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71:とっておきのお知らせ

 村に初めての学校が建ち、そこで教師を務めるのは他でもない自分自身。


 村長宅へ出向いたらまさかの話を持ち掛けられてはしまったものの、シノにとっては結果オーライだったようだ。そんな彼女が次に向かったのは、村に流れる一本の川沿いに建っている一軒家であった。


「ごめんくださーい!」


 玄関から中に声をかけると返事が聞こえ、ほどなくしてドアが開く。出迎えてくれたのは、長い藍色の髪と琥珀色の瞳をもつおっとりとした雰囲気の女性。


「あら! いらっしゃい、シノさん。こんな時間に来るだなんてお珍しい」


「こんにちは、シンシアさん! メリッサちゃんいますか?」


「ええ勿論。どうぞどうぞ、お上がりになってください」


 彼女は、シノがメリッサと呼んだ人物の母親だ。にこやかな笑みを浮かべるシンシアに軽くお辞儀をすると、シノは奥の部屋へと歩いていく。

 部屋の前まで来た彼女はちょっとだけ顔を覗かせて中の様子を窺ってみた。そこにいたのは、小さなベッド脇に置いてある椅子に座って本を読んでいる一人の女の子。

 暗めの紫色をした長い髪に、母と同じ色をしたまん丸な瞳をしている。本に夢中になっていて、シノの視線にはしばらく気付いていなかったのだが――――――――


「――――――――ん? あっ、シノさん! いらっしゃい!」


 顔を上げた拍子に目が合い、すぐさま本を閉じると元気で明るい挨拶を口にした。それが合図だったかのようにシノは部屋に入ると彼女に近づいていき、向いのベッドへと腰かける。


「こんにちは、メリッサちゃん! 今日はいつにもまして元気そうだね」


「うんっ。今日は起きてても大丈夫ってお医者様も言ってくれたから!」


「ふふふ、そっかそっか」


 メリッサと呼んだその女の子はシノに屈託のない笑顔を向け、彼女は優しくその頭を撫でた。今年で十歳になる彼女は、今日も元気と笑顔を振りまいているようである。

 そして、今しがたお医者様と言った理由についてだが、メリッサは生まれついて身体が弱く病気がちで、度々寝込んでしまっているのだ。だからこそ今日はかなり珍しい日といってもいいだろう。


「今日は本を読んでたの?」


「少しでもみんなに追いつきたいからねっ。ちゃんと勉強しないと」


 当然ながら、メリッサは他の子ども達のように隣街の学校まで通うことはできない。故に、十分な教育も出来ないのではないかと思われたが意外と何とかはなっているようで、


「私がいなくてもちゃんと出来るなんて、えらいぞ!」


「えへへ……ありがと、シノさん!」


 一週間に一回程度ではあるが、シノがメリッサの家庭教師的な役割で家を訪れており、何も知らず学ばずというわけではないようだ。もちろん、それでも同年代の子に比べて遅れ気味ではあるのだが。

 それからしばらく和やかに話をしていたシノだったが、やがて意味ありげにふふんと笑うと、


「今日は、いつも良い子にしてるメリッサちゃんに嬉しいお知らせがあります!」


 ちょっとだけ演技めいた口調で切り出した。当然ながらメリッサはそれに対して興味津々な様子で、顔をずいっと近づけてくる。それをどうどうと少しだけ宥めた彼女は、続けてその「お知らせ」を口にした。



「――――――――なんと。今度、この村に学校が出来ることになりましたっ」



 そのお知らせを聞いた途端、少しだけ下を向いていた顔が瞬時に上を向き、ちょうどシノと目が合う。当然ながら、その表情は驚きに満ち溢れていた。


「……えっ? ほんと? ほんとに!?」


「うん、本当だよ。私もついさっき村長さん達から聞いたばかりなんだけどね」


「私も学校に行けるようになるの? みんなと、一緒に……!?」


「もちろん!」


 何度も訊ねるメリッサに対して、笑顔で何度も頷くシノ。そして次の瞬間、彼女はほとんど反射的にシノの胸へ飛び込んで思い切り抱き着いていた。本当に嬉しそうな彼女を優しく抱きかかえながら、シノは再びその頭を撫でてやる。

 同時にメリッサは何かが気になったようで、


「……あれ? それなら、誰が先生をするんだろう? 村長さんかな?」


 と、もっともな疑問を口にした。まだ小さいながらもそこに気付くとはさすがといったところか。


「村長さんはお仕事が忙しいからさすがに先生はできないねー」


「えー、じゃあ誰だろう……? 私の知ってる人かなぁ?」


 顎に手を当てて考え込むような仕草をするメリッサ。シノはそんな彼女を見て少し可笑しくなるが、やがてその手をそっと取ると、自分の前へともってきた。

 その動作の意味が分かりかねたメリッサだが、銀と琥珀色の瞳が再び合うと同時に、




「――――――――私。私が、村の学校で先生をすることになったんだよ」




 にっこりを微笑みかけながら、答えを言ってみせる。それを聞いて一瞬だけ時が止まったかのように固まってしまったメリッサであったが、すぐに我に返ったのか元から丸い目を更にまん丸にして驚いた。


「えっ? えっ!? 本当に? 本当なの!?」


 シノは、見つめすぎて穴が空くのではないかと思うぐらい真正面から顔を見てきたメリッサに対して、相変わらずの笑顔で何度も頷く。


「うん。だから……これからは私が、メリッサちゃんの先生だよ!」


「嬉しい……! 私、すっごく嬉しいよシノさん!」


「あはは、そんなにはしゃがないの。そんなに喜んでもらえるなんて、私も引き受けた甲斐があったかな」


 再び思いっきり抱き着いてきた彼女の様子は、おそらくシノがこれまで見てきた中でも一番喜んでいたに違いない。はしゃぐ声には涙すら混じっていたように思える。ちょっと行き過ぎて咳き込んでしまったメリッサを再び宥め、向いの椅子へと座らせておいた。


「私、いっぱい頑張ってお勉強するからねっ!」


「うんうん。その意気だよ、メリッサちゃん!」


 両手で可愛くガッツポーズをする彼女を見て、シノも笑顔で同じようにしてみせる。元から頑張り屋なメリッサのことだから、学校が始まったらあっという間に皆を追い抜いてしまうかもしれない。

 これはいろんな意味で、開校が楽しみである。それからしばらくすると再び部屋のドアが開き、


「やぁどうも! こんにちは、シノさん。娘のためにいつもありがとう」


 仕事から帰ってきたのか、赤髪を短く後ろで束ねた男性――――――――父親のウィルが姿を見せた。


「こんにちは、ウィルさん! 私が好きで来ているようなものなので、お構いなく」


「あ、お父さん! 聞いて聞いて! 実はね――――――」


 そして当の娘本人は、シノから聞いた大ニュースを知らせてあげようと、父親の足元へ駆け寄ってゆく。驚きと談笑に引き続き包まれながら、この日は和やかかつ賑やかに過ぎていくのであった。

【TIPS~メリッサ・フロール】

シノにとっては最初の教え子である女の子。

生まれた時から身体が弱く病気がちではあるが、人一倍の元気と明るさを持っている。

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