2話 行き倒れと世界樹
あたしが目覚めてから二年くらいの時が流れた。
一年が何日あるかなんてのは分からないが、季節が二周したんだから二年だ。
さて、二年の月日が流れて分かったことはといえば、あたしの成長速度が異様に早いことだ。
朽ちた世界樹の中を探してみれば姿見があり、それらを時偶覗いているのだが、今のあたしは十五歳ほどの見た目になっている。
大介の記した文字を眺めても、花人族の寿命なんてものは書かれておらず、どれくらい生きられるのかの疑問が残るばかりだ。
今日も鏡を眺めてみる。
人間とそう違いのない容姿だけども、髪にいくらかの蔓が混じっていたり、白い花がジャスミンの香りを放っている。
髪は真っ直ぐな黒髪で、目の色は緑色、顔の作りは…前世のあたしと似ても似つかない、可愛げのあるものだ。
ただ、二年前に覚めた時に、額の辺りから二本の、鬼のような角が生えちまったのは、何なんだろう?
これも大介の記した文字には書かれていなかった。
髪をくるくるとねじってまとめ、木の枝をかんざし代わりに突き刺せば、長く伸びた髪が整う。
…花を巻き込んで潰しちまうが、勝手に咲いてくるしいいだろう。
「おはようさん、あたし」
返事なんてない。
ただ、言葉を発していないと、いずれ忘れてしまう気がして、一日一回は何かに話しかけている。
今日はあたし自身だ。
あたしは乾燥させた桑の実と棗をいくつか口に放り込み、朽ちた世界樹を後にする。
―――
さて、あたしの日課はといえば、人っ子一人住んでいない都を散策し、使えそうな廃品や、植物の種を集めることだ。
前者はまだいいのだが、後者は本当に見当たらない。
大介が確保、保管してくれていた種はいくつかあるのだが、それらの全てが育つわけではなかったし、大介の持っていた種の樹も数日と経たずに朽ち果ててしまった。
幸い実ができたので、種は保存してあるけども、今は無闇矢鱈に育てない方がいい気がする。
植物には、その植物が得意とする環境がある。
水田にトマトは植えないようなものだ。
しかし、こんな広く、人のいない土地をどうやって改善したらいいものか。
そんなこんなで、頭を悩ませながら歩いていると、地面に横たわった人を見つける。
うつ伏せたそれは、頭頂部のあたりに控えめな三角形の獣っぽい耳が生えており、腰のあたりにはポテッとした膨らみのある尻尾。
髪色と尻尾の色は茶色っぽく、一部は色が濃くなっている。
「これは…なんだっけ?」
大介の残してくれた文字には、花人族以外の種族がいくつか書き記されていた。
「……ぅ」
ひっくり返すと口が開き、小さな呻きが漏れ出るのだが、その口の中には小ぶりな牙が見て取れる。
「獣の片鱗の、牙あり種族。…たしか、牙人族だったか?」
見た目からの年齢を予想するのは難しいが、背格好的に十五か十六歳くらいだろうか?
行き倒れた子供を放っておくのは忍びないから…まあ助けてやるか。
「おーい、犬っころの牙人族、自分で動けるか?」
「……。」
生きているようだが、起き上がったり会話をしたりは難しいらしい。
仕方ないので、蔓の種を地面に蒔いてから、成長のスキルを使う。
すると子供を覆うように蔓が成長し、あたしはそれらを操作して運んでやる。
所々に種を蒔き、バケツリレーの要領で子供を受け渡し続ければ、自分で運ぶことなく朽ちた世界樹に辿り着くことができた。
―――
行き倒れ牙人族を運んでしばらく、時々腹の音が響いていたので、棗と桑の実と水を用意している最中。牙人族の目蓋が開き、こちらを見つめていることに気がつく。
「起きたか」
「ここは…?」
「朽ちた世界樹の中。あんたは誰もいない都の中で行き倒れてたんだよ」
「あー…思い出してきたのだわ…。貴女は誰なの?」
「あたしはスイ。この地で生まれた花人族らしい」
「花人族……しかし…」
牙人族の視線は角に向いている。
これはおかしなものなのかもしれない。
「あんたは?」
「私はチチェク…チェリク家のチチェク。……その、食べ物と水をもらえると助かるのだけど」
「生憎と大したものがなくてね、棗と桑の実、あとは湧き水くらいなんだけど」
「あるだけで十分よ…。ありがとう、スイ」
チチェクとやらにそれらを手渡すと、がっつくように食べ始め、よっぽど腹が減っていたのだと理解する。
「あ」
「なにか?」
「棗は食べ過ぎると、腹を下すよ」
「……。…まあいいのだわ、飢え死によりマシよ」
―――
「はぁ〜、久々の食事だったのだわ…」
「お粗末様。しかし、犬っころみたいな見た目なのに、果物で腹を満たせたのか?」
「犬っ、ころ…。…えっと、私は狸の牙人族なの!いくら花人族とはいえ、そこ間違えないでほしいのだわ!」
「おぉ、そうか。そりゃ悪かった」
どうやら姿形にこだわりがあるらしい。
言われてみれば狸のように見えなくもないけど、目の周りに模様があったりしなければ判断しにくい。
尻尾の先の色が濃いことくらいか?
「ところでスイ、なんで貴女はこの地にいるの?……随分と穢れて…穢鬼になっているみたいだけど」
「やっぱり鬼。……どうしてと言われると、ここで生まれて、ここの汚染をどうにかしようと思って、ここで過ごしているんだけども」
「汚染を…?何の意味があるの?」
チチェクは、あたしに怪訝そうな瞳を向けている。
「意味なんてわかんないさ、そういう約束をしたんだよ、あたしは。…まったく、何にでも意味を求めるなんて、せっかちな子供だね」
「え、あ。…ごめんなさい。汚染にはちょっと理解があるから、つい」
「なんだ、この汚染をどうにかする術を知っているのかい?」
「どっちかというと、どうにもならないってことを知っているというか。無力さを…知っているのだわ」
しょげたチチェクは、尻尾を丸めて頭を垂れている。
「それで、チチェクはどれくらい、何を知っているんだい?恩着せがましい言い方で悪いんだけど、食った分は話してもらうよ」
「別に…行く当てもないし構わないのだけども、そうね。…まず、世界樹には魔力の毒の発生を抑えるだけの力があるのだわ」
「一応だけど、この、でっかい樹のことでいいのかい?」
「ええ、そうよ。この旧世界樹域には、偉大な花人族が作り上げた、都があったの。けれど六〇年くらい前に戦火が降り注いで、今のような土地になったのだわ。その際、私のお祖父様は世界樹の種や枝などを回収して、誰よりも早く国に戻ったの」
「へぇ〜、チチェクのお祖父様がねぇ」
「そうよ!偉大なお祖父様よ!その後、世界樹の種を栽培しようと試みたり、枝を組んで汚染を防いだりして、私たちチェリク家はその功績により、確固たる地位を得たのだわ!」
「へぇ〜…」
あたしは大介が遺した文言の一つを思い出す。
『この地を穢した戦争は、世界樹の浄化の力を求めた純人陣営と古星陣営によるものです』
たしか牙人族というのは、古星陣営、古星族のうちの一つらしい。花人族もらしいけど。
要は、戦争にかこつけて種やら枝やらを奪っていったやつの子孫が、チチェクということになる。
「でも防いでいるのなら、役に立ったんだろう?」
「私たちは世界樹の花人族のおかげで地位を得られたのに、防ぐ程度のことしかできていないのだわ……精一杯なのよ」
「花人族なら成長のスキルがあるんじゃないのかい?あたしでもできるよ」
「チェリク家に住み着いた花人族に協力してもらったりしたのだけど、上手くいかなかったのだわ。芽を出す程度なら問題ないのだけど、それ以上の成長には他の樹木と同じ時間を必要としていてね」
「あたしも色々な種を試したけど、芽が出たのなら育つ条件に合っているんじゃないのかい?」
「そうなの。だから分からないのよ。どうにかしてスキルで成長できれば、その樹を素材に汚染を押しやって、汚染に苦しむ人たちの助けになりそうなのだけど……」
世界樹の理解があるみたいだし、それを悪用しようってわけじゃなさそうだ。大目に見てやろうかね。
「ちょっと待ってな」
「どこにも行き場所なんてないのだわ」
暇だったあたしは、保管されていた種や拾えた種などを見た目で分別して、管理している。
この中に世界樹の種があるんなら、この汚染をどうにかする手立てが見つかりそうだ。
「この中に世界樹の種はあるかい?」
「すごい、綺麗にまとめているのだわ」
「ぐちゃぐちゃじゃあ、どれがどれか分からなくなるじゃないか」
「そうだけど、あまり花人族っぽくないって思ったのだわ」
「個人差なんてあるもんだろうに。ほら、有るのか無いのか教えてくんな」
「ちょっと待って」
種を一つ一つ摘み上げて確認していったチチェクだが、胡桃みたいな形の種を持ち上げては、その瞳を輝かす。
あれは大介が持っていたものだ。
…死ぬ間際まで、希望にしがみついていたらしいね。
「これ、これなのだわ!」
「やっぱり」
「知ってたの?」
「いや、約束をした相手が、死の間際まで持っていたんだよ」
「そうなのね」
「ただ、チチェクの話とは合わないんだよ」
「なにが?」
「それ、成長のスキルで育ったんだよ。だからそこに種があるというか」
「???」
チチェクは首を傾げてしまう。
まあ、見せたほうが早いか。
「こっち来な、試してやるよ」
「ああ、うん」
朽ちた世界樹の外に出て、大介の墓に視線を向けると、そこに枯れた木が一本と、他よりも多く茂った草が生えている。
これが浄化の力だというのなら、根元の草にも納得がいく。
あたしは軽く穴を掘り、世界樹の種を植えてから、成長のスキルを使う。
すると小さな芽が出たかと思えば、するすると成長していき、あたしたちよりも背が高くなり、葉っぱが生い茂る。
ただ、それ以上の成長は望めず、そのまま小さな桃色の花を咲かせたかと思えば、小ぶりな桃のような果実が生った。
「ほれ、成長したろ?」
「えっと…、あの…、えっと…」
しどろもどろになったチチェクは、世界樹の元まで歩み寄っていき、幹や葉、枝に果実まで、その全てをじっくりと観察している。
「これは世界樹だわ?」
「なんで疑問口調なんだい」
「ちょっと整理するのだわ。私はそんなに頭が良くないの」
世界樹の周囲をくるくると回りながら考え事をしていたチチェクは、大きく頷いてから、あたしを見つめた。
「わからないのだわ!」
「元気があってよろしい」
「まず質問なのだけど。スイ、貴女は何者なの?」
「最近ここで産まれた花人族だって」
「花人族は、植物が多い環境を好むし、そういった環境で新しく産まれるのだわ。ここは条件があわないのよ」
「そう言われても、産まれたとしか言えないのだけどね。大介…あたしの面倒を見てくれたやつは、先代様の隠した種と言っていたが、それは関係あるのかい?」
「先代様って、世界樹の花人族であるマクランティアのこと!?」
「名前は教えてくれなかったけど、そうらしいよ」
「そうなるとスイは、特別な花人族ってことになるんだけど。……でも、花人族って私たちみたいな血縁を持たないのだけど、どうなのかしら…?」
「よくわかんないけど、偉いご先祖の力があたしにもあるってことね。まっ、これは数日で枯れちまうけども、光明が一つ見えてきたよ」
数を増やしていけば、緑豊かな土地が作れるのかもしれない。
「種は使うけど、果肉はチチェクに―――」
「ちょっと待って、待ってほしいのだわ!?」
「なに?」
「この力があれば、汚染に苦しむ地域を救えるのだわ!スイは、こんなところで油を売っていていいわけないわ!」
「こんなところ?」
「そう、こんな…」
チチェクはハッとした表情を露わにする。
「あたしはね、短い間だけでも面倒を見てくれて、願いを託して旅立ったやつのために、ここを綺麗にするんだ。他を優先してやる道理はないよ」
「そんな…」
戦争をした馬鹿者共に恨みがあるってわけじゃない。
ただ、この地に残り続けて、希望を手放さなかったやつをあたしは優先してやりたい。
もうこの世にいなくたってね。
―――
私チチェクは一つの過ちに気がついた。
私が誇った、お祖父様の功績は…滅びゆくこの地に背を向け逃げ去り得たものなのだわ。
別にそれを恥じるわけではないのだけど、それでもスイにとっては母を見捨てた怨敵。
それにマクランティアの命を奪ったのも、古星族と純人族の戦争だ。
スイは落ち着いた雰囲気だけど、私たちを心底恨んでいるのかもしれない。
ちょっと考えればわかることだった。なんで旧世界樹域に花人族がいるのかを。
私の言葉で、スイは傷ついているかもしれない。
「ごめんなさい、スイ。私は…誰に悪口を言われても、世のため人のために尽力するお祖父様が好きで、その功績を特別偉大なものとして誇ってしまったわ。貴女からしたら、憎ったらしい火事場泥棒なのにも関わらず…」
「別にそこまでは思ってないし、……はぁこっちに一区切りがついたら考えてやるよ」
―――
あたしスイは、調子のいいことを言ってしまった気がする。
思うところがないわけではない。
あたしの婚約相手は戦争で亡くなった。
戦争相手を恨みもしたが、そんな恨みは長くも続かなかった。
そして戦争から数十年して、あたしたちの国が大災害に見舞われた時、あの国は支援と救助をしてくれていた。
当事者じゃないあたしが誰かを恨んで、助けを求める手を振り払うってのは、どうにも道理が通らない。
それに、大介は恨みを晴らしてくれとは書いていなかったんだ。
「やることやったらね」
「ありがとう、スイ。でもね、私は…帰れるか分からないから、その気になったらチェリク家を訪ねてみて」
「…気風のいい返事を言ってやりたいんだが、帰れるか分からないっていうのは?」
「えっとその……私は罪人で追放されてここにいるの。…高貴な方の顔を殴っちゃって」
前言撤回した方がいいかもしれないと、あたしは思った。
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