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一期一会  作者: 雪奈
第10章 梅雨闇に揺らぐ
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8、選択


翌日の日曜日。

真の熱も下がったので隆弘が入院している病院へ行くこととなった。

無理しない方がいいんじゃないか、とやんわり止めたが、今日を逃すと次の週末になるから、と真は言った。

先延ばしにしても気持ちが揺らぐ可能性があるからかもしれないが。


他愛ない話をしながら電車を乗り継ぎ、秀人たちの自宅がある地域にある、大きな市民病院へと向かった。

昨日はゆっくり寝られた、と話す真の顔はここ最近の中で一番明るかったように見えた。



病院へ着き、事前に義母の麗子から聞き出しておいた病室へと行く。

徐々に真の表情が固くなっていく。

その真の手を、沙世は無言でギュッと握った。

扉の前で一度深呼吸をしてから病室へ入った。


「あら、今回はちゃんと逃げないで来たのね〜。お友達も一緒に、だけど。」


病室には麗子もいた。

顔を見るなり、煽るようにそう言った。


こいつは別の意味で嫌いなんだよな……と思いつつ真は眉根を寄せる。

沙世も麗子を睨む。


「麗子、ちょっと席を外しててくれ。」


隆弘に言われた麗子は「はーい」と間延びした返事をした後、病室を出て行った。

半年ぶりに見た隆弘はベッドに横になっており、見るからに痩せていた。

元より細身ではあるが、更に細い。

ただ、目付きは変わらない。


「来ないかと思っていた。」

「あんたがなんで俺を呼んだのかは興味がない。ただ、聞きたい話があるから来た。」


いつものように淡々と話す隆弘に、声を荒らげず、気持ちも乱さずに真は言う。


「なんだ。」

「母さんと父さん………浅野麻衣と小川誠について。」


浅野、は母の旧姓だ。

二人の名前が出ると、初めて隆弘の瞳が揺らいだ。


「あんたと二人の大学の頃の話は綾子さんから聞いた。」

「綾子か………。それで、そこまで知っていて、お前は何が知りたい?」

「母さんの真意。そして、あんたが母さんとそして香緒里の母親の恵さんをどう思っているかだ。」


少し考えるように目を閉じた後、隆弘はベッドから身体をゆっくり起こした。


「……わかった、話そう。」




-------------



俺が小さい頃に父親は蒸発した。

そこから母親はシングルマザーとして俺を育ててくれたがずっと貧乏だった。

だからいつか会社を起こして金を稼いで楽させてやりたい、と思っていた。



大学には奨学金で入ったから遊びつつも真面目に勉強していたつもりだ。その甲斐あって、留学もさせて貰えたからな。

麻衣のことは、本気で好きだった。でも留学のために未練を残したくなかったから別れた。子供が出来てるなんて思ってもなかったからな。

そして留学して帰ってきて、暫く働きながら金を貯めて、会社を起こした。その直後、母親は亡くなった。

しばらくして、麻衣が誠と結婚していたことも風の噂で聞いた。

あの時俺が留学に行かなければ、と何度も考えた。

けれどその時の俺には仕事しかなかったから、死に物狂いで働いた。

経営も軌道に乗り、順風満帆の社長業だった。



それからしばらくして、うちの会社に営業に来たのが麻衣だった。

会おうと思って会ったんじゃない。

もちろん、会いたいとは思っていたが、そんな資格もないとも思っていた。

でも、出会ってしまった。


誠が何年か前に事故で亡くなったと聞いたのもその頃だ。

連絡先を交換し、何度か会ってまた親交を深めていった頃、お前が俺の子供であることを麻衣は話してくれた。


その時に、今度こそ麻衣を幸せにしたいと思って、結婚することにした。

だが、お前も知っての通り、しばらくして酒に溺れた。

会社の経営が傾いて来たことによって、ストレス発散のために酒を飲んでしまった。


その内に、麻衣は体調を崩し、入院してしまった。

逆に、会社の経営は少し上手く行き始めてきたから、仕事ばかりになってしまった。

麻衣はそれでいいと言ってくれてたが、今思えば絶対そんなことはなかった。


麻衣が入院中の頃に、行きつけの飲食店で出会ったのが麗子だ。

あいつは2人目を妊娠してる時に、旦那が居なくなった。

それが蒸発した俺の親父と、そして麻衣を捨ててしまった俺と重なって、気になった。


そして、麻衣は亡くなってしまった。

今度こそ大切にしようと思っていたはずなのに。

その寂しさを穴埋めするために、麗子と結婚した。

そこに愛があったのかと言われれば、なかった。

俺は罪滅ぼしと心の隙間を埋めるため、あいつは俺の金が目当て。

もちろん、情はあったがな。



-----------------


隆弘はそこで一度言葉を切った。


「恵は………そうだな、あの子の境遇がひどく不憫に思えて、気にかけているうちにそういう関係になった。浮気だと言われても仕方がないとは思う。」


話を聞き終えた真は少しの沈黙の後、隆弘を見た。


「留学のために、母さんをそして恵さんを放り出したことに後悔はなかったのかよ。」

「なかった、と言えば嘘になる。特に麻衣に対しては。ただ、あの頃は無我夢中だった。どちらも手に入れようとする強さは俺にはなかった。」

「本当に母さんのことが好きで大事なら、浮気なんてするわけねぇだろ。」

「一番は麻衣だった。」

「そういう問題じゃねぇ。」


真の価値観では計れなさすぎる隆弘の言葉。


「母さんはなんでお前のことが好きだったのか、全然わからねぇよ……。」

「さぁな。」


隆弘はそう言った後、少し咳き込んで、再びベッドに横になった。


「俺の事をどう思っていたのかはわからないけれど、麻衣が誠に惚れた理由ならなんとなくわかる。

一番辛い時に傍にいたというのもあるが、あいつは俺と違って強い人間だ。しっかり人と向き合って、大切に出来る……いいやつだった。

当時から、本気で麻衣を取り合ったら勝てないんじゃないか、と思っていた。俺がいる間は土俵に上がって来なかったがな。」



そう思っているのに、留学を決めた。

隆弘がいなくなったら誠が麻衣に接近する可能性も高かっただろうに。

それでも、夢を追った。

麻衣や恵より留学を、麻衣より会社を取った。

優しくないわけではないのだろう、でも大事にする覚悟、愛を選べない。


「麻衣の人生に俺は最初からいない方がよかったのかもしれないな。」


口調は変わらず、けどその目はどこか悲しげに見えた気がした。

確かに隆弘がいなければ麻衣は……真の母は今も生きていたかもしれない。

それでも。


「あんたが酒に呑まれちまう前の、短い期間だったけど……家族3人で過ごしていた時の母さんは、幸せそうに見えた。俺の記憶の中の、父さんと母さんと3人でいた時のように。」


麻衣は隆弘のことを誠と同じくらい、好きだったのだろう。

思い出したそのシーンを見ると、そう思う。

なんでこんなやつを、とも思うが。


そうか、と隆弘は呟く。

相変わらずその感情は読みづらい。


「『真』」

「なんだよ。」

「その名前の由来を、麻衣から聞いたか?」

「いや……ない。」

「誠が名付けたらしい。自分の名前の『まこと』と掛けて(しん)と。真実の子、自分の子供であると願いを込めたらしい。だから………お前の父親は誠でいい。俺は血の繋がりだけでお前の父親になる資格も覚悟も、愛もない。」


自分の名前の由来……考えたこともなかった。


「父さんが………。」

「これは、伝えていかないと麻衣に怒られそうだからな。」


あくまで母のため、ということか。

それでも、誠からの名前のメッセージを受け取ることが出来てよかったと思う。


「ついでだから、お前を呼び出した理由を聞いてくれ。」

「………わかった。」


少し疲れた様子に見える隆弘は、尚も話を続けようとする。

真は溜息をつきつつ、仕方ないと思い、了承する。


「俺はもう長くない。1週間ももたないかもしれない。俺が死んだ後の話、つまり財産分与の話がしたかった。」


隆弘は起き上がり、ベッド脇の棚から書類を出した。


「麻衣の両親と、誠と麻衣の遺産は手をつけず、残してある。それは全部お前にやる。ただ、俺の手元にある金だけは麗子に遺したい。」

「………わかった。それでいい。」


元より遺産のことなど頭になかった。

けれど、両親たちが残しておいてくれたものならば、受け取った方がいいだろう。


「後は、俺の会社なんだが………これはお前に言っても仕方ないのかもしれないが、畳むか悩んでいる。死ぬまでに決断しないといけない。だが………」


半分、独り言なのかもしれない。

会社に関しては真は一切関係ないので聞いたところで、ではある。


その時、カチャリと病室のドアが開いた。


「そのお話、少し詳しく聞かせてもらえませんか?」


開いたその先には、亮がいた。

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