291
とうとうリーナのBランク昇格試験の日がやってきた。リーナは朝からそわそわしている。
俺はリーナの実力は、余裕でBランクのレベルにあると信じているが、本人にその自信はないようだ。
昇格試験は模擬実戦形式。試験官はAランク上位の冒険者さんだ。場所は北方訓練場の第五フィールド。時間は午前十時開始だ。
Aランク上位が相手の模擬実戦ということは、相手に勝つ必要はない。
というより、勝てたらAランク上位の実力があるということ。普通は勝てるはずがない。
だが、リーナは勝たなければ合格できないとでも思っているのか、緊張が半端ない。受験者の心理というのはそういうものだろう。俺にも経験がある。
「リーナ。そろそろ行こうか」
「は、はい」
「リーナ姉、緊張し過ぎじゃない?」
カイ。それは言っちゃいかんやつだぞ。
「そ、そうかなあ……」
「気にするな。大きく深呼吸でもしてみろよ。リーナはBランクの実力は悠にある。Aランク上位が相手の模擬実戦なんだ。勝とうと思う必要はない。自分のできることをすべて試験的に見せるつもりで頑張ってこい」
リーナは深呼吸を三度ほど繰り返し、ぎゅっと拳を握った。
少しだけだが、肩の力が抜けたように見える。
「じゃあ、ポータルシフトで試験会場に行くぞ」
「はい。お願いします」
リーナとカイが俺につかまり、俺はポータルシフトで北方訓練場の第五フィールド近くに転移した。街の冒険者たちにとって昇格試験はちょっとした見物らしく、一般席にもちらほら観客の姿がある。
第五フィールドにはすでに、今日の相手となるAランク上位の冒険者さんが待ち構えていた。
鋼鉄のような体躯、無駄のない立ち姿。
リーナの視線に気づいた男が、軽く手を挙げる。
「よく来たな。俺は『大剣のランディス』だ。手加減はするが……容赦はしない。全力で来い」
ランディスの登場に、観客席がどよめく。
この男、姫野宮都市でも実力派として有名らしい。見るからに強そうだ。
声をかけられたことにより、リーナはランディスに飲まれたらしい。緊張が、朝より5倍増しになっている。もう体がカチンコチンで動けそうにない。
「リーナ。肩の力を抜いて」
「は、は、は、はい」
だめだこりゃ。……何とかしないと試験に落ちるぞ。俺はどうすればいいか考えに考えた。リーナの緊張が解ける何か。……笑わせる? くすぐる? 無理無理。
「リーナ! 作戦を授けよう。 Sランク冒険者の考えだぞ」
俺は、リーナに作戦を授けて、やることに集中させ、それに集中させることで緊張を解こうとした。集中していれば、余計なことを考える暇がない。
「お願いします」
リーナが縋るように俺を見つめた。
「相手はAランク上位と言えども剣士、つまり前衛職だ。接近戦は得意だろうが、遠距離での戦いはどうしても落ちるはず。そしてお前は魔術師、遠距離戦闘は得意だろう」
「は、はい」
「つまり、奴との戦いは、間合いが重要。奴に接近戦を許すな。遠距離から攻め続けるんだ」
「はい。そうですね」
「リーナには、ホバームービング、ブーストホバームービング、ハイウィンド・インパルスという三つの飛行魔法がある。それを駆使すれば、奴に接近攻撃を許さないことは可能だろう」
「つまり、空に昇って魔法を撃ちまくれば勝てるってことですね!」
リーナの表情がぱっと明るくなる。勝てるという思いが前面に出ている。
「リーナ。相手はAランク上位の実力者だ。そう簡単には勝たせてはくれないさ。でも、勝てなくても試験には合格できる。勝つことが合格の判定基準じゃないからだ。あくまで、Bランクの実力があると判断されれば合格なんだ。そこのところは、勘違いするなよ」
「はい。分かりました」
「それから、空に昇って魔法を撃ちまくれば勝てるというものでもない。奴だって、剣げきを飛ばしてくるかもしれないし、空を駆け上ってくるかもしれない。たぶん、Aランク上位なら、そのくらいはするだろう。そこでブーストホバームービング、ハイウィンド・インパルスといった飛行スピードで接近戦を許さないことも大切になるんだ。分かるよね」
「はい。卓郎のアドバイス、胸に刻んで頑張ります」
リーナは、何か吹っ切れたような表情で俺に答えた。
頑張ってこい。
俺は、リーナの肩を押して、試験に送り出した。
リーナの肩が、唇を噛んで前に出た。その目は、試験官である『大剣のランディス』を睨んでいる。
「リーナです。……よろしくお願いします!」
張り詰めた空気の中、審判役のギルド職員が手を挙げる。
「これより、リーナのBランク昇格試験――模擬実戦を開始する!」
「リーナ……落ち着け。大丈夫だ」
観覧席から大きな声で応援する。
カイも両手を握り締め、祈るように見守っている。
ランディスが大剣を構えるのと同時に、リーナの魔力がふっと立ち上った。
リーナの足元に小さな風紋が広がり、杖の先に淡い光が灯る。
――先に動いたのは、リーナだった。
「ホバームービング!」
ふわりと体が浮かび上がり、ランディスとの距離を一気に開ける。
観客席から「おおっ」とどよめきが起きた。
「いい判断だ」
ランディスが唸るように呟く。
だが次の瞬間。
「だが――甘い!」
ランディスが足を踏みしめた瞬間、地面が弾けた。
一歩で十メートル近い距離を詰めてきたのだ。
「速っ……!」
リーナの表情が固まる。
俺も思わず身を乗り出す。
あれがAランク上位……。やっぱり規格外だな。
「リーナ! 集中しろ――来るぞ!」
俺が叫んだ直後、ランディスの大剣が横薙ぎに振り抜かれた。
ゴッッ!!
空気が爆ぜるほどの圧だ。
剣そのものより、斬撃の風圧が地面をえぐっていく。
「ひっ……!」
リーナは慌てて高度を上げた。
だが――ランディスは追う。
「跳躍ッ!」
信じられない高さまで跳び上がり、空中のリーナへ刃を伸ばす。
「きゃあああっ!」
(避けろリーナ――!!)
その瞬間、リーナの体が再び風に乗った。
「ブーストホバームービング!!」
風の塊が破裂したような加速。
リーナは空中を滑るように後方へと逃れ、ギリギリで大剣をかわした。
「いい反応だ!」
ランディスが笑った。
完全に楽しんでやがる。この人、戦闘狂だ。
リーナは息を荒げつつも杖を構え直す。
「ま、負けない……!」
魔力が杖の先に渦を巻く。
「ウィンドカッター!」
鋭い風刃が連続で放たれる。
数は多い。威力も申し分ない。
一般のCランクなら回避も防御もできずに沈むだろう。
しかし――
「ふっ!」
ランディスは大剣を軽く振っただけだった。
――風刃が消えた。
いや、斬られたのだ。
目にも止まらぬ速さで。
「おいおい……マジかよ」
思わず俺が呟く。
カイも震え声で言った。
「ランディスさんって……こんな強い人だったの……?」
ランディスが大剣を肩に担ぎ、リーナを見上げる。
「リーナ。大剣使いに距離をとって、遠距離攻撃を選んだのは良い判断だ。だが――その攻撃力では決め手に欠けるな!」
リーナが歯を食いしばる。
「……まだよ!」




