7、前に進む
香緒里と秀人が部屋を出る少し前。
男子部屋で悠は布団の中に入っているものの、眠れずにいた。
帰りの電車でうたた寝をしていたせいか、妙に目が冴えてしまっていたのだ。
他の友人らは皆寝ている。
秀人は時折寝返りを打っているので眠りは浅そうだが。
どうしたものかと思っていると、スマホが振動する。
開くと、美愛からメッセージアプリに『まだ起きてる?』と来ていた。
『起きてる。何かあったか?』
『ちょっと、散歩に付き合ってくれへん?』
『わかった。着替えたら部屋出る。』
誘われて断る理由もない。
悠はすぐに浴衣から服に着替えるとスマホだけ持ち、部屋の外に出た。
既に美愛も着替えて待っており、二人は静かに旅館の入口の方へと行く。
フロントにはもう人がいなく、暖簾の奥の従業員用の部屋に光が点っているだけで暗かった。
手馴れた様子で引き戸を開け、美愛は外に出る。
二人で外に行き、旅館の敷地から出て少しした頃、美愛はようやく口を開いた。
「急に呼び出してごめん。」
「眠くなかったし、全然いいよ。」
「ならええんやけど……。」
美愛は歩きながら少し周りを見回す。
「久しぶりに帰って来たから、家の周りを歩きたかったんやけど、昼間はちょっと出歩く勇気なくてな。夜なら、人にもあんま会わんかな思て。」
美愛は、夜一人で歩くのは危ないやん?と言っているが、多分本音は一人で出歩きたくなかったのだろう。
だから、悠を誘った。
何かあった時に頼ろうとしてくれることは素直に嬉しい。
逃げずに前に進もうと頑張っている。
だがしかし進む明確なきっかけがなく困っているようにも見える。
この散歩も恐らく気持ちを整理するためのものだろう。
昼間の話や他愛ない話をしながら二人は閑静な住宅街を歩く。
時刻は23時前頃なので人通りはほとんどない。
前から来た自転車の明かりに少し目を細める。
その自転車は悠と美愛の横を通り過ぎた後、急ブレーキを踏んだ。
「美愛……!?」
名前を呼ばれ、振り返ってその人の顔を見た美愛は表情を強張らせる。
「帰ってきてたんや……。」
自転車に乗ってたのは、同い年くらいの制服を着た少し明るめの髪色の女子高生。
自転車を降り、こちらに近付いて来る。
「瑛子………。なんでここに……。」
「バイト終わって帰るとこや。」
恐らく、美愛の元同級生だろうと悠は察する。
いじめていた唯でも弥生でもない。
美愛の顔色はあまりよくない。
無理矢理このまま立ち去ることも出来なくはない。
けれど、それでいいのだろうか。
「少し、話せへん?」
瑛子と呼ばれたその女子高生は美愛にそう聞く。
美愛は悠の方を横目でチラリと見た後、「わかった。」と返事をした。
瑛子の後を付いて行き、近くにあった公園に入る。
二人はベンチに座り、悠はそこから声がギリギリ届くくらいの距離に立った。
「元気………してた?」
「まぁ………一応……。」
瑛子に聞かれ、美愛は歯切れ悪く答える。
「毎年、帰ってきてたん?」
「いや、今回が初めて……5年ぶりくらいに、戻ってきたん。」
「そっか………。」
向こうも向こうで若干気まずい様子ではあるようで、探り探りという感じに美愛に投げかけている。
元々、美愛の友人だったのだろうということはわかった。
「まぁ、帰っては来づらいよなぁ………。」
小さく呟いた後、瑛子は美愛を見た。
「うち、ずっと美愛に謝りたかったんや。」
「え……?」
「唯と、弥生のこと……面白がって虐めてたんはうちやうちの周りも一緒だったのに、唯が自殺しようとして、警察まで出てきて………怖くなって、全部美愛のせいにした。」
突然そう言われ、美愛は面食らう。
「いや………でも、うちが悪いのは事実やし………。」
「美愛が中心だったのは確かに間違いやないけど、美愛だけのせいでは絶対なかったんに………うちらは逃げた。」
瑛子は膝の上に置いた手を握り締める。
一度唇をギュッと噛み、続ける。
「全部美愛のせいにして、逃げて、本当にごめん。弱くて……ごめん……。うちだけやない、他にも同じように思ってる子達もいる。もちろん、気にしてないやつらもおるけど………。」
そう言って、瑛子は頭をさげる。
「謝ったって、あの時のことはなかったことにならん。唯も弥生も傷付けたし、うちらは逃げて美愛を一人にした。これは変わらん、けど、どうしても伝えたかった。美愛、真っ直ぐな子やから、絶対一人で抱え込んでると思って………。」
「瑛子………。」
「ほんまに、ごめん。」
何と返したらいいか分からず、美愛は黙る。
許す、というのも何か違うような気がするし、じゃあお友達に戻りましょうというのもまた違う気がする。
困っている美愛に気付いたのだろう、瑛子は苦笑する。
「突然こんなこと言われても困るわなぁ。すまん、うちが伝えたいことだけ伝えてしもて。」
まぁこれも結局自己満足でしかないんかなぁ、と瑛子は言う。
「唯も弥生も、今は楽しく過ごしてるみたいやで。」
「そっか………。」
「ほな、聞いてくれてありがとう。遅くなるし帰るわ。」
「………瑛子、今日会えて……良かった。」
「うちもや。」
少しだけ美愛は笑みを浮かべた。
「彼氏さんも、付き合わせてしもてすまんなぁ。美愛のこと、よろしくな。」
瑛子はそう悠にも声を掛け、帰っていく。
彼氏ではないんだが………と否定するタイミングはなかった。
瑛子が公園を出た後も、美愛はベンチに座り、空を見上げていた。
悠はその隣に腰を下ろした。
「ずっと………自分だけのせいやって思ってきたけど………うち以外にも、後悔してる人たちおったんやな。」
美愛はそう空に向かって言う。
「渡辺だけのせいじゃないだろ、って言ったろ?」
「せやったなぁ………もちろんうちの罪がなくなるわけでは全然ない。けど………なんやろ、同じ気持ちの人がいるんやって、分かって………少しだけ、気が楽になったような気がする………これ、ええんやろか?」
「いいだろ。お前は一人で背負い込み過ぎ。」
悠の言葉に、美愛の目から涙が零れる。
「前に進むの、怖かったんや。それは逃げてるんじゃないか、忘れようとしてるんやないか、って。でも………そうやないねんな………過去抱えたまんま、前に進むんでも、ええんやな……。」
罪はなかったことにはならない。
許しても貰えないだろう。
罪悪感が消えることもない。
けれど、忘れなくていいのだ。
忘れることが前を向くことではない。
「うちが、そう思えたんは、悠がいてくれたからや。」
涙を拭い、美愛は悠を見る。
「悠が一緒にいてくれたから、大阪まで帰って来られた、前に進もうって思えた。」
言葉を区切り、じっと目を見つめる。
「うち、悠のこと好きや。これからも傍にいて欲しい。」
「当たり前だろ。言われなくても、傍にいる。」
悠はそう言うと、美愛の頭を自分の肩口に乗せる。
「俺は、渡辺のことずっと好きだよ。初めて見た時から。」
ずっと口にはしていなかった言葉をようやく口にする。
すると、美愛は「ちょっと待った。」と言って顔を上げた。
「もしかして………一目惚れなん?」
「………悪いかよ。」
「一目惚れって、こう、その後悪いとこ目ぇついて好感度下がるようなイメージあるんやけど。」
「……中身知って、更に好きになったんだよ……あーーーもう!!言わせんな!帰るぞ!」
悠はそう言うと顔を赤くして立ち上がる。
「そうか〜それは知らんかったわ〜。」
「もういいだろ……!」
「よくないわ、嬉しいもん。」
笑って美愛がそう言うと、悠は今度は耳まで赤くなる。
「………そうかよ……。」
手を美愛に向けて差し出す。
そしてもう一度、帰るぞ、と言う。
美愛は微笑んでその手を取った。
「ありがとう、悠。」
様々な思いを込めて、美愛は手を引いて前を歩いていくその背中に向かって、呟いた。




