117 先制
魔猪を何匹か倒しながら、俺たちは森へ向かって進んでいた。
ロアたちの炎が届く距離まで近づけば、遠距離から森を燃やせる。
そうすれば、魔族の潜伏先も、魔物の集め先もなくなる。
この隊列に会話はなかった。森が近いので、いつ魔族が仕掛けてくるかわからない。そもそも魔物が襲ってくる。だから、緊張感が抜けない。
草を分けて進む音が、おそらく人数分。嫌な汗が、体から流れている。
『お前は誰だ』
突如、そんな声がどこからか聞こえてきた。音の発生源が掴めない。最初はそう思ったが、何かがおかしい。
『いったい何をしている』
左耳だけを塞ぎつつ、他の兵たちを見る。辺りを見回す奴が多い。何かしらの声が全員に聞こえていることは予想がついた。
『お前は誰だ』
確かに、塞いでいる左耳からもその声が聞こえた。鼓膜に直接音が届いているのか、耳を介さないものなのか。
いや、それは後回しにするべきだな。
『いったい何をしている』
セリフはこの2種なのか? どんな効果がある。
晴天の下、遠くまで通っていた視界が白く霞み始めた。霧が遠くを隠すように発生する。
作戦では、合図なしで吹き飛ばせ。だから、魔素を腕に溜める。
「待て!」
なんだ、何かまずいのか?
少なくとも、隊長の声ではない。だが、音の発生源が後ろなのは分かった。
反射的に後ろを振り向いたが、視界が通らず誰の声だったかわからない。
…いや、なんか距離が遠かったような気がする。
『お前は誰だ』
次は、心音が大きく聞こえてきた。ロアや兵たちのも含めて。
話し声を少し小さくしたぐらいの音量だろうか。
これは、魔法の効果か?
畳み掛けるように、森の方から草をかき分ける音。何かが、この陣形に特攻してきている。
「ち、違う! 風! 晴らせ!」
また、後ろから声が聞こえた。さっきより、かなり近く聞こえた。
遅れて、風の音。それが霧を晴らした。
俺の魔法ではなく、ロアの風魔術。
…ああ、さっきの待ても、魔族の魔法だったのか。
『いったい何をしている』
そこに立っていたのは、上半身裸の大柄な男。いや、大柄では足りない。二メートルはゆうに超え、身体には分厚い筋肉がついている。
武器を持たない、魔族だった。
拳は、隊長の鎧に当たっていた。何かの破裂音が、心音を超えて響く。
地に倒れた隊長の鎧から、血が流れ出している。
鎧は、傷1つ付いてないように見えた。
こいつが、話に出ていた鎧対策の役だな。
『お前は誰だ』
…地味に鬱陶しいな、こいつ。




