8、兄と従姉弟
翌朝。
香緒里は結局あの後あまり寝られなかったため、寝不足になった。
キスを思い出し、自分の言動を思い出し、色々と恥ずかしくなり、眠気がどこかへ行ってしまった。
ようやく眠くなった頃には日が昇り始めていた。
美愛は香緒里が悶々と考えている頃、静かに帰って来た。
恐らく悠と外に出ていたのであろうことは分かったが、特に突っ込まなかった。
突っ込む余裕もなかったとも言うが。
その美愛は布団について割りとすぐに眠ってしまっていた。
「香緒里、眠そうね?」
朝食を食べるために宴会場に向かう時に雪音にそう言われる。
「なんかあんまり寝られなくて。」
「疲れ過ぎると逆に寝られなかったりすることもあるものね。」
眠かったら帰りの新幹線とかで寝なよ?と言われる。
昨日の夜の話はさすがに雪音にも話せないな……と思う。
宴会場に行くと既に井口がいた。
「井口さん早ーい。」
「6時にはもう起きてますので。」
奈津が声掛けると井口はそう返す。
身支度もばっちり整っていて既にスーツである。
香緒里達はまだ浴衣のまま。
沙世は、「浴衣の方がキツくなくてたくさん食べられるから!」と言っていた。
たくさん食べてお腹が膨れた後、果たして私服は着れるのだろうかとも香緒里は思ったが、何も言わないでおいてあげることにした。
数分後に男子組もやって来る。
「おはよーー!」
「沙世は相変わらず元気だな……。」
低血圧気味である真は、対象的に朝から元気いっぱいの沙世を見てそう言いながらその隣に座る。
「おはよ。」
秀人が香緒里の隣に腰を下ろしながらそう言う。
少し優しいその声色にちょっとだけ頬を赤くしながら香緒里も「おはよう。」と返す。
秀人も香緒里と同様あまり寝られず、珍しく一番遅くに起きることとなったため、最低限の身支度だけ整えただけなので、今日はまだコンタクトを入れていない。
「あれ?朝から眼鏡なの、珍しいわね。」
「あーうん、まぁな。」
二人の向かいに座る雪音にそう言われ、秀人は曖昧に濁す。
「秀人にしては起きるの遅かったもんな。」
翔太がそれに付け加えて言う。
香緒里はじーっと秀人の顔を見つめている。
「……香緒里?」
「私……秀人の眼鏡姿、結構好きなのかも……。」
秀人に声を掛けられた香緒里は、そう呟いた。
呟いたというよりは、多分心の声が漏れたが正しいようにも見えるが。
当然、秀人はフリーズする。
せっかく一晩かけて冷静さを取り戻したはずなのに、ものの数分で持っていかれそうになる。
「香緒里……朝から勘弁して……。」
「え………?あ……!ごごごめん!」
額を押さえて耳を赤くする秀人を見て、自分の漏らした言葉を自覚し、香緒里も顔を赤くする。
何となく様子の違う二人を見て、翔太はジト目をする。
「……絶対夜なんかあっただろ?」
「……何もねぇよ。」
「何も、ないよ……?」
声のトーンの変わらない秀人と、明らかに目が泳ぐ香緒里。
分かりやすすぎる親友を見て、雪音はクスクス笑った。
「美愛ちゃーーーん!」
朝食を食べていると、騒がしい声と共に雅樹が宴会場に飛び込んで来た。
「朝から騒がしいわ。」
「だってせっかく帰ってきてるのに昨日は朝からいないんやもん!」
「出掛けるて事前に言うとったやないか。」
傍に座り込む兄に対して美愛は塩対応。
「みんなは今日帰るけど、美愛ちゃんはまだおるんやろ?したらどっかで一緒に出掛けようや〜。」
「なんでやねん。」
その様子を見ていた沙世は、「残念イケメン……」と呟いた。
「こう、圭とはまた違った残念具合。シスコンだから。」
「そこで引き合いに出されるの非常に微妙な気持ちなんだけど沙世ちゃん???」
結局朝食が終わるまで雅樹はいた。
この後は旅館の手伝いをするらしい。
「おい、ちょっとそこのちいこいの。」
部屋にぞろぞろと戻る中から、雅樹は悠を呼び止めた。
とても不本意な呼び止め方ではあるが、とりあえず悠は足を止めて雅樹を見る。
「なんすか。」
「一昨日、美愛はみんな友達や言うとったけど、お前やろ?美愛の彼氏。」
先程美愛に絡んでいた態度とは一転、真面目な顔で悠を見る。
若干、圧を感じるが。
一昨日の時点では付き合ってはなかったので美愛の言葉は間違いではなかったのだが。
まさか昨日付き合い始めました、とも言えずどう答えたらいいものか悩んでいると、雅樹は溜息をつきながら「まぁええわ。」と言った。
「今回美愛が帰って来られたのも、きっとお前が関係してるんやろうなってのは、見てればわかる。とにかく、お前は美愛を泣かせんな。泣かせたら俺が締めに行く。」
冗談にはさっぱり聞こえない言い方で雅樹は言う。
「……そんなことにはならないですよ。」
今度ははっきりと伝える。
「ならええわ。向こうで美愛のこと、頼んだわ。」
悠の言葉を聞くと雅樹はくるりと背を向けてそう言った。
美愛の過去の話はもちろん兄だから知っているのだろう。
そして一人で大阪を出ていった妹をずっと案じていたのだろうと、悠は感じた。
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通天閣に上り、近くのお店で昼ご飯を食べたり、びりけんさんの写真を撮ったり、レトロゲームや射的などをして、充分に新世界を堪能した後、香緒里達は新大阪駅に戻ってきた。
「大阪楽しかったー!」
「3日間だけど、満喫したねぇ。」
新幹線のホームで電車が来るのを待ちながらそう話す。
「美愛、ありがとねー誘ってくれて。」
「うちこそ、みんなと地元で遊べて楽しかったわ、ありがと。」
香緒里が言うと、美愛は笑ってそう応えた。
美愛と直樹はお盆の終わりまでのあと数日、大阪にいるらしい。
香緒里達はこの後自宅へ帰省する。
新幹線がホームに到着した。
「じゃーまたお盆明けねー!」
「美愛も直樹も、部活のない今のうちにちょっと宿題やっておくのよ?」
「いやおかんか。」
「バイバーイ。」
ホームに残る2人に声を掛けながら香緒里達は新幹線に乗り込む。
一番最後に乗り込んだ悠は振り向き、美愛に言う。
「連絡しろよ。」
「ん、わかっとる。」
短く会話をし、微笑む。
悠はきょとんとした顔をしている直樹にも手を振り、中に入って行く。
「ミメイ?」
「ん?」
「ちょっと気持ち楽になった?」
「……あんた、意外と見てんなぁ。」
実は直樹も美愛の事情は父から聞いて知っている。
なぜ大阪に今まで帰っていなかったのかも。
でも、敢えて何も言わずに黙ってくれているのだ。
「せやな、ようやく前向いて歩けそうや。」
出発する新幹線を見ながら、美愛は大阪に着いた時よりもずっとすっきりした顔をして、そう言った。




