70:最初の学校。最初の教師
この世界に転生してきて五十年ぐらいは経っただろうか。グランディア王国の辺境にあるクラド村の住人となったシノ・ミナカワは今ではすっかり年長者組となっていた。
冒険者業もかなり長くなったおかげでいっぱしのベテラン冒険者の仲間入りといったところか。近隣の街でもそれなりに名前が通るようにはなったようである。
そんな彼女はというと、いつも通り馴染みの店―――――――――森の訪れへと向かっている途中だ。道行く村の人達と挨拶を交わしながら建物の前までくると、両手で扉を元気よく開け放つ。
「レイナさん、おはよう! 今日は何の依頼が入ってる?」
「ざーんねん。一足早く他のヤツらが取っていっちゃったところだよ」
開口一番、シノの声に応えたのはカウンターの向かいで仕事をしていたとある人物。長い黒髪ポニーテールに瑠璃色をした切れ長の瞳をもつ一人の女性だ。なんだか男勝りのような気概を感じるのは気のせいではないだろう。
「えぇー……早い者勝ちにもほどがあるでしょ」
「あはは! シノさんはいつも日課をこなして此処に来てるからねー。まだまだ遅いってことさ」
レイナと呼ばれた彼女は、小さくため息をつきながらカウンター席に座ったシノを笑い飛ばす。別に誰が頼んだわけでもないのだが、シノは毎朝村の近くにいる魔物を退治して、往来する人に危険が及ばないようにしているのだ。
だいたい十分からニ十分ぐらいはかかってしまうので、その間に――――――――と、いうことか。
「まぁいっか……じゃあとりあえず今朝の分を引き換えてくれる?」
「はいはい。この魔結晶だと――――――――九百グランってところかな。ほらっ」
ちなみにレイナは、シノが初めて知り合ったこの店の看板娘――――――――ルゥの娘だ。彼女も大概明るく活発な人物ではあったが、レイナも負けてなどいない。むしろより迫力があるように思えるくらいだ。
確かもう四十代も近い年齢になるはずだが、その風貌は若かりし頃から殆ど衰えを見せていない。
「というか、シノさんだったらここじゃなくても依頼なんていくらでもあるんじゃない? 隣街のジェネスとか、逆方向にあるヒルベルクの街とか」
「それはそうなんだけど……村所属の冒険者である私が、違う場所でばかり依頼受けてるのもなんだかね……」
「村のみんなも私も、そういうのあまり気にはしないと思うんだけどなぁ。シノさんはいざっていう時の存在だからさ」
「だからこそ、だよ。レイナさんも私が急に一年ぐらい他所に行くと困るでしょ?」
「確かにそうかもねぇ……。じゃあ、シノさんがどっか行かないように私が縄で縛っておかなきゃ」
そんな調子でいつものように馬鹿話をする二人。ルゥの時も思っていたが、やはりこうやって笑い合える人がいるのは良いものだ。何十年経っても、この店で繰り広げられるこういった風景は変わらないことだろう。
「だけどまぁ、今は何もないならしょうがないか……夕方頃にまた来るよ。じゃあね、レイナさん!」
「はいよっ。その時はエリザにも構ってやってちょうだいよ? 昨日はシノさんが留守だってブーたれてたもんだからさ」
店主兼看板娘の見送りを背に受けながら、シノは森の訪れを後にする。次はどこへ行くのかというと、彼女がやってきたのは村中央にある村長の家であった。
ドアをノックすると奥さんが出迎えてくれ、家の中へと招き入れられる。どうやら村長は奥の部屋にいるようで、何やら話し声も聞こえてきた。
「村長? 自宅の改装費用についてお話が―――――――」
村長宅を訪れた目的は、シノの自宅に関しての事だ。もう住み始めて五十年ほど経つが、さすがにそろそろリフォームなり色々としておきたい。
別に彼女の方で勝手にやってしまってもいいのだが、急に家の見た目が変わると皆が混乱しそうなので、それを含めた話を通すためである。
「――――――――ってあれ? お二人共、こんな朝からどうしたんですか?」
奥の部屋へ顔を覗かせると、そこには村長と他に二人ほどが座って話をしていた。彼女に気付いたのか、皆が部屋の入口の方を向く。初老の村長はいわずもがなだが、大工親方のジョーと村唯一の医者であるアレクだ。
「これはこれは、ちょうど良いところに来られましたなシノさん。後でご自宅へ伺うつもりだったのですが」
村長の返事を聞くに、あちらも自分に用事があったようである。どうやら、偶然にもタイミングが良かったらしい。すると二人は、
「村長。先ほどの件、さっそくシノさんにお話しされてはどうですか?」
「そうそう! 善は急げっていうからな!」
と、何やら村長へ促した。シノに関係することを話していたようだが何のことかわからず、彼女は思わず首を傾げてしまう。
立ったままというのもなんだということで、空いていた来客用の椅子にシノが座ると、村長は少し咳払いをした後に話し始めた。
「シノさん。村の子どもたちが隣街―――――ジェネスの学校へ通っていることは、昔からご存じですよね?」
「それは勿論。街への道中は、護衛の人を雇って引率を行っているんでしたよね」
「ええそうです。それが長年、この村では当たり前となってはいたのですが……」
「……何か、問題が起こったんですか?」
クラド村は辺境地域の小さな村ゆえに、学校と呼べるものが存在しない。なので教育のためには必然的に、学校がある近隣の街へ行かなければならなくなる。
しかし、村や街を繋ぐ街道には当然ながら何かしらの魔物等が出現するため子どもにとっては危険だ。それらからの護衛を雇いつつ、村の子ども達は学校へ通えているのである。
ところが村長の言い方からして、何か問題が起こっているのは明らかであった。
「問題といいますか何というか……年々、危険視されるようになってきましてな……」
護衛を引き受けていた人曰く、十二歳を超えたぐらいの子供ならば分別がついているため護衛の際に手間取ることはないが、小さな子ども――――――――7歳から十歳前後の子になると引率そのものが困難かつ危険な場合があるという声が増えているらしい。
確かに小さな子だとはしゃぎ回ってしまう事もあるだろうし、それで勢い余って魔物に突っ込むようなことがあろうものなら目も宛てられないだろう。
――――――――ならば、どうすればよいか?
「なので、小さな子どもたちだけでも村での教育ができるように、学校を設けることになったのですよ」
クラド村に、初めての学校が出来る。それは、長年この村に住んでいるシノからしてみれば驚くべきことであった。隣街の学校へ行くことが当たり前のようになっていたこともあるかもしれないが。
「村に学校が出来るんですか……!?」
別に自分自身が通うわけではないにせよ、シノにはそれが凄く嬉しく思えた。まず第一として小さな子達が村の外で危険に晒される事がなくなる。これはかなり大きなことだからだ。
そしてその引率と護衛を行っている依頼者の負担もかなり減ることだろう。大変さに耐えかねて引き受けてくれる人がいなくなってしまっては元も子もない。
だが、同時に彼女の頭には一つの懸念が浮かぶ。
「となると……教職者の人を村に呼ばないといけませんよね。何か宛てはあるんですか?」
学校があるのであれば、当然そこには教師が必要となってくる。だが、今まで学校がなかったこの村にそれを務められる人物や務めたことのある人物はいない。別の街へ移住していった中にそういう人がいたかもしれないが、呼び戻すのも憚られるだろう。
そんなシノの懸念を知ってか知らずか、村長は意味ありげな笑みを見せ、彼女は首をさっきとは逆に再び傾げてしまう。
やがて彼は周りの年長者達を改めて見回した後に小さく頷くと、こう切り出したのだった。
「その教師としての役目を、シノさん。貴女に務めては頂けないかと考えているのですよ」
まさかまさかの言葉が飛び出し、シノは銀色の瞳をまん丸にして驚いた。
「……えっ? 私が教師に……ですか!?」
続けて、普段ならまずありえないであろう素っ頓狂な声まであげてしまう始末。その様子を見たジョーとアレクは思わず少しだけ笑ってしまった。そして二人も言葉を継ぐ。
「シノさんは俺らみたいな年だけ食ってるのとは違って、村一番の知識人だろう?」
「冒険者として各地を長年回ってもおられるので、見聞も人一倍広いでしょうしな」
「そ、それはまぁ……否定はしませんけど……」
褒められてちょっと照れ臭くなったのか、少し顔を俯けるシノ。この数十年で、一般に立ち入れない地域を除けばある意味世界中見てきたといっても過言ではない。教える立場の者としては十分な経験を積んでいるだろう。
「そして何より、シノさんは村の子ども達からとても慕われております。理に適った人選だと思っているのですが……いかがでしょうか?」
確かに村長の言う通りだ。シノ自身、村の皆と仲が良いし、その中でも子ども達に関しては別格といってもいい。みんなのお姉ちゃん的な扱いをされる(年齢はさておき)ことだってよくある。
そんな彼女が子供たちに対して教鞭を取るとなれば、結果は言わずもがなだろう。
「確かにそう言われるとそうですね……うーん……」
「別に今すぐ、というわけではありませんよ。シノさんのご都合もありますでしょうし」
シノの胸中を察したのか村長が付け加えるが、その言葉が終わるより先に彼女は悩みつつ伏せていた顔をあげると、一種の決意を秘めた声でこう言ってみせた。
「――――――――いいえ、村長。そのお話……引き受けようと思います!」
それを聞いた途端、村長を含む年長者達から小さな歓声が沸き上がる。ジョーは何となくわかっていたかのような笑みをこぼし、アレクは小さく拍手をしていた。
「おお! 受けて頂けますか!」
「はい! このまま冒険者だけを続けていくのが味気無いっていうのもありますけど……。何より、今まで以上に子ども達と一緒に居られるのは私も嬉しいので!」
「はっはっは、シノさんらしいじゃねぇか!」
「まさに、年長者の鑑というやつですかな」
「そ、そんなんじゃないですってば」
子ども達を優先するというのは如何にも彼女らしい理由だろう。だからこそ、慕われているのかもしれない。シノがそれに気付いているのかはわからないが。
「それで、肝心の学校はいつ建つ予定なんですか?」
「村の中央に古くなった集会所があるでしょう? あそこを改装する方向で話が進んでおります」
「実は、先月辺りから既に手は加え始めてるのさ。老朽箇所の修理もあるからな」
「今のペースで改装が進めば、来月には開校できるそうですよ」
となれば、シノの方も準備を進めておかなければいけないだろう。せっかくだから教師っぽい服も見繕ったほうがいいのだろうかなどとあれこれ考え始める。
とりあえずこれで主な話は決まったようで、シノは本来の用事も改めて済ませておいた。これからしばらくは村の大工達も忙しくなることだろう。
「シノさん。突然のお話だったにも関わらず、どうもありがとう御座います。きっと子供たちも喜ぶと思います」
「いえいえ、別にお礼を言われるほどのことではありませんよ。こういう機会を頂けたことに、逆に私がお礼を言わないといけないかもしれません」
「へへっ、さすがシノさんだ。ちびっ子達のこと、よろしく頼んだぜ!」
「少し子供たちが羨ましくも思えますな。はっはっは」
こうして、村の将来を担うかもしれない子ども達を教育する重要な役目を引き受けたシノ。あくまで謙虚な彼女は、年長者達に見送られながら村長宅を後にする。
そのまま家へ一旦戻るのかと思いきや、何かを思いついたシノは真っ先にとある家を目指して歩き出したのであった。
【TIPS~レイナ・ヴァルク】
森の訪れの看板娘兼店主を務める女性でエリザの母親。
年齢を感じさせないほどポニーテールが似合うと共に、男顔負けの迫力がある人物だ。




