてきた。」
「何も意味無い持ち帰り……。」
たまにやる気を出すとこうなる。
ところで、と沙世は少し声を潜める。
「あれ、大丈夫???」
視線を香緒里の方へ向ける。
正しくは香緒里に話し掛ける八代に、だ。
席が後ろということもあり、距離が近い。
C組にいた頃、香緒里と特に親しく話す男子は悠や直樹くらいだった。
そのくらいの近さはある。
「…………正直あんま大丈夫ではない、と思う。」
クラスで香緒里とよくいることの多い柚希は渋い顔をしてそう言う。
席が近いこと、そして学級委員であることに理由を付けて何かと香緒里と話している。
それがどういう意味なのかは察することは出来る。
「あの秀人に対抗しようとするとは……その度胸だけは買えるけどねぇ……。」
「ちょっと釘は刺そうかなとは思ってるけど、あいつに効果あるかどうか……。」
「どんな人なの?具体的に。」
沙世が聞くと柚希は少し考える。
「いいやつ、ではあるとは思う、少なくとも表面上は。でもよくわかんないやつでもある、何考えてるか分かりづらいというか。……会長に変なことはしないと思うけど。」
「……そっか、ありがとう。」
クラスが違うため、壁になってあげられないことがもどかしい。
C組にいた頃はその心配もないくらいには平和だったのだが。
沙世が教室に帰った後、柚希は香緒里の元へ戻る。
「何話してたの?」
「あぁ、部活の話。そっちは予習進んだ?」
ちょうど七恵と八代が香緒里に英語の和訳を見てもらっているところだった。
「あとちょっとで終わりそう。香緒里の説明分かりやすくて助かる〜。」
「ほんとな。さすが学年トップクラスなだけあるよ。」
七恵と八代に褒められ、少し恥ずかしそうにしている香緒里を八代は見つめている。
柚希な内心溜息をついた。
これはほぼ確定だろう。
香緒里はもちろんさっぱり気付いていない。
他のクラスの男子と接する時とほぼ変わらないくらいのテンションと距離感である。
1年間見ていて分かったのだが、香緒里も無自覚なように見えて一応線引きはしているのだ。
昼休み。
香緒里は柚希、七恵、それと八代と学食へ向かっていた。
いつもなら秀人や雪音たちと合流してから行くのだが、今日は4時間目が移動教室だったので先に行って席を取ってもらっている。
柚希たちも友人たちと学食で食べる予定だというので一緒に来たのだ。
学食に入るとすぐに香緒里は秀人たちを見つける。
「じゃあ、また後でね。」
そう言って嬉しそうにそちらの方へ小走りで向かって行く。
その後ろ姿を見ている八代に柚希は声掛ける。
「八代。」
「何?」
香緒里がいた時よりワントーン程下がった声で八代は柚希の方を見る。
「あんたさ、会長のこと好きなの?」
「そうだけど?」
隠す気はないらしい。
柚希の隣にいる七恵もちょっと驚いた様子で八代を見る。
「新谷くんと付き合ってるの、分かってるでしょ?」
「彼氏いる子を好きになっちゃいけない、なんてルールないだろ?実際、河村も新谷のこと好きだったじゃん。」
それを言われると何も言えない。
今は気持ちの整理がついているから何も思わないけど、1年前は確かに好きだった。
「好きになっちゃいけないわけじゃないけど、それでアタックかけるのも違うんじゃない?」
「それも個人の自由でしょ?それをどうするのか決めるのは吉崎さんだろ?」
柚希の代わりに七恵が言うが、それも軽くいなされる。
そしてそのまま友人らの元へ向かって行ってしまう。
「……私さぁ、ちょっと前まで香緒里に若干モヤついてたんだよね。」
七恵はそう話し出す。
「一輝、新谷くんに頼まれてよく香緒里と一緒にいるでしょ?頼まれてるのもそうだけど、一輝自身も香緒里のことちょっと心配してるのもありそうでさ。」
「あー……まぁ、そうだね。」
「彼女としてはやっぱりちょっと気になってたのよ。でも、香緒里と仲良くなって分かった。確かに放っておけないわ、あれは。」
「そうなんだよねぇ……。」
しっかりしてるし、守られるタイプの女子ではない。
だけど無自覚過ぎてちょっと心配になるのだ。
八代の気持ちにも1ミリも気付いていない。
「そんなわけでちょっと私も口出しちゃったわけだけど。」
「様子は見るけど……正直あいつよくわかんないんだよねー……。」
七恵と柚希は息を一つつき、とりあえず食事をとるために各々の友人の元へと向かった。




