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勇者事件


 勇者事件

 それは帝国における最大のタブーである。

 切っ掛けは帝国の第三皇子、当時の皇太子が国土を守るために禁術に手を染めたところから始まる。


 異界から強大な力をもつ勇者を召喚する。

 それによって国力を増強させようと心から国のためを思っての行動であった。

 そこに私心はなんらなく純粋な思いしかなかった。だが、その純粋さが結果として最悪の事態を引き起こした。


 勇者を召喚するにあたり、聖神教会は聖遺物を提供。帝国魔術院は魔術技術を提供。盤石の態勢で第三皇子は勇者を召喚した。


 その召喚は完璧に成功した。だが、むしろ少しくらいミスがあった方がよかったのかもしれない。


 召喚された勇者は人間的に文句のつけようのない好人物であった。

 誠実、公平、平等、勇気にあふれていた。──だが、それが問題だった。


 勇者は帝国の奴隷制に強烈な怒りを示したのだ。

 人は平等でなければならない。それが勇者の持論であり、勇者は奴隷の開放を皇帝に訴えるまでした。しかし、皇帝は相手にしてられないと放っておくと、業を煮やした勇者は奴隷の開放を強行。

 王都から無数の奴隷が脱走することとなった。


 そして勇者の行動はそこで止まらず、聖神教会の聖女を公平で平等な世界を築くために協力してほしいという言葉をもって誑かし、自分の仲間に引き入れた。それだけではなく帝国魔術院きっての天才魔術師の少女も勧誘し、味方に引き入れた。

 聖女と天才魔術師に感化され大量の修道士や魔術師が教会や魔術院から離脱し、皇都を後にした。


 この事態の責任を取るために、第三皇子は一人自室で自害。遺書には皇帝、兄弟、民への謝罪が真摯な言葉で綴られていた。

 そして、この結果、皇太子の座がシーザリウスへと移ることになる。帝国において原則、家督を継ぐのは正室の嫡男と決まっており、シーザリウスがその座に繰り上がったからだ。


 皇都を脱走した勇者たちがそのまま理想を語るだけの烏合の衆のままでいてくれればよかったと、当時の貴族たちは思った。しかし、勇者は抜群の統率を誇り、奴隷たちを率いて近隣の村や砦を襲撃し占拠する。そして、段々と国境付近まで進み、亜人・魔人同盟軍と接触し一つの勢力として確立されることになる。


 クリフとアレキサンダーが動いたのはこの時だった。

 最速で動ける第一軍を動員し、勇者軍を強襲。勇者と仲間たちを分断し、クリフとアレクサンダーで勇者と対峙、勇者の両腕を斬り落とすことに成功する。だが、その激戦の最中、アレクサンダーは右腕と左脚を負傷し、二度と戦場に立てないほどの後遺症を残すことになる。

 そして、両腕を斬り落とされた勇者だが、その後同盟軍に救出され、命に別状もなく、今は療養中だという。結果、無事だったのはクリフ一人だけであった。


 さて、ここで勇者を召喚した結果、何が起こったかを整理しよう。

 まず、皇太子である第三皇子が責任をとって自害。

 次に、王都の奴隷が大量に逃げ出した。

 さらに、聖女と天才魔術師という貴重な存在と、そのシンパが出奔。

 ちなみに、天才魔術師は一人で数千名の帝国兵を殺している。

 また、国境付近まで脱出する中で、多くの村や砦を襲撃し物資を略奪していった。

 カーヴァ砦に至るまでの各地を占領し、帝国軍に対し遅滞工作を行った。

 聖女の件と魔術師の件。そもそも召喚に協力した件で、教会と魔術院は帝国に大きな借りが生じた。


 とにもかくにもろくでもないことしかなかったのが勇者事件の実態である。

 他にも細かい被害をあげればキリがない。脱走奴隷の野盗化などもその一つである。


 結局の所、勇者は自分の理想しか考えておらず、現実を見ずにすべての人を振り回した。そして、あまりの被害から帝国では『勇者事件』としてタブーとすることにしたのである。




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