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馬鹿者共の後始末 ~転生ドライアドと追放令嬢はお菓子が食べたい~  作者: 野干かん


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6話 旅と塩 後編

 私チチェクは、横目にスイを捉えながら空を眺めるのだけど、バクバクと音を立てる心臓が収まらない。

 スイのことは好きで大切で、長く一緒にいたいと思っている。

 けれど、この気持ちの瀑布はきっと…恋なのだわ。


 男の子に恋をしたことはある。

 カッコいいと思った同族、牙人族の男の子だ。

 ただ、スイに思ったのは『カッコいい』じゃなかった。


 私がスイに思ったのは多分…『素敵』なのだわ。


 スイは食が太くないし、食事の時もちょびっとだけ食べる程度だけど、花人族の特性を考えると不思議なことではない。

 そうなると、スイは私のために食事を作ってくれてるし、今こうして塩を採りに行くのも私のためってことになる。

 私のため…私を守るために尽力してくれるスイのことを、頼りにしているし好きだと思えたのだわ。


 ただ、それが恋なのかは分からなかったのだけど、はっきりしたの。これが恋だって。

 煩わしいほどに高鳴る心臓は止まることを知らなくて、スイの指に触れてみると鼓動は速くなる。

 …爆発してしまいそうなのだわ。


 スイと私は、お互いに守り合えて、支え合える関係。

 これは特別な関係じゃないのかもしれないけど、私には特別に思えている。


 けれどスイはどうなのかしら?


 アステルウォードでは、男の子同士が親友以上の契りを結ぶことは珍しくない。

 戦友同士で永遠の契りを結んだという話があるし、実際に見たことがある。

 女の子同士も稀だけど、いないことはない。


 ただ、スイはアステルウォードの常識の外側にいる人だ。

 今以上に踏み込んだ関係を築くことが難しい可能性があるのだわ…。


 『一緒にいれるなら関係は問わない』『スイを私の特別に、そして私がスイの特別になりたい』。その二つの感情が渦を巻く。


 風でスイの甘く爽やかな香りが届く。

 とても落ち着く香りを嗅いだからか、私の心は穏やかさに包まれて、冷静になってきた。


「私ね、スイとずっと一緒にいたいのだわ」

「帰らないつもりかい?」

「…もし頷いたら怒る?」

「怒りゃしないけど、あたしの力を役立てるんじゃなかったのかい。それに親御さんも心配する」

「じゃあ、刑期が終わったら一緒にアステルウォードに行ってくれる?」


 スイは遠くを、朽ちた世界樹の方を眺めている。


「あたしは一つ思ったんだよ。もし、全ての汚染を浄化しちまったら、また戦争になるんじゃないかってね」

「……。」

「ただ、片方だけに供与したら、片方だけが強くなりすぎて、馬鹿者共が戦争をおっ始めるかもしれない。いや、そんなのは戦争じゃないかもしれない」


 私はスイの言葉を否定できなかった。

 だって、古星族にとって純人族は古くからの怨敵なのだわ。

 きっと私も、スイのいう馬鹿者の一人になってしまうし、それだけの力があるのだから。


「あたしゃ戦争が嫌いだよ。人は帰ってこないし、食べ物には苦しくなるし、良いことなんてなんもない。

 あたしが戦争を経験したのなんて、若い頃の一度きりだ。けれど、世界中のどこかでは、人と人が殺し合っていたんだ。

 何がそうさせるかなんて学のないあたしには分からないけど、馬鹿者だよ…」


 スイにはスイの悩みがあって、苦しみがある。

 さっきまでの素敵なスイはそこにいなかったけど、私は弱く縮こまったスイに手を差し伸べたいと思った。


「…どうしたらいいかは私自身には分からないのだけど、それを一緒に考えてくれる人を紹介できるのだわ」

「政治をしてるお祖父さんかい?」

「うん、それとチェリク家のみんな。私と違って頭がいいのだわ」

「政治家ねぇ」

「お祖父様は、屋敷にやってきて住み着く花人族にすっごい親切にしているの。

 …今思うと、それはマクランティアに、いえマクランティア様に対する贖罪の意味があったようにも思えるのだわ。だからきっと、力になってくれるわ」


 スイは私の頭を優しく撫でて、朗らかな笑みを見せてくれた。


「チチェクの家族を鼻っから疑ってかかるのはよくないね。…満足するくらいに浄化して、チチェクの刑期が終わったら行ってみようかね」

「うん!」

「なあチチェク」

「なぁに?」

「ありがとね」


 スイの顔を見上げると、青空のようにすっきりとした表情をしていた。

 私はスイの素敵な部分をたくさん知りたい。

 そして、素敵ではない部分を受け止めて上げたいと思っていた。

 私は、胸の奥底から湧き上がる感情の湧泉を、大切に温めていこうと思う。

 想いを伝えるその日まで。


―――


 あたしスイは、チチェクと共に山を登っていく。

 標高はさほど高くないみたいだが、放棄されて数十年の山道なんて、あってないようなもんだ。

 気軽に登ることなんてできない。


 ただ、風に乗って鉄臭さのようなものを感じる。

 これが塩泉由来のものなのかはわからないが、それでも何かがあるのだと確信できる臭いに、一歩一歩を頑張れる気がする。


 登っていて思ったが、この山の周辺は毒による汚染が軽微なようで、下界と比べると植物は多く茂っている。

 ただ、動物に関しては穢鬼化したものばかりで、あたしの知るような動物はいなかった。


 そんなこんなで山肌を登っていくと、ポツポツと廃屋が現れ始め、湯気が立ちこめる場所が見え始める。


「はぁ〜…やっと到着かい。長かったねぇ…」

「お疲れ様、スイ」

「チチェクがいてくれたから辿り着けた場所だよ。あんがとさん」


 あたしは石垣に腰を下ろしてから周囲を見回す。

 チチェクは塩水の温泉を売りにしていたけど、パッと見の雰囲気は作業場だろうかね?

 ただまあ、放棄されて時間が経ちすぎているのか、崩れた廃屋も多いし、使える道具があるかはわからない。

 必要ならチチェクと作っていく他ないね。


「まず優先したいのは食事のための塩だ。人は塩がなくっちゃ生きてはいけない」

「保存されてる塩があればそれが一番よね?」

「そうだね。だが最低でもチチェクが五年消費するから、足りなそうならあたしたちで精製しなくちゃいけないんだ。塩の温泉が枯れてないならね」

「それくらいの量なの?」

「前世で孫が勉強してた気がするんだけど、記憶には残ってないんだ。栄養士って資格が心の底から羨ましいよ」

「じゃあ…スイの料理で使うものを五年分ってことよね?」

「そうだね。加えて塩漬けなんかを保存食にするならもっと必要だ」

「何回かの往復が必要なのだわ…」

「だね」


 あたしたちは現物を求めて、廃屋を巡って探す。

 大量の保管があればそれが一番だ。

 そんな期待は裏切られて、倉庫と思しき建物は伽藍洞すっからかんになっていた。


「持っていかれたみたいだね」

「塩は大事なんでしょ?」

「ああ、だからだね」


 それからあたしたちは二人揃って探索をする。

 あたしとしては野犬の群れが怖いってのもあるし、チチェクからしてもあたしが弱っちいから不安なんだろうね。


 いくつかの場所を巡っていくと、ほんのりと鉄っぽい臭いのする湧泉を見つけることはできた。

 立ちのぼる湯気と、手を近づけただけで感じる熱から、随分な熱泉だと理解できた。


 そして崩れかけの大きな廃屋にチチェクが入っていくと、塩の精製方法を記した木の板を見つけてきたんだ。

 目がいいのか勘がいいのか、なんにせよ物探しの上手いチチェクには頭が上がらない。


「まずは塩泉を汲み置いて、沈殿作業?」

「時間がかかりそうなのだわ」

「お次は濾過ろか。これは途中で濾過槽を見つけたね、塩用のものだったとは」

「そしたら、天日干し?これはもーっと時間がかかりそうなのだわ…」

「あとは煮詰めて乾燥と。…塩の精製ってのは、とにかく時間を喰う作業なんだね」

「本当に作るの?」

「必要なものなんだ、作るよ」

「……私の、ため?」


 ここで頷いたら恩着せがましくなっちまうだろうか?

 我慢するだなんて言い出したら本末転倒だけど、無駄な隠し立てはお互いのためにならないだろうね。


「そうだ、チチェクのためさ。でもまあ、塩があれば味の幅は広がるし、あたしも欲しいんだよ」

「なら頑張らなくっちゃね!」

「頑張ろう」


 あたしたちは製塩に乗り出す。


―――


 ハロスウェルの製塩街に辿り着いてから、四〇日ほどの時が流れた。

 製塩手順を記した木の板こそ見つかったものの、細かな時間や日数などは分からずじまいで、試行錯誤を繰り返す必要があった。

 職人の感覚で管理されてたんだろうね。感服だよ。


 あれこれと頭を悩ませている最中に、製塩以外での気付きもあった。

 それは世界樹に関する力だ。

 朽ちた世界樹の近くと変わらず、新しく世界樹を成長させようとしても、数日で枯死しちまうことには変わらない。

 ただ、枯れた世界樹のある場所には、穢鬼化した野生動物が近づいてこないんだ。

 これはチチェクの発見で、周囲の探索やあたしの護衛を務める最中に、違和感を覚えて気付いたらしい。

 そんなわけで製塩の合間に世界樹を植え、必要な場所を覆い安全を確保することに成功した。


「よ…っせい!」


 あたしが塩泉に注視して手をかざすと、塩分を多く含んだ熱水が球体になって宙に浮く。

 これはスキルで、しばらく前に野良麦パンを食べた辺りから使えるようになっていた。

 チチェクが『名前付けたら?』と言っていたので、『液体移動』ということにした。


 朽ちた世界樹にいる時は、ちょっとした水汲みくらいにしか役に立たなかったんだが、ここにきて液体移動の便利さが身に沁みている。

 なにせ製塩には液体の移動回数とその量が多い。このスキルがなかったら、あたしは全身筋肉痛でのた打ち回っているよ。

 …身体をそんなに使わない分、未だにひ弱だけどね。


 製塩の試行錯誤を繰り返している内に、今日も空が茜色に変わり始めている。

 何かに熱中していると時間の進みがとても早い。


 あたしは塩の熱水を多めに宙に浮かべてから、少し離れた場所に向かう。


―――


「スーイ、今日はもう終わり?」

「ああ、もう夕方だからね」


 血抜きをした動物を抱えるチチェクと出会う。

 チチェクは狩りをしたり、製塩施設を直そうとしてくれたり、パン焼き窯を作ってくれたりと大変な肉体労働を請け負ってくれている。


「狩りお疲れ様。それを置いてきたら風呂場においで」

「わかったのだわ!」

「チチェク」

「なに?」

「毎日ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうスイ」


 あたしは礼を欠かさないようにしている。

 こんな環境で、お互いができることに大きな差がある状況だ。

 自分の仕事に踏ん反り返ってしまったら、今のような心地よい関係にヒビが入っちまうだろう。

 だからあたしは、毎日礼をいう。

 大切なチチェクのために。


 辿り着いたのは風呂場なんて呼んでいる場所だが、実際は壊れた濾過槽の濾材を取り除き、隙間を雑に埋めただけのだだっ広い囲いだ。

 他に人もいないし、濾過に関しても他の濾過槽があるから、こっちは風呂に浸かっちまってるということだ。


 まずは熱水を放り込んでから、あたしは川の方に移動する。

 川の水を液体移動で持ち上げて濾過槽に入れてやれば、いい温度の風呂が完成する。


 ボロ着を脱いで湯に浸かり、外を眺めながらゆったりとしていれば、チチェクがやってきてほんのりと頬を紅潮させている。

 チチェクは風呂に来ると毎回頬を赤く染めて、ちっとばかし恥ずかしがっている。

 年頃の女の子としちゃ当然の反応なのかもね。


 ただ『別々に入浴するかい?』と聞いたところ、全力で否定されたから、あたしと入浴するのが嫌ってわけではなさそうだ。


 チチェクの裸を見て思うことは、かなり引き締まった身体をしているということだ。

 比較対象が、細っちくて日焼けもしていないようなあたしというのもあるんだろうが、普段の動きに納得できる身体付きといったところだ。


 牙人族という種族は、獣の耳と尻尾があり、歯の一部が牙になっているということだが、それ以外にも一つだけ人間にんげんとの違いを見つけられた。

 それはうなじから首の付け根までの範囲と、尻尾の付け根から腰のあたりまでの範囲に存在する、短い体毛の毛皮的な部分だ。

 どちらも普段は隠れていて見えないんだが、一緒に風呂に入るようになって知った。

 前に、洗ってやろうと触れたら『こ、ここっ、ここは気軽に触れていい場所じゃないのだわ!?』と、ひどく赤面した状態で怒られてしまった。

 あたしの常識の無さが仇となってしまった。反省だね。


 チチェクはお湯に入ると、そのままあたしの隣に腰を下ろして、柔らかな瞳で見つめてくる。


「塩はどう?」

「なんとなく、できそうな雰囲気だよ。…本職の職人が作るものには遠く及ばないだろうがね」

「塩分が取れればなんでもいいわけじゃないの?」

「少量できたのを舐めてみたけど、苦さや鉄っぽさがある味わいでね。なんというか、あたしの記憶にあるレシピに使っても、同じような料理にならない気がするんだよ」

「まあでも食べられれば一緒じゃない?こんな状況なんだし」

「チチェクには美味しいもんを食べさせてやりたいんだよ」

「お節介なスイなのだわ」

「嫌なのかい?」

「全然っ」


 笑みを浮かべるチチェクを、あたしは愛らしいと思っていた。


 チチェクのことを最初は、行き倒れていた子供で、飯を食わせてやらなくっちゃいけない…言ってしまえば庇護対象という扱いだった気がする。

 ただ一緒に生活する上での役割分担は、チチェクありきのものとなってきて、守るべき子供という対象から外れ始めていた。

 持ちつ持たれつの対等な関係のやりとりの心地よさと、いつでも隣にいようとしてくれる安心感と心強さに、心惹かれる部分があるのかもしれない。


 一緒にいたいと思える、このむず痒い感覚は一体何なんだろうね。


 湯船に浸かりながら、チチェクに体重を預けてみる。

 するとチチェクからも少しの体重が返ってきて、一方的じゃないんだという安心感があった。


―――


 更に二〇日くらいの時が流れて、日光の強さから夏を思わせる日々の中で、ほんのりと赤みがかった塩が完成した。

 ぺろりと舐めて味を確かめてみると、塩っ辛さの中に、わずかな苦味はあるものの苦に感じるほどではなく、そういう塩なのだと納得できる味わいだ。


「これで完成?」

「ああ、完成だよ。大量生産できるわけじゃないから、たまにこっちに来る必要があるけど、塩の確保ができるようになったわけだ」

「やったのだわ!なにかお塩を使った料理はあるの?」

「汁物に塩味を足したり、長い目で見れば塩漬けや干物にも使えるよ」

「心躍るのだわ!」

「それじゃあ帰ろうか」


 あたしたちは塩を持てるだけ持って、あたし流の製塩方法を記した木の板が、どっかに飛んでいっちまわないよう、しっかりと廃屋に保管してハロスウェルを後にする。


 ハロスウェルに来るまで、そして着いてからの日々は大変だったけども、生活基盤の一つを作れたのは大きい。

 それに…目の前を歩いていくチチェクの大切さも理解できた。

 実りのある遠征だったね。


「笑ってどうしたの?」

「何を作ろうかと思ってね。塩と魚で発酵させて、調味料でも作ってみようか」


 足の進みを緩めてくれたチチェクと並び、あたしたちは朽ちた世界樹に帰っていく。

誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。

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