困窮の村
砦を発ってから数時間、クリフたちは隊列を気にすることなく、馬をのんびりと歩かせていた。急ぐべきなのだろうが、馬の疲労や物資の補給も考えると考えなしに突っ走ることはできない。そのうえ、八人分の食料や物資を積んだ馬車もあるのだから、そもそも急ぐこと自体にも無理がある状況だった。
ゆっくりと進んでいると気も緩むもので、最初は控えめな態度であった従軍司祭のシドがクリフに積極的に話しかけるようになってきた。
「なんと、コンフォード卿の愛馬はユニコーンなのですね」
心底驚いたような口調でシドが言うと、場の空気が若干冷える。
「ユニコーンは真に純潔のものにしか背を許さぬといいます。やはり、コンフォード卿は貞節を心得た騎士の鑑なのですね」
さて、ここでいう純潔はどういったものかというと単純に言えば女子の場合は処女であること、そして男の場合は童貞であること。つまりユニコーンの背に乗れるクリフは童貞だということだ。
「教会の聖騎士達もいったいどれだけのものがユニコーンに乗れることやら、それと比べたら、コンフォード卿のほうがよほど聖騎士を名乗るに相応しい」
「もうやめとけ、司祭さん」
好きで童貞でいるわけでもない。好きでユニコーンに乗っているわけでもない。
第一軍に属するものは自分たちを指揮する将軍が女性と全く縁が無いことを知っている。そして、それを本人がコンプレックスに思っていることも。
「大将、もう間もなく。最初の村にたどり着きます。休憩なしで通り過ぎようと思いますが、いかがですか」
「うむ」
コンプレックスを刺激されたせいで少し元気のなくなったクリフだったが、努めて平静を装いゴーツェルの提案に頷いた。
休むにしても村を二つほど過ぎておきたい、急ぐのは難しくとも日程は詰めたかった。しかし、予定は予定、上手くいかないことをクリフたちは最初の村で味わうことになる。
「これはこれは、おひねりが期待できそうもない村だねぇ」
クリフたちが旅の最初に寄った村は廃墟も同然の有様だった。
だが、人の気配は確実にしており、総員が警戒の体勢をとる。
そんな中、廃墟の中から一人の老人が姿を表す。
ボロをまとった老婆が希望を見た表情でクリフのもとへと駆け寄ってくるが、クライストとアロイスの双子が槍を構えて老婆の行く手を塞ぐ。
「よい」
クリフのその一言で二人は槍をどかし、老婆の道を開けるが、老婆はその場で跪き、クリフに向かって言うのだった。
「皆様は帝国軍のかたでございますか」
「そうだ」
一言、答えると廃墟の中から何人もの住人が姿を表した。その誰もがボロをまとい、何日も碌に食事をとっていない様子だった。
「なるほど」
クリフは何かに納得したようにうなずくとオリヴィエの方を見る。
だが、何かを言う前にゴーツェルが肩を抑える。
「予定がだいぶ崩れますぜ、大将」
「構わん。困窮する民を助けずして、何が騎士か。騎士たるもの困窮する民には手を差し伸べるものだ。オリヴィエ、食事の用意をする。馬車の積み荷を降ろせ」
「は、承知いたしました」
クライス達も動き出し、馬車からクリフたちの食料が降ろされる。
「見たところ、何日も食事をとっていない様子。我々の方で食事を用意しよう」
クリフが老婆にそういうと老婆は何度も頭を下げて感謝し、住民たちは歓声に沸く。
「いやぁ、英雄譚のネタになりそうなエピソードに事欠かないなぁ、コンフォード卿は」
粥をつくるための鍋を用意しながらシャルルがつぶやいた。
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