055 追跡
水に濡れたローブは少し扱い辛かったが、何とか着地に成功した。受け身はとったが、全身が痛い。
でも、治療魔術で魔素を消費しなくて良いのはとても助かる。
ありがとう。それ以外は失礼なのかも知れない。無事でいてほしいなんて、心から信じられてもいないくせに。それでも、祈ってしまう。
追っ手が来るかも知れない。多少危険でも、森に入って撒かなければ。
「おい、脱出したやつはほったらかしでいいのか?」
「あー、正直今回の連中しぶとすぎるのよね。ちょっと手が空けられない。
1人追っかけて行っちゃったし、そいつが捕まえたら私たちの手柄。逃したなら、そいつは仕事を放棄したってことにしましょう。
それならどっちみち私たちの報酬は減らない」
「いぃったぁ!」
疲労で立ち止まり、左手を木についていた。
そんな時、左の二の腕が熱くなる。傷口から血が滴り落ちる。思考より先に、矢を引き抜いた。血の勢いは変わらない、血管とかは割と無事だった、ということだろうか。
毒とかあったら嫌だと、とっさに抜いてしまった。でも、そういうのって大抵抜いてからじゃ遅いよなぁ。血を止めるためにも、刺しっぱなしの方が良いというし、ちょっと後悔。
刺さっていた状態から、位置を何となく推定して振り返る。それでも見つからない。…見つかっちゃダメなタイプの、近距離戦が苦手な魔族。と、仮定しよう。どのみち、撒くのが最優先なのには変わりないけど。
…治療魔術は魔素の消費が多いから使えない、そもそも魔物から国を守るために戦ってたんだ。もう魔素がそんなに残ってない。
何より追っ手をどうにかするには魔法が必要不可欠。だから、治療は後回し。
指先から少しずつ感覚が薄れていく、その恐怖を多分一生忘れられないだろう。
空が暗くなって来た。結局、あの後も数回矢が飛んで来たが、命中せずに終わっている。
1発1発が体スレスレで、狙ってやってるならかなりの腕前なのは確実。
洞穴を見つけた。…ここで、休憩しよう。しばらく矢は飛んで来てないし、撒いたと考えて、まずは休む。それで、間違っていないはずだ。
俺の魔法は、洞窟のあたりを指した。…休憩かな? だいぶ肉体的にも精神的にも参っているはず。攻めるなら、今だろうな。
囲いからの脱出なんて想定外だったもので、武器は弓だけ。もとより、俺はこけおどし要員で作戦に加えられていた。環境の変化によって脳を混乱させる。そのためには大きな戦力差があると思わせることも重要とのこと。
要するに、カカシだ。その分、報酬は少なめだった。…だけど、今日、あの子どもを捕まえられたなら。数十年は食い扶持にも困らない。仕事に関しては、適当にトンズラこく。そうすれば、こいつの受け渡しをしなくて良い。
遠目から見る。寝ているな、突入タイミングとしては完璧みたいだ。
…しかし、どうやって捕らえよう。魔法使いだし、鎖で繋いでも逃げられる可能性あるよな。そもそも、どうやって連れ帰る。
まいったな、庶民にはどうやれば良いか分からない。
「ここで、四肢を切り取るってのは。どうか」
近づきながら、つい口からそう漏らす。ちょっぴりとよぎった罪悪感を掻き消すのが、本来の目的だった。
息を呑む、そんな動作が見えた。それとほぼ同時に、起き上がって突っ込んでくる。
風の刃か、なら近距離は不味い!
「けっ、起きてやがったか」
悪態をつきながら、弓を構えつつ下がる。相手に近寄られないようにさえすれば良い。膠着戦は体力勝負だ。つまり、こちらに分がある。
だが、距離を取った時点で、すでに決着はついていた。
「う…ん」
傷口に縛ったローブがほんの少し乾いていた。どうやら、気を失っていたらしい。ちょっと魔素を使いすぎた。
吹っ飛ばされて、打ちどころが悪かったのかな。倒れた追っ手は、ぴくりとも動かない。炸裂弾は、ちゃんと当たってくれたらしい。
時間は経ってしまったが、これでも捕まってないなら、こいつ以外追っ手がいないと思った方が良いだろう。
寝ていたら、寝れていたら、私はどうなっていた。生捕りにされて、魔素を搾取され続け、どんな扱いをされる。
冴えていく頭が、恐怖で支配されていく感覚。それでも、声は出したくなくて、両手で押さえ込む。いや、結果的に片手だった。
左腕から感覚が消えていたのに、ようやく気がついた。
そういえば、大陸って言ってたな。地図から察するに、海を通るのは確定。
一体どれだけかかる。そもそも、魔物が一体もいない。水は魔術でどうにでもなるが、食料はどうする。
「助けてよ…ロア。…怖いよ…ティナ。迎えに来てよぉ…! フェド!」
止まらない。それでも、響く声以外、何も返ってこない。




