閑話 憧れと嫉妬と
河村柚希が新谷秀人を好きになったのは、緑ヶ丘高校の入学式だった。
新入生代表として挨拶をする秀人が壇上に上がった時、どよめきがおきたのは今でも覚えている。
新入生代表ということは、要は入試で成績がよかったということ。
それに加えて、あの容姿だ。
芸能人かと思うほど整っている。
綺麗な黒髪に凛々しい目、スラリと長い足。
そして淡々といい声で淀みなく読み上げる挨拶。
ときめかない女子の方が珍しいだろう。
かく言う柚希もそこで一目惚れした口だ。
とはいえ、クラスも違うし柚希とは雲泥の差であろうスペック。
お近づきになるのも難しいだろうなぁとは思っていた。
そんな中入ってきた、彼女がいるという情報。
しかも、この学校にいると。
そこで、吉崎香緒里の存在を知った。
確かに見た目は結構かわいい。
でも秀人には安西雪音という圧倒的美人の友人がいる。
そっちじゃないんだ、とも思った。
むしろそっちなら諦めついたのに、なんてことも思った。
そうこうしているうちに、柚希と同じ女子テニス部である谷中沙世の彼氏である沢田真と浮気している、という噂がたった。
やっぱりそういうタイプなんだ、と思い同じ女テニの部員と共にディスっていた。
後にただの噂と分かったが、一度ついた印象はなかなか消えなかった。
そんなこんなでなんとなく嫌いなまま、1年が過ぎた頃。
同じ生徒会に入ることになった。
向こうは会長、こっちは書記だ。
言うことは出来ることなら聞きたくなかった。
けれど仕事だから仕方ない。
嫌いの根本にあるのは『嫉妬』であることは自身でも理解している。
私の方がもし早く会ってたら、という気持ちはどうしても拭えない。
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「うん、じゃあその方向で行こうか。そしたら文化祭実行委員会の方にもそれで伝えとこう。」
「了解。あと、各クラスの出し物の希望も来てる。」
「じゃあその仕分けを…………里華ちゃん、お願い出来る?」
「はーい、わかりましたぁ。」
お盆も終わり、夏休みももう終盤に入る中、今日は日中から生徒会は動いていた。
来月に行われる文化祭の準備のためだ。
会長である香緒里と副会長の小野一輝の仕事は早い。
書類がどんどん片付いていく。
7月下旬は香緒里はインターハイに向けて部活に専念しつつも生徒会の仕事をこなしていた。
体力化け物か、と傍目から見ていた柚希は思った。
生徒会に入って一緒に仕事するようになって、香緒里の印象はだいぶ変わった。
沙世に前に吉崎香緒里はどんな人か、と聞いた時に「めちゃくちゃお人好し」と言っていたが、正にそうだ。
体育祭で後夜祭をやりたい、キャンプファイヤーがやりたい、と会計の佐倉時行が言い出した時は、絶対無理だろうと思った。
緑ヶ丘で前例がまずない。
予算もプラスでかかる。
何を言い出すんだこいつは、と思った。
だが香緒里は少し考えた後、「わかった。」と言うと、関係各所と連携をして、あれよあれよという間に実現させてしまった。
相当時間は掛けていたと思う。
断ったってよかったはずなのに。
真面目も真面目だ。
生徒会、勉強、部活、全て手を抜かない。
だから常に成績は上位、空手部でもエースでインターハイに出る。
「…………時行、トイレ長くねぇか?」
時計を見て一輝は言う。
確かに、トイレ行ってくる、と言って出ていってから優に20分は経っている。
「絶対寄り道してますね、あの人。」
会計監査の手塚颯斗が溜息をついて言う。
やれば出来るタイプなのだが、しょっちゅうサボりがちなのが時行の悪い所だ。
「たっだいまー!」
そうこう言っていると時行が帰ってきた。
手にはビニール袋を提げている。
「遅せぇ!!」
「いやー売店行っててさー箱アイスあったから買っちゃったよ〜みんなで食おー!」
「トイレ以外にどっか行くなら一言言って行け!」
時行の頭をスパンと叩いて一輝は言う。
「いない時間に佐倉先輩に振りたい仕事が溜まっていってるんですけど???」
「いやーはーくんならそれ出来るでしょー?」
「あんたがやらなきゃならない仕事だから言ってんですよ!」
颯斗が噛みつき時行がそれを流す。
これも恒例になっている。
「せっかく買ってきてくれたし、一度休憩して溶ける前に食べよっか。」
「わ〜い、私アイス好きですぅ♡会長は何味がいいですかぁ??」
香緒里はようやく手を止めてそう言った。
日向里華はアイスの箱を時行から受け取ると香緒里の傍による。
基本的に男子に対してぶりっ子の里華だが、香緒里に対してもそれがなぜか発動している。
懐いているということなのだろうが。
柚希も溜息をつきつつ、手を止めてアイスを受け取った。
早く終わらせて部屋に戻りたい。
「あ、河村さん。昨日まとめてくれた去年の文化祭の資料、すごい見やすくてよかったの。ありがとう。」
アイスを食べながら香緒里は柚希にそう声を掛ける。
「あっそ。言われたことやっただけだけど。」
「ううん、期待以上だったよ?助かる。」
あと、この人はよく人の事を見ている。
だから褒めるのが上手い。
柚希が生理で体調が悪い時も真っ先に気付き、配慮してくれる。
3ヶ月ちょっと一緒に生徒会をして、香緒里の印象は変わった。
なぜ秀人が香緒里を選んだのかもなんとなくわかった。
だが、1年間育てた恋心はなかなか消えてくれないし、持ち続けていた反発心もすぐにはなくなってくれないのだ。
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夏休みも終わりの頃。
柚希が生徒会の仕事を終え、部活に向かっている時のことだった。
校舎の裏手の方から笑い声と、僅かに煙草の匂いが漂ってきた。
眉を顰めながらそちらに行くと、3年生の男子が2人、陰になる場所で座って煙草を吸っていた。
「何してるんですか。校則的にも法律的にも未成年の喫煙は禁止ですよ。」
見過ごすことが出来なくてつい、声を掛けてしまう。
「んだよ、急に。」
「あ、こいつ生徒会のやつじゃね??」
「げ、マジかよー……めんど。」
若干ガラが悪い。
制服を着ているがかなり着崩している。
この学校にはちょっと珍しいタイプだ。
「名前とクラスを教えてください。この件は生徒会に報告します。」
「やだよ。たかだか生徒会が偉そうに。」
「邪魔すんじゃねーよ。」
2人はこちらを睨みながら立ち上がる。
「ちょーっと痛い目見ないとわかんねぇかな?」
「俺らもさー、受験勉強でストレス溜まってんのよ。」
なぁ?と言いつつ2人は徐々にこちらに近付いて来る。
怖い。
何をされるのだろうか。
雰囲気に気圧されて、後退りをする足が震えた。
手がこちらに向かって伸びてきた時、聞き慣れた声がした。
「何をしてるんですか。」
そして、その人は柚希と3年生の間に割り込んで立った。
「会長……。」
「3年D組の矢口先輩と野本先輩ですよね?うちの生徒会の子に何をされるつもりですか?」
香緒里はそう言って2人を見る。
「生徒会長かよ…………。」
「何でもねーよ、そいつがギャーギャー言ってくるからさ。」
2人の足元に残された吸殻を見て、香緒里は状況を察した。
「煙草を吸っていたんですね。…………受験勉強でストレスが溜まるのもわかります。けれど、喫煙はダメです。
ですが、この場でもう二度と吸わない、とお約束してくださるのであれば、報告はしません。」
受験に影響があっては困るでしょう?と付け加えた。
「分かったよ…………もう吸わねぇから。」
「ちなみに、今度報告があった場合は生徒会の子に手を出そうとしたことも含めて、職員会議にかけてもらいますので、お忘れなく。」
少しプレッシャーを掛けて香緒里はそう言い、2人を見据えた。
2人はやや引き攣った顔で頷き、吸殻を集めるとそそくさとその場を去っていく。
「いやこえーって!」
「会長出てきたら勝てねぇよ、インターハイ出てるくらい強いとかやべぇよ。」
2人が逃げながらそう言っているのが聞こえてきた。
遠くに行ったのを見届けて、香緒里は柚希を見る。
「大丈夫だった?怪我とかしてない??」
「…………平気。会長、なんでここに……?」
「あぁ、河村さんに渡し忘れた物があったのに気がついて探してたの。」
そう言って手に持っていた資料を柚希に渡す。
「でも、何かある前に間に合ってよかった。」
「……助けてなんて頼んでないけど。」
つい、つっけんどんな態度をとってしまう柚希を見て、香緒里は少し笑う。
「いいの、私が助けたかっただけだから。だって大事な生徒会のメンバーだもん。」
その顔を見て、柚希は(あ、もうダメだ。)と思った。
自分の中で否定し続けて来たけど、もう否定しきれない。
私、この人のこと結構好きだわ。
と思った。
素直に認めるしかない。
「それじゃ、私行くね。河村さんは部活行くんでしょ?」
「…………柚希でいい。」
「え?」
「柚希って、呼んで。…………あと、助けてくれてありがとう。」
ちょっと照れながらそう言うと、香緒里は満面の笑みを浮かべた。
かわいい。
これは新谷くんも惚れるはずだわ。
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「……ってことがあってね〜ようやく柚希と打ち解けられた気がするんだ。」
「おぉよかったねぇ。ツンデレなだけでいい子だから、これからきっともっと仲良くなれるよ〜。」
いつもの談話室。
香緒里が今日柚希とあった話をすると、同じ女テニの沙世は嬉しそうにそう言った。
去年から柚希を見ていた沙世としては感慨深い。
「仲良くなったのはいいけど…………香緒里、あんまりそういうところに突っ込むなよ……。」
秀人は話を聞いてそう苦言を呈す。
「なんで?」
「なんで……って、普通に危ないだろ?」
「手は出してないけど……勝てると思うよ?」
「いや、そういう事じゃなくてな?せめて一輝やトッキーも呼ぶとかさ。」
「一輝やトッキーよりも私の方が強いと思うけど……。」
「まぁ、そうなんだけどさ……」
心配してるのだがなかなかそれが伝わらない。
「わかった、じゃあ次からは秀人のこと呼ぶね?」
「………………それでいいよ……。」
ちょっと固まった後、秀人はそう言った。
額を押さえて少し視線を逸らした。
その耳は赤い。
「秀人の負けだな。」
「そういうことじゃないんだけど、秀人なら大丈夫って思われてることは嬉しい、て感じかしらね?」
二人のやり取りを見ていた翔太と雪音はそう言って笑った。




