テレジア・イスマイル~クリフの母について~
テレジア・コンフォード──クリフの実母である。
旧姓はテレジア・イスマイル。イスマイル子爵家の次女であったという。
テレジアという人物を一言で言い表すのは極めて難しい。
彼女は極めて独特の感性を持っていたからだ。彼女は極めて夢見がちでありながら、夢を夢のままにしておくのに我慢のならない性格であった。
幼少期の彼女は騎士物語をよく読み、本気で騎士に憧れ、女性の身でありながら騎士を志し、鍛錬を行った。それは少女になってもそうで、鍛錬を続け、自分の剣の腕に自信を持った彼女は、同年代の男子に喧嘩を売り、剣による模擬戦で幾度も勝利をもぎ取ったという。そして、敗北した中にはヘンドリクセン・コンフォードもいたという。徹底的にテレジアに痛めつけられたヘンドリクセンは終生テレジアに対する苦手意識を持ち続けたという。
さて、どんなに騎士のまねごとをしようともテレジアは騎士にはなれない。大人になるにつれ、テレジア自身、そのことは理解するようになっていた。では、大人になるにつれ、まともになったかというとそうではない。夢見がちな彼女は自分の夫には真の騎士たるものこそ相応しいと妄想するようになっていた。そして、模擬戦を繰り返し真の騎士を目指した時と同じように、真の騎士たる男を求める日々を送ることになる。恋多き乙女の誕生である。
これはマズイとテレジアの両親が気付いた時にはもう遅い。テレジアは真の騎士たる伴侶を求め多くの浮名を流していた。
テレジアの相手となった男には高名な騎士や貴族も多数おり、中には他国の王族もいたという。
運の悪いことにテレジアは美貌に恵まれ、機知に長け、男性を魅了する才覚を有していた。そのことにテレジアの家族が気付いた時にはとっくにとりかえしのつかない事態になっていた。
どうにもならないと判断した、テレジアの両親は子爵家の地位を用いて、適当な貴族──ヘンドリクセン・コンフォードとテレジアを無理やりに結婚させたのだった。
さて、ここでテレジアとヘンドリクセンの過去を思い返そう。
テレジアからすればヘンドリクセンは自分に模擬戦で負けた情けない男。対して、ヘンドリクセンからすればテレジアは自分に屈辱を味わわせた女。
相性は最悪であった。当初ヘンドリクセンは少年自体の逆襲を試みようと、テレジアに襲い掛かったのだが、ものの見事に返り討ちにあい。更なる屈辱を味わうことになる。
ヘンドリクセンからすれば、テレジアは顔もみたくない相手であり、二人が寝所を共にしたという記録は存在していない。まぁ、夫婦の営みをすべて記録する方がおかしいので、ある時二人に何かあり、そのときにクリフを授かったのだろう。
──というのはあまりに楽観的過ぎる話で、ヘンドリクセンとの結婚後もテレジアの真の騎士探しは続いており、極めて多くの男性と関係があったことは事実である。そして、その中には、現在のオズワルド帝国における大貴族や重臣、他国の王族も含まれている。テレジアは広く関係を持っていたが、身分が下の男は全く相手にしなかったのである。
さて、そうなってくると、クリフの父親はもしやとなってくる。やっかいなのは、そのもしやの候補が多すぎること。
もしやであれば、ヘンドリクセン男爵がクリフを帝都に捨てたことにも僅かながら納得できる理由が生まれるだろう。
仮にもしやがバレたら、コンフォード男爵領で起きている出来事が同じく他の領地でも起きかねないこと。
ここで確認しておくが、クリフ・コンフォードは英雄である。
現在、帝国において並ぶ者のいない功績を打ち立てている。
個人の武勇に優れているだけではなく、集団を統率する力にも優れている。
また、占領地の総督を務めたこともあり、統治能力にも問題ないことは証明されている。
使いこなせば最高の駒であるが、うっかりすれば極大の爆弾である。
そんな人物がもしかすれば息子であるかもしれない。それが分かった時、帝国貴族は果たして平静でいられるだろうか。




