転生者のお茶会、又はとある『創作』について
事態を飲み込める事が出来なかった二人は、言われるがままにソファに座り、フローレンスと呼ばれた美しい女性は、二人を連れて来た蛇目を犬の様に頭を撫でて褒めていた。膝をついて褒められている蛇目は頬を赤らめ、それはもう周りが引く位にだらしのない顔で受け入れていた。何だか蛇目に犬の尻尾の幻覚が見え始めた。それも千切れそうな位に全力で尻尾を振るおバカ犬の方の。
それでもアンジェとシャーロットは蛇目達の様子に気にも留めない。何せ此処にいる筈のない二人の推しキャラである《フローレン》が目の前にいるのだ。名前が似ているそっくりさんとかそう言うレベルではなく、フローレン・メイリス・シフォンズと言うキャラがそこにいたのだ。
そしてアンジェ達と面談したいからと秘書のお姉さんと蛇目達を外に出て貰った。
執務室に残っているのはアンジェとシャーロット、《フローレンス》と呼ばれているフローレン・メイリス・シフォンズ、そして先程若い男性が運んでセットしてくれたアフタヌーンティーのセット。
スコーンやケーキ、サンドイッチは今世の二人には見た事もなかったご馳走だ。キラキラと目を輝かせてヨダレが出るのを我慢する二人の姿を、フローレンスをクスッと笑って見ている。
「さぁ、遠路はるばるからヨシワラに来てお腹が空いたでしょう? 食事をしながら色々お話をしましょうか」
フローレンスがカップに紅茶を注いで二人の目の前に差し出してくれた。アンジェとシャーロットは視線を合わせた後、おずおずとスコーンやサンドイッチを手に取って食べ始めた。成るべく見っとも無くない様に頭の片隅に置きながらも夢中で食べる二人にフローレンスは呼び鈴で呼んだ若い男の耳元に小声で頼んでくれたのであった。
三人の目の前にまた美味しそうなクッキーや(この世界で)始めて見るアイスクリームまでも用意してくれた若い男は一礼すると部屋から退出した。
そして冷たいアイスクリームに舌鼓をする二人にフローレンスはこの世界には聴き慣れない言語を話し始めたのだ。その言語が日本語だと恐らくはアンジェとシャーロットしか分からない物だ。
『貴女達、私と同郷でしょ? 生まれ育った国の名は日本国。享年は米寿の祝いをしたした覚えがあるからそれ以降ね』
『……私は持病持ちで十八歳の頃にその持病が悪化して意識を失ってからの記憶がないので多分そのまま……』
『私は三十の頃に次期部長の椅子の座を争っていた同僚に後ろから突き飛ばされて殺されたわ。アイツ私に勝てないからって殺そうとするなんて本当に馬鹿だわ。勝ち誇った顔から後ろから取り押さえられた時のマヌケな顔を見れただけでも良しとしましょう』
それから改めて三人は互いの前世での境遇や、今世での境遇まで日本語で話したのだ。ある程度話し終わった所で先程の若い男が替えの紅茶セットを持ってきてくれたんだ。
「ありがとうニーノ」
「いえ。フローレンス様、この後来訪するアルベルト様が先方の都合で本日の御訪問が難しくなりキャンセルをしたいとの事です」
「あらぁそれは仕方がないわねぇ。彼は外交官だからシャレーンの対策に忙しいでしょうからね。彼に『此方は気にはしていないから落ち着いた頃に来て下さいね』て伝えて貰える?」
「はい」
ニーノは例をするとそのまま部屋から出て行った事を確認するとフローレンス達はまた前世の母国語で話し始めた。
『あの、シャレーンて、シャレーン王国の事ですか? ……もし、間違いでなければ貴女様はフローレン・メイリス・シフォンズ様で間違いないと?』
『ヨシワラに来る前の名前ね。今はその名は捨ててただの『フローレンス』よ』
『『やっぱり‼︎』』
二人は同時に叫ぶと嬉し意味での悲鳴をあげると互いを抱き締め合って興奮している。フローレンスは何度も見た事がある光景なのだが、自分が捨てた名前を言った途端だから流石に呆気にとってしまった。
『ええっと……もしかして二人共『公爵令嬢だった頃の私』を知っているの?』
『知っているもなにもこの世界は《大空に羽ばたく天使の翼》の世界なんですよ⁉︎ そして貴女様は私達の憧れのヒロインのライバルキャラのフローレン・メイリス・シフォンズ公爵令嬢です!』
『《大空に羽ばたく天使の翼》?』
『フローレン様、いやフローレンス様はご存知無いのですか、《大空に羽ばたく天使の翼》略して《おおつば》はアニメや漫画、舞台にもなった乙女ゲームの事なんです』
『乙女ゲーム?』
二人の話はこうだ。
《大空に羽ばたく天使の翼》と言うのは女性向けスマホゲームの事である。
今時珍しい買い切り型のゲームであるが、余計な課金もせずにストレス無くゲームを進める事が出来る。しかも番外編的位置付けの別のアプリではキャラそれぞれの個別エピソードや季節のネタ、特別なスチル等が発表されている。お布施の様にこの番外編的位置付けのアプリの方へ課金をしているファンもいるが、基本的に無課金でも楽しめる様にしている運営の姿勢がかなり好評のアプリだそう。
そしてキャラクターも魅力的で、一人のキャラクターに付き必ず固定のファンが一人はいる。そのお陰かアニメや漫画化、果ては舞台化とメディアミックスにも幅広く展開している。
そしてアンジェとシャーロットの一番の推しであり、公爵令嬢だった時のフローレンスはその乙女ゲームのヒロインのライバルキャラであり、攻略対象だった王太子の婚約者候補でもあるフローレン・メイリス・シフォンズ当人である。
『まって『候補』? その物語の『私』以外にも婚約者候補がいたの?』
『ええ。ただ、フローレン様が最有力候補で他に対当する者もが居なければそのままの所にヒロインである『ミスリア・グフーズ』が現れたのです』
『ゲームのフローレン様は突然現れたヒロインに決して僻まず酷い嫌がらせもせず、正々堂々とヒロインに立ち向かい、時に助言を行う高潔なお姿に女性ファンだけじゃなくて男性のファンもいて、遂には彼女が主役の漫画やアニメが出た程!』
『成る程ねぇ……』
『フローレン・メイリス・シフォンズ』と言う創作のキャラクターの簡単な説明を教えられたフローレンスは、少し考え込んだ。
『……ねぇ。その《おおつば》? の王侯貴族の様子はどうなの?』
『? どうっとは?』
『悪徳貴族が多いとかそのフローレン・メイリス・シフォンズは最期は娼婦になったとか』
『とんでもない‼︎ 番外編のアプリには出ますけど本編の方には出ません!』
『しかもフローレンはヒロインに王妃の座を奪われても後日談で隣国の貴族の青年と結婚している事が判明していますし、ましてや娼婦送りだなんてそんな結末私達ファンが暴動を起こしますよ⁉︎』
『ーーーーと言う事は此処はそのゲームの世界やキャラクターにそっくりなだけね』
フローレンスは納得した様に何度も頷いた。そんなフローレンスの様子にアンジェ達は互いの顔を不思議そうに見合わせた。
『あの、この世界と言いかシャレーン王国の内情はゲームと内容が違うのですか?』
『かなり乖離しているわね。……ゲームを知っている二人にはかなりショックな内容かもしれないけど、私が此処にいる理由でもあるから聞きたい?』
二人は同時に頷いた。
『キャラ改悪の嫌われは地雷ジャンルです‼︎‼︎』
シャーロットは机を頭で叩き割る勢いで突っ伏したと思えばそうシャウトし、アンジェは今だに信じられない様子で大きく目を見開いたまま動かない。
『手紙型の小型爆弾でヒロインが命を狙われるイベントなんて知らないし___もしかして私達が死んだ後で更新されたストーリー?』
『そんなのが公表したら大大大炎上よ! むしろこの世界は誰かのフローレス様嫌われの創作話の方がまだしんじるわ⁉︎』
また聞き慣れない単語が出て来たがこれ以上は蛇足になりそうな為口を閉じるフローレンス。ただ黙って紅茶を飲んで可愛い女の子達の阿鼻叫喚を眺めるしかなかった。
『まぁ前世の記憶を思い出した今の『私』からすれば娼婦は天職だし、現にこんな大きな国になったからね。勿論私一人の手柄じゃないけど、今の生活もそう悪くないわ』
ある程度落ち着いた二人を慰める様にそうフォローするフローレンスだったが、それでも二人は浮かない表情のままだ。
『あんまり気を病む事はないわよ。この世界は貴女達が大好きな世界とは別のモノと思えば良いわ。きっと何処かの世界の『フローレン・メイリス・シフォンズ』は物語通りに幸せに暮らしている。そもそも『私』の様な淫売が『彼女』の訳ないでしょ?』
『そうですけど……』
『だったらこのお話はお終い。私達は今を生きて目の前の問題をどう解決するか考えるの。『創作』に気を取られている暇はないの』
フローレンスにそう説得されてはアンジェとシャーロットは無理矢理でも自分を納得するしかなかった。
「それで貴女達についてだけど……本来ならある程度娼婦としての勉強をさせて水揚げの時期になったらそのままデビューなんだけど、この街が大きくなっちゃたから色々と仕事の選択が増えたのよねー……普段通りになら寄宿学校に通わせながら職業を選ばせるつもりだったけど……」
「「けど?」」」
フローレンスは顎に指を当てて熟慮するとベルを鳴らした。
「どうなさいましたか」
呼び出されたニーノは恭しく頭を下げていた。そんな彼にフローレンスは一言伝えた。
「この子達を私の養子にする手筈をして頂戴」
突然の爆発発言にニーノだけではなく、アンジェ達も度肝を抜いてソファからズリ落ちそうになった。
「え、えぇっと、ーーー私の一存では決められませんのでメイリス様とロード様にも御連絡しても宜しいでしょうか?」
「そうね。そうして頂戴」
「失礼します」
ガチャンーーーバダバダガッチャン‼︎ バターン!
ニーノは扉を閉めて直ぐに走り出し、急過ぎたのか何か家具にぶつかって転んでいた。
「えっ? ーーーーえっ?」
「フローレンス様どう言う事でしょか⁉︎ 私達を養子にって何の冗談でしょうか⁉︎」
「冗談じゃないわよ。私は本気で言っているの」
慌てる二人とは対照的にフローレンスは冷静に紅茶を飲んでいた。
「そろそろ跡取りを考えていた頃だったの。どうやって決めようか悩んでいた頃に貴女達が現れた。同じ前世持ちで同じ日本産まれ、しかもこの世界と比べて高度な教育を受けていた貴女達なら最適だと思ったのよ」
「でも、私持病持ちだから入退院を繰り返していて高校の勉強はあんまり……」
「それでも中学までの範囲は勉強済みでしょ? 小学校のレベルでも此処ではお金持ちか貴族の子でなければ習う事は出来ないわ」
今だに不安で渋るアンジェだったがシャーロットはやる気に満ちていた。
「良いわね。貧困層から一国の女王なんて夢があるわねぇ。前世の部長職を狙っていた頃じゃあ絶対に考えた事がなかったわ」
ワクワクして肩を回すシャーロットを見て、アンジェも腹を括ったのか決意を決めたキリッととした顔付きとなった。
こうして後年に語り継がれる事となった『フローレンスの愛娘達』と言われるシャーロットとアンジェはフローレンスと出逢ったのであった。