72:開校への準備
小さな村のことといえど、学校の噂が広まるのにそう時間はかからなかった。
その学校で教師を勤めることになったシノ本人はというと、今日も冒険者業に勤しんでおり、今はリューンベルの都へ泊りがけの依頼にきているところだ。街の南にある大きな宿屋兼酒場にて、冒険者仲間と談笑をしていた。
「しっかしまぁ、風の噂で聞いた時は驚いたよ。シノさんが学校の先生になるだなんてなー」
「だよねだよねー。こんなに美人に教えて貰えるなんて……私もクラド村に住んでおけばよかったな!」
「美人だなんて、そんな大袈裟な……」
大きな斧を背負った男性冒険者と召喚術士の女性冒険者は口々にそう言い、シノはなんだか照れ臭くなってしまう。ペリアエルフのシノは永遠の二十代前半なのだから、やはりそう見えてしまうのだろう。
いざ学校が始まったらどこまで教師として手腕を発揮できるのかわからないが、教えを請いに来るような人が現れたりするのだろうか? もっとも、子ども限定ではあるとは思うが。
「あっはっは! 気を付けなよ? 教え子のちびっ子に惚れられでもしたら、将来面倒になるかもだぞ?」
「いやいや、そんなことはないって……今までも浮いた話すら出なかったんだし」
「教え子と教師の間で繰り広げられる禁断の恋! ……ってヤツ?」
「そう、それだよそれ!」
「だーかーらー、変な話に持っていくのはやめてってばー」
店内の一角にて賑やかな馬鹿話を繰り広げるシノ達。それと同時にシノは、村で教師を始めたらこうして外に出ることも少なくなるのだろうかと考えを巡らせる。元の世界では教師というものはとにかく忙しいというイメージだが、こちらではどうなのだろうか。
それを含めた全てを自分で決めるのは大変だとは思ったものの、今の彼女にとってはそれがむしろ楽しくもあった。
「よっし、じゃあここらで俺らはおいとまするか!」
「そうだね。じゃあね、シノさん!」
「うん。みんなにもよろしくね」
「次に会う時は教え子の自慢話とか、色々と聞かせてくれよー?」
「まだ言ってる……」
依頼は既に終了しているため、シノは二人に別れを告げると帰路へと着き始めた。ちょうど定期船が港に入ってきていたため、急いで乗り込むとクラド村方面へと向けて出港する。
日が暮れ始めた頃に村へと帰り着いたシノは、そのまま森の訪れへと足を運んだ。店内は仕事終わりの村人達や流れの冒険者達で相変わらず賑わっている。
「あっ! おかえりシノさーん!」
店内へ入った瞬間に声をかけてきたのは、レイナの娘であるエリザ。勢いよく走り寄ってきた彼女はシノに向けてダイブするような形で抱き着いてきた。まだ七歳そこらだというのに年長者のシノですら押されてしまう元気さだ。
「ただいまエリザ! それに、レイナさんも!」
「おかえりシノさん。首尾は上々だったかい?」
「まぁ、いつも通りにそれなりってところかな」
「さっすが、その道数十年のベテランは余裕が違うねぇー」
エリザの勢いに任せてしばらくぐるぐると回転していたシノは、そのまま店のカウンター席へと器用に下ろしてあげた。毎回やっている流れなのか、慣れたものである。
シノも続けて席に座ると、すぐにレイナお手製のご飯が運ばれてきた。それを口に運んでいつも通り舌鼓を打ちながら、話題は今まさに改装中の学校へと移る。
「学校が始まるの楽しみだね、シノさん!」
「そうだねー。エリザは学校に通う中では一番年下だし、村の子達の中では一番長く面倒を見ることになりそうかな?」
「そういえば、何歳まで受け持つとかは決まってるのかい?」
「大体十二歳ぐらいまでかも。引率依頼の常連さん達も、そのぐらいまで学校で教えて貰えると助かるっていう話をしてたからね」
ということは、元の世界でいえば中学生になる手前の年齢だ。そのぐらいになれば分別はついていると思われるので、引率の際の負担もかなり減ることだろう。
娘とシノのこれからの付き合いを考えて何かを察したのか、レイナが可笑しそうに笑う。
「ふふふっ、最初から結構な長丁場になりそうだねぇ。このやんちゃ娘のこと、よろしく頼むよ?」
「あっ、お母さんってばひどーい!」
いつも通りの言い合いが始まってしまい、シノはその真ん中で肩を竦めながら苦笑した。あまり強く否定もできないのが、この子の特色でもあったりする。
「いつでも一緒に居る割には、メリッサちゃんとはほんと正反対だよねーエリザは……」
「そんなことないもーん。メリッサだって元気な時は私ぐらい元気じゃない?」
「そういう意味じゃないんだけどなぁ」
子どもがらみで何か騒ぎがあれば大抵その中にはエリザがいる。という意味だったのだが、まだ年端もいかない彼女には難しい例えだったようだ。この日はそんな喧騒と共に過ぎてゆき、あくる次の日。
シノは、学校への改装が進んでいる村の旧集会所の様子を見に来ていた。
「おっ、シノさんじゃねぇか! どうだい? 中々綺麗になってきただろう?」
「こんにちは、ジョーさん! この間まで埃を被りかけてたのが嘘のようですねー」
大工達の指揮を執っていたジョーは、どんなもんだいと言わんばかりに建物を見上げながら言ってみせる。この建物は大きな部屋が一つあるだけなのだが、別に何クラスも学級があるわけではないので規模としてはこれでも十分だろう。
「村で初めての学校なんだ! 気合入れて作ってあげねぇとなぁー!」
「おうよ! 楽しみにしててくれよーシノさーん!」
彼女に気付いた大工の男衆が威勢の良い声と共に手を振ってくる。シノはそれに対してにこやかな笑みで返した。村で初めての先生は、彼女が思う以上に期待されているようだ。
そしてシノはジョーに改めてお辞儀をすると、その場を後にする。次に向かうのはもちろんあの子の家。足早に歩く彼女の背中を一筋の風が吹き抜けていった。
◇
更に一週間ほど経った日。いつものように森の訪れへとやってきたシノは、そこにいた人物を見て驚く。
「――――――――メリッサちゃん!」
思わず声を上げた彼女に気付いたのか、メリッサは笑顔でこちらに手を振った。隣にはシンシアが付き添っており、軽くお辞儀を返す。
「こんにちは、シノさん!」
「こんにちは、メリッサちゃん。今日はまた一段と元気そうだね?」
「うん! お医者様もびっくりしてたんだよ」
「ふふふ、そっかそっか。今のメリッサちゃんなら、病気にだって勝っちゃうかもね」
今の彼女の姿を見ると、とても病弱だなんて思えないだろう。もしかすると、学校の件がきっかけで元気になってくれたのかもしれない。そうであったならば何より良いことである。
「――――――――ぶっぶー。外れー! 正解はこっちだよー」
「あっ、エリザったらずるーい! もう一度だよ!」
当の彼女はエリザと仲良さげに、トランプ的なカードでワイワイ遊んでいた。その光景を、双方の母親とシノは和やかに見守っている。実に平和な日常風景そのものだ。
しばらくそれを眺めていたシノだったが、ふと何かを思い出したのか二人に改めて声をかける。
「ねぇ二人とも。学校の建物が出来上がったらしいんだけど、見に行ってみない?」
「え、ほんと? 見に行く見に行くーっ!」
「私も行きたーい!」
そもそもついさっき店に入ってきた理由が、居るであろうエリザにこのことを知らせる為だった。その後でメリッサにも声をかけて三人で見に行こうと思っていたのでちょうどいいタイミングである。
「じゃあレイナさん、シンシアさん。ちょっと二人のことお預かりしますね」
「はいよっ。振り回されないようにだけ注意しときなよ?」
「はい、よろしくお願い致しますわ」
双方から了承を得たシノは両手を差し出すと、二人の少女と手を繋ぐ。そのまま楽しげに両手を振られながら、三人は店を出ると旧集会所がある場所へと歩いて行った。こういう姿を見るとまるで娘を連れた母親――――――――いや、妹二人を連れた姉のようである。
数分ほど歩いて目的の場所へとやって来ると、シノはそれなりに。エリザとメリッサはとても驚いた様子でその建物を見上げた。
「すごーい! 学校だよ学校ー!」
「ぴっかぴかだね、エリザ!」
約一か月前はかなり古ぼけていた集会所の姿はもはやどこにもなく、そこには真新しい木の色に輝くクラド村初の学校が建っていた。少し前まではそれなりにいた大工達の姿もまばらになっており、施工のし忘れがないか確認している程度だ。
「おっ、よく来たなぁ!」
「ついに完成しましたね! お疲れ様でした、ジョーさん」
「わっはっは! このぐらい朝飯前ってもんよ。よかったなぁエリザにメリッサ。今度からここに通えるんだぞ?」
「うん! すっごく楽しみ!」
「ありがとー! ジョーのおじさん!」
はしゃぎながら駆け寄ってきた二人の頭を、ジョーは武骨な手で撫でてやる。それは誰がどう見ても、仕事をやり遂げた職人の笑顔であった。中へ入ってみると、教室の中は余裕で数十人は入れるであろう広さになっており、一番前には教壇や黒板まで準備されている。
試しにそこへシノが立ってみると、エリザとメリッサはその向かいに並べられている椅子に座ってみせた。それを見たシノは可笑しそうに笑うと、
「それでは出席をとります。エリザちゃん! メリッサちゃん!」
先生の真似事をして二人へと呼びかける。即座に元気な返事が二人分返ってきた。シノはその光景を見て、改めて先生とはこんな感じなんだなぁと実感する。それが現実のものとなるのもあとわずか数日後のことだ。
「あと三日もすれば学校を開けるみたいだから、みんなに負けないように頑張るんだよ二人とも!」
「ふふーん! 私が一番になってやるんだもんねっ」
「シノさんも、先生のお仕事頑張ってね!」
威勢よく笑うエリザと、シノの教師生活を応援するメリッサ。
「二人も、ちゃんとお勉強頑張るんだよ?」
「はーい!」
今まで友人だったお互いがこれからは教師と教え子の関係となる。それぞれが頑張る約束を交わし、この日は過ぎていった。
そしてその翌日。さすがに学校が始まる日が近いとあっては遠い場所への依頼などに行ってる場合ではないので、シノは村で大人しくしていることにしたようだ。昼もちょっと過ぎた頃、森の訪れで彼女はのんびりとお茶を飲んでいた。
「開校日が近くなってきたねぇー、シノ先生?」
「もー。レイナさんったら、まだ気が早いよ?」
「あはは! まぁいいじゃないか。これからはそう呼ぶことだって増えるかもしれないからね」
この人には敵わないなぁと思いつつ、シノは肩を竦める。この時間帯は店にいる冒険者や村人も少なく、エリザも今は外に遊びに出掛けているため店内は至って静かだ。
時折遠くから聞こえる村の喧騒の中、しばらくゆったりとした時間が流れていた。が――――――――
――――――――バァンッ!!!
突然店の扉が勢いよく開き、それに驚いたシノはお茶のカップを落としかける。すぐさま入口の方へと目を向けると、そこに立っていたのはエリザであった。かなり息を切らせており、目には涙すら浮かべている。
「エリザ! どうしたんだい、そんなに慌てて!?」
レイナが慌て気味に声をかけると彼女はどうしていいかわからないといった風に母親の方を一度見ると、一目散にこちらの方へと駆け寄ってくる。それからシノに縋りつくようにしながら、こう言ったのであった。
「シノさん!!! メリッサが……あの子が大変なの!!!」




