054 帰還者
「久しぶり! ロア! ティナ! フェド!」
ベッドに腰掛けて、右手をブンブンと振り回し、輝く笑顔。少しずつ薄れていた記憶と、完璧に合致した。
「トーナちゃん! トーナちゃん! ずっと、ずっと心配で、もう、一生、会えないって…!」
「よしよし。大丈夫、私はここにいるよ」
ずっとそちらの方をただ眺めていた俺に、彼女は話しかける。
「フェドも、ひどいクマだねぇ。訓練のしすぎかな?」
「…むしろ、そっちが元気すぎるんだよ。ほんとうに」
「無事で良かった」
「この状況を徹頭徹尾無事と言って良いのか、何というか…。まぁ、何はともあれ国には戻って来れたよ!」
「ごめん。皮肉のつもりではなかった」
「分かってるよ。さてはなんかあったなぁロア。変に神経質になりすぎると疲れるよ! 楽に行こう!」
「…誰のせいだと」
「…あちゃー私が原因でしたか」
そういう風に軽く話して、時間が来た。今まで例のない帰還に、国としても情報を取らないわけには行かないのだろう。
それでも、少しだけ時間を作ってくれた。トーナの要求を通してくれたらしい。
「…ここ、どこ」
黒い煙がずっと漂っているような、濁った景色。水の国ではないだろうなと、それだけで確信できた。
「魔族の大陸へようこそ! 魔素いっぱい持ってる人は大歓迎! ああ、安心して良いよ、ちゃんと殺さないように、生かしてあげるから!」
高らかに、悪趣味に笑ったそいつの言葉の意味を測りかねる。ただ、碌でもない状況なのは確かだ。
落とし穴…というより、塀で囲われた空間かな。学院の体育館と同じぐらいの広さ。囲いの材質はかなり硬そうだ。少なくとも、私には突破できないだろう。
周囲には結構な数の人間がいる。配置から察するに、私とその周りにいた魔法使いたちが、そのまま丸ごと連れて来られたような感じだ。
ティナは、いない。
「…1人目」
魔族に触れられた魔法使いは、力が抜けたように倒れ込む。
「奴の手…。…いや、他の魔族にも触れられるな! わざわざ囲いの中にいるということは、殺さずに制圧できる能力があるということ、警戒しろ!」
軍の魔法使いがそう叫ぶ。
囲いの中にいる魔族は10人ちょっと。そして、塀の上に立っているのが20人ちょっと。
魔法使いの1人が、迫り上がる土の上に立っている。おそらく、土魔法で無理やり高さを稼ぎ囲いを出るのが目標。
ただ、途中で急に魔法が止まった。
「はぁい、私の魔法で止めてるよー。捕まえるなら今だよー」
「もうちょい早く止めてくれよ。誰があそこからあいつを下ろす」
「あー。確かにー」
嫌に軽い空気、手慣れていると確信した。…情報が次々と入って来て、しかも信用できないものも多い。
でも、逃げないといけない。それだけで十分と思えた。
私が囲いを飛び越えるには、道具がいる。倒れ込んだ、最初の犠牲者。サイズは足りてないだろうが、彼のローブで何とかするしかない。
無理やり脱がせる。…なんか、いけないことをしてる気分だ。
「うん? そこのお嬢さん、何をしてるのかなぁ?」
私の行動を察知してか、地上の魔族が近づいてくる。
熱風が、私の横を通った。魔族に向かって、熱を伴った赤い光線。
「行け!」
「ありがとう!」
両手でローブを広げて、空へ掲げる。下から強く風を吹かせた、風魔法式の即席気球。無理やり上に飛び上がって、まだまだ上昇。
「はいはい逃さないよー」
急に魔法が使えなくなった。風の流れはまだ残っていて、塀の高さはギリギリ越えられた。でも、塀を越えるための横風が出せない。宙に留まれるわけもなく、ゆっくりと落ちていく。
魔族側は、そんな私を放っておく判断。戦闘中にそこまで気を回す余裕もないようだ。
「構えろ! 嬢ちゃん!」
何かが、斜め下から私を押し上げた。一瞬魔族からの攻撃と勘違いしたが、それは水魔法。水の大砲が、私の塀越えを助けてくれた。




