第38話 誰もが誰かの脇役
僕、空閑形真は駅入り口付近のベンチに座り、登りの電車が来るのを小澤翔也さんと共に待っていた
退勤ラッシュを過ぎた辺りということもあり、人は少ない。はっきり言って僕的には楽だ
本来はそうだったのだが、今回は事情が違う。先ほどの謎の人物からの襲撃を、僕と翔也さんは受けた
結果的にコピーではあるものの、間事件の資料を全て持っていかれた
更に、その人物が発砲してきた弾丸が翔也さんの頭を掠ったらしく、それで今は頭に僕の能力の「変形」 によって作った包帯を巻いている
そしてそれによって、ここを行き交う数少ない人々から不思議がるような目線を浴びることになった
「何か、すいません…」
「大丈夫、不可抗力だ。それよりも…形真くん自身だ。銃弾を受けたのが右肩に一発だけで良かった。いや一番は受けないのがいいんだが…最低限な」
そうして電車が到着したらしき音がした
僕はOWAからの迎え的なのが来るのを待っているので、電車に乗ることはない。翔也さんがベンチから立ち上がり、駅の入り口に向かって歩き始める
僕は何も言えず静かに翔也さんの背中を眺めた。すると翔也さんは少し進んだところで歩む足を止めた。大きく一回だけ深呼吸している
「俺の親父は警官だった。良い人だったよ、一緒にいた時間は短かったがどれも良い思い出ばかりだ。警察官はやりがいのある仕事だって、よく言ってたよ」
何故突如翔也さんの父親の話が出てきたかが分からないので、困惑しながらも話は聞き続けてみる
「でも…親父は警官だったから死んだ。5年前、間事件で」
僕は少し驚き、言葉が出なかった。だが1つ浮かんだ言葉があり、それを思いついたまま口に出してみる
「復讐って、ことですか…?」
「…何ていうんだろうな。最近、無力感がこみあげてくる、自分なんかに敵なんて取れるのかって……能力者関連の事件の捜査が警察の手を離れることが増えたのは、間事件が発端だと、島田刑事から聞いた。俺みたいな能力を持たない奴が首突っ込んだって──」
「…翔也さんなら、取れるんじゃないんですか?」
僕がそう言うと、翔也さんが「え?」と振り向いてくる
「あ、あぁいや…取れるかはさておき、そう気を落とす必要は無いんじゃないと思います。使えるかは分かんないですけど、必要であれば…僕も協力しますよ」
僕がそう言うと、翔也さんは小さく笑った。だが余り目が笑っていないように見える
「…まあ、その時は頼む。じゃあ、またな」
翔也さんは身を翻して駅の中に入っていった。その背中は、小さく見えた
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「無理だわ。それは」
僕は、鍵山正吾さんにきっぱりとそう言われた
翔也さんを駅で見送ってから翌日、僕は翔也さんから聞いた車体ナンバーを調べてほしいと、正吾さんに当人の寮の部屋で聞いていた
そんな矢先、あっさり断られたわけである
「おいおい、その失望みたいな目を向けてくんなって。形真が俺にどんな信頼を寄せてんのかは分かねぇが…俺だって一個人だ。色々と限界がある」
本人の前だからいい難いが、僕的には正吾さんに対して絶対的な信頼は寄せていない
必要としている時に、痒いところに手が届く人程度の認識でいる
「俺が出来るのは提示された資料を、自作ツール使って調べ上げるだけ。資料は社会に有象無象に広がっていますっていう、今回みたいな事例は…青憂団に頼った方が良い」
青憂団、OWAにある組の1つだ。今僕や盾石優はその青憂団にお試しという形で仮入団している
なんやかんや始まって数カ月が経つが、はっきり言ってしまうと組に入る利点があまり分からなかった
この際だと思い、僕は正吾さんにそれを聞いてみた
「利点ねぇ……青憂団で最低限分かるのは、今回みたいな事例にも対応できるマンパワーがあるってことだろうな」
「人員が有り余ってるってことですか…?」
「それもあるんだが、一番は巨大に張り巡らされている圧倒的な情報網が存在しているからだ。大規模ネットワークから個人間の関係、都会のど真ん中から田舎の山奥まで…時間はかかれど、この日本国で知れないものの方が少ない」
正直、そこまで利点が無いと思っていた。そうしたら正吾さんの口から出たのは、想像よりも凄い利点で、唖然としてしまった
ここまで正式な入団を半年くらい引きのばしている自分が、馬鹿馬鹿しく感じてくる
「んまぁ、そんな顔すんな。結局は本人の自由だしよ……まずは、青憂団に行って協力を仰ぎに行くぞ」
正吾さんは立ち上がって歩き出したので、僕もそれに続いた
そのまま青憂団の主要拠点に直行し、青憂団の幹部の1人である菅原究診さんに今回の件を直談判しに行った
もちろん、早めに協力を要請してこなかったことについて叱られたが、それが終わった途端に快く協力を承諾してくれた
究診さんは最後に「まぁ正吾だし…」と何やら意味ありげに呟いていたので、何か正吾さんが上手くいった種を握っていそうだが、とりあえず詮索はしないでおこうと思う
そしてそのまま食堂に向かい、優と形兄と合流した
2人からは右肩の傷の具合を聞かれたが、なんとなくの返答をする。しかしそれ以上会話は進展することなく、僕は形兄と一緒に寮の部屋へ帰った
自分のベッドの上に腰を降ろし、服を脱いで右肩を見てみると巻いていた包帯に血が染みていた
少し痛みはあるがゆっくりと包帯を取り、少し垂れている血を拭き取って新しい包帯を巻いた
弾丸は骨ごと僕の右肩を貫通している。つまり右肩に穴が開いているということになるが、結局は心臓に命中しなかっただけマシと思うしかない
スマホを開いて、適当にホーム画面を見る
あれから半日くらいの時間が経ったが、翔也さんとは連絡が取れていない。僕が翔也さんに何のメッセージを送っていないというのもある
しかし、昨日に資料の原本の写真を送ってほしいということを口頭で話したが、未だ来る気配はない
最低限、青憂団に操作を任せればその資料も必要がないような可能性もあるが、一応全部に目を通してはおきたい
「でも、今は何考えても仕方ないか…」
僕は、静かにスマホの電源を落とした
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4日後、右肩の痛みもほとんど消えて結構穴も塞がってきた今日この頃。僕はある任務を負っていた
今までのいくつかの任務の傾向からして、似たような難しめの任務だと思っていた。しかし予想と反し、今までのと比べると見劣りするくらいの難易度の任務だった
その証拠に、今まで僕はほとんどの任務で何らかの怪我を負ってきたが、今回はほとんど無傷、最大でも微量の血が出るくらいのかすり傷だけだった
何というか、今までの任務の難易度が異常だっただけなんじゃないか、とも思ってしまう。そして結構早めに終わったので、日帰りになりそうだ
形兄達には暗くなった頃の帰還になるかもしれないと言っていた。今の時間はちょうど真上に太陽が昇った辺りなので、まだ時間に余裕がある
早く帰るのに越したことはないが、なんだか歩き回りたい気分なので、適当なコンビニを探す
そうして、偶然目に入ったコンビニの自動ドアをくぐる。商品棚に陳列されているおにぎりやお弁当を一通り見てみるが、どうにも興味がそそられない
ふと、優が以前好きだと言っていたコーヒー飲料が目に入った。パック飲料としては類を見ないような見た目をしているので、すぐに気付く
「…飲んでみよ」
僕は飲んだことが無かったので、一本手に取ってレジに向かう。そのまま買って自動ドアをくぐり、コンビニの外へ出る
コンビニの横の日陰に腰を降ろし、買ったコーヒー飲料にストローを刺して吸う
「苦い…」
優はブラックは飲めないので、甘いのが好きだと言っていた
じゃあ何で苦いのかと不思議に思って適当に側面を見ると、よく振ってお飲みくださいという決まり文句が目に入った
「振るの忘れてた…まぁいっか」
残りを確認するために容器を円状に振る。そんな時、突如隣に誰かが腰を掛けてきた
さっきまで足音も人の気配もしなかった。その誰かの得体の知れなさが、僕の恐怖を煽ってきて額に冷や汗が垂れてくる
「良いものを飲んでいるな。一カ月ぶり…と言ったところか」
その誰かはそう声を発した。聞き覚えがあった。確か、自身を間流伝と名乗った自称ホームレスだったはずだ
僕は驚いて顔を上げ、その人の方を見る
「え…な、何でここに──」
「おいおい、そんな疑わしい目で儂のことを見るな。偶然、お前さんが何やら戦っているのを見かけたのでな。少し…感銘を受けたんだ」
「…そう、なんですか」
「あぁ。それで、1つ話したいことがあるんだが…時間はあるか?」
「時間…まぁ、あるには」
「ありがとう。じゃあ、ここではなんだ。近くに川があるから、そこでのんびり話そう」
間流伝は立ち上がり、僕に背を向けて歩き出した。少し不信に思いつつも、何だか逆らうのも怖いので渋々ついて行くことにする
歩き出して大体徒歩10分、大きな河川と並走するように作られている堤防に出た
ここは5日前に正吾さんと共にいた時、謎の男の襲撃を受けた河川の堤防から一キロ程度離れた場所。今いる場所からもその場所が見えるほどだ
間流伝は堤防に前傾姿勢で両腕をつく。ちょうど風が吹いてきたのか、髪が川上に向かって揺れる
後ろからだが、間流伝の口元から白い息が出てきたのに気付いた。そういえば、そろそろ秋が終わる頃だ
「主人公は、好きか?」
間流伝は、突如そう質問を投げかけてきた。質問の意図が分からな過ぎて、少しフリーズして戸惑ってしまう
「まぁ、好きと言えば…好きですね」
「じゃあ、成りたいと思うか?その主人公というものに」
再び意図の分からない質問が飛んできた。まぁどちらの質問も、はいかいいえの二択しか答えがないものなので、答え方に困りはしない
「成れるのであれば、成りたいんじゃ…ないんですかね」
「まるで他人事のような回答だな。はは、まぁ良い」
間流伝はそう小さく笑った。しかしすぐにその顔から笑いが消え、横顔を僕の方に向けて横目で僕を見てきた
まるで僕を睨むようなその目に、少し委縮してしまう。それを意に介さないかのように間流伝は話始める
「最近の世の中は、誰もが簡単に自身の人生の主人公に成ることが出来る、何とも素晴らしいものだ。あるものは語る、『自分の人生の主人公は自分』だと。まるで人生は大船であるかのようにに語る」
ただ頭に疑問符が浮かんだ。何を真剣な顔をして話し出したかと思えば、主人公に成ることが出来ることに関することだった
わざわざこんな所に来て、一対一で話す価値のある内容の話には到底思えない。だが話は続く
「だが現実、そんなレールはそれが響いたどこかの誰かの活動意欲を搔き立てる餌に過ぎない。例えばあみだくじで、各々別のゴールを夢見て別々のスタートを選んだが、結局はどのスタートを選んでも1つのゴールにしか行き着きませんでした、みたいなものだ。全ては争奪戦、最終的にそのゴールに誰が仁王立ちで立っているかが問題。必要なのは結果だけだ」
「……」
「しかしだ。誰もそのことに気付かず、自らも主人公になれるだのと淡い期待を抱き、底の無い沼に沈んでいく」
…結論、この人は一体全体何が言いたいのだろう。なんだかここ一帯だけ時間の流れが物凄く遅いような感じがするくらい、長々と聞いていた気がするが、結論が見えてこない
いい年した大人が何を喋っているのだろうと、少し呆れてきてしまう
「して、脇役は好きか?」
「…え?」
久しぶりに問いが飛んできて、身構えてもいなかったのですぐに答えられなかった。しかし答えを待つ暇もなく話が再開する
「主人公の座を狙うのは、いつだって脇役だ。自分が脇役であるという事実に許せなくて、認めることが出来なくて、憧れる主人公という座に就こうと必死にもがいている。だが……」
間流伝は、置いている両肘を堤防から離して身を翻した。そのまま僕を通り過ぎるくらいまで歩く。なんだか、表情は和らいでるように見えた
「儂は脇役というものが好きだ。天に燦然と輝く一番星よりも、それに届かないと嘆き、自らの生きる地を一生懸命這って生きている蟻の方がな」
主人公の話かと思ったら、次は脇役と来た。僕が引き気味になりながらその話を聞いていると、間流伝は天を仰いで小さく笑った
「別に、脇役が根性なしだと罵っている訳ではない。むしろ、素晴らしいものだと思っている。自らの身の程を知り、その身の程に合うような型を探して生きているというのは」
「…それで、結論何を言いたいんですか?」
痺れを切らして、僕は少し強い口調でそう間流伝に言い放った
「結論…?はは、そう急ぐなと言いたいところだが…その顔だと、許してはくれなさそうだな」
間流伝は僕の方を向いて、そのまままるで嘲るような表情で笑った
「そうだな…結論は2つ。憧れは捨てよ、そして誰もが誰かの脇役だということだ」
「…どういう──」
「意味はいずれわかる。100年も生きることができると言われているこの時代であれば、いつかは、その身をもって……」
間流伝は、そう言い残してこの場を徒歩で去っていった
結局、何を言っているのか分からずじまいだ。やはり、いい年した大人の戯れ言にしか聞こえなかった。だが──
パックに残っている最後のコーヒーを、ストローで全部吸い上げる
「…甘い」
飲みきって空になったパックを、僕は強く握りつぶした
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1週間後、僕の右肩の傷は完全に完治した。数日前までは大きく振り回すことも叶わなかった右肩には、もう傷跡の1つもない
小澤翔也さんにも連絡を取ってみたが、未だ連絡がつかない
資料の原本の話も、翔也さんが少し負ってしまった怪我についてさえ、聞いても既読スルーで返答がくることは一度としてなかった
とりあえず、今は青憂団に調査を依頼した例の車の持ち主や現在地の情報が来るのを待つ
今分かっているのは、車が盗難車であるということだった。僕と翔也さんが襲撃を受ける半日ほど前、県を跨いだ辺りの町で車の盗難があり、その車の特徴がその車とほとんど一致したらしい
あれから一週間と数日。分かっているのはそれだけだ
そう考えながらベッドの上で大体2時間ほど、ネットの広大な海を泳いでいる最中だった。突如、青憂団から連絡が来た
それは、例の車の現在地についてだった。30分前に、ある街の防犯カメラに映っているのが確認されたらしい
現在青憂団の働きかけによって、その街の高速道路などの交通機関に交通規制を賭けさせているとのことで、下手にはその街から出れないようにしたらしい
最低、この連絡が送られてから2時間後までに現地へ向かってほしい、とのことだった
僕は目を見開いて驚いた。別に、連絡が来たことに驚いたのではない。場所に驚かされた
僕は急いで電話履歴を開き、盾石優を探す。案外すぐ見つかったので、通話ボタンを押す
優はすぐに出た
『ん~…形?どうしたの』
電話越しでも分かるくらい、優は大きなあくびをする。多分寝起きなのだろう
そして優に対して青憂団から来た連絡の一切を伝える。僕が伝え終えるまで、優は珍しく静かに聞き続けていた
そうして伝え終えた時も、画面の奥にいるであろう優は一言も発しなかった。大体こうなることは、ある程度予想はついていたので、別に追及はしない
だが、1つ聞いておくことがある。僕は恐る恐る口を開いてその質問を優に対して投げかける
「優は…来る?」
優は何も返してこなかった。10秒くらい経っても息の1つも聞こえてこないので、とりあえず通話を切ろうとする
「…ごめん、一旦──」
『行くよ…とっくの昔に覚悟はできてるから。大丈夫、心配しないで』
「…分かった」
『じゃあ、そっちの部屋で』
その言葉を最後に通話は切られた。僕はスマホの電源を切り、ポケットに閉まってベッドから立ち上がった
優は覚悟はできていると言っていた。しかも心配はいらないということも言っていた
だが優にとって、あれは覚悟を決めたところでどうにかなる物とは到底思えなかった
ひとまず僕は数歩進み、ドアノブに手をかけた




