8話 罪と想いと
朽ちた世界樹の破壊から数日。
あたしとチチェクは残骸の対処をしながら、必要な品の回収などをしていた。
そんな中、おおよその場所に当たりをつけて瓦礫を退かすと、大介の墓標を見つけることができた。
「すまないね、こんな滅茶苦茶にしちまって。言い訳のしようもないよ」
大介は怒っているのか、それとも呆れているのか、こちらからあの世を覗くことができないからわからない。
大介との生活は数日に満たないが、大介がいなかったら、あたしはこの場にいないだろう。
恩人であり親代わりであり、ちょっとした教師。
大介のことはほとんど知らないけども、呆れ顔で許してくれそうな気もする。
「ただまあ、浄化への希望は見いだせたよ。朽ちた世界樹ほどとは言わないけど、それでもでっかく育った世界樹があるだろう?
あれを植物辞典で調べてみたら『強い浄化の力がある』そして『簡単には枯れない』って書いてあったんだよ。いい報告だろう?」
あたしは大介の墓に食べ物を供えて手を合わせる。
「開き直るわけじゃないけど、光明が見えたってことで大目に見てくれ。説教は…いずれ再開する時に聞くから」
あたしは周囲に視線を向けると、そのとっ散らかった様子にため息を吐き出したくなった。
準備していた畑は、瓦礫が降り注いじまって全部おじゃん。
大小様々な瓦礫を全て撤去するには膨大な時間がかかるだろうし、置き場にも困る。
というかいつまでも野宿なんてしてられないし、掘っ立て小屋でも作らないといけないね。
「というか…住んでるのがあたしたちだけでよかったよ…本当にさ」
―――
まずあたしたちは、居住空間の確保に注力した。
掘っ立て小屋を一から作ろうという提案は、チチェクの『丈夫そうな廃屋の再生』という案の方が現実的に思えて、そちらを採用した。
しばらくして。
「結構時間はかかったけど、これだけの家ができりゃ十分だろう」
「蔓と廃材で補強されただけのボロ屋なのだわ」
「それは言いっこなしだよ。釘やら何やら建材なんてなんもないんだからね」
「そう、贅沢は言えないのだわ」
「きっと、住めば都だよ」
隙間風はうるさいし、雨が降れば雨漏りをするしで、本当に碌でもない家ではあるが、チチェクと寄り添うことで、苦悩は緩和されている気がした。
こう思えるということは、あたしはチチェクのことを心底気に入ったらしい。
…ただ、そんな感覚を他所に、少しばかりの不安を感じるようになった。
あたしはこの土地、ペタロステゲを離れるかどうかを決めていない。
古星族に供与することで、一方的な情勢になることが怖いし、チチェクにはアステルウォードでの知人や友人がいる。チチェクにとっての基盤のある土地だ。
ペタロステゲしか知らない、古星族の常識に疎いあたしが、やっていけるかどうかの不安がある。
…他人の多くいる場所で、ひとりぼっちになっちまうかもしれないんだ。
残ろうとも一緒に行こうとも、あたしには苦悩が待っているんだろう。
―――
スイとの家ができてしばらく。
私チチェクは、世界樹の瓦礫に有用そうな物が埋まっていないかを探していた。
最近のスイは少し沈んでいる。
何か悩んでいるみたいで、私が近くに寄るとそれが顕著になる気がした。
何かをしてしまったのかと思って記憶を探ってみたけど、それらしい衝突はなく、私も少し困っている。
なにか気晴らしになるような物を見つけられればいいのだけど…。
そう思って足元に視線を向け続けていると、一つの羊皮紙を見つけることができた。
見覚えのないそれに書かれていたことは、スイの悩みを増やしてしまうのだと、私はすぐに悟った。
―――
あたしスイは、少しばかり凝った料理をしながら、気持ちに整理をつけていた。
汚染とその毒によって苦しんでいる人がいるんなら、あたしのスキルやここにある物は有意義に使われるべきだ。
政治は分からないけど、あたしの協力を交渉材料に、純人族とも上手く手を取り合う方法が見つけられるかもしれない。
多分、この考えは綺麗事だし、上手くいくとは限らないけど、それでも誰かを信じない事には何も始まらないだろう。
チチェクの信じる、彼女の家族を信じてみようと思ったんだ。
「よしっ、美味いもん喰って、あと四年を健康に過ごさないとね!」
「ただいま」
「おかえり」
独り言を聞かれてたのならちょっと恥ずかしいが、下手に聞く方が墓穴を掘っちまうだろう。
あたしは何事もなかったかのようにチチェクに振り返ると、普段とは少しばかり違う雰囲気を纏っていた。
「なにかあったのかい?」
「なんか、大変なものを見つけちゃって」
「大変なもの?」
「多分、スイの生まれに関するものだと、思うのだわ」
広げられた紙には『反魂招喚』と書かれていた。
「反魂招喚?」
「掻い摘んで話すと……異界の魂を呼び寄せて、無理やり未熟な命に刻み込むことで、異界の知識や超常の力を手に入れようっていう魔法みたい」
「それって」
「スイのことだと思うのだわ」
「未熟な命っていうのは…」
「これだと、生まれる前の赤ちゃんを指していると思うの」
心をヤスリで削られているような、そんな不快感が押し寄せてくる。
「あたしは…本来、産まれるはずだった誰かに上書きされて、ここにいるってこと、なんだね」
「……。」
自分の胸に手を当てる。
あたしは生まれ変わったものだと思っていたけど、そうではなかったらしい。
「いたたまれないね。なんでそんなことを…」
「分からないけど、普通より強い力や知恵を求めていたってこと考えると、ペタロステゲをどうにかするため、マクランティア様が行なったこととするのが自然なのだわ」
「まあ、そうだろうね」
気持ちを切り替えたはずだったのに、また沈んでいっちまいそうだよ。
でも―――
「―――それを教えてくれて、あたしに隠さないでくれてありがとう、チチェク」
誰かの代わりに二度目の人生を歩む。
その後ろめたさはあるものの、命を投げ捨てたり、自暴自棄になっちまうのが一番無責任だ。
あたしじゃない誰かのためにも、あたしは生きなくっちゃならないんだよ。
「この話にはね、もう一つ重要なの点があるのよ…」
「いい話ではなさそうだね」
「うん…ちょっと悪い状況なのだわ」
いつになく真剣な眼差しのチチェク。
これは非常に重要な話なのだと理解したあたしは、しっかりと向き合い、耳を傾ける姿勢をとる。
「『反魂招喚』。私はこれに聞き覚えがあったの。大昔のアステルウォードでは稀に使われてた魔法で、成功すれば膨大な知識に加えて、純人族やその他の害意から身を守れるものなの。
…いえ、きっと…アステルウォードになる前の、各種族ごとで争っていた時代にも使われていたのだわ。
ここで重要になるのが、今現在のアステルウォードでは使われてないっていうことなの」
「割に合わないとかかい?」
「それもあるわ」
チチェクが紙を指さす。
その部分には反魂招喚に必要な“材料”が記されている。
「死せる躰?…死体ねぇ、これは別に前世のあたしってわけじゃないんだろう?」
「ええ。多分だけど、膨大な数の人の遺体が必要なんだと思う。……六〇年くらいの時が経っているから、なくっても不思議じゃないんだけど、でも…このペタロステゲには人が亡くなった痕跡がないのだわ」
この廃都は、それなりに戦闘の痕跡ってのがある。
チチェクの言う通り、六〇年だ。遺骨なんて消え去っててもおかしくないが、そういわれると可怪しく思えてくる。
「先代様、マクランティアがそれをやったと?」
「誰かは分からないけど、でもスイの知識や、あれだけ大きな世界樹を育てられる成長のスキルは、反魂招喚に由来すると思ってもいいんじゃない?」
「そうか」
言われてみれば前に、自分自身を植物辞典で確認したことがあった。
その時は部分的に黒塗りで、最後にはページそのものが塗りつぶされちまったんだ。
あたしは会話の途中にも関わらず、『気分屋の植物辞典』を取り出して、あたし自身の情報を引き出す。
『 ■■
マクランティアは愛するペタロステゲのために禁忌に手を染めた。
穏やかに眠るべき魂を呼び寄せ、新たに産まれるはずの魂を押し潰し、導かれるべき死せる躰の多くを巻き込んで。
■■は禁忌の花、これは語られるべきでない真実の一枚。 』
必要なことを記したページは、端から火がついて灰になって消えていく。
もう一度、あたしのページを開こうと試みるも、花人族のページが開かれるだけで、意味はない。
「生を受けた時点で大罪人だってわけだ。どうりでこんなところに生まれ落ちるわな」
「スイは悪くないのだわ…」
「そうだね、親の罪を子が引き継ぐべきだなんて言わないさ。…でも気分は沈むもんさ」
気持ちを切り替えて、チチェクと共にアステルウォードに向かおうとする気持ちがあった。それなのに、マクランティアによって、あたしはペタロステゲに縛り付けられてしまいそうだ。
前世のあたしは、戦争によって未来の一つが潰されて、婚約相手との結婚や、それに伴う一般的な家庭と幸せというものを掴めなかった。
…別の形で、義父母や養子たち、孫たちから幸せは分けてもらっていたから、それは否定しないし、したくもない。
ただ、あたしの人生は今も昔も、戦争やら誰かの死によって狭められ、選択を強いられる。
別の人生を歩んでいても、追いかけてくるものは一緒なのかね?
「それでねスイ。…反魂招喚が使われていないのは、これが禁忌魔法だからなの」
「使っちゃいけないってことだろ?」
「そうよ。個別にどういう罪状があるかは詳しくないんだけど、禁忌魔法は…使った者と関わった者全てに死が言い渡されるの。
…知識の一片でも、後世に渡らないように」
「じゃあ何かい、あたしは…チチェクとアステルウォードには行けないってことかい?」
「…ううん。スイの前世を聞いて、禁忌魔法に関わっちゃったような私も、同罪なのだわ」
「ば…馬鹿じゃないのかい、チチェクあんた!?そんなら、何も言わずにいて、時を見て縁を切って逃げればよかったじゃないか!」
「そんなことできないのだわ。…スイを、誰もいないこの地に押し込むなんて、私にはできない」
「それじゃあなに、あたしとここで死ぬまで暮らすってのかい?!親御さんは?家族は?……あたしは…チチェクの家族からチチェクを奪えないよ」
大声を上げたのにも関わらず、あたしの身体からは力が抜け落ちて、膝から崩れ落ちる。
「…いや、今からでも遅くない。刑期が終わったら、あたしのことを忘れてお家に帰りなよ」
「スイ…そうじゃないの」
「じゃあどうなんだい?」
地面に膝をついたチチェクは、両手であたしの頬を挟んで無理やりに頭を上げさせる。
チチェクの瞳からは、絶望も戸惑いも不安も感じられない。
ただ…前に進もうとする強い意志だけを、見て取れた。
何も言わずにいることに、居づらさを覚え始めると、チチェクの顔があたしに近づいてきて唇が触れ合う。
それは柔らかな感触で、チチェクの熱があたしに入り込み、溶け合っていくような不思議な感覚。
この熱に全てを委ねてしまえば、何もかもが溶かされて楽になってしまえる気すらした。
「スイ」
「…?」
「こんな早くに伝えるつもりはなかったのだけど、きっと今伝えないと手遅れになっちゃいそうだから伝えるわ。
私はスイのことが好き!それも恋愛的な意味で!いっぱい手を繋ぎたいし、キスもたくさんしたい!スイがなんであっても、どんな出自であろうとも関係ないの!ずっと一緒にいて、同じ人生を同じ目線で歩み、生きたいのだわ!!」
「え、え?」
顔を真っ赤にして告白してくるチチェクの姿に、あたしは困惑しきりだった。
「最初は、わざわざ私に手を差し伸べてくれる、無償の愛を持った素敵な大人だと思っていたけど、スイにも弱い部分もダメな部分もあって、素敵じゃない部分も知ったの。
だけど、私の胸に宿った恋は全然冷めなくって、むしろ互いに補い合えて、二人三脚で同じ道を進める人なんだって思ったら…もっと気持ちは強くなっちゃったのよ。
私はスイが好き、大好き!
だから、前世のこと、反魂招喚のことを私たちだけの秘密と、私たちだけの罪にして、一緒にアステルウォードへ行くのだわ!」
チチェクは、あたしの罪を半分背負ってでも、一緒にいたいと言ってくれている。
正直、今から一人になったら、孤独に耐えられるかは分からない。
それに…あたしもチチェクに惹かれている部分はある。
「けど…あたしは女だよ?男にはなれないし、チチェクを男だと思って接することもできない」
「そんな必要ないの。私がスイに恋してるのだから、女の子同士でも恋愛はできるわ。
…私に恋をしなさい!なんて言わないし言えないけど、家族でもなんでも、私を受け入れてくれればそれでいいのだわ」
「あたしは…チチェクに惹かれてる部分がある。それは恋か分からないけど、アステルウォードに一緒に行こうと思える原動力だった」
「うん」
「でもあたしには、前世で生きた八〇年以上もの時間で培っちまった常識がある。…こういう関係は、異性でやるもんだってね。
だから…滅茶苦茶に歩みは遅いかもしれないし、チチェクに苦労をかけちまうかもしれない。…それでも、いいのかい?」
チチェクの瞳は、あたしを貫かんばかりに真っ直ぐな視線を向けている。
「スイ」
「なに?」
「キスしていい?」
「え?」
「今のスイが…愛おしくてたまらないのだわ」
「え、いや、心の準――」
強引なチチェクによって、あたしの口は塞がれてしまった。
前世のことを全て忘れることはできないし、そんなことはしたくもない。けれど、前世のあたしの人生はもう終わっていて、それらに蓋を閉ざす時が来たのかもしれない。
別に戦地で亡くなったあの人のために操を守ってきたわけじゃない。…ただ、そんな余裕がなかっただけだ。
………さん。いつかあの世で会う時は、あたしを笑ってくれ。
あたしは目を閉ざし、二度目の接吻に全てを委ねてみることに……。
「ちょっ、馬鹿!胸揉むんじゃないよアホタレ!そういうのは早い!ちょっと背が高くなったからって、あんたは半分子供みたいなもんなんだよ!!」
「いたっ!痛いって!冗談なのだわーー!!」
「まったく、隙もありゃしない…。まあいい、これからもよろしく頼むよチチェク」
「うん、よろしくなのだわ!」
地面に大の字になって倒れると、視界の端から黒煙が立ち上っている。
チチェクが来るまで何をしていたのかを思い出したあたしは、大きなため息を吐き出す。
「……はぁ、料理は作り直しだね」
「一緒に作るのだわ」
「ああ」
料理を作り直すついでに、反魂招喚のあれこれが記されていた紙を、あたしは燃やした。
あたしはスイ。ただ、ペタロステゲで産まれただけの花人族だ。
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