クリフと故郷
皇帝を狙う集団との戦いを終えたクリフがサルトゥーラの町に戻ると、そこは既に何もなかった。近衛騎士団が陣を引き払い、貴族も皇帝もみな自分の場所に帰ったのだ。
では、クリフも故郷にある実家に帰ろう──とは、ならなかった。
父と思っていた相手が実の父ではない。母は思いもがけず奔放な人物であり、実の父は分からない。
実家に帰ろうにも血縁関係を持つ相手が誰もいないのが実家とはなんとなく思えなかった。
クリフはサルトゥーラの丘に座り、ぼんやりと景色を眺める。
10歳で捨てられて以降、訪れていなかった故郷は記憶の中では鮮やかだったが、実際に見てみると色あせて見えた。
「もうここはいいかな」
色々なことがあったせいだろうか、クリフはコンフォード男爵領を純粋に故郷とは思えなくなっていた。時が経てばいずれは気持ちも変わるのではと少しは思ったのだが、皇帝は去り際に──
「悪いが、コンフォード男爵領は皇領にする。言いづらいがお前の兄は駄目だわ、アレ。ちょっと話したが領主に向いていない。爵位を没収するつもりはないが、領地経営は任せられんので、爵位を持つ地主でもやってもらえ。どうせ、奴の子は血の都合で跡を継げんのだから、コンフォード男爵家は自然消滅だ」
ということは、コンフォード男爵領はなくなるということだ。
これからは皇族の領地扱いとなる皇領となり、代官が派遣されてくるだろう。
自分にヘンドリクセンの血が流れていれば話も違ったのだろうが、自分はコンフォード男爵家の誰とも血が繋がっていないのだから、家と領地を継ぐのは不可能だ。
「まぁ、僕は畑を耕している方が性に合うからいいんだけどね」
「私も農家の妻の方が気楽でいいわ」
兄のルドルフ夫妻はそう言って何も気にしてなかったのが唯一の救いだった。
「はぁ……」
結局、自分が来たことで良くない結果にしかなっていないことに気づき、クリフは溜息を吐いた。
そういえば、アメリア皇女と聖女から、お茶の誘いを受けているのだった。断るのは紳士として如何なものかと思うがクリフは正直、面倒くさいとしか思えなかった。
「あ、閣下、こんなところに」
従者のオリヴィエが探しに来たようだ。
「皇女殿下と聖女様がお返事を待っていますよ」
もう永久に待たせておいても良くないかとクリフは思う。
どうせ流れ的にどっちかと結婚する羽目になるんだろうし、そこまで親睦を深めなくてもいいだろう。
「……もう十分だ」
色あせた故郷も実家の揉め事も、それ以外の日常ももう十分に堪能した。
もう自分はここに帰ってくることはないだろうとクリフは思う。
「オリヴィエ、俺の馬を頼む」
「ええと、閣下? どちらに行かれるので?」
「帰るんだよ、故郷に。俺の故郷の戦場にな──」




