084 本音
どうにも頭が痛いので、屋上で座り込んで空を見上げていた。ここは静かで、何より景色がいい。
「となり、良いかな?」
「ああ、良い」
ティナだった。いつからいたのか。…それを聞く度胸は、俺にはなかった。
「最近、どうかな? しんどいことがあったら、私に言ってね」
「ああ、大丈夫だ。心配する必要はない」
爽やかな風が吹く。俺の魔法じゃない。そして、誰の魔法でもない。
「最近、いやな夢ばかり見るんだ。…いや、むしろ良い夢か」
口が、勝手に動き始めた。抑える気力は湧かなかった。
「…夢?」
「俺の故郷って、魔族に襲われて滅んだんだ。だから、見捨てて逃げた。ロアを連れ出して。その時の、夢だ」
「…しんどい、ね」
「間違った判断じゃなかったって、ちゃんと分かってる。あの日の俺には、あれが限界だったって、ちゃんと知ってる」
「やっぱり、フェド君は強いね」
「そんなわけ、ない。
それに、この話には続きがある」
「夢の話?」
「なんとか全部やり切った後に、答え合わせみたいに。
俺以外の誰かが、魔物も魔族も、傷ついたロアも、全部なんとかする世界だ」
「…なんとか」
「具体的な方法は覚えてない。夢だしな。…でも、俺は、それをただ眺めていた。俺以外の誰かが、俺の代わりに全部なんとかする世界。
これ以上ない、幸せな話だ。なのに、それを喜べなくなってる」
「私には、幸せに見えない」
「幸せと言えないと、ダメだ」
「そんな苦しいこと、ないよ」
「苦しいとも、言いたくない。…でも、あの日は俺しかいなかった。だから、精一杯やったし、それに後悔はしてない。
ただ、大切なものを守れる強さが欲しいって、少しずつ考えるようにはなった。
いつの間にか、好きだっただけの魔法も、そういう目的になってたんだと思う」
「…その、昔は違ったの?」
「何が?」
「魔法、やってた理由」
「ただ、好きだった。それだけだ」
「…私は、お母さんみたいになりたくて、魔法を始めたの。フェド君って、その辺りの理由言ってくれたことないよね」
「魔法が好き。ただ、それだけだ」
「じゃあ、好きになるきっかけを教えて欲しいな」
「…ロアの、炎魔法だ。炸裂弾の、元ネタだ」
いつのまにか、俺の、と言えなくなっていた。…いつからだろうか。
「あいつの炎魔法は、炸裂弾がデフォルトなんだ。作るんじゃなくて、勝手に出来上がる。それが、あいつの炎魔法の特徴だ。
…バカだったんだ、本当に。俺も、あれを使いたいって思ってしまったんだ」
勉強でもそうだった。誰かに説明すると、口に出すと、自分自身も理解を深められる。
…だから、気づいてしまった。いや、違う。とっくに気づいていた。ただ、気づかないふりをしていたんだ。魔法や剣の訓練で、現実から逃げていた。
そうだ、とっくに証明されてたじゃないか。
俺に、魔法の才能はない。
「…そうだよ、魔法にこだわる必要性は、もとよりなかった。
片腕なのはちょっとしんどいけど、剣をしっかり始めよう。始めてから半年ちょっとだけど、結構良い感じになってきたんだ。…少なくとも、魔法より可能性はある。
うん、ティナのおかげで、踏ん切りがついたよ。ありがとう」
「なに、言ってるの」
「いや、確かに今更ではあるがな。ただ、こっちの方が合理的だって、気づけたんだ」
「魔法、嫌いになったわけじゃないでしょ」
「…そうだな。それがどうかしたか?」
「じゃあ、辞める理由なんてない」
「いや、趣味では続けるさ。学院は辞めるが、好きではあるからな。
大丈夫、魔法を捨てることなんてできない」
「…ねぇ、トーナちゃんの自己紹介、覚えてる?」
「あー、覚えてる。…正直、あれは驚いたな」
「諦めるって、そんな簡単じゃないんだよ」
嫌に響く言葉。…諦めた後の日々を、想像した。あの音と、熱風と、光が、俺を苦しめ続ける想像。
もう、楽になんてなれないだろ? そう、誰かに問いかけられた気がした。
とっくの前に、逃げ道は消えていた。
「じゃあ、どうしろってん、だ」
目頭が、顔が、熱くなっていく。いつのまにか力が入っていた握り拳を、ティナが両手で丸め込む。
優しい目。それが、とても怖かった。俺の何を見て、そうしようと思った。
哀れにでも、思ったのか。こんなどうしようもない話で。
「悪い、情けないところ、見せた。ほんとに、もう、大丈夫だから」
「本当に大丈夫なら、私の目をちゃんと見て」
「それは、嫌、です」
「じゃあ、このままでいさせて」
目線が突き刺さっているのか、すごく居心地が悪い。…無理やりにでも振り切って逃げる? いや、怪我させちゃう可能性もあるな。
それ以上に、体に力が入らない。
「辛いこと、全部吐き出して良いんだよ。…しんどい時は、しんどいで、良いんだよ」
「…辛いんだよ。もう、しんどいんだよ、魔法が。…なんで、なんで、風だったんだよ! 炎が良かった! いや、水でも、土でも良い! なんで、よりによって!」
「全部、言おう。頭の中でごちゃごちゃしてるもの」
やめてくれ、これだけは、絶対言いたくない。
「…ティナの魔法が、ずっと羨ましかった! トーナの技術が、ずっと羨ましかった! ロアの、ロアの魔法が、俺のものであって欲しかった! なんで、俺じゃなかったんだ!」
…なんで、そんな惨めになれる。
「あんなに、頑張って作ったのに! 爆発魔術と比べたら、風の炸裂弾は役立たずで! 俺は、なんのために!」
「あー、ごめん、聞いちゃったや」
屋上の扉が開いた。言葉と共に、トーナ。
「…あたしたちは2人をつけてきただけ。だから、ティナに文句は言わないで」
もう1人は、ロア。
「な、なんで」
なんで、よりによって2人が。いつからいた、聞かれたのか。通りかかっただけって可能性はないか。
暗い感情でごちゃ混ぜなトーナの顔を見て、本気でそう思えるならおめでたすぎるな、俺。…少なくとも、一番聞かれたくないことは筒抜けだったのだろう。
「全部聞こえてたわけじゃないけどさ、扉越しだったし。でも、どうしても、ちゃんと聞きたいことがあって」
そう言いながら、トーナはゆっくりとこちらに近づいてくる。俺の手を押さえるように包んでいた、ティナの両手が緩んでいた。だから、それを軽く振り払う。
立ち上がって、そちらの方を見ようとした。
「なんで、炸裂弾のこと、悪く言ったの」
「…役立たずなのは、事実だろ」
俺の目線は、下に落ちた。その顔が悲しそうに見えてしまい、胸が苦しくなったから。
「お前も俺も、入れ替え試験のメイン火力は爆発魔術になった。炸裂弾から、乗り換えて」
「それは、そうだね。…でも、許さない」
すぐ近くまで来ていたトーナが俺の胸ぐらを強く掴む。
「トーナちゃん! 待って!」
「ティナは黙ってて!」
「でも!」
「…風魔法じゃないやつは、黙っててよ」
凄むトーナに、ティナは何も言えなくなった。
「確かに、炸裂弾を開発したのはフェドだけどさ。私だって、作ったんだ。ただマネするのは嫌だったから、可能な限り情報は遮断して。
そりゃ、炎と比べたら弱いよ? でも、私にとって、大切な技なの。だから、たとえ、フェドでも!」
…近距離戦は、相手の動きを見ることが重要だと、ガレスさんは言っていた。だから、分かってしまった。
それは、拳を振るおうとした動きだった。
彼女が片腕でなければ、キレイな一発をもらっていただろう。
「…ト、トーナちゃん! 離して、私が、私が全部言わせたの!」
ティナの声が聞こえた。焦り一色の声が、熱を一気に冷ました。
「全部って…。…あー、なんか色々納得したよ。ごめん、ティナ。私、勢いで酷いこと言った」
「私は、…その、気にしないで」
「ほんと、ごめん」
ため息をついてこちらを見たトーナは、複雑そうな顔だった。
「…あー、フェドも、その、ごめん。そっちにも、色々あったんだって、すっかり抜けてた」
「…俺の方こそ、ごめん、トーナ。俺の技じゃないって、知ってたのに。なんで、こき下ろすようなことを、言ったんだろう。
違う、そうじゃないな。ごめん、お前にとって、大事な技を侮辱した」
「フェドの技でもあるでしょ。…というか、経緯から考えたら、フェドの技って言っても許されるでしょ」
「…どうだか。少なくとも、俺にはそう思えない」
「強情なやつ」
「…ごめん」
わめいて、なげいて。優しくされて、怒られて。…でも、奥深くで誰かが叫んでる。
魔法を練習する価値が、お前にあるとでも言うのか。
「もう、全部、吐き出した。これ以上はない。…今後については、ちょっとしばらく考える。だから、1人にして欲しい」
もう、今日は訓練する気は湧かなかった。とても、眠い。




