124.5 元恋敵
寮から近いこともあって、その店に最近通い始めた。
肉まん、カレーまん。ホットスナックはせっかくなら出来立ての方がいい。
だから、夕方ごろ。客の数が多い時間は、案外悪くないと思う。
通行人を眺めながら、いただく。感情が戻ってくるまでの間に、癖になった行動だ。
その人がどんな今日を過ごしたのか、表情や歩き姿だけで推測して、その理由を後からくっつける。
そんなことをしていると、帽子を深く被った人と目が合ったような気がした。あたしからだと、その顔はよく見えない。
だけど、すごく動揺したのはわかった。わたわたとしたあと、路地の方に飛び込んでいく。
…流石に、気になる。追いかける理由としては十分なはずだ。
「…こいつ、結構なお嬢様だな」
「分かるんすか? 兄貴」
「そりゃあちょうど良いじゃないですか。おい、嬢ちゃん、痛い目に会いたくなきゃあ、金をよこしな」
「あ、あの。こういうことは、いけないと思いますわ…」
ここまで典型的な悪人も、なかなか珍しい。壁際に追い込み、数人で帽子を深く被った女の人を囲み、恫喝している。
「衛兵さん! こっちです! 早く!」
まさか、実際に言える機会が来るとはね。漫画知識も結構役に立つ。
逃げていったそいつらを追いかけるのは、得策ではないと思った。
だから、地面にへたり込んだ彼女に、手を差し伸べる。
「ありがとう、ございました! あなたのおかげで、助かりました…わ?」
「…えと、その。どうも」
ようやく、顔が見えた。…あの日、フェドと一緒にいた女だった。
…ただただ、気まずい。
お互いにお互いの情報を知らないだろうに、恋敵だった一瞬があることは、なんとなく理解できてしまったから。
熱いとも言わずに、お互いに肉まんを頬張る。そんな調子で、半分は食べ進めてしまった。
「その、自己紹介も、まだでしたわね。私は、アレツ・ソーフルトです」
「ロア・アルネスです。フェドとは、立場だけなら義理の姉ってことになります。…その、最近、彼と恋仲になりました」
牽制みたいなことをしてしまった。別に、そんなつもりで話しかけたわけでも、一緒にいるわけでもないはずなのに。
「そう、ですわよね。…いえ、あなたの口から直接聞けて、よかったです」
その言葉の意味を計りかねてしまう。…綺麗な人だ、大人っぽくて。
「…その、まじまじと見られると照れちゃいますわ」
それに、可愛さが乗っかっている。
「あっ、えと、すみません」
また、無言。お互いに肉まんは食べ切ってしまった。…居心地が悪い以上に、喉が渇いた。
それでも、立ち去りづらい感覚が上回る。こういう時は、情動が薄い方がやりやすかった。
「あの、もう、単刀直入に伺いますわ!」
「は、はい!」
「フェドさんと、どういうふうに! あなたは過ごして来ましたの?!」
「その、すみません、要領を得なくて。あたしにとってあいつは、幼馴染で、面白いやつで、弟子みたいなやつで、騎士で。…大切な人、なんです。
あたしみたいなやつには勿体無いくらいの、良いやつなんです」
「…ずるい話、ですわね。納得したかったのに、受け入れたかったのに」
頭を押さえるような動作。無意識なのか疑わしいぐらい、気品があった。
「割り込める隙は、もとよりなかった。
…苦しい、ですわね」
…あたしが、アレツさんの立場なら、同じことを言えただろうか。
絶対に、無理だ。
これは諦めが悪い、みたいな格好いい話じゃない。この人を恨んで、自分を憎んで、空に問い続けるだろう。
なぜ、あたしではないのかと。
「…その、ロアさん。
フェドさんが、今の彼になったのは、あなたとの日々によるものなのでしょう。
そういう意味でなら、私は納得できています。…だから、そんなに苦しそうな表情を、しないでほしいですわ」
「厳しいことを、言いますね」
「あっ、その。皮肉のつもりでは、なくて…」
「…すみません、すごく嫌なことを言っちゃいました」
俯いて、悲しそうな表情。きっと、あたしにはわからないだけで、それ以外にもたくさんの何かがあると思う。
あたしは椅子から立ち上がった。
「お詫びに、飲み物奢らせてください。…あと、もし、嫌じゃなかったなら。漫画の話を、しませんか?」




