5、どうしたいか
買い物から帰って来た3人の様子がおかしいことに由美はすぐに気が付いた。
部活がなかった由美が談話室で午後を過ごしていたところに三人はやって来たのだが妙に疲れており、直樹は元気がなかった。
大丈夫?と聞いたものの誤魔化されてしまったので、深く突っ込むことは出来なかった。
その内にサッカー部や空手部も部活を終え、戻ってくる。
秀人や雪音が合流したのもその頃だ。
「ねぇ圭くん。」
夕食に向かう道で由美は圭に声を掛けた。
「どうしたの?」
「美愛ちゃんたち、なんか変だと思わない……??」
みんなが戻ってくる頃には悠と美愛の様子は落ち着いていた。
直樹はパソコンをいじっており、あまり話してはいない。
「…………由美ちゃんもそう感じてたんなら、やっぱり変なんだね。」
「『も』ってことは、圭くんも?」
「うん。特に悠とは兄弟だからね、様子違うのはすぐわかるよ。亮も気付いてると思う。」
香緒里たちも察しのいい方である。
恐らく、何かが違うということには気が付いている。
突っ込んでもいいものだろうか、と悩んでいると夕食後に珍しく亮が香緒里に話し掛けた。
「吉崎、多目的棟の会議室、今日空いてるか?」
「え?今日?うん、生徒会や委員会で使う予定はないから今日は全部空いてるけど。」
「そうか。なら、直樹、悠、渡辺。会議室行くぞ。」
亮は3人に声を掛ける。
お前らも来い、と一緒にいた香緒里たちにも言う。
有無を言わさない言い方に、とりあえず亮と奈津を先頭にいつものメンバーは4階まで上がる。
会議室に入り、各々席に着く。
香緒里たちも何となく要件はわかる。
なぜ会議室なのかはわかってないが。
亮はまず悠を見た。
「悠、昼間お前についていたSPから報告があった。」
「あ〜……やっぱりそうなるよな……。」
言われた悠は苦笑いをする。
「待って、SP!?」
「一応私たち、大企業の社長副社長の子供だからね。狙われやすい立場ではあるから、学校外に出る時は隠れて付いてきてくれてるんだ。」
沙世のツッコミに奈津が答える。
2年間付き合っていて初めて知る事実である。
「で、お前らが何かから逃げるように走り出した、と聞いている。確実に何かあった。
あと、報告にあったのは、三人を追い掛けたらしい、そのすぐ傍にいた女性。特徴を聞くと、直樹によく似ている……。」
そこまで話を聞いた秀人が「直樹の母親か……」と呟いた。
「そうだろうと俺も思った。本来なら人の家庭に突っ込むつもりはないんだが、お前のその表情を見たら、放っておくのはよくない気がしてな。」
頷いた亮は次に直樹を見た。
昼間の事を思い出したのだろう、少し回復をした顔色がまた青くなっている。
「……誰かから突っ込まれるやろうな、とは思っとったけど、まさか鮎川亮からとは思わんかったわ。」
美愛はそう言った後、直樹を見た。
「みんなに詳しく話してええ?」
「うん、いいよ……。元々、隠していたわけでもないし……。」
力無く言う直樹の傍に寄り添いつつ、美愛は話し出した。
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直樹はアメリカで、日本人の父とアメリカ人と日本人のハーフの母の元に生まれた。
元々直樹の地頭が良かったのもあり、直樹の母は小さい頃から知育に力を入れ、幼稚園に上がる頃の年齢には既に勉強をさせていた。
その頃から毎日毎日幼稚園に行っている間とお風呂とご飯の時以外はずっと勉強をさせられていた。
小さい頃は特に疑問に思わず、新しいことを覚えることは楽しかったし、出来て褒められることが嬉しかったので頑張っていた。
しかし、小学校に上がりしばらくすると、自分の家は少しおかしいのかもしれない、ということに気が付いた。
友達とも遊べない、休み時間にも与えられた課題をしなければならない、休みの日もずっと勉強。
唯一与えられたのはプログラミングをするために貰ったパソコンのみ。
課題が終わって時間が空いた時などにこっそり弄るのが楽しかった。
息抜きは父と時折外出をする時くらい。
あとは時折日本にいる父の兄弟に会いに行く時。
母が付いてくることもあったが、その際は日本でも勉強させられた。
小学生の美愛から見ても異様な光景だった。
そんな生活が10年以上続いた頃、直樹の限界が遂に来た。
何もかもが嫌になった大雪の日、家出をした。
寒い中、歩いて歩いて、でも勉強ばかりをしていたため、体力はなく、すぐに力尽きてしまった。
探しに来た父が見つけた頃には低体温症寸前だった。
そのまま病院に運び込まれて、入院。
病院のベッドに横になる直樹に向かって母が放った言葉は、
「勉強、遅れちゃうわね。帰ったらその分やらないとね。」
だった。
その言葉を聞いた直樹は急激に吐き気がして、実際に嘔吐した。
その妻と息子を見た直樹の父は離婚を決意。
そして、日本へと帰国したという次第である。
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「で、うちのいる緑ヶ丘に来たんや。全寮制でうちがいるところの方が、直樹も馴染めると思ったんやろな。」
美愛はそこで話を区切った。
触りだけ、以前聞いてはいたが思っていたより重たい話…………所謂毒親の話に皆、黙るしかなかった。
「直樹は退院してから一度も母親に会ってへん。会わせたら母親は絶対また接近してくるて、直樹のおとんが判断したんやろな。離婚も、半ば強引やったらしいし。」
美愛も視線を下に向ける。
守ってあげたい気持ちはある。
けれど今の美愛にはどうしてあげたらいいのかがわからない。
それが悔しい。
「でも、どうしてこの辺りにいたのかしらね……。」
雪音がぽつりと疑問を呟く。
それに対して答えたのは、直樹自身だった。
「ママの執着心なら…………ここまで辿り着く、と思う。パパのところに行って、オレがいなかったら、次に埼玉のおばあちゃんちに行く。そこにもいないことが分かったら………………多分、寮のある学校を探す、と思う。それで緑ヶ丘のあるこの辺も探してたんじゃないかな…………」
そう話す直樹の手は震えている。
「パパの言う通り、出掛けなければよかったのに……。」
美愛は直樹の手を握った。
いつも明るくニコニコしている直樹のこんな姿を見るのは、香緒里たちは初めてだった。
香緒里は少し視線を落とし、真は拳に力を入れた。
同じ毒親に育てられた身としては感じるものがあるのだろう。
だが、二人はすぐに小さく深呼吸をし、直樹の方を見つめた。
秀人はその二人の様子を確認するように一瞬見た後、亮に話を振る。
「そこまで調べられているなら、ここに来るのも時間の問題ではあるな。
俺らにも声を掛けた、ということは事情を聞く以外にも何かそれに対するアイデアが欲しかった、ってことでいいのか?」
「あぁ。でもそれは直樹次第だ。直樹、お前はどうしたい?会いたいか?それとも会いたくないか?」
秀人の言葉に亮は頷き、直樹に問い掛ける。
「会いたくないなら、学校としても、俺らとしても対策が取れる。」
「オレは…………。」
直樹は言葉に詰まる。
「亮、今日急に会って動揺してる時に、そう言われても直樹も困るんじゃない?」
「とはいえ、猶予は恐らくない。」
圭はそんな直樹を見て亮に言う。
だが亮の言い分も最もではあるのでそう言われてしまうと返しづらい。
「……直樹はさ、ここにいたいか?」
そんな中、悠は直樹に聞く。
「ここに……?」
「多分なんだろうけど、母親はお前を連れ戻したいんだろ?戻りたいか?それともこのままここにいたいか?」
「…………もうあの頃には絶対戻りたくない。オレはここにいたい。」
せっかく手に入れた幸せを手放したくない。
直樹は震える手を握りしめて、はっきり言った。
「なら、それ伝えなきゃいけねーんじゃないのか?それに、退院した後から会ってないんだろ?伝え損ねてることもあるだろ。」
「うん…………そうだね。逃げてばかりじゃ、変わらないもんね……。」
ここに来てようやく直樹は顔を上げた。
亮と圭は顔を見合せた。
これだから悠には勝てない。
「で、伝えても来るようなら…………ちょっと亮や秀人に何とかしてもらう。」
「そこは丸投げかよ。まぁ、法的にある程度止められはするけど、海外在住ではあるからどこまで効くかは分からねぇな。」
秀人はそう話す。
「入国禁止には出来ないしな。うちのSPである程度護衛は出来るが……そういう問題でもない。」
「直樹と直樹のおかん次第、ってことやな。」
「結局はそういうことだな。」
亮に言われた美愛は直樹を見る。
先程より少し顔に力が戻ったように見える。
「……ミメイ、大丈夫。もしママがここまで来たら……会ってみる。でも、その時一緒にいてもらってもいい?」
「当たり前や。」
「みんなにも、いて欲しい。オレ、みんながいれば多分頑張れる。」
直樹はそう言ってその場にいる皆を見回す。
皆、それぞれ大きく頷く。
「よし、じゃあとりあえず、気分転換にお菓子食べよう!由美にもらったケーキもあるし!」
沙世は話は終わった!とばかりに立ち上がる。
「え、ケーキあるの??」
「今日部活無くて時間あったから作ったの。直樹くんも食べる?」
「うん、食べる!ユミのケーキ好き〜」
空気を変えられるのは沙世の長所だよな、と香緒里はそれを見て思う。
出来ることは少ないだろうけど、一緒にいて気持ちを支えてあげることくらいは出来る。
直樹が本当の意味で笑える日が来ればいい、そう願って。




