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一期一会  作者: 雪奈
第10章 梅雨闇に揺らぐ
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9、憎しみと許しと


「亮!?何でここに………。」


真は驚き、亮を見る。

病室内で黙って話を聞いていた香緒里たちも驚く。

秀人ですら、予測していなかったようだ。


「沢田がね、元気ないから心配で色々調べたら、お父さんの会社に辿り着いたらしいよ?」


そう言って、亮の後ろからひょっこり奈津が顔を出す。


「申し遅れました。私、鮎川亮と申します。」


状況がさっぱり理解出来ていない隆弘に、亮はそう言って丁寧に名刺を渡す。


「真くんの友人でもありますが、本日は父の鮎川陸の代わりに、鮎川グループの代表として、提案とご相談のためにお伺いしました。」


い、いつもと雰囲気が違う………と沙世はこっそり呟く。

そういえば、寮でよくパソコンで仕事をしているのは見るが、こうして対外的に仕事をしているのは見た事がなかったな、と香緒里も思う。

しかも制服でも私服でもなく、しっかりスーツを着ている。

完全にビジネスモード。


「鮎川グループで、既に高校生のご子息が働いているという噂はあったが、本当だったのか………。」


流石の隆弘も若干動揺している様子に見える。


「それで、何故ここに………?」

「先程、あそこの奈津が言った通りです。真くんのことを調べていたら、あなたの会社に辿り着いた。今は経営が上手くいっていない様子ですが、ビジネスとしては大変面白いことをされている。

畳んでしまうくらいでしたら、ぜひうちのグループに預けてみませんか?」


展開の早さに奈津以外誰もついていけてない。

唯一、頭を仕事モードに切り替えたのか、少し表情を変えて隆弘が答える。


「いきなりそんな………今社長代理をやっている者と相談しないことには決断出来ません。」

「……社員を大事にしている会社、と耳にしています。給料のベースアップ、職場環境の改善もお約束しましょう。」

「しかし、そちらにメリットはないのでは……??」

「こちらに資料をまとめました。」


そう言って亮は持っていた鞄の中から書類を出し、渡す。

そして隆弘がそれを捲って読む中、口で補足していく。


「なんだか、何がなにやら………。」

「改めてすごいな、亮は。」


香緒里と翔太がやり取りを聞いて呟いた。

香緒里の隣に並んだ奈津は少しクスクス笑った。


「この話ね、ビジネス的にも美味しいっていうのもあるけど、実は沢田のためでもあるんだよね。」

「どういうこと???」


香緒里が奈津に問い返したタイミングで、亮は少し振り返り、奈津を見た。


「………言うな、って亮に言われちゃったから、ここからは内緒。そのうち話してくれるまで待ってて。」


ごめんね、とにっこり笑って奈津は話を終わらせた。

どういうことなのか香緒里達にはさっぱり分からなかったが、秀人だけは少し察したようで、面白そうに亮と真を見比べていた。


「ご決断、いただけますか?」


一通りの説明が終わったのか、亮は隆弘にそう問い掛ける。


「……わかりました。ご提案、受けさせていただきます。代理社長の方にも連絡します。」

「お願いします。こちらからも明日にでも貴社に社員を向かわせますので。」


早い方がいいだろう、ということなのだろう。

トントン拍子に話がまとまってしまった。


「沢田……いや、今は真の方がいいか?お前も将来のためにしっかり勉強しておけよ。」

「あ、あぁ……?」


それではまた、と亮は隆弘に頭を下げ、病室から出て行ってしまった。

その後を「また後でね〜」と香緒里たちに声を掛けた奈津が追う。

これから会社に行くのだろうか。


先程まで、少ししんみりとした空気だったはずなのだが、すっかり雰囲気が変わってしまった。


真の聞きたいことは聞けた。

帰るか、と皆を促した。


秀人が香緒里の方を見て、いいのか?という表情をする。

恐らく、今生の別れになるだろう。

関わりはなくとも隆弘は香緒里の実の父ではある。

何か聞きたいことや言いたいことはないか?ということであろう。


それに対して香緒里は首を横に小さく振った。

恵は……実母は隆弘に会いたかったのかもしれない。

でも先程の話を聞くと、会わない方がいいのかもしれない、と思う。

だから香緒里から伝えたい話も聞きたい話もないのだ。


その様子を見た秀人は香緒里の手を取り、病室を出る。

翔太と雪音も続いて出、沙世も真を伺いつつ、扉に手を掛ける。


「真。」


ベッドに横になったまま、隆弘が声を掛けてくる。


「お前は、俺のような人間になるなよ。」


この言葉もきっと真を案じてのことではないのだろう。

それはわかってきた。


「あぁ、わかってる。」


だから少ない言葉で返し、病室を出た。

それが、隆弘との最後の会話。



真が病院を訪れて数日後、隆弘は静かに息を引き取った。



-----------------


葬儀が行われた。

喪主は麗子だが、真も家族として参列している。

お通夜も告別式も土日であったため、香緒里たちも参列。

隆弘の会社の人や知り合いも来ているようで、葬儀の方はそれなりの人数がいた。


真は終始何かを考えているかのように真顔で黙っていた。


ようやく話し出したのは、火葬場に着いて、火葬をしている間の時だった。

待合室には麗子がいるので避ける形で6人は外に出た。


「実感……ねぇなぁ。」


ぽつりと真は呟く。


「仕方ねぇよ、そもそもしばらく会ってなかったんだし。」

「まぁな……。」


秀人が言うと、真はそう言って火葬場を見た。


「色々あいつの話聞いて……あいつにはあいつなりの事情があったこともわかったし、得体の知れなかったあいつがどんなやつなのかわかったけど、やっぱり理解は出来なかった。」


言葉を区切り、下を向く。


「まだ、許せない気持ちは大きい。あいつさえ戻って来なければ母さんは生きてたかもしれないのに、と思ってしまう。」

「許さなくても……いいんじゃないか?」


そう言った秀人を真は見る。


「許すとしても時間がかかるだろうし、許さなくてもいい。ただ、憎むのはやめてもいいと思う。憎み続けるにはエネルギーがいる、自分を削ることになる。」

「憎む……か。」


倒れた後、秀人たちと話して。

病室で隆弘と話して。

少しずつ以前のフツフツ沸いてくる怒りや憎しみは薄くなったような気がしている。


「そうだな……それは、今ならやめられるような気がする。」

「それだけでも、お前の気持ちは軽くなるんじゃないか?」


そうかもしれない、と真は思う。

そう思えるようになったのは、紛れもなくここにいる友人達と、そして沙世のおかげだ。

隣にいる沙世を見ると目が合った。

ちょっとだけ微笑む沙世の手を握る。

それだけでまた、気持ちが少し軽くなるような気がした。




滞りなく、葬儀が終わった。

帰り際、麗子が真の元へ来た。


「あの家、売ることにしたわ。私たちはどこか別の所へ行く。真、あんたも好きに行きなさい。」


そう伝えると直ぐに子供たちを連れて、タクシーに乗ってしまった。

売る……?あの家を……????

誠と麻衣が買った家。

二人とも亡くなった今、持ち主は隆弘に変わっていたはずだ。

だから継ぐのは麗子で間違えない。

確かに真と麗子達で住むのには違和感はある。

だから、売ってお金にしようということなのだろう。

麗子がいる限りあの家に帰るつもりはなかったが………。



モヤモヤ考えていると、沙世の両親がやって来た。

彼らも火葬に参加していた。

特別付き合いがあったわけではないが、恐らく真のために来てくれたのだろう。


「真くん、未成年後見制度って、知ってる?」


沙世の父が真に問い掛ける。

初めて聞いたそのワードに真は首を振った。


「両親がいなくなったりした場合に、未成年者の保護者のような役回りを親権者に代わって行える制度なんだ。

私たちは隆弘さんがもう長くない、ということを聞いてから、私たちにそれが出来ないか掛け合ってみてたんだ。」

「え……?」

「麗子さんは見る気がさっぱりなさそうだし、それなら私たちが、と思ったんだ。」

「えーとね、つまり、平たく言うと……うちの子にならない?ってことよ。養子ではないから戸籍的には関係がないんだけど。」


沙世の母が引き継いで言う。


「隆弘さんの遺言書にも記載してあるから、法的にも手続き的にも問題はない。あとは君が受け入れてくれるかどうかだ。」

「家もなくなってしまうっていう話だし、そのままうちへ来たらどうかしら……?」


思ってもみなかった提案。

谷中家には昔から行っていたし、寮に入ってからは自宅には帰らず、隣の谷中家に泊まってはいた。

だが……


「そんな……迷惑じゃないですか?」

「迷惑だなんて1ミリも思っていないよ。真くんは私達にとって、息子と変わりない。それくらい大事な子だよ。」

「とっくに、家族みたいな存在だと思っていたわ。」


温かいその笑顔と言葉に胸が詰まる。

小さい頃から気付いたら一緒にいた沙世と同じくらい、見守ってくれたであろう大人たち。

いつだってこの人達は真を温かく迎え入れてくれていた。


「ありがとう……ございます……。」


真の瞳に薄ら涙が滲んだ。

それに気付いた沙世は背伸びをして、真の頭をぎゅっと胸に抱きしめた。

そしてそのまま優しく頭を撫でられる。

その温かさも相まって、何年ぶりかの涙が零れ出て、頬を伝った。



これからは後ろを向かず、大切な人と1歩ずつ前に進んでいけるだろうか。


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