7話 崩壊とチャレンジ
あたしとチチェクの生活も一年ほどが経つ頃。
目を覚ますとチチェクが懐の中にいる。
今は春の終わり頃ということもあって、朝夕は冷え込むこともしばしば。そういう日は決まって、チチェクが密着している。
チチェクの前髪を軽く上げてみると、額には親指ほどの長さをした角が二本生えている。
春の中頃から生え始めた角。あたしにも角はあるけど、危険のないものなのかね?
…目を覚ましてから三年。あたしの身体にゃ、何の異常もないんだから問題は無さそうだけど、鬼さんになっちまったことを、チチェクは後悔していないんだろうか。
チチェクの身体が冷えないように掛布をしっかりとかけてやり、あたしは朽ちた世界樹の外に出る。
朽ちた世界樹の周辺は、広めの畑をいくつか作ってある。
世界樹の種を植え、成長させた後に枯れたそれらを引っこ抜き、畑として使えるように耕してみた。
世界樹の浄化がどれくらい役立つかは分からないけど、根っこまで引っこ抜かれた状態で、作物がしっかりと育つなら浄化の幅が見えてくるというもの。
…あたしが古星族に協力するかは決めかねているが、今はやれることをやるまでだ。
畑に植えているのは、人参芋の種芋。
この大きな畑は、成長のスキルを使わずに様子を見る。
生活のためじゃなくて、未来のための畑なんだ。
畑の様子を見回ってから、大介の墓に手を合わせる。
「そっちは楽しくやってるかい?」
返事なんてのはないが、先代様とやらと仲良くしていればあたしも嬉しい限りだ。
…まあ、あたしが一緒にいるチチェクのことを考えると、大介あたりはへそを曲げてそうだけど、大目に見てもらえると嬉しいね。
チチェクは、戦争の当事者じゃないんだからさ。
それから、引っこ抜いた後の枯れた世界樹の保管場所に向かう。
チチェクの話では、成長した枝なんかを地面に挿して、毒や汚染に抵抗しているらしい。
朽ちた世界樹と枯れた世界樹、そのどっちもが力を持っていることを考えれば、これらは役に立つ品々だ。
使い道を考えて、浄化に活用していきたい。
「しかし、どう使ったもんかね」
灰にして土に混ぜるのはやってみたいが、それ以外はどうだろう?
幹を杭に加工して、廃都中に打ち付けていくっていうのも選択肢だが、これは加工と杭打ちの手間が凄まじい。
間違いなく、あたしとチチェクじゃあ力不足だよ。
「力不足…そういや」
あたしは一つのことを思い出して、引っこ抜いた世界樹に触れながら、『気分屋の植物辞典』を出す。
『 枯れた世界樹
枯れて引っこ抜かれたけど、まだ浄化の力は残っている。
力は十分、もっと頑張ってみたら? 』
なんとも生意気な説明文だけど、それでもあたしにはそれ相応の力が備わっているらしい。
今までのものより大きく、そして長い時間を生き続ける世界樹を作れるなら、それは橋頭堡になるはずだ。
あたしが世界樹の種を取りに戻ると、寝ぼけ眼のチチェクが座っていた。
一年で伸びてボサボサになった髪。その長さを見る度に、ここでの生活の長さを実感できる。
あとで梳ってやんないとね。
「スイおはよぉ〜…」
「おはよう」
「ん〜…はぁ〜、今日は何をするの?」
「今日の予定は決まってないけど、ちょっと世界樹を大きく育てられないか試そうと思ってね」
「今から?」
「ああ、今からだよ」
「じゃあ一緒に行くのだわ」
「それじゃあ櫛を取ってくれるかい?髪を梳っちゃうから」
「お願い。いつもありがとね」
「やりたくてやってるんだよ」
廃屋で拾った歯の欠けた櫛。しっかりとした櫛があればそれが一番なんだが、無い物ねだりなんて意味がないし、あたしもチチェクも細かな木工細工なんてからっきしだ。
あるもんで我慢する他ない。
「それにしても随分と長くなったね」
「しっかりと女の子だってわかる?」
「ああ、しっかりと分かるよ。あん時はすまなかったね」
「私の顔つきが中性っぽく見えるんじゃだっけ?」
「見えた、だね。今は可愛いチチェクだよ」
「そ、そう…?んー…」
「どうかしたのかい?」
「狩りをするときとか、棒を刺しただけの留め方だと動きにくくて、切っちゃおうと思ってるのよ」
「なるほど。それならそれでいいと思うよ」
「そう?ショートとロング、どっちが似合うかな?」
出会った当時のチチェクは、ちっとばっかし髪が短かった記憶がある。
その影響で、髪が長めの男の子にも見えていた部分があるが…。
「チチェクは、この一年でずっと成長して、女性らしさってのが出てきたから、どっちにしても自然と似合うよ。
強いていうなら、チチェクが直感的にいいと思った方にするといい。それが一番に合うはずだ」
「じゃあ短くしちゃおうかしら?」
「わかったよ。夕方でいいかい?」
「お願いするのだわ」
チチェクの顔つきや身体つきは、この一年で子供っぽさが抜け始めていて、現在は過渡期なんだろう。
この頃の子供の成長を見られないっていうのは、チチェクの家族が浮かばれないね。
養子たちの時もだが、孫たちの成長は本当に早かった。
「来年のチチェクは、もう大人の女性なのかもね」
「なんのこと?」
「成長が早いってことだよ」
「ふぅん。…スイは、全然変わってないのだけど…?」
「…成長期が終わっちゃったみたいだ」
「私は、スイのその姿が素敵だと思うのだわ」
「あんがとさん。よし、終わりだ」
「ありがとう」
そういって立ち上がったチチェクの身長は、あたしよりも大きくなっている。
一年前は同じくらいだったのにねぇ。
「さあ、世界樹を育てるよ」
―――
あたしは世界樹の種を地面に植えてから、成長のスキルを使う。
いつも通り、ある程度成長をするとそこで止まっちまう。
ただ『力は十分、頑張ってみたら?』という文言から考えるに、あたしの力が介在できる部分があるんだろう。
スキルってのを自然と受け入れているが、この力がなんなのかはわかっちゃいない。
まあでもチチェクが普遍的なものだと言っている以上は、それほどの問題はないんだと思おう。
あたしは成長の止まった世界樹に向かって、再び成長のスキルを使ってみる。
すると世界樹が震えだして、再び成長を始めていった。
「おぉ」
「わぁ」
成長を重ね掛けした世界樹は、ものすごい勢いで成長していって、そこそこの大樹になるのだが。
「朽ちた世界樹にぶつかっちゃうのだわ!?」
「えっ?あっ!」
普段の世界樹は、そこまで大きくないこともあって周囲に気を使う必要がない。
だからいつものように、ちょっと開けた場所で雑に育てたんだが、それが失敗だったようで横に伸びていった枝が、朽ちた世界樹に触れちまう。
あたしは普段、成長の行く末を植物そのものに任せているあら、止め方が全くわからない。
「すぅー…スキルってどうやって止めるんだい?」
「え?………どうやるのかしら?」
「とりあえず、植物操作で被害を減らそうかね!」
「ええそうね!頑張って、スイ!」
まだまだ成長を続ける世界樹に対して、あたしは植物操作を使って、朽ちた世界樹に当たらないように調整する。
大きな植物を操作するには、それ相応の力が必要なのか、不思議と動きが悪い。
チチェクの声援を受けながら、歪に曲がった形に世界樹を成長させていくと、ようやく成長が止まった。
重ね掛けをした世界樹は、今までにあった枯れたものと比べて数倍以上も立派ながら、朽ちた世界樹と比べるとまだまだ小さい。
先代様とやらら如何に凄かったのかを自覚させられる。
もう十分だと世界樹の操作を打ち切ったその時、無理に曲げられていた世界樹は、その形状で固定されていたわけではないらしく、ものすごい勢いで元の形状に戻ろうとする。
そしてその反動の力は凄まじく、勢いよく突っ込まれた朽ちた世界樹は粉砕され、崩壊を始めてしまった。
「…えっと…」
「……っ!スイ!残骸が落ちてくるのだわ!?」
「にげ、逃げないと!?」
「私に掴まって!『招剣』!」
言われるがまま抱きつくと、チチェクは剣を取り出してから、ものすごい勢いで距離を取ってくれた。
「あぁ…あたしはなんてことをしちまったんだ…」
「落ち込まないで、スイ。きっと……時間の問題だったのだわ」
それくらいの時間をこの地に立っていたかわからない世界樹は、あたしのヘマによって崩壊していく。
その光景を感情の整理がつかないまま眺めていると、チチェクが力強く抱きしめてくれた。
―――
朽ちた世界樹が崩壊した翌日。
私チチェクは、聖剣を片手に廃都の哨戒をしている。
スイはあれから茫然自失といった状態で、朽ちた世界樹があった場所を眺めている。
元気づけてあげたい気持ちは十二分にあるのだけど、それよりも先にやることがあるのだわ。
「朽ちた世界樹による忌避効果は…未だに健在なのだわ」
私は群れた野犬が廃都に入ってくること警戒して、聖剣を出してまで哨戒にあたっていたの。
ただ、朽ちた世界樹の効果が残っているのか、スイの成長させた新しい世界樹の力が強いのかはわからないけれど、今の状態なら問題なさそうだ。
直近に危機がないのなら、スイの奮起に尽力をしたいけど、こういう時ってどうしたらいいのかしら?
私なら、隣にいてもらって優しい言葉をかけてもらえるのが一番嬉しいけど…、ぐぅ〜…とお腹が鳴る。
食事を作ってくれていたスイが動けなくなった以上、私が解決しないといけない問題なのだわ。
幸いなことに、調理場は火を使うから、朽ちた世界樹の外側に配置されている。
私の食事と……ふふっ、スイのために美味しい食事を作るのだわ!
善は急げ、私は調理場に向かう。
―――
料理を作ろうと調理場に来たのだけど、はっきり言って私に作れる料理なんてないのだわ!
チェリク家では料理人たちの美味しい料理が食べられていたし、ここではスイが頑張って作ってくれた料理を食べていた。
ここに来るまでの汚染地域では、野生動物をただ焼いて食べていただけで、料理とは言えないのだわ。
だけどやるしかない。
私自身の空腹のためでもあるけれど、誰かが自分のために作ってくれた料理の温かみを、スイにもお返ししたいの。
それじゃ何を作ろうかしら?
時折スイは、お菓子が作りたいと言っているから、甘いものがいいのだろうけど、ここにある甘いものといえば人参芋だけよね。
「うーん………そうだ!」
何度かスイが、ほくほくの豆の入っている野良麦パンを焼いてくれた。
あれを人参芋に変えたら甘いパンになるのだわ!
たくさん焼くときにはお手伝いもしてるし、記憶からパンを焼くスイを思い出し、その工程を再現しようと動き出す。
―――
気がつけば夜の手前。
私の目の前には、失敗作のパンがある。
パン作りには多くの時間を使うことを知っていたのだけど、一回目は失敗してしまった。
…真っ黒な炭なのだわ。
これは二回目。
なんとなく…パンを焼くときには火を弱めているか、ほぼ消えているような状態だった気がしたので、それを試している。
今回が上手くいかなかったらどうしようという不安がある。けれど、スイのために私が挫けるわけにはいかないのだわ。
焼き上がりを待ってしばらく、窯の蓋を退かしてみると、中には少し黒っぽくなっているものの、パンといえるものが鎮座している。
黒っぽいところを取ってしまえば、これは間違いなくパン!
私は木の棒でパンを挟み、火傷をしないように慎重に取り出した。
「よくやったのだわ、私!」
「いい出来じゃないか」
「でしょ!?頑張ったのだ、わ…?」
自然と返事をしていた私だけど、振り返ってみればスイがそこにいた。
「もう、大丈夫なの?」
「やったことの大きさにいじけてても、何も変わらないからね。そんで、チチェクの食事を作ってやろうと思ったのんだけどね、面白そうなことをしてたから眺めてたよ」
「い、いつから?」
「一個目を失敗してしょげてるあたり」
「ずっと見ていたの!?」
「楽しかったよ、失敗しても諦めないチチェクは。…あたしも見習わないとって思えるくらいにはね」
「も〜!失敗したところなんて見られたくなかったのだわ!」
スイは楽しそうに笑いながら腰を下ろした。
「まあいいのだわ。これ、人参芋を一緒に捏ねたパンなんだけど、一緒に食べない?」
「ご相伴に与ろうかね」
私はスイの隣に座って、人参芋入りのパンを半分に割る。
…なんか、ちょっと硬いような。
「いただきます」
「えっと、召し上がれ?…私もいただきます」
私の焼いたパンは、歯にくる硬さをしているうえ、中がぎっしりしているような質感で、スイの焼くパンには遠く及ばない。
丸焦げの炭なんかと比べれば食べられるものだけど、これを誰かに振る舞うのは…かなり恥ずかしい。
スイの様子を伺おうと視線を向けてみると、涙ぐみながら咀嚼している。
「え、あ、そんなに不味いなら食べなくていいのだわ?!」
「あぁ、ごめんごめん、不味いってわけじゃないんだ。…誰かがあたしのために料理をしてくれるなんて、前世ぶりだから…嬉しくってね」
いつもは食の細いスイが、がっつくように私のパンを食べる姿は意外で、そしてなんだかいつもより小さく見えた。
私はスイに恋をしている。
素敵なところに強く惹かれて、素敵じゃないところを支えてあげたいと思っている。
スイには前世と、その記憶がある。
だからきっと、多くの幸せや苦労を知っているのだと思う。
それゆえに、この環境…私しか他人のいない環境は苦しいものなのかもしれない。
素敵なだけじゃないスイを、私は支えられるかどうかはわからない。
でも寄り添いあって一緒に歩いていくことはできる気がする。
「ごちそうさま」
「えへへ、お粗末さま。味はどうかしら?」
「人参芋を入れたことで甘くなっててよかったよ。こっちで食べた最初のお菓子かもしれないね」
「焼き芋は?」
「ありゃ、芋を焼いただけだろ。これもお菓子っていうには微妙だけど、心に沁み入る優しい甘さで、あたしは好きだよ」
スイの笑顔が輝いて見える。
「今度、ちゃんとしたパンの焼き方を教えてほしいの。私自身も美味しいと思えるものを焼きたいから」
「断ると思うかい?」
「断らないのだわ!」
ちょっとだけ勇気を振り絞って、スイの手を握ってみる。
私の手は振り払われることなく握り返された。
今日は星神様へのお祈りをお休みしよう、空を見上げる余裕なんてなさそうだから。
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