2、限界
二学期が始まった。
今日は始業式とホームルームをした後にクラスでの出し物を各クラス詰める。
ただ香緒里は生徒会の方に行かなければならないので、昨夜仕上げた脚本を町田に託し、生徒会室へと向かった。
ここ数日、生徒会の仕事を終えた後の夜に脚本を考えて書いていたのだが、やり慣れない作業のため時間がかかってしまった。
あんな感じでよかったのだろうか……とやや心配になる。
生徒会室に着くと約2週間後に迫る文化祭のために各クラスの予算を調整したり、文化祭実行委員会と連携して広報の作業をしたりと忙しい。
「会長、このクラスの予算ちょっと高くないですか?」
「あー……そうね、ちょっとオーバーしてるね。3年A組か………一輝、後で言ってもらえる?確かここの委員長、バスケ部の先輩よね?」
「了解。」
「文化祭実行委員会からのミスコンミスターコンの正式な企画書、届いてる。」
「ありがとう。んーじゃあ柚希、先に目を通してもらってもいい?問題なさそうならOKだして、応募始めてもらって。」
「わかった。」
自分の仕事もしつつ、聞かれたことにも答えていく。
目が回る程の仕事量である。
昼過ぎまで生徒会、その後は各自部活に出る。
香緒里はもちろん、生徒会役員全員バタバタと忙しい。
「かおりん、寝不足ー?」
欠伸を噛み殺すのを佐倉時行に見られた香緒里は苦笑いをした。
「ちょっとクラスの劇の脚本書いてたから、寝るの遅くなっちゃって。」
「会長、そんな事までやってるの?大丈夫なわけ?」
河村柚希が香緒里の言葉に驚いたように顔を見る。
「当日も準備もそんなに関われないから、それくらいはしたいなって思ったんだけど………意外と大変ではあったかな。」
「無理し過ぎないでよ。」
「うん、ありがとう。」
「というかちょっと顔色悪くない?大丈夫?」
「寝不足だからかな……?」
じーっと香緒里の顔を見て言う柚希に対し、香緒里は曖昧に言って少し目を逸らす。
実は少し体調が悪いような気はしている。
寝不足のせいなのか、風邪気味なのかは微妙なところだが、若干頭痛がする。
でも仕事が出来ない程ではない。
「ユズ、すっかりかおりんに打ち解けたね〜。」
「会長は素敵な人ですもん、当然ですよぉ。」
2人を見て時行は言い、日向里華はにっこり笑う。
「佐倉先輩、こっちチェックしてくださいよ。」
「わかってるよーもーはーくんは厳しいんだからぁ。」
「放っておくとすぐ手が止まるのやめていただきたいんですけど?」
時行が会計、手塚颯斗が会計監査なのだが、のらりくらりとしている時行のお尻を颯斗が叩いているような形である。
やれば出来るタイプなのだがやる気が出るまでが時間がかかるのが時行。
「会長、一旦休憩にするか?」
しばらくして、一輝が香緒里に声を掛ける。
時計を見ると12時を過ぎていた。
「もうこんな時間か………そうね、一度お昼食べに行こっか。」
「さんせーい!お腹空いたわー。」
立ち上がると一瞬、立ちくらみがする。
が、持ち前の気力でなんとか耐える。
今日はなるべく早く寝よう……と香緒里は思う。
「今日の定食なんだっけ?」
「あー覚えてないな。」
話しながら学食へと入ると既に人はたくさんいた。
丁度お昼時。
クラスでの話し合いを終え、大体の人たちは午後から部活だ。
人混みと喧騒に頭の痛みが更に強まる。
熱も出てきたのか少しぼんやりもする。
あ、ちょっとこれはやばい、かも。
そう自覚すると途端に足元が覚束無くなり、視界が悪くなる。
身体が傾くのが分かるが、踏ん張る力はない。
会長!?と前を歩いていた柚希や一輝たちの声が聞こえる。
床にはぶつからなかった。
傾いた身体は倒れきる前に支えられたからだ。
「秀人……?」
近くにはいなかったはずだ。
いつの間に来たのだろうか。
香緒里を抱き留めた秀人は無言で香緒里の額に手を当てる。
そして、小さく溜息をついた後、そのまま所謂お姫様抱っこをする。
学食から黄色い悲鳴が上がった。
秀かおファンクラブ以外の女子も沸き、男子からはヒューー!という囃し立てる声が聞こえる。
ぼんやりしている香緒里はもちろん、秀人は顔色一つ変えず、一輝に、
「今日はもう仕事休ませていいだろ?亮あたりに部活も休むこと伝えといてくれ。俺も少し遅れる。」
と声を掛ける。
一輝も一言二言何か秀人に言ったようだが、聞こえなかった。
そのまま秀人は香緒里を連れて学食を出る。
保健室に行くつもりなのだろう。
でも、秀人は何も言わない。
怒って、いるのだろうか……と香緒里は不安になる。
保健室に着くと養護教諭は丁度出ているようでいなかった。
カーテンを開け、秀人は香緒里をゆっくりとベッドへと寝かせ、布団を掛ける。
そしてパイプ椅子を持ち出し、ベッドの脇に座る。
「無理するなって、言っただろ。」
低い声で、秀人はそう言う。
「倒れるまで頑張るのは無理どころか無茶って言うんだぞ。」
淡々と話しているがこれは怒っている。
無理をして、迷惑を掛けてしまった。
怒るのは当然だろう。
香緒里はそう思って少し秀人から目線を逸らす。
「ごめんなさい……。」
声が震える。
昔の怒られた、怒鳴られた記憶が少しフラッシュバックしそうになる。
涙が滲む目に力を入れて堪える。
そんな香緒里を見て、秀人は少し声のトーンを緩め、
「謝れって言ってるわけじゃない。………心配してるんだよ。」
そう言って秀人は香緒里の額にまた手を当てる。
「こんな熱が出るまで頑張って………心配するなって方が無理だろ。」
そして香緒里の目をジッと見つめる。
「生徒会に、空手に、それにクラスの仕事。どう考えてもキャパオーバーだ。抱え込みすぎてるの、自覚してるか?」
「でも………やらなきゃいけないことだし……。脚本も、生徒会であんまりクラスのこと携われないから、それくらいは、って思って………。」
「そうだとしてもだ。一人でやる必要はなかっただろ??」
他のクラスメイトと一緒にやる方法だってきっとあったはずだ。
「香緒里はもっと人を頼れ。なんのために他の生徒会メンバーや、クラスメイトがいるんだよ。一人で頑張るな。」
秀人はそこで言葉を区切り、香緒里の髪を撫でる。
「一輝に言われた。『俺らが無理するなって言っても聞かない。だから秀人からしっかり言ってやってくれ。』って。みんな心配してるんだよ。」
「そっか………。」
心配されて怒られるなんて、考えたこともなかった。
養父の義之に怒られた記憶はないが、養母には毎日のように怒鳴られていた。
怒られるというとその記憶。
秀人はそんな香緒里の考えを、その様子を見て気が付いた。
親に心配されたこともなかったのだろう。
怪我をしても、風邪を引いても、無理をしても。
頑張れば褒めて貰える、そう信じてずっと頑張るだけで。
「なんでも頑張れるのは香緒里の長所だと思う。周りの人の事を助けたくなるお人好しなとこもな。
でも、俺はもっと香緒里に香緒里自身のことを大事にして欲しいんだよ。」
だから、無理しないで欲しいと思うのだ。
秀人が大切に思う香緒里のことを、香緒里自身にも大切にして欲しい。
「わかった………。あの、心配、してくれてありがとう。」
「俺が香緒里を心配するのは当然だろ。一番大事なんだからさ。」
優しく頭を撫で、微笑む秀人に香緒里は熱で熱いはずの身体が更に熱くなるのを感じた。
「今はとにかくしっかり休め。寝るまで傍にいるから。
部活終わったら迎えに行くからそれまで寝てろ。勝手に一人で帰るなよ。」
「はい。」
秀人が香緒里の手を取り握ると、香緒里は目を閉じた。
寝不足と体調不良ですぐに眠気がやってくる。
眠りに落ちる直前、香緒里は呟く。
「秀人……。」
「ん?」
「秀人がいてくれて、よかったなぁ……。」
寝息を立てて静かに眠り出す香緒里の顔を見て、秀人は顔を赤くしながらその頬に触れる。
「ほんっと、こういう時まで………」
そう言って顔を近付ける。
キスはしない。
その代わり、額と額をくっつける。
「もっと早く気付いてやれなくて、ごめんな。」
寝ている香緒里には聞こえないだろうが、そう小さく囁いた。




