第39話 優の条件
あれはいわゆる、虐待というものらしい
虐待というのは、幼い子供の頃に経験してしまうと、それが世の中の条理であるというのが脳の無意識化にこびりついてしまう
そうしてその無意識化のものが、虐待を虐待であると認めさせてくれないのだ。恐らく、洗脳と似たような類のものだろう
それが、断定的ではない理由だ
私、盾石優は物心のついた前後にその虐待というものを受けていたらしい
じゃあ何故虐待と気付けているのか。それは空閑形真、形が前にそう教えてくれたからだ
あの頃のことは、今でも鮮明に覚えている。物心ついて間もないのにだ
だから、かなりのトラウマになっているというのは、流石に私自身も自覚している
月1の頻度で当時のことを夢に見るので、例の日が私だけ2日分あるようなものだ。同日に被った場合は、それはもう…気分が悪い
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母は優しかった
毎日毎日、何かと私の頭を笑顔で撫でてくれた。私とは違って結構小柄だったが、ほんのり温かい掌が、そんなことを感じさせないくらい大きく見えた
父は厳しかった
私が悪いことをしたら、怒った顔で私の頭を叩いた。母と比べて父は大柄で、頭を叩くその手は毎回怖かった。叩いてくるときは毎回目を瞑っていた
そのせいか、今でも誰かが私の頭を叩くような仕草を取ってくると、いやでも無意識に目を瞑ってしまう。そんな時はよくビビりだと言われる
父に怒られるので、毎日夜の9時前には布団に潜った
潜らなきゃ、首根っこを掴まれて外に出されて、そこで寝ろと言われる。実際、10回くらいはそうやって夜を越した
時々保育園の友達に、私の顔についている模様がかっこいいと言われることがあった
その時は普通に自慢していた。ある時に、保育園の先生からとても心配そうな顔で、私の顔の模様について聞かれた
というよりかは、問い詰められた。両肩をガッシリ掴まれ、物凄い剣幕、至近距離で見つめられた
私はわけも分からず大泣きした。その後はよく覚えていない
記憶があるのは、私の右腕に包帯が巻かれて固定されているのに気付いたところからだ
その日から私は、保育園に通わなくなった。毎日毎日、母と家で静かに過ごす。でも不思議と、母と一緒なので不安も退屈も感じなかった
近くに住んでいた形と私が会ったのはその頃だった
形と一緒に遊んでいる時は、母と一緒のときとはまた違った感じがして、何だか別ベクトルで安心する
そんなある時、ふと鏡に映った自分の顔が目に入った。顔の模様が無くなっていた
私はそれを母に伝えた。消えてしまった理由を聞きたかっただけだったのに、母は私を軽く抱きしめてきた
「…ママ?」
「ごめんね…ごめんね…」と、何故か母は何度も何度も私に謝ってきた。そんな時、母が泣いていることに気付いた
私は無意識に母を抱き返していた。「大丈夫…大丈夫…」とまるで泣く子供をなだめるような感じで背中をさすった
母の、私を抱きしめる力が強くなった。結構強くなったので、体が締め付けられるように痛い
「ママ、痛いよ…」と声を上げると、母はすぐに抱きしめる手を緩めてくれた
「あはは…ごめんね?」と、母は今さっきとは打って変わって笑顔だった。母がこんなに笑顔だったのは、後にも先にもこの一回きりだったと思う
その夜のご飯はとっても豪華だった
いつものご飯に、具がたくさん入ったお味噌汁。初めておかわりというものを覚えた、人生で一番楽しい夜ご飯だった
それから大体数週間くらい経った頃、父が久しぶりに家に帰ってきた。お出迎えしようと玄関に出たが、父に頬を叩かれた
父は、前にもまして厳しくなった
毎日毎日撫でてくれていた母の手は、その日から父の拳に変わった
以前の父は9時に寝ろ、と言っていたが、今度は父が寝るまで寝てはいけない、と言い始めた
父が起きている時に眠気で落ちそうになると、父が頬を勢いよく叩いて起こしてくる
鏡を見てみると、また顔に模様がついていた。しかも今度は体にも模様が出てきた
赤かったり、青かったりして、綺麗だった
模様は、母にも出てくるようにもなった。時々お風呂に入った時には、その模様に水が当たると母は痛そうな顔をしていた
稀に、運良く早い時間帯に布団に潜れたときがあった
毛布を、頭が見えなくなるくらい被っても、夜な夜な隣の部屋から聞こえる悲鳴は、私の耳にずっと届き続けた
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年に数回、東北にある母の実家に行く
私が保育園に行かなくなった頃から全く行っていなかったが、父が久しぶりに帰ってきて、再び行くようになった
母には妹が一人いる
今考えると、母は小柄で可愛らしい容姿をしていた。一方で叔母の方はスラッとした長身で、美人だったと思う。笑顔が多かったイメージがある
叔母は、少し厳しかった。だが、父ほどというわけでもない
それでも、楽しかったわけじゃない。むしろ少し嫌いだった
よく、叔母は私に色々なことを求めてきた
こんなポーズをしろだとか、こんなことを言えだとか、恥ずかしさや吐き気を催すようなこと、人前で見せられないようなことももたくさん求められた
今思えば、私が人形であるかのような感じだった
出来るものは可能な限りやった。でも出来なかったときは、叔母は何度も何度も私の頭を叩いてきた。物凄い剣幕だった
鼻から赤い水が出た。頭がフラフラするくらいまで叩かれ、赤い水もたくさん出て水溜りになった
息をしても、息がうまくできている感じがしない。その状態で母の実家の1日を過ごした
上手く箸も握れず、食べ物を何度も何度も落とした。その度に父が叩いてきた。そうしてロクにお腹も満たせずに布団に潜った
そんなことが年に数回、3年間くらい続いた
そんな時、母が父に首を掴まれているのを見て、私は苦しいという言葉を覚えた。そこから、いつもはなんとも感じなかった物事が辛く感じ始めた
世の中、覚えない方が良いものもある。その証拠に私は家にいるのが苦痛に感じるようになった
毎日振るわれる父の拳も、夜な夜な聞こえる母の泣き声も、徐々に細くなっていく母の掌も、耳障りになるほど大きくなってくる父の怒鳴り声も、叔母に強要される恥ずかしい物事も、時々私を襲う過呼吸も、昼間に母が1人髪をかきむしっているのも、とても大きく聞こえる扉の開閉音も、床に投げ捨てられる食器の割れる音も、耳障りなあの外の笑い声も、フケがたくさん混じったあのご飯も、眩しすぎるあの朝日も、焼け焦げる母の髪も、頬を抉る父の爪も、私を恨むように見る母のあの目も、うるさすぎる雨音も、扉に物を叩きつけられる音も、壁の奥で聞こえる母の絶叫も、大きく亀裂の入った液晶画面も、人形を見る目をしている叔母の目も、私の頬をなぞったガラス片も、吠え続けてくる鬱陶しい犬も、垂れ流されている水道の水も、耳を覆う雑音も、窓越しに見える黒い人影も、父の罵倒も、母の罵倒も、綺麗に思えた模様も、喉を通らない食べ物も、私を覆う羽虫も、頭を撫でる母の手も、全部、全部、全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
苦痛だった
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母と父が死んだ。車で単身事故を起こして即死だったらしい
事故が起きた夜、叔母が迎えに来た
「虚ろなお人形さんね」と、私を迎えに来た時、叔母は微笑みながらそう言った
母と父の事故のことを聞かされたのは、叔母の車に乗っているときだった
私はそのまま、叔母の住んでいる母の実家に一緒に住むことになった。急なことだったので、唯一交友関係にあった形に対して別れの挨拶は出来なかったが、あの時の私はそんなことを考える余裕なんてなかった
ご飯の食べ方もよく覚えていなかった。だから叔母は、スプーンを使って口に食べ物を持ってきてくれた
上手く口を開けられない。開けられたとしても、それがおいしいかどうかに関わらず喉を通らなかった。ただ口で噛んで終わり、あとは口から噛んだものが垂れ落ちていく
叔母は私を強くぶった。私は椅子から落ち、吐き方だけは覚えていたのでお腹を押さえて吐いてしまう
しかしお腹に何も入っていないので、口から少し変な色の水が出てくるだけだった。それを見てか、叔母は私の腹を踏み潰してきた
何度も何度も踏み、私は何度も何度もその水を吐いた。時々変な色の水とは違って赤い色の水を吐くことがあった
私がそれが何だろうと思いならが見ていたが、叔母は特に気に留めず叩いてくる
私が住み始めて2カ月くらい経つと、色々と変わってきた
叔母は、「あんたのせいで…あんたのせいで…!」と涙を流しながらお腹を蹴るようになってきた。私が一瞬でも「痛い」と言ってしまうと、その蹴りを強めてくる
それが体感1時間くらい続くと、叔母は何やらスッキリしたような笑顔に顔になる。そうすると今度は、私に対して変なことをするように求めてきた
もし出来なかったら、その時は言わずもがなである
時々、頭を叩いてくることがあった。お腹だったらうずくまっていればいいのだが、頭の時は手で覆おうとしても叔母に振り払われる
もし痛いとでも言ったときは、叩いてくるものが拳からハンマーのようなものに変わる
「直さなきゃ…直さなきゃ…」と叔母は呟きながらハンマーを何度も振り下ろす。目に水が垂れてきて、前がよく見えなくなる
それが大体半年続いた。立ち方も、座り方も、寝方も忘れてしまった。ただ床にうずくまって叔母に叩かれ、蹴られ、変なことを強要される毎日
でも不思議と、苦痛すら感じなかった
ただ、目の前がぼやけていた。最近、ろくに呼吸も食事もとれていなかったし、文字通り虫の息だったのだと思う
ふと、体が浮くように軽く、なんだかとても久しぶりに暖かく感じた。私は何かに促されるが如く、目を閉じた
「何寝てるの…っ!」
叔母にハンマーのようなもので腹部を叩かれて、その痛みで目を開けた。また吐いた
「何でっ…お人形さんがっ…幸せそうな顔して…寝ようとしてるのっ!」
何度かそれで叩かれた。自分でも聞こえるような鈍い音が聞こえる
また赤い水を口から吐き出した瞬間、大きな金属音がして、私に振り下ろされるはずのそれは、腹部に当たらなかった
「な…何、これ…?いつの間に──」
次の瞬間、遠くで扉が勢いよく開けられる音がした。私はうずくまっているので、扉の方はよく見えない
少しして、叔母の「やめて…やめてっ!」という声が聞こえた。私が恐る恐るその方に顔を向けてみると、叔母が誰かに羽交い絞めにされていた
見たことはある。元の家の近所に住んでいた、母が時々話していたおじさんだ。叔母はそのおじさんの羽交い絞めから逃げ出そうと、ジタバタともがいていた
「くそっ…結構暴れるな。形真くん、急げ!」
その瞬間、両手を掴まれて引かれるような感覚がした。体に力が入らないので、半ば引きずられるようにしてそのまま外に出された
何だか、凄く久しぶりに月の光を見た気がする
ただ、何も考えず月を眺めていると、気付いたときには車の天井をじっと見つめていた
体をゆっくりと起こしてみると、車はもう発進してしまっているようで、外の景色は見慣れない所だった
運転席を見てみると、知らないおばさんがハンドルを握っていた
助手席にはさっきのおじさんが座っていた。さっきは無かった切傷が顔に出来ている
私の隣を見てみると、知っている男の子が小さく縮こまって寝息を立てていた
「形…?なんで……」
「形真くんは優…君のことをずっと心配していたよ。一緒に遊ぶ相手が君しかいなかったものだからね。あと、形真くんが君から叔母の話を聞いていたそうだから、そこから君の居場所に辿り着けたんだ。後で…感謝しておくといいよ」と、おじさんは言った
もう一度形の顔を見てみた。その瞬間に形は寝ぼけているような顔で、ゆっくりと目を開ける。ちょうど、私と目が合った
「あ、優…起きたんだ」と目を擦りながら、形は体を伸ばして起きた。何を言えば良いか分からず、ただ黙って形の顔を見ていた
「大丈夫だった?」
そう形が、私の顔を覗き込むように聞いて来たその瞬間、私の口は無意識に動き出していた
全部、何もかも全部話した
母が優しかったことも、父が厳しかったことも、一番おいしかったあの夜ご飯も、母の実家に通ったあの3年間も、母と父の事故のことも、母の実家で過ごした半年間も、苦痛だった全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部────
急に、形が私のことを優しく抱きしめてきた。それと同時に私の口の動きは止まる。私の息が上がっているのに気付いた
「大丈夫…もう、平気だよ」と形があやすように、私の背中をポンポンと叩いた
久しぶりに人の肌の温かさを感じた、優しく抱きしめられた。初めて人に打ち明けた、あんなことを言われた
自然と、私の目から涙が零れていた。人生で初めて、私は安心感で泣いた。まるで肩から大きな重荷が降りたような感じがした。その時やっと、あの時泣いていた母の気持ちが分かった気がした
それから私は、おじさんの家にお邪魔することになった。そうして私がOWAに入るまで、男手一つというもので私を育ててくれた。それはそれは依然と比べてとても温かかった
そんな人に対し、無断でOWAに入るという家出をしでかしたのは今でも申し訳なく思う。でも、おじさんはよく私に「やりたいようにやっていいよ」と言っていた
OWAに入った今でも、時々任務の合間を縫っておじさんに会いに行っている。毎回、おじさんは温かく迎えてくれる
そういえばあの時、振り下ろされた時に聞こえた謎の金属音は、大体察しの通り私の能力で生成された盾が衝突した音だった。どうやら、私はあの時条件というものを達成したらしい
兎にも角にも私の人生から、苦痛は無くなった。毎日毎日形やみんなと話せるし、私を日常的に叩いてくるような人はいない
もう、あの時のようなこととは一生縁がないものだと思っていた
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そんな時だった
ATという、恐らく違法な手段を使って動物の取引を行っている組織の調査のために、母の実家に行くことになった
志田優里が動向してくれることになったが、それでも不安は拭えない。恐らく叔母はまだあそこに住んでいる…そう考えると体が震える。何をされるか分からない、ということもある
会いたくなかったが結局遭遇してしまい、家の中に通されることになった。叔母には当時のような美人の面影もなく、シミの多い顔と脂肪が胴体に乗った凄い体になっていた
見たことのある和室で、優里と共に座布団に腰を下ろす。まるで怯えるかのように、目線が縦横無尽に動く
ふと、部屋の角の畳に染みている赤黒いものが目に入った。その瞬間、強い吐き気を覚えて口元を抑える。謎の申し訳なさで、食道を逆流してきたそれを気合で奥に押し込んだ
喉に気持ちの悪い感覚が残る。優里が少し背中をさすってくれたので、少し落ち着いた。でも、代わりに遠くに押し込んでいた記憶が脳裏に浮かんできた
その時、目の前にコトンとお茶が2つ出された。私たちと対面で叔母が座る。あの時見た笑顔に似ていた
「それで、優はいつ返ってきてくれるの?」
私は叔母の一言目に驚きを隠せず、唖然としてしまった。それに対して叔母は、困惑の顔色を返してきた
ついさっき、優里が叔母に対して「お伺いしたいことがあるのですが…」と話を振り、叔母がお茶を持ってくるために遮られたはずだった
「え…何その顔。まさか、返ってこないって言いたいわけじゃないでしょうね。また、出来ない…出来ないっていうの!?」
叔母が木でできたテーブルを強く叩いて、あの時と同じように私を睨んできた。息が乱れて過呼吸になる。頭がクラクラしてきて、視界もぼやけてくる。それでも叔母はまくし立ててくる
「何でっ…何で返ってこないの!?あなたのことを考えて、全部分かってあげてるのに…!あなたが体に作った痣の数も、吐いた回数も、初めての日と時間も、好きな人のタイプも、好きな曲も、本も、小説も…!形真くんのことが好きなことも、よくする手癖も、伸びた髪の長さも、将来の夢も、切った爪の総数も、全部全部全部っ!!あなたが吐き出した血も、食べ残しも全部残してあげてるのに…!」
私は震える両手で、隣に座っている優里の袖を弱々しく掴んだ
怖かった。全部、何もかも叔母に知られているのが。あの時のような感じがして
「何であなたは何も──」
叔母の顔に、お茶がかけられた。まだ冷めていないのか、叔母は悶え苦しみながら顔を押さえる
「すいません。すごく汚れてるように見えたもので、水をかければ取れるかなと…熱いですよね。あ、でも温かい方が汚れは取れやすいんでしたっけ?」
お茶をかけたのは優里だった。少し笑いながら、叔母にそう言った
叔母は結構長い間苦しんでいた。今思えば、優里が「心体衝撃の延縮」という能力を使っていたのかもしれない
叔母が未だ悶え苦しんでいる中、優里は笑っていた顔を引き締めて叔母に鋭い目を向けた
「別に私はあなた達2人の関係がどんなものだとか、どんなものであるのかは分からないですけど…菊池由子さん、あなたが一番優を分かってない」
「は…?」と叔母は充血しているように見える目を優里に向ける。私は体を縮めてしまったが、優里は臆せず続ける
「個人情報は結局、情報に過ぎないんですよ。情報は、その人を支配することにしか使えないし、人の気持ちなんか分かりはしない。あなたはただの…支配者だ。理解しているつもりになっている、ただの自己満の」
優里が立ち上がり、私に「行くよ」と言ったので続いて立ち上がり、ついて行ってそのまま母の実家を後にした
叔母が、背後から私の名前を苦しそうに何度も何度も叫んでいたが、過呼吸になりながらも聞き流した。色々なものが胸の中で渦巻いて、とても複雑だった
帰った後、優里に感謝を述べてから寮の部屋に籠った
その夜から翌日の早朝にかけて、私は何度も吐き気に襲われた。2、3回くらいでいの中は空っぽになった。それでも何度も何度も吐き気は襲ってきて、私はないものを吐き続けた。まるで落としきれない記憶を落とすように
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あの日から、変なものが私の心に引っかかっている感じがしてならない。ぽっかりと穴が開いたのではない。まるで悪性の腫瘍ができたような感じ
まるで100パーセント満たされているはずなのに、最大値が120に増えていて、残りの20を変なものが占めている。そんな感じだ
覚悟は出来た、出来た…はずだ。何の覚悟かなんてものはもうどうでもいい
ただ、あと一歩…あと一歩この足を踏み出せばいい。私の足は今、自分自身の心にできた悪性腫瘍を切除するために立っている
体が震える
私の眼前には、母の実家がそびえていた




