5話 狩りとパン
私チチェクは木の棒を携えて、朽ちた世界樹の周辺の探索に出た。
花人族のスイは、水と日光があれば最低限生きられるのだけど、私はそうもいかない。
このままスイと一緒に、果実と芋だけの生活をしていたら死にかねないのだわ!
…スイもスイなりに世界樹の種を植えて、他の植物を育てられる環境作りをしてくれているけど、私は肉が食べたいの!
手足が黒く染まった穢れた身体は、汚染された土地での毒を無効化してくれるので、とても便利。
動ける内に肉を確保するのだわ!
―――
不思議なことに剣を握っていないのにも関わらず、私の身体は活力に溢れている。
私の『スキル』は、剣を持っている時に有効になるもので、こんな木の棒じゃ意味はないはず。
不思議な点はもう一つある。
私やスイの穢鬼化には、他の人種族の変化には見られない、ひび割れ模様が見られる。
正直、これの影響だと思いたいのだけど、過信したくはないのだわ。
こういうのは、お父様とかの有識者にお願いしたい。
こんなことなら、もっと勉強しておくべきだったわ…。
あと、スイには角がある。
あれは汚染地域の野生動物に生える穢鬼化なのだわ。
誰かが住まうには不便すぎる汚染の地、旧世界樹域。
ここには何が起きてるのかしら?
…きっと、スイ一人ででもチェリク家に行ってもらって、研究に協力をしてもらうべきなのだけど…常識のない、いえ疎い彼女を、一人でここから出していいか分からない。
私の刑期が終わったら、一緒に外に行ってくれるよう説得しよう。
―――
さて、周囲を探索した結果をまとめるのだわ。
朽ちた世界樹を中心に構成されてる廃墟は、戦争以前にあった都の残骸で、廃墟には使えそうなものがあるように思える。
私とスイの変化も不思議なのだけど、もう一つ不思議な点があって、この廃都には大きな獣の姿が見られないのよ。
正直、ここにたどり着くまでの間、私は穢鬼と化した野生動物を追ったり、逆に追われたりしていたのに、それらが一切いないのだわ。
これを不思議と言わずになんというのかしら?
朽ちた世界樹から少し離れているけど、廃都の一部を分断するように川が流れていて、川には魚がいる。
肉を狙うなら、魚でもいいかもしれないのだわ。
廃都から離れて狩りをして帰ってくるのは…少し面倒臭いし。
私は川岸に近寄ってから、木の棒を構える。
さあ、魚狩りを始めるのだわ!
―――
「スイー、ただいまー!」
「おかえりさん」
あたしスイが世界樹の種を植えて、浄化されている土地を広げていると、魚の刺さった棒を担いだチチェクが姿を見せる。
探索ついでに狩りをしてくるって話だったが、魚を獲ってきたみたいだ。
「スイって料理ができるのよね?」
「できるよ。ただ、こっちの食材には詳しくないし、調味料も全くといっていいほどない。豪勢な食事を作ってやることは難しいがね」
「それくらい受け入れているのだわ」
「そりゃなにより」
魚に関して、あたしはそこまで詳しくない。
店で売っている魚が精々だ。
「これはどこで獲れたんだい?」
「廃都の中に川があるのよ、そこで獲ってきたのだわ」
「川魚ね。川の状態は綺麗だった?」
「どうなのかしら…。少なくとも、入ることを躊躇するような汚さではなかったわ」
「よく考えれば、ここは毒に塗れた汚染地域だし、多少の臭みは我慢しないといけないね」
さて、拾った包丁はどこに置いたっけね。
「そうだ。帰ってくる途中で、麦みたいな草があったのだけど、これは食べられるの?」
「麦?」
「これよ」
チチェクが取り出したのは、麦と猫じゃらしの間くらいの植物。
あたしはそれを受け取り、辞典を呼び出すとページが開かれる。
『 野良麦
様々な土地に適応した麦。
麦粒が落ちる、ぽろぽろと。収穫がちょびっと大変。 』
チチェクの栄養面を考えないといけないし、早めに脱穀や製粉をできるようにしないといけないね。
「ありがとう、チチェク」
「どういたしましてなのだわ」
焼いて食べた川魚は土臭さを感じたものの、チチェクが満足そうに食べていたから良しとしよう。
臭み抜きのやり方を考えないといけないけど、川魚の処理ってどうやったっけねぇ。
―――
「この辺りだったのかい?」
「そうよ」
あたしはチチェクと一緒に、野良麦を摘んできたらしい場所の近くにやってきていた。
「麦が生えてたんなら、近くに倉庫でもあるかと思ったんだけどね」
「倉庫?」
「脱穀やら製粉の道具が欲しくってね」
「粉にすれば、パンやケーキが作れるのよね?」
「ちと足りないけど、おおむね正解だね。もっとも、この麦でケーキが作れるかは分からないけど」
「麦によって違うの?」
「ああ、違うよ。膨らみやすい種類じゃないと、ふかふかのパンやケーキを作るのは難しくってね。…それとイーストやら色々と欲しいところだけど」
「色々と必要なのね」
「そうだよ。何かを作るのには色々と必要なものがあるんだ」
「毎日の食事も、手間暇があって私の口に入っていたのね」
「あたしも痛感してるよ。…前世はとんでもなく便利だったってね」
あたしたちが周辺の建物を探していると、農具がいくつか見つかる。
木の棒で地面をほじくり返す必要がないのなら、それに越したことはない。
「スイー!臼ってこれー?」
チチェクの声が聞こえる建物に向かうと、彼女の足元にはあたしが知っているものよりも少しばかり大きな石臼があった。
「随分と立派な石臼だね」
「持って帰る?」
「そうしたいんだけど、蔓で運べるかねぇ?」
「蔓?」
「花人の指っていう植物らしいんだけど、成長と操作を組み合わせると、物を運んだりできるんだよ」
試しに種をいくつか地面に蒔いてから『成長』を使い、伸びてきたところで『操作』を使う。
自分自身の手足か、それ以上に動かすことのできる蔓を、石臼の一つに絡めてみる。
…持ち上げて運ぶことは難しいようだけど、地面を転がすことはできそうだ。
「なんか便利そうね」
「便利だよ。ただ…二個同時は無理そうだし、もう一往復だね」
「なら私が転がしていくのだわ」
「重そうだけど大丈夫?」
「これくらいができないほどにひ弱じゃないわ。よっ…せいっ!」
驚いたことにチチェクは、残ったほうの石臼を立てたかと思うと、それを転がし始めた。
「結構…力があるんだね。見た目に似合わないというか」
「ふふん、鍛えているのだわ!」
「そうかい」
しっかりとした食事をできるようにしてやらないとね。
―――
石臼の回収から少しして、あたしは野良麦粉で薄焼きを作っていた。
正直なところ、ゴミや殻なんかを取り出したり、製粉作業への試行錯誤に多くの時間を取られて大変だった。
「これがパン?」
「薄焼きってところだね。野良麦粉と水を混ぜただけじゃ膨らまかったし、パンにはほど遠いよ」
「パンには何が必要なの?」
「製パンはそこまで詳しくないけど、発酵種と塩は必要だね。発酵種は作れないか試してる最中だから、廃屋に残っていればいいんだけど」
「それは私が探すのだわ!」
「ありがとう、チチェク」
「いいのよ」
「さて、それじゃあ食べてみようか。きっと、あんまり美味しくないよ」
「こんな状態じゃ、ないよりマシよ。ありがとうね、スイ」
「いいんだよ。育ち盛りの子供は、たくさん食べて大きくなるのが仕事みたいなもんだからね」
野良麦の薄焼きは、中までしっかりと火を通すために薄くしていたのにも関わらず、ねちょっとしつつぎっしりとした食感で、一口噛むごとに食欲が失せていく感覚に襲われる。
味は…穀物の風味が口に刺さりつつ、土っぽさが残っており、自然と眉間にシワが寄る。
有り体にいうと――
「――不味いね、こりゃあ」
「スイが…作ってくれた料理にケチをつけたくないのだけど、お世辞にも美味しいとは言えないのだわ…」
「残りはあたしが食べとくから、チチェクは無理をしないでいいよ」
「しっかり食べるのだわ」
「んー…気持ちは嬉しいんだけどね、腹を下しちゃったら元も子もないんだよ」
「スイは食べるんでしょ?」
「食べ物は無駄にできないからね」
「じゃあ…」
「しっかりとしたパンができたら食べてもらうから、今回はあたしに任しときな」
チチェクはぺたんと耳を倒してあたしを見つめている。
こんな不味い料理を食べさせることはできないさ。
「それじゃあ、今回はお願いするのだわ」
「ああ」
あたしは野良麦の薄焼きを時間をかけて食べたんだが、冷たくなればなるほど食欲が失せていき、なかなかに大変な食事だった。
―――
私チチェクは、朽ちた世界樹の中で眠るスイの隣で横になる。
スイは日が暮れて少ししたらすぐに就寝してしまう。
…その代わり、朝はめちゃくちゃ早くから活動しているのだけど。
スイは花人族なだけあって、身体から花が生えている。
花人族ごとに場所や花の種類が違っているけど、スイのは白い花で甘い香りがするの。
これがどうにも心地よくて、私は肌が触れ合うくらいまで近寄ってから、その甘い香りに包まれながらスイの顔を眺めるのが、好き。
すごい落ち着く香り。
家族たちはどうしているのかしら。
私がどれくらい眠っていたかは分からないけど、略式裁判が終わって汚染地域に放り出されてから、ひと月くらいは経っているはず。
多分…お祖父様はブチギレているんだろうけど、政争なんかを起こしてないといいのだわ。
孫の一人で国を混乱に陥らせるなんて、馬鹿者することなのだから。
しかし五年。
こんな場所、なんて言うのは失礼だけど、毒に包まれた土地で過ごすには、とても長い時間なのだわ。
けれどスイは…誰かが連れ出さなければ、一生をここで終える気がする。
“世界樹の花人族”マクランティア。スイは彼女の関係者なのかもしれないけど、ここに生涯を費やすなんて馬鹿げているわ。
五年で満足してもらって、チェリク家のお庭で過ごしてもらうのがいいのだわ。
真っ黒な髪に小さな花が咲いているし、顔立ちからは気品と可愛らしさが見て取れる。
私もこういう顔立ちが良かったなぁ。
起こさないように頬に触れて、そのまま角にも触れてみる。
私にもこういう角が生えるのかしら?
生えるなら生えてほしい、そうすればスイとお揃いなのだから。
「ん…」
起こしちゃった?
息を潜めて起こさないように努めると、スイは私に向かって寝返りを打ってしまい、押し潰される形になってしまう。
スイは重くないから苦しくはないのだけど、彼女の香りに強く包まれる。
「スイ…」
この甘く爽やかな香りは、なんの花なのかしら?
私はスイの香りと温もりに包まれて、目蓋を下ろす。
―――
あたしスイが発酵種の製作を始めてそれなりの時間が経った。
その間に、チチェクが少量の塩を見つけてきてくれたり、枯れた世界樹を増やして食べられる野菜なんかを増やしていた。
チチェクが火を起こせるから、薄味ながら色々な食事を提供できるようになって、栄養失調の不安も薄まりつつある。
ただそれでも、穀物を使った主食は必要なはずだ。
こういう時にしっかりとした学があれば、何が必要なのかを割り出せるんだろうけど、無い物ねだりをしたところで意味はない。
あたしは余計な考えを振り払い、壺に入った発酵種を覗き込む。
壺によってはカビが生えていたり、腐っていたりもするが、気泡によってぶつぶつとしたものも見つかる。
発酵か腐敗かなんてのは、食べる者に都合がいいかの違いでしかない。
「これは…どれが正解なの?」
「多分…この、ぶつぶつぼこぼこして小さな穴が空いてるやつ、かね?」
「なんで疑問なのよ…」
「一からパンを作ったことなんてないんだよ。本を開けばレシピが読めて、必要な物はお金を出せば買える…いい時代だったね、ホント」
「ふぅん」
「それで窯はどうだい?」
「いい感じのができたのだわ!」
「まったく…探してくれるだけで良かったのに」
「だって、ここでの生活って暇じゃない。汗水流すことの楽しさを、思い出したのだわ」
「それじゃ、水浴びをしてきな。あたしはパンを焼いてみるからさ」
「わかったわ!」
「…風呂に入りたいね」
こんな生活でも欲は出るみたいだね。
―――
野良麦粉と発酵種、それと少量の塩で生地を作り、廃材を薪に窯を温め、あたしはパン作りに挑んだ。
スイッチをピッピと押すだけの便利なオーブンなんてのは存在しない。
なんなら窯の温度を知るための温度計すらない。
初めての挑戦に緊張するなんて、何年ぶりかは分からないけど、こうして誰かのために手に汗握るというのは悪くないと思えた。
菓子作りは、哀れみから始まった。
義父母になるはずだった人たちが、塞ぎ込む姿が居た堪れなかったから、手を貸して家族となった。
食材もない中で義父母と頭を悩ませて、様々な挑戦をした。
海の外の菓子に忌避があったのも覚えている。
けれど…初めて食べたケーキのことは忘れられない。
そう、義父母との挑戦の中で、あたしは楽しさを覚えていたんだ。
お客さんでも家族でも、誰かのために何かを作れることを。
店のことは心残りだが、養子たち孫たちがなんとかしてくれる。
あたしはこっちで、数奇な人生を歩んでいこう。
窯の蓋を開けると、いい匂いがする。
前に作った薄焼きなんかとは全然違う。
窯の中を覗き込んでみると、不格好ながらパンと言われればそう見える塊が鎮座している。
木の棒で挟んで取り出し、冷めるのを待ってから割ってみると、前世で知っているようなパンの柔らかさはなかったけど、それでも断面はパンだった。
「パン、なのだわ」
「パンだね」
「食べていいの?」
「まずはあたしが食べてみるよ。身体に悪いものだったら危ないからね」
「スイに倒れられても困るのだけど」
「まあ少量だけね。…いただきます」
あたしは野良麦パンを少しだけ千切ってから口に運ぶ。
薄焼きと比べて、穀物の強すぎる風味はマイルドになっていて、土っぽさも悪くない程度に収まっている。
こういった風味のパンだと思えば悪くない。
食感は硬めだから、冷え切ったらふやかすための汁が欲しくなりそうだが、今食べる分には問題ないだろうね。
「これは、パンだね」
「おお!私も食べていい?」
「ああ、お食べな」
「えっと、いただきます、だっけ?」
「召し上がれ」
「……んー、ちょっと独特な風味だけど悪くないわね。これなら毎日食べられるのだわ」
「そりゃ良かった。良いものを食わせてやれる保証はしないけど、食うに困らないように頑張るよ」
「ありがとうね、スイ。これ、美味しいのだわ!」
あたしの胸の奥底が暖かくなり、力がみなぎるような心地だった。
「さて、まとめてたくさん焼かないとね」
「これ一個焼くのに半日近くもかかっていたものね」
「窯を熱するのが大変でね…。薪代わりの廃材もたくさん消費したし、課題は山積みだよ」
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