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一期一会  作者: 雪奈
第10章 梅雨闇に揺らぐ
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2、雨が降る


6月に入ったある日の日曜日。

連日雨続きだったため、野球部はなかなか外で練習が出来ず、屋内で筋トレばかりだった。


来月から高校野球の県予選が始まるので出来たら実践練習を出来た方がいい。

部員の意欲も上がっていた。


「雨上がったはいいけど、なんかまた雲行き怪しくないか?」

「わかるー、降ったらまた筋トレだよ〜降らないこと願うわ……。」


キャッチボールをしながら、真は時行と共に空を見上げた。

屋外スポーツの辛いところではある。




--------------


前野健は所属している美化委員会の仕事を終えたので、急いで部活に向かっていた。

部室で着替え、野球部の練習する校庭に向かっていると、途中見掛けない女性が歩いているのを見掛けた。

20代か30代くらいだろうか、やや華美な服装をした女性だった。

生徒でも先生でもない、保護者だろうか。


「あら、あなた野球部?」


すれ違い様に声を掛けられる。


「そうですけど………。」

「野球部に沢田真っているでしょう?呼んで来てくれない?」


女性の口から思ってもみなかった名前が出てきて思わず目を見開く。


「あなたは……。」

「真の母よ、伝えて貰える?」

「分かりました……。」


母にしては若いように思えるが、若見えするタイプの人、なのかもしれない。

とりあえず頷き、再度校庭に向かう。


キャプテンに委員会が終わったことを伝え、練習に混ざる。

その中で真を見つけ、声を掛ける。


「真!」

「健、おつかれ。どうした?」

「さっきこっち来る時に真の母親だって人に声掛けられて、呼んできて欲しいって言われたんだけど……。」

「は…?」


急に、真の雰囲気が変わった。

一緒にいた時行も思わず真を見た。

普段の調子なら、『なになにー?お母さんと仲悪い感じ?』と突っ込めるところだが、それをするのも憚られるくらい、真の目は険しかった。


「すみません、ちょっと一旦抜けます。」


キャプテンにそう言い、足早に校庭を出ていく。

その後ろ姿を見ながら、健と時行は顔を見合せた。


「大丈夫か……あいつ……。」



校庭を出て少し歩いた木陰に義母・麗子はいた。


「何の用だよ。」

「せっかく来た母親に対してその言い方はなくなーい?」

「母親ヅラすんな。お前のこと母だなんて一度も思ったことねぇよ。」


トゲトゲしく言う真に対し、麗子はいつもの真の神経を逆撫でしているような言い方で話す。


「じゃあ、とにかく着いてきてくれる?」

「なんでだよ、誰が行くかよ。俺はお前に用はない、帰れ。」

「あら、逃げるの??」


煽るようにそう言われ、こちらを見据えてくる。

行くまで絡まれそうだ。

チッと舌打ちをする。


「……着替えてくる。」


そう言って背を向ける真に、「外泊届けは出したわ。」と後ろから言われる。

義父・隆弘だけじゃない、麗子のことももちろん大嫌いだ。

出来れば会いたくない。

どうしてここまでやって来る。

あの家にいたくなくて、逃げて来たのに。

イライラする気持ちが抑えられない。


それでも、1つ深呼吸をして、練習をする部員達の所へ行く。

そして再びキャプテンの元へ行き、「家の用事が出来たので、ちょっと帰ります。」と伝えた。


「珍しいな、外泊か?」

「はい。すみません。」

「家の用事なら仕方ねぇよ。気をつけてな。」

「ありがとうございます。」


短く言葉を交わし、着替えるために部室に向かった。

健と時行の視線を感じたが、答えられる余裕はなかった。



------------


「それで、何の用だ。」


麗子の運転する車に乗り込み、出発して少し経った頃、真は再び聞いた。


「隆弘さんがね、入院したのよ。」

「は?」

「肝臓がん、末期なんですって。」


初耳だ。

高校に入ってからろくに家に帰っておらず、そもそもここ数年まともに会話をしていないから知らなくても当然といえば当然なのだが。


発見は遅くなりやすいらしいわねーなんて呑気に言っている麗子の横顔を見る。

夫が末期がんだと言うのに悲壮感は見られない。

無理している、というわけでもなさそうだ。

こいつの考えていることは本当によくわからねぇ、と心の中で呟く。


「で、なんで俺が連れ出されなきゃなんねーんだよ。」

「隆弘さんが真に会いたいって言うんだもの〜。」

「は?なんでだよ。」


今更話すことなんて何も無い。

あれだけ真に興味を示さなかった癖に。


「さぁ?死に際に実の息子に会いたくなったんじゃな〜い?」

「え……?」


思考が一瞬停止した。

聞き間違えをしたのか?


「今、なんて言った。」

「は?実の息子に会いたくなったんじゃないって………もしかして、あんた知らないの?」


嫌な汗が出てきた。

心臓が早鐘を打っている。

これ以上は聞きたくないのに、どうしても否定の材料を探したくなる。


「俺の父親は亡くなった小川誠だ。あいつじゃねぇ。」

「その様子じゃ知らないみたいね〜あんたは、あんたの母親が小川誠と結婚する前に隆弘さんとやって出来た子よ?」


なんだよ、それ。

聞かされる言葉に思考が追い付かない。

そんなことはあってはならない。

どんどん頭の中がごちゃごちゃして、言いようの無いどす黒い気持ちが溢れてくる。


「降ろせ。」

「だから病院行くって言ってるじゃない。」

「いいから降ろせって言ってるだろ!!??止めろよ!」


強く怒鳴ると麗子は溜息をついて、車を脇に寄せて止める。


「……そういうとこ、そっくりね。」


降りる際に呟いていた麗子の言葉にまた苛立ちが募り、力任せに車のドアを閉めた。

去っていく車を鋭い目で見る。


いつの間にか雨が降っていた。

大粒の雨が。


ここはどこだろうか。

知らない住宅地だ。

随分車で来てしまった。

スマホで現在地を調べないと、という考えも頭に思い浮かぶが、思考が続かない。


俺があいつの実の息子だと……?

血が繋がっている…………つまり父さんは俺の本当の父さんじゃなかった?

母はなぜ自分を捨てた男とまた結婚したのか。

あんなに、憎い男と……。


怒りと疑問と、どうしようもない憤りが溢れそうになる。

叫びたくなる気持ちを抑えるように、塀に拳を打ち付ける。

何度も何度も。

自分の中の黒いモヤを晴らすように。


痛みは感じられない。


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