5、不安な想い
香緒里がいない。
その事に一番先に気が付いたのは悠だった。
「おい、吉崎は?」
「え…??あれ!?さっきまでいたのに!」
悠の言葉に沙世は見回す。
先程までは確かに沙世のすぐ後ろにいたのに。
「戻った方がいいんじゃない?」
直樹が言うと悠は、そうだな、と言う。
「谷中と須賀は手繋いどけ。渡辺は直樹と俺と。これ以上迷子増えると収集つかねぇ。」
それぞれ手を繋ぎ、来た道を戻るも香緒里はいない。
「どこ行っちゃったんだろう……。」
香緒里のスマホは国際対応していない。
WiFiが館内を飛んでいなくはないだろうが、繋げてはいない。
連絡は取れない。
どうする。
悠は懸命に考える。
亮や圭になら電話は通じるだろう。
三兄弟のスマホなら電話は可能なのだ。
とはいえ二人に連絡したとてどうにもならない。
……いや、もう一人いるか。
ある意味最終手段ではある。
悠はスマホをポケットから出し、耳に当てた。
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秀人たちの班はエスカレーターを上がり続け、4階にいた。
「グルメ館?とか行った方がいいのか?」
「でも1回外に出ないとなんだろ?」
班のメンバーがそう話しているのを聞き、秀人は、
「もう少し上の階に行けば飲食店あるぞ。」
と伝えた。
「さすが秀人!!助かるわー」
「もしかしてマップ全部覚えてんのか?」
真に聞かれた秀人は頷いた。
「覚えてる。まぁ、特にここはエスカレーターの位置とかややこしいからな。覚えておいた方が楽だろ。」
「さすが……。」
なんて事のないように把握している秀人に、真は今更驚きはしない。
やべぇな、と思うだけである。
じゃあもうちょい上行くか、と話していると秀人のスマホが鳴った。
「秀人のスマホ使えるんだ?」
「あぁ、母さんのスマホのついでで国際対応にしてあるからな。」
そう言いながら着信画面を見ると、悠からだ。
嫌な予感しかない。
「もしもし、何かあったのか?」
『ごめん、秀人。吉崎がいなくなった。』
「は?」
『目離した隙に、見失った。ほんとごめん。』
一瞬、思考が停止しそうになる。
だがコンマ1秒後には頭を回転させる。
「最後に一緒にいたのはどこだ?近くの店名でもいい。」
『えっと、3階のーーーー』
悠から場所を聞いた秀人は頭の中にマップを展開させる。
「……俺が探しにいく。悠は沙世たち連れて屋上に行け。」
『わかった………頼んだ。』
秀人は電話を切ると真を見た。
「香緒里が迷子になった。探してくる。真はみんなに伝えて、屋上に行ってくれ。悠たちにもそこへ行くように伝えてある。」
「了解。気を付けろよ。」
「あぁ。」
真は端的な話だけで納得した。
頷いた真を見て、秀人は足早に3階へと向かう。
香緒里とはぐれた場所に行ったが既にいなかった。
そして悠たちはエスカレーターへ向かうはずだった。
ということは、香緒里もエスカレーターを探しに行った可能性は高い。
だが、一応学校から配られたマップを持っているとはいえ、この人混みだ。
そして、香緒里の性格を考えると段々パニックになるだろう。
辿り着けるかはわからない。
秀人は香緒里が最後にいた地点に行くと、近くの店員にスマホで写真を見せながら聞き込みをする。
しかしこの人の量だ。
なかなか有力な情報はない。
ここから香緒里ならどの方向へ向かう?
思考をフル回転させて、考える。
落ち着け。
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どうしよう、と香緒里は途方に暮れた。
はぐれてしまったことに気が付き、とりあえずマップを頼りにエスカレーターへと向かおうとするも、現在の位置がそもそもわからない。
歩いていると、吹き抜けのある方に出た。
ここはどこになるんだろうか。
あの場所にそのままいた方がよかったのだろうか???
スマホを開くも、WiFiを設定していないことに気が付く。
これでは連絡も取れない。
どうしよう………。
周りを見ても日本人らしき人はいない。
フランス語も話せない。
店員さんは英語ならもしかしたら通じるかもしれない。
でも、何と言ったらいいんだろうか???
普段なら多少頭に英単語が思い浮かぶ。
焦っている今は何も出てこない。
どうしようという気持ちばかりが先行して、思考が追い付いていない。
心臓がバクバクしている。
怖い。
日本なら、こんなに怖くなかっただろう。
何も読めない、わからない、この空間が怖い。
こんなにたくさん人がいるのに、ひとりぼっちのような気がしてくる。
「秀人………。」
思わず、口からその名前が零れる。
「Tu es perdu ?」
突然、近くにいたフランス人男性にそう声を掛けられた。
なんだろう、何を言っているんだろう………わからない……。
どうしよう、なんて答えたらいいの?
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秀人は3階の吹き抜けの近くに来た。
手すりの辺りまで行き、近くから反対側まで見回す。
すると、いた。
見間違えるはずもない。
丁度反対側の手すり付近に香緒里の姿が見えた。
近くに、男性がいて話し掛けている。
人混みを掻き分けながら秀人は廻廊を周り、足早にそちらに向かう。
香緒里の姿を視界に捉えると、スピードを上げた。
「香緒里!!」
秀人が呼び掛けると香緒里はこちらを見た。
泣きそうな表情を見て、急いでそちらに向かうと香緒里が胸に飛び込んで来た。
香緒里と一緒にいたフランス人の男性に話し掛けられ、2、3言話す。
どうやら香緒里が困っている様子だったので、声を掛けてくれたらしい。
Merci、と返すとウィンクをし、手を上げて去って行ってしまった。
ギュッと抱きつく香緒里を秀人は抱き締め返した。
「…心配した。」
「……ごめんなさい。」
「無事でよかった。」
ホッとした香緒里の目からは涙が溢れてきた。
不安だった思いが一気に安心に変わる。
「怖かった…………。」
呟く香緒里の頭を、抱き締めたまま優しく撫でる。
「でもね、秀人なら絶対……来てくれるって、見つけてくれるって……信じてた。」
「当たり前だろ。どこにいたって見つける。」
「………ありがとう……大好き。」
溢れる想いを思わず口にする。
抱き締める力が少し強まった。
人目も気にせず、香緒里の涙が落ち着くまで、二人はそうしていた。
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「香緒里…!!!!!!」
秀人と手を繋ぎながら屋上へとやって来た香緒里を見つけ、沙世は駆け寄った。
「よかったぁ…!!!」
そしてギュッとそのまま香緒里に抱きつく。
「心配したんだよぉ!」
「ごめんね………。」
「見つかってほんとによかった…」
目に涙を潤ませながら沙世はそう言う。
由美と美愛も近くに来て、沙世ごと抱き締めた。
「秀人、ほんとごめん。俺がもうちょいちゃんと見てれば………。」
悠は頭を下げる。
「お前が謝ることじゃねーよ。この人混みだ、迷子になってもおかしくはない。すぐに連絡くれただけ上出来だろ。」
「まぁ……秀人なら自力で吉崎のこと見つけられるだろうって思ったからな。」
「そりゃまぁ、当然だ。」
話していると真や班員たちが秀人を見つけて寄ってくる。
「無事に見つかったんだな。」
「あぁ。…………ここ数年で一番焦った。」
真の隣で秀人は息をつく。
「秀人が焦るのは大体香緒里のことだもんな。」
中3のあの監禁事件を思い返して真は言う。
「お前だって、沙世のことになると焦るだろ。」
「そりゃあな?」
その沙世は真を見付けると駆け寄って来た。
腕に縋り付く沙世の髪を優しく触る。
「これ以上大事なもの、ないだろ。」
「ふぇ!?」
急に言われた沙世は赤くなる。
「………そういうとこだぞ、香緒里に似てるとこ。」
秀人は呆れたようにそう言うが、真はよくわかっていない様子である。
真っ赤になってあわあわする沙世を見て、どうした?と首を傾げていた。
相変わらず似た者姉弟である。
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その夜。
今日はどーする?美愛たちの部屋に今度は行く?
なんて話を沙世と部屋でしていると、部屋の呼び鈴が鳴った。
「はいはーい。」
沙世が出ると、雪音が一人で立っていた。
「雪音、どうしたの?」
「ちょっと……話がしたくて。」
俯きがちにそう言う雪音を見て、沙世は少し考える。
雪音を招き入れた後、沙世はルームキーを手に取った。
「私、なっちゃんのとこ行ってくる。二人で話してて〜。」
香緒里と目が合った沙世は「よろしく」と口パクで伝える。
それに対して香緒里は頷いて返事をした。
沙世は部屋で一人でいるであろう奈津の元へ行った。
ベッドに座る香緒里の横に雪音も座る。
いつもより元気がないのは一目瞭然である。
「香緒里、今日迷子になったんだって…??大丈夫だった?」
「雪音も聞いたんだ。」
「うん、なっちゃんが悠から聞いて………。」
「そっか…。」
香緒里は苦笑いをした。
みんなにいらぬ心配を掛けたしまったなと反省する。
「私は大丈夫。怖かったは怖かったけど………でも見つけてもらえたから。」
「そうよね、秀人なら見つけるわよね……。」
「……雪音は、大丈夫?」
窺うように香緒里が言うと雪音は弱々しく笑った。
「うーん……あんまり、大丈夫ではない、かなぁ……。」
香緒里を見た後、また視線を床に落とす。
「翔太の話は………聞いた?」
「うん。告白されたって。」
情報は奈津に昨夜聞いたところで止まっている。
だが、雪音のこの様子を見る限り、まだ上手く翔太は話せていないのだろう。
「その話、聞いてから………ずっとモヤモヤが止まらなくて。」
「翔太なら断るのわかってるけど、てことだよね?」
「うん。すぐに話してくれないのは………しっかり二人で話したいんだろうな、っていうのも、わかってる。わかってるんだけど………。」
香緒里が察せるぐらいだ、雪音はもちろんそれは分かっている。
「いつもなら多分、流せるの。そりゃ、ちょっとはモヤモヤするとは思うけど………でもこんな風にイライラなんて、しない。翔太の気持ちは疑ってないのにイライラしちゃう自分にも余計にイライラしちゃって………止められない……。」
学校で同じことがあったら、すぐに翔太は雪音の元へやって来て、二人でその事について話せただろう。
でも学校ではない場所、修学旅行で別のクラス、という壁がそれを阻む。
「旅行中って、いつもと違う環境だから余計に色々感じちゃうよね。」
「そういう、ことなのかな…………翔太に告白したあの子は翔太と同じ空間に居られるのに、なんで私は居られないだろう、とか余計なことまで考えちゃって…………そんなこと、思いたくないのに。」
頭の中がごちゃごちゃしている。
気持ちに整理をつけたいのに全然上手くいかない。
話しているうちに涙が滲んでくる。
「ヤキモチって、そういうことなのかなぁって、私も最近思うんだ。考えたって仕方ないことまで考えちゃうのかな、って。大好きなだけなのにね。」
香緒里はそう言って雪音の手に自分の手を添える。
「夕飯の時も、避けちゃった……。翔太に、呆れられちゃうかな………。」
「絶対そんなことないよ。翔太はそんなこと言わない。」
どれだけ彼が雪音のことを好きなのか、ずっと近くで見てきた香緒里はよく知っている。
こんな状態の雪音を放っておきたくないだろうということも。
いつも優しくて、人をよく見ていて、フォローしてくれる雪音。
支えてもらってばかりだから、こんな時くらいは香緒里も支えたい。
そう思って、静かに涙を流す雪音を抱き締めた。




