皇帝登場
誰がクリフの実父であるかの議論はいよいよ白熱してきた。証拠のあるなしなど、もはや関係ないと言わんばかりに、それぞれが自分が父親であると強弁している。
さて、それとは別に帝国近衛騎士団にも動きがあった。彼らは自分たちが築いた陣からコッソリと抜け出していたのだ。ただし、逃亡するのとは違う。完全装備のまま、素知らぬ顔で本陣を抜け出していくのだ。
「もはや天の一声が必要なのさ」
コンフォード男爵領の入り口、そこに椅子を持ってきて座っていたアレクサンダーが隣に立つクリフに言う。
「いや、しかし、なぁ」
クリフはこの状況に関して勘弁してほしいと思っていた。
男爵領の入り口には本陣を抜けてきた帝国近衛騎士団の精鋭が整列し、主の到着を待ちわびている。
「結局の所、俺の父親が誰かという問題だぞ?」
「悪いが、ここまでこじれた以上は出てきてもらうしかないのさ──」
そう言って、アレクサンダーはやってくる馬車を見つめ呟く。
「──皇帝陛下にな」
皇帝陛下、登場。
それはコンフォード男爵領を訪れていた貴族たちの誰にも知らされていないことであり、宰相にすら秘密裏に行われたものだった。
皇帝はコンフォード男爵領を訪れるとすぐにサルトゥーラの町に築かれた近衛騎士団の本陣を訪れる。
こうなる、自分がクリフの父親だ何だと騒いではいられない。慌てて、皇帝陛下が滞在しても良い環境が整えられ、貴族たちは皇帝陛下の前に並んで跪くことしかできなかった。
「みな、息災でなにより」
元気でよかったという意味ではない。何を騒いでいるのかという意味で皇帝は言ったのだ。
「皇帝陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう──」
「よいよい。そなたらも、日々の議論で疲れているであろう。堅苦しい挨拶は抜きだ」
意味を訳すと『つまんねーことで揉めやがって、挨拶なんかしてる場合か』と割と期限の悪い状態であることが、その場にいる貴族たちにはわかった。
「余の従者を務め、我が息子の友でもあるクリフ・コンフォードの身の上を案ずる諸君らの気持ちは嬉しい」
意味を訳すと『なに、クリフのことで揉めてんの? あいつは俺の従者をよくやってくれた大切な部下だし、俺の息子の親友でもあるんだけど、それを分かっていて、おまえらはゴチャゴチャやってるのか』。まぁ、お叱りの言葉である。
「しかし、陛下──」
意味を読み取った貴族の一人が反論を口にしようとするが、皇帝陛下の今までの言葉の中に、『しかし』と反論するところは何一つない。
皇帝は貴族を一睨みし、それだけで、貴族は黙ることしかできなかった。
「貴公らも忙しかろう。これ以上、クリフのことで頭を悩ませるのも悪いと思ってな。余の方で伝えておかねばならぬことがあると思い。ここまでやってきたのだ」
ちょっと待てと、この場にいる貴族たちは言いたかった。
今更、横入りして皇族がクリフの立場を決めるのか。さんざん議論していた自分たちへの配慮はないのか。そういう不満の気配が一瞬、場に満ちるが、その瞬間近衛騎士団の精鋭たちが、一斉に槍の石突を地面に突き立てた。
ザッという音だが、それだけでも恐怖を与えるには十分すぎるほどだった。
目の前の皇帝は温和な口ぶりで話しているが、つい数年前まで帝国内に粛清の嵐を拭かせたことある男であることを貴族たちは思い出した。
そして、その粛清は武力抗争にもつながり内乱となったこと、そしてそこでクリフやアレクサンダーが活躍したこと。忘れるにはあまりにも最近のことだ。
「──さて、クリフのことだが、もう貴公らが心配することはない。クリフ・コンフォードはコールドレイク家に養子入りすることになったのでな」
「そ、それはあまりにも急ではありませんか!」
宰相が抗議の声を上げるが、皇帝は知らん顔だ。
「急ではない。カーヴァ城砦を奪還した折にはもう、褒美としてそうなることは決まっていた」
嘘である。決めたのはつい最近だ。だが、皇帝はシレッとした顔でとっくに決まっていたかのように振舞う。そして、振る舞いの中で良い言い訳を思いつく。
「クリフの褒美については、まだ戦も落ち着いておらぬゆえ、口にするのが憚られていただけであり、後々に発表する予定であった。それが繰り上がったのは諸君らがこうして議論をしていたからであって──」
全部出まかせ、作り話であるが、流石は皇帝。
まるで真実かのようにクリフについては全てが決まっていたのだとこの場にいた貴族全員に伝えるのだった。




