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「影走り!」
一瞬で魔人の前に躍り出る。視界から俺が消えたように見えたのだろう。聖騎士たちが一斉に息を飲んだ。
「セラフレイム!」
光魔法と火魔法を纏った剣身が、白い弧を描き魔人の体を両断する。
一刀両断された魔人の巨体は黒い煙となって消えていく。
やはり光魔法は弱点だよな。
「な! なんだと!!」
頭の男が驚きの声を発し、逃げようとして振り向いた。
焦っても逃げ場はないぜ。
聖騎士達が男を取り囲み瞬く間に制圧した。
この前のように、この男が魔獣化するのではないかと疑ったが、今のところその様子はない。悪魔との契約印が体に刻まれていないことを確かめる。
あの時のような禍々しい刻印はどこにもない。
魔獣化どころか、体内に魔力の歪みすら感じない。こいつは弱い魔人を呼び出すことしかできないみたいだ。
「卓郎殿! 協力に感謝する。ーーしかし、Sランク冒険者の実力とは、凄まじいものですな。あの魔人を一撃で倒すとは!」
ゼノ団長が寄ってきて、俺に賛辞を繰り返す。
「これで、黒笛は一網打尽にできました。シエル=アグナス本部長も、お喜びになるでしょう。私も役目が果たせてほっとしました」
「はは、たいしたことはしてませんよ。当然のことをしたまでです。ただ、頭の男が弱すぎました。この前捕まえた黒笛のメンバーは、悪魔との契約印が体に刻まれていて、魔獣に変化しました。それを思うとこいつは、弱すぎです。こいつらは末端の組織員で、黒笛は、もっと大きな組織かもしれませんよ」
俺は、自分の不安をゼノ団長に打ち明けた。
……そうなのだ。本当の幹部なら、もっと強くなければおかしい。少なくとも魔獣化できる者に守られているはずだ。
ここも末端の部隊で、黒笛の本部は別にあるのではないか?
「そうですか。卓郎殿は、ここは黒笛の本拠ではないと考えているのですね?」
「はい。手ごたえがなさすぎました。彼らはただの儀式係かと……」
「分かりました。そのことはシエル本部長にお伝えしましょう」
ゼノ団長は眉根を寄せて俯いた後、騎士団に視線を向けて号令した。
「外に出るぞ! 教会本部に帰還する」
遺跡の外に出た俺たちは、外を警戒していたラウルと合流し、教会本部へと転移した。
***
教会本部へ戻ると、すでにシエル=アグナス本部長を中心に、上級神官や騎士たちが広間に集まっていた。
俺たちの帰還を今か今かと待ちわびていたようだ。
「ただいま戻りました」
ゼノ団長が堂々と歩み出て、胸に手を当てて報告する。
「黒笛の隠れ家を発見し、そこにいた構成員十名を拘束しました。ただ……卓郎殿の見解では、彼らは『儀式係』に過ぎず、別に本拠地がある可能性が高いとのことです」
「十名を捕まえたと! それは大きな成果ですね」
シエル本部長が目を見開いたが、すぐに表情を引き締める。
「だが……まだ黒笛の本体は残っている、と?」
俺は一歩前に出た。
「はい。俺はそう考えます。捕まえた者たちが弱すぎました。この前『姫野宮都市』で捕まえた黒笛のほうが、よほど強かった」
「そうですか。本拠地なら、もっと強い幹部が揃っているはずですか……」
シエル=アグナス本部長が口元に手を当て考え込む。周囲の神官たちもざわめいた。
「分かりました。引き続き、黒笛への警戒と捜査を続けましょう。聖女由里様にも、その旨報告しておきます。卓郎殿たちには、また何かあったら協力をお願いするかもしれません。本日は本当にご尽力、感謝します」
「ありがとうございます。何かあったら連絡をくだされば、すぐにやってきます。遠慮なく声をかけてください。俺も黒笛のことは気になってますので」
そう答えると、本部長は安心したように深く頷いた。
「それではこれで、俺たちは失礼します」
俺たちは教会本部の皆さんに会釈をし、三人互いに視線を交す。リーナが俺に耳うちした。
「せっかく王都にいるんだから、お昼、王都で食べていかない?」
「え!」
意表を突かれて、思わず声を漏らすが、その気持ちは納得できる。
カイも期待を込めた視線を俺に向けている。
「そうだよな。もちろんいいよ」
「やった!」
リーナがぱぁっと笑顔を咲かせ、カイも拳を小さく握って喜びを表す。
俺たちは教会本部を後にし、王都の通りへと歩き出した。
昼の王都は、活気に満ちていた。行商人の声、馬車の音、店先から漂う焼き立てパンの匂い……。
リーナはキョロキョロと楽しそうに周囲を見回し、カイも珍しげに屋台を眺めている。
「ねぇ、あそこの店、すっごくいい匂いしない?」
リーナが指さしたのは、人気の定食屋。ハーブで焼いた肉の香りが風に乗ってくる。
「昼どきだから混んでるけど……並んで食べよっか」
「うん!」
列に並んでいる間も、三人は自然と笑顔だった。
黒笛のアジトを潰して、少し緊張がほぐれたのかもしれない。
そして、無事に食事を終えて王都の繁華街を楽しんだ後、北野村へ戻ったころにはすっかり夕方になっていた。
ポータルシフトで自宅に降り立つと、ほっとするような土と草の匂いが出迎えてくれた。
「やっぱり家が一番ね」
リーナは伸びをして、台所へ向かう。
カイは荷物を置くと、俺のところへ駆け寄ってきた。
「卓郎兄。僕、リーナ姉の明日の試験……手伝うことある?」
「んー……そうだな。今日は無理に魔法の練習はしないで、体を休めたほうがいいな」
「つまり、リーナ姉ちゃんを甘やかす日?」
「まあ、そんなところかな。よし、夕飯は俺が作る」
「えっ!? た、卓郎が?」
リーナが慌てて振り返る。
「卓郎兄、料理できるの? 料理食べて体調を崩したら、逆効果なんだけど」
「カイ! その物言いはあんまりじゃないか? 俺だって料理ぐらいはできるんだぜ!」
「本当にー?」
「私、卓郎の料理食べてみたい」
そんなやり取りをしながら、俺たちは各自の準備にとりかかる。
リーナは杖と魔法具の点検、
カイはリーナのために水筒や応急アイテムの補充、
そして俺は、夕飯作りと明日の移動の段取りを確認する。
やがて――
「卓郎、カイ、ありがとう。明日、絶対にBランク取ってみせるから」
リーナが夕日に照らされた横顔で、静かに宣言した。
「その意気だ! リーナの実力は俺が保証する。何も気にせず、全力でぶつかってこい。俺も全力で応援するぞ。明日は、リーナの強さを証明する日だな」
「うん! 分かった」
リーナは力強く頷いた。




