2、入学試験
雪合戦の日から数日。
香緒里たちはいつものように夕食後談話室で過ごしていた。
「翔太、もう体調大丈夫なの?」
「うん、もうすっかり。熱も微熱くらいだったしね。」
香緒里が聞くと、翔太は笑って言う。
結局風邪を引いて翔太は若干体調を崩し、昨日は学校を休んでいた。
雪音が心配したのは言うまでもない。
「酷くならなくて本当に良かった……。」
「心配かけてごめんね。」
どうしても『ただの風邪』であっても心配してしまうのはトラウマからなのであろう。
翔太は優しく雪音の頭を撫でた。
「トッキーは寝込んでんだって?」
「うん、まだ熱あるらしいよ。」
真が香緒里の方を向いて聞く。
香緒里も一輝から聞いた話ではあるが、そこそこの熱を出し、咳も鼻水も酷いらしい。
インフルエンザでなかったのは不幸中の幸いか。
ちなみに直樹も風邪を引き、熱を出していた。
体力がないので仕方ないのかもきれないが。
「そりゃあんだけびしょ濡れになれば風邪引くよなー。」
「あんたも相当びっしょりやったけどな?」
「俺は風邪引かねーもん。」
「バカは風邪引かないからな。」
「うるせー!」
亮に淡々と言われて悠は怒る。
「悠って風邪引いたことあるの?」
「人並みにはあるわ!」
「でもインフルとかにはかからないよな。」
「そういえばそうだね。」
「免疫が高いんだよ!」
沙世、圭、奈津にもあれこれ言われている。
体力があるのも一因だろう。
「あ、そうだ、トッキーで思い出した。みんな、今度の高校入試の日って何か予定ある??」
時行=生徒会、で話したかったことを香緒里は思い出す。
高校入試の日は緑ヶ丘では2日間設けており、学校自体が休みなのはもちろん、その日は寮の体験宿泊も行うため、在校生は一時帰宅をしなければならない。
「家に帰るくらいで特に予定はないけど……。」
「新人戦も終わった頃だしね。」
「亮は仕事ある?」
「取り立てて急ぎの仕事は今はないな。」
皆、特段予定を入れてはいない様子である。
じゃあ、と香緒里は続ける。
「もしよかったら……入試の手伝い、してもらえないかな……???」
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1月下旬某日。
緑ヶ丘高校の入学試験日。
多くの生徒が自宅に帰省する中、香緒里たち生徒会を筆頭に50人程の生徒が空き教室に集まっていた。
「それではこれから事前説明の時に伝えた場所にそれぞれ移動して受験生が来るまで待機してもらいます。
何か不明点やトラブル等ありましたらお渡ししたインカムで生徒会まで連絡をください。」
香緒里は教室の前に立ち、そう説明する。
入試の手伝いは部活毎に2年生の2~3人にお願いしている。
そして部活単位で場所を割り振っているので、その代表者にインカムを渡した。
香緒里は教師たちと共に本部で待機、他の生徒会メンバーは各所の責任者として動く。
「さすがに外寒いな……。」
「ねー。しばらくしたら交代とは言え寒すぎるでしょ。」
野球部、女子テニス部、サッカー部は正門の前でバスから降りてきた生徒を誘導する。
寒空の下、何もせずに立っているのはかなり寒い。
「沙世、寒いのは分かるけど仕事中なの分かってる?」
翔太は真の背中に引っ付いている沙世を見て言う。
「まだバス来てないし!寒いんだもん!バス見えたらちゃんと離れるし!」
「相変わらずだね、沙世……。」
キリッと主張する沙世に根室璃子が苦笑する。
「……受験生来たらビビるくらいのイケメン揃いだな、ここ。」
「いやほんとそう。ビジュ強すぎ。」
前野健が真、圭、颯斗、そして璃子を見て言い、沙世が同意する。
「………圭先輩、ちょっと雰囲気変わりました?」
イケメンという単語が出るも乗ってこない圭を見て、颯斗は首を傾げる。
「そう?」
「なんかこう……落ち着いてるというか。前はもっと佐倉先輩ぽさあったというか。」
「待って、トッキーと同類にしないでくれる!?」
でもちょっと似てるとこあるよね、と沙世は横で言っている。
「まぁ俺がイケメンであることは未来永劫変わりはないというか?」
「あ、やっぱりいいです、あんま変わってませんね。」
「ねぇ翔太、後輩が冷たいんだけど。」
「んーーまぁ、それは圭のキャラのせいかな。」
「翔太先輩にはちゃんと敬意を持って話してますし。」
俺の扱い!!!と圭は嘆く。
そういうところが似ているのだろう。
「なぁ一輝。秀人や安西さんを受付に配置してよかったのか???受験生の心、浮つかないか???」
受付で受験生を待つ間、原田浩が一輝に聞く。
ここはバスケ部が受け持っている。
「受付は一番トラブルが多いからな。とりあえず俺と秀人がいればなんとか対応出来るんじゃねーかと思っての配置だ。女バスをそこに組み込んだのは会長だよ。
多分俺や秀人の回しやすさを重視したんだろうな。」
女バスからは雪音と美愛が手伝いに来ている。
秀人はもちろん、一輝も2人とはバスケ部繋がりで話すことも多い。
「すげーごもっともな意見が返ってきた……。」
「お前こそ、かわいい子がいても仕事サボんなよ。」
「サボんねーよ!」
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受験生たちは駅からバスに乗って緑ヶ丘高校にやって来る。
市内循環のバスなので普段は地域の人たちも多く乗るが、この日に乗ってくるのは受験生ばかりである。
バス停に着くと、ぞろぞろと列になって降り、そのまま校門の方へと向かう。
「どうしよう、緊張してきた……。」
「ほら、この学校は試験よりも面接重視だって言うし、きっと大丈夫よ!」
緊張でやや顔色が悪そうな受験生をその友人が励ます。
「そうだといいんだけど…………ちょっと待って、なんかあそこにめちゃくちゃイケメンの集団いない??」
「え………?ほんとだ!!!」
正統派アイドル系イケメン、ちょっと目つきは悪いものの整った顔のイケメン、美少年、そして宝塚にいそうなくらいのかっこいい女の先輩。
「おはようございます、頑張ってくださいね。」
ニッコリ圭に微笑まれた受験生の女子たちは顔を赤くする。
「緊張ほぐれたかも……。」
「この学校入りたいねー……。」
なんて話しながら受験生たちは校舎へと向かって行く。
「ほらー真や颯斗も俺や璃子ちゃん見習って愛想良くしなきゃ〜。」
「そういうの向いてないんだよな……。」
「いい、真はそのままで。愛想良くしたら惚れる子出てくる。ダメ、絶対。」
「受験票確認しますね〜。……はい、大丈夫です。頑張ってくださいね〜。」
雪音と美愛の列にはなぜか男子が多く並び、秀人の列には女子が多い。
「あの先輩カッコよすぎない……??」
「わかる、芸能人みたい。」
「今まで見た女子の中で一番美人かも。」
等々ヒソヒソ話している声がそこかしこから聞こえてくるが、3人は気に留めずにテキパキと仕事をこなしている。
「会長、受験票失くしたり忘れた受験生が複数いる。」
『了解、待機中の人をそちらに一人行かせて本部まで案内してもらう。』
「頼んだ。」
インカムで一輝は香緒里とやり取りをする。
その横では上履きを忘れた生徒たちに悠や原田がスリッパを手渡している。
今のところ大きなトラブルはない。
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試験が始まると校門、受付にいたメンバーは一時休憩となる。
奈津、亮、直樹、由美らはその間試験中の廊下に待機している。
ここからは一科目毎に交代で待機と休憩をする。
待ってるってちょっと暇だなぁ、なんて直樹は思いながら伸びをしていると、ポケットに入れておいたスマホが振動する。
「パパからだ……なんだろ。」
さすがにここで出るわけにはいかない。
休憩に入ったら折り返してかけよう、と思っているとちょうど1つ目の試験が終わるチャイムが鳴った。
担当する教室の中に入り、試験監督の先生から答案を預かり、本部まで行く。
本部で答案を回収すると休憩だ。
代わりの生徒は入れ替わりで既に次の試験の答案を持って教室に向かっている。
「カオリ、電話したいんだけどどこまで行けば電話して大丈夫?」
本部で待機している香緒里に直樹は聞く。
「待機室だとちょっと賑やかだもんね……そうだなぁ、受験生の邪魔にならない昇降口あたりなら、今なら大丈夫だと思う。」
「ありがと〜。」
香緒里からアドバイス通り、直樹は昇降口まで向かう。
そしてスマホを取りだし、耳に当てる。
父から連絡が来ることはたまにあるが、大抵はメッセージアプリからが多い。
今日は本来休日なので電話であっても不自然ではないが。
「もしもし、パパ?どーしたの?」
『休みに日にごめんな。……落ち着いて聞いて欲しい。さっきパパのアメリカの友達から連絡があって、ママが日本に向かったと、言っていた。』
「え…………ママが?」
一瞬、頭が真っ白になる。
『多分こっちに来るだろう。もちろん帰ってもらうし、直樹には会いに行くなと念は押す。だが……あのママだ、聞いてくれるかはわからない。
おばあちゃんちの場所も知っている。帰国することがわかるまで、帰らないで寮にいた方がいい。』
「わか……った。」
『何かあれば連絡してくれ。何時でも構わない。』
「ありがとう、パパ。」
『傍に行けなくてごめんな。』
「ううん、ミメイたちもいるし、大丈夫……。」
やっとの思いで電話を切ると、直樹はその場に座り込んだ。
否応なしにもアメリカにいた頃の記憶が蘇ってくる。
「I don't want to go back……」
呟き、膝を抱える。
「直樹!今、うちのおとんから連絡あったんやけど……」
美愛が走り寄って来る。
そしてしゃがみ込む直樹を見て、察した。
「ミメイ……。」
こちらを見上げた瞳は、いつになく不安に揺れていた。
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「では、これから寮の見学に行きます。」
明日、試験を受ける受験生が集まった。
寮の宿泊体験をするためである。
香緒里が寮に着くまでに寮の概要を話し、寮に着いたら何グループかに分かれて内部を見学し、部屋に荷物を置いた後、食堂へと向かう手筈になっている。
「寮生活、まだ分からないことも多く不安な方も多いと思います。少しでもこの見学と体験でその疑問や不安がなくなればいいなとも思うので、何でも私たちに聞いてくださいね。」
穏やかで聞きやすい声で優しく説明する香緒里に、何人かの女子は憧れの目を向けていることに柚希は気付いた。
さすがである。
寮に着くと、案内するメンバーが既に到着していた。
「じゃあ、悠と翔太は男子の第一グループを多目的棟の4階から案内してくれる?」
「了解」
香緒里は事前の割り振り通りに受験生の元へ案内する在校生を送っていく。
「吉崎、ちょっといい?」
「どうしたの?」
男子第二グループを案内予定の同じクラスで学級委員をやっている町田と、B組の学級委員の八代が香緒里の方へとやって来る。
「食堂に行ったあとのスケジュール、聞いておいていいか?」
「あ、そうだね。そっか、案内中にも伝えられた方がスムーズだもんね、ありがとう。」
町田に言われ、香緒里はその後の話を伝える。
「じゃあ、そんな感じでよろしくお願いします。」
「了解、んじゃ行くか。」
「あぁ、うん。」
町田は八代に声を掛ける。
八代は少し香緒里のことを見た後、ぺこりと会釈をして町田の後を追った。
「じゃあ俺らは食堂で諸々準備するか。」
「そうだね。」
残った香緒里と一輝は一足先に食堂へと向かった。
「なんか寮の中に人少ないのって変な感じー。」
沙世たちはいつも通り談話室へと向かっていた。
途中、案内されている受験生たちとすれ違って挨拶をすると、緊張したように挨拶を返される。
秀人や雪音がいたからかもしれないが。
「直樹くん?どうしたの?」
すれ違った受験生たちを目で追いつつ立ち止まる直樹に由美は声を掛けた。
「ううん、何でもない。ただ、未来への希望いっぱいなんだなーって思って。」
「そんなお年寄りみたいな。私たちもまだまだ若いよ!?」
沙世が思わず突っ込み、そうだねーと直樹は笑う。
美愛は前を歩きながらその様子をソッと振り返って見た。
何も起きずに春が来るといいんやけど。
そう思いながら。




