6、シャンゼリゼ通りにて
修学旅行4日目。
今日の午前中はベルサイユ宮殿である。
かの有名なベルサイユ宮殿の中の鏡の廻廊を歩きながら、翔太は溜息をつく。
「大丈夫か?」
「身体は元気だけどメンタルはあんまり元気ではねぇなぁ……。」
一輝に聞かれ、翔太は苦笑いをする。
昨日の夕飯時、雪音を探して話し掛けようとした。
目は確実に合っていた。
なのにすぐ逸らされてしまった。
雪音の気持ちを考えれば仕方がないのはわかる。
だが、メンタルには来る。
「安西さんと喧嘩中?」
一輝の彼女の藤村七恵がそう聞く。
「うーん………喧嘩、というかなんというか……。」
「江口さんに告られてたもんね。」
「……やっぱりみんな知ってるんだ。」
「そりゃ、ちょっと集団から離れてたとはいえ、みんながいる空間だからね。なんなら私たちも遠くから目撃したし。」
ねー、と七恵は他の班員の女子に言う。
「二人が揉めんの珍しいよねー。喧嘩してるのバレたら安西さんに近付く男子出てきちゃうんじゃなーい?」
時行の言葉に翔太は目を細める。
だから早いところ解決したいと思っているのだ。
修学旅行だから浮ついたやつは出やすい。
「時行、そういうこと言うのやめとけ。亮や秀人程ではないけど翔太も結構独占欲強いぞ。」
「俺を引き合いに出すな。」
「事実だろ?」
「……否定はしないが。」
一輝はそう言って時行を窘める。
亮は突っ込むが、事実ではあるので異論があるわけではない。
「それに、あのミス緑高2連覇の安西さんの彼氏、ってことでそれなりに注目度は高いんだよ、石川くんって。」
「だから余計に噂も立つわけか。」
「そういうこと。」
付け加えて七恵は言う。
入学当初は確かによく視線を感じていた。
あれが安西さんの彼氏?
みたいな。
釣り合ってないと思われているのだろうということはわかっている。
だがしかし、それで譲る気は一切ない。
「俺に言わせれば、今まで翔太に好意を持つ女子が少なかったのが意外だがな。」
「まぁ、翔太はいいやつだからね〜。」
「そうだねぇ。優しいしよく気がつくし、安西さんのこと大事にしてるのもわかるし。……ってそういうんじゃないよ、一輝。」
「何も言ってねぇよ。」
「言ってる、顔が言ってる。」
亮と時行が言い、七恵も同調する。
微妙な顔をしている一輝の頬を七恵は「ていっ」と指でつついた。
一輝はやめろと言いながらその指を掴み、そのまま手を繋ぐ。
翔太はいつものメンバーの中では目立つ方ではない。
だが、近くになれば、親しくなれば翔太の良さはよく分かる。
故に、クラスメイトや江口のように同じ係になると好感度は上がるのだ。
だから入学当初に比べると「釣り合ってないんじゃないか」という声はだいぶ減った。
とはいえ、この状況ならワンチャン、と思う輩がいてもおかしくないのだ。
何より早く、不安に思っているであろう雪音の傍に行きたい。
なんとか早く会わないといけない、と気持ちが早る。
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午後はシャンゼリゼ通りで班での自由行動。
香緒里たちの班はマカロンのお店で買い物をしたり、お土産物屋を覗いたりして満喫していた。
昨日の迷子事件のこともあり、香緒里の手を沙世はずっと握っている。
「今日ははぐれないよ……?」
「香緒里が迷子スキル高いわけじゃないのは知ってるけど!不安なの!」
そう言われると何も言えない。
「まぁ迷子スキルいうなら、直樹のが高いもんなぁ。」
「そーお?」
美愛はそう言いつつ今もふらりとどこかへ行きそうな直樹のカバンを掴んだ。
英語が話せるので、香緒里よりは言葉的にはなんとかなるかもしれないが。
「まぁ、ラファイエットよりはごちゃごちゃしてないし、人混みもマシだから見つけやすそうではあるけどねぇ。」
由美はそう言って通りを見回す。
見通しも基本的にはいいので、路地に入りさえしなければ問題はないように見える。
そんな話をしながらお土産物屋を出ると、ちょうど通りかかった秀人と真に出くわした。
「え、秀人に真!?」
「偶然〜なんでいるの??」
香緒里と沙世が話し掛けると二人も気付いて立ち止まる。
「っつーか、他の班員は?二人なのか?」
「いや、あいつらが『シャンゼリゼ通りは女子と歩きたい!写真撮りたい!』って言うからさ……。」
「俺らは別に興味ないから、んじゃしばらく別行動で、って話になったんだよ。」
悠に言われ、真と秀人はそう説明する。
二人がいると女子もそっちに行ってしまうので、班員的にもぜひ別行動を!ということなのだろう。
「で、香緒里たちに会えないかと思って探してたわけ。」
そう言って秀人は沙世に代わり、香緒里の手を取る。
沙世は真の方に寄る。
一緒に周る気満々である。
まぁ、その方が楽か。
と悠は思ったので何もコメントしなかった。
ナチュラルに合流した二人に美愛も由美も直樹も何も言わない。
昨日のことを思えば当然だろうと思うからだ。
大通りは変わらず人通りが多い。
人混みに流される、まではいかないがすれ違う人たちとぶつかりそうにはなる。
前から小走りにやって来た人にぶつかりそうになる美愛を悠は腕を引き、寄せる。
「気を付けろよ。」
「……ありがとう。」
手は繋がないものの、二人の距離は近い。
由美は後ろからそれを見てにこにこする。
直樹は現在、由美にカバンを掴まれている。
迷子防止である。
「やっぱり人たくさんいるね……。」
室内と屋外で違うものの、この人混みで昨日の出来事が嫌でも思い出される。
それを察した秀人は繋いでいた手を離し、香緒里の腰に手を回して引き寄せる。
「秀人……?」
「大丈夫、ついてる。」
少し顔を寄せてそう優しく言うと、香緒里は顔を赤くした。
近い距離感。
恥ずかしさはあるものの、傍にいてくれる安心感も強い。
赤くなりながらもちょっと嬉しそうに笑みを浮かべる香緒里を見て、秀人は柔らかく微笑んだ。
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一方雪音は、昨夜香緒里と話していくらか気持ちが落ち着いたものの、未だに心はすっきり晴れていなかった。
こればっかりは翔太と話すしかないのもわかっているのだが、なかなか勇気が出ない。
シャンゼリゼ通りで班員たちと買い物をしつつ、少しぼんやりと考え事をしてしまう。
その雪音を奈津と圭は心配そうに見守っていた。
「どっちが悪い、っていうわけじゃないんだけどね……なんか上手くいかないよね……。」
「こう、いつもと違って上手くタイミングが合わないんだよね。」
二人は雪音から少し離れたところでそう話す。
翔太も困って、落ち込んでいる様子だというのは亮から聞いている。
順風満帆で、いつも仲良い二人とは思えないくらいの距離感だ。
道を歩いていると、某世界的に有名なねずみのキャラクターのグッズがたくさん置いてあるお店があった。
「ちょっと待って圭、あれ、日本ではもう売ってないやつじゃない!?」
「え、そうなの???」
「ちょっと来て!」
そういえば奈津はディ〇ニー好きだった、と思いながら圭は奈津に引っ張られて店に連れて行かれる。
それに連れられて班員たちも中に入ろうとする。
「あ、安西さんじゃーん。」
と、クラスの別の班の男子が話しかけて来た。
「あ、村上くん……。班の人は?」
「安西さんとこと一緒、ここの店の中。みんな先行っちゃってさーでも店の前で安西さんに会えたからラッキー!」
男子バレー部の村上とは、同じクラスではあるものの、大して接点があるわけではない。
時折こうして絡まれるくらいだ。
普段は圭がさり気なくガードしてくれている、というのもあるが。
「彼氏と喧嘩してるって聞いたぜ?大丈夫?」
「喧嘩……っていうか……。」
「落ち込んでる時は敢えて楽しく行かなきゃじゃん?せっかくだしさ、俺と一緒に周ろうよ、修学旅行デートってことでさ。」
「え………いや、それは……。」
「いいからいいから、遠慮しないで〜。」
村上は、圭とはまた違った種類のナンパ者であるということは耳にしたことがある。
ノリとトークで女の子と仲良くなっていく、所謂男子高校生らしいチャラさ。
その勢いに押され、クラスメイトということもあり、上手く拒否が出来なかった。
村上は手を引いて、店から離れていこうと歩き出した。
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翔太はシャンゼリゼ通りで亮や一輝たち班員と一緒に買い物をした後、カフェで休んでいた。
「シャンゼリゼ通りでコーヒー飲むとか優雅だわ〜。」
時行はコーヒーを啜りつつそう言う。
肌寒い時期にテラス席で飲むのはかなり寒いとは思うが、コーヒーが温かいので少し身体も温まる。
翔太もコーヒーを飲みつつ通りの反対側に目を向けると、行き交う車と車の間に雪音と、雪音の手を引く男子の姿が見えた。
反射的に立ち上がる。
「ごめん、ちょっと行ってくる。」
そう一言だけ告げると翔太は走りしだした。
残された班員はわけも分からず首を傾げていたが、ただ一人、亮だけは翔太の視線の先を見ていたので事情を把握した。
走って、急いで横断歩道を渡り、反対側の通りへと行く。
そのまま雪音が向かった方向へ進むと前方に見えた。
更にスピードを上げ、二人に近寄り、雪音を掴んでる手を振り払った。
そしてそのまま雪音を胸元に抱き寄せる。
「雪音に触んな、俺の彼女だ。」
突然現れた翔太に雪音も村上も驚いて翔太を見る。
「翔太……!?どうしてここに……?」
「石川…………。喧嘩してるんじゃなかったのかよ。」
翔太は村上を目を細め、静かに見据える。
「そうだとしてもだ。人の彼女連れ回そうとするなんて、いい度胸だな……??」
怒ってる、と雪音は翔太の腕の中で思う。
いつもより目線が冷え、言葉に僅かに圧を感じた。
その雰囲気にたじろいだ村上は、「悪かったよ。」と言い捨てて、元来た道を小走りに戻って行った。
「翔太………なんで……?」
「向こうから、雪音が見えて……あいつに引っ張られてるのが見えたから、つい……。」
雪音が再度聞くと、翔太は先程打って変わって雰囲気を和らげて言う。
雪音を離して、手を繋ぐ。
「ちょっとこっち来てくれる?」と言って、翔太は雪音の手を引き、通りの角を曲がる。
その手は先程引かれていた手よりずっと優しく温かかった。
大通りより1本横の道に入ると観光客の数はグッと減り、随分と静かになる。
翔太は手を離し、雪音と向き合った。
「ごめん、不安にさせて。告白のこと、本当はすぐに報告したかった。誤解させたくなかったから、二人の時にしっかり話そうなんて思ってたせいで……逆に雪音のこと不安にさせた。」
そう言って、翔太は頭を下げる。
「……私も、ごめんなさい。翔太がそう考えてるの気付いてたのに、嫌な態度取っちゃった……。どうしても、モヤモヤしちゃって………いつもならこんな事ないのに……。」
雪音はそう言って俯いた。
その雪音を翔太は優しく抱き締める。
「修学旅行で、海外で、なかなか会えないっていう状況なのにそれを加味しなかった俺が悪いよ。」
「ううん、私が勝手にヤキモチ妬いただけだから……。」
「俺には、雪音だけだよ。他の子に告白されたって考えるのは雪音のことばっかり。」
抱き締められ翔太の言葉を聞いていると、あんなに心の中を占めていた黒いモヤモヤとした気持ちはどんどん無くなっていく。
「……呆れない?」
「まさか。むしろ、ヤキモチ妬かれたことは嬉しいよ?だって俺の事それだけ好きって証拠でしょ?」
そう、翔太は優しく微笑んで言う。
「大好きだよ、雪音。」
「私も、大好き。」
二人は静かに見つめ合った後、目を閉じてゆっくりキスをした。
人通りの少ない道に、二人を邪魔する物はなかった。




