#9 事件解決
「――さて、バルドさん。あなたが本当に無実だとして、そのアイゼンガルドの商人から買ったという証拠品を見せてもらえますか」
中央異世界管理局の相談ブース。 蓮は腕を組み、目の前に座るドワーフの職人を見据えた。
バルドはごくりと喉を鳴らし、ボロボロの革製ポーチから一枚の羊皮紙と、小さな魔導領収書を取り出した。 「これだ……! アイゼンガルドの首都にある老舗の鉱石商会、ガンダルブ商会の店舗で、公印が押された売買契約書だよ。代金は全額、俺がギルドの口座に振り込んだんだ」
リリアがその羊皮紙を受け取り、端末の魔導スキャナーに通して解析にかける。 「魔導印の署名は本物ですね……。アイゼンガルドの正規登録ギルドのものに間違いありません」
「ほう、書類自体は本物のギルドのものか」蓮は顎に手を当てた。「だが、先ほど税関のデータで引っかかったのは、その鉱石の管理番号が国家の輸出データに登録されていなかった点だ。つまり、書類は本物でも、取引されたモノ自体がすり替えられた可能性が高い」
「すり替えられた……だと!?」バルドが目を見開く。
「あぁ。例えば、ガンダルブ商会の店舗に見せかけて、裏で非合法のブローカーグループが暗躍している場合によく使われる手口だ。あるいは、店舗の人間が何者かに買収されているか、だ」
「サンストーンの出所はわかるか?」
「アイゼンガルド商会の採掘区では商会が鉱石をどこの採掘区から持ってきたかわかるように区ごとに違ったコーティング液を使ってるんだ...だが、コーティング液がついているなんてヘマはしないだろう...」
リリアがスキャナーの画面を指さしながら声を上げた。 「あ! 蓮さん、鉱石からはなんの反応は出ませんでしたが、この領収書の裏面に、微かにアイゼンガルド旧第4採掘区で使われていた特殊なコーティング液の魔力反応が残留しています!」
「旧第4採掘区……?」蓮の目が鋭く光った。「そこは確か、5年前に資源枯渇で閉鎖されたはずの区域だな。なぜそんな場所のオイルが、今回の新品のサンストーンから検出されるんだ?」
「つまり……!」バルドがガタッと椅子から立ち上がった。「俺が買ったのは表向きの安全なサンストーンじゃなくて、その廃坑から非合法に掘り出された、サンストーンだったってことか!?」
「そういうことになりますね」蓮は冷静にうなずいた。「つまりあなたは、知らず知らずのうちにアイゼンガルドの裏社会が仕組んだ密輸ロンダリングのダミーに使われたわけだ」
「ふざけやがって……! 俺が大金をはたいて買った物を...!」バルドが大きな拳をドスンと机に叩きつけた。
蓮は立ち上がり、コートの襟を正した。
「怒るのも無理はありませんが、ここで暴れても状況は良くなりません。幸い、CITAの法務特権を使えば、あなたが被害者であるという立証の猶予をあと数日間だけ引き出すことができます」
「ほん本当か……!? じゃあ、俺の容疑は晴らせるのか!?」
「ええ。ただし、そのためには――」蓮はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。「そのガンダルブ商会の裏にいるブローカーを、僕たち自身の足で炙り出さないといけません」
「――よし、作戦の概要を説明します」
中央異世界管理局の相談ブース。 蓮はホワイトボードにいくつかの相関図を書き殴り、バルドとリリアに向かってビシッと指を突き出した。
「今回の事件の核心は、アイゼンガルドの老舗ギルドガンダルブ商会の看板を悪用し、閉鎖された旧第4採掘区の非合法サンストーンを市場に流通させている闇ブローカーの存在です。彼らは表向きの正規店舗で代金を受け取り、裏で粗悪あるいは無許可の鉱石をすり替えて密輸ロンダリングを行っている」
「なるほど……!」リリアがメモを取りながら頷く。「つまり、私たちでそのガンダルブ商会の店舗に乗り込んで、裏取引の証拠を直接掴めばいいんですね!」
「いや、正面から乗り込んでもそんな客は知らんと逃げられるのがオチです」 蓮はニヤリと冷徹な笑みを浮かべた。
「だからこそ、罠を仕掛けます。バルドさん、あなたにはもう一度ガンダルブ商会の担当者に連絡を入れてもらう」
「お、俺が連絡を……? 何て言うんだ?」
「購入したサンストーンに不備が見つかった。追加でさらに大口の特級鉱石を買い付けたいので、今夜、指定場所で直接取引したいとね。相手は、カモが自分から大金を抱えてやって来ると勘違いして、尻尾を出して裏取引の現場に現れるはずです」
バルドはごくりと唾を飲み込み、それから頼もしく胸を叩いた。 「おう、分かったぜ! 俺のせいでかけられた密輸の濡れ衣を晴らすためだ、そのヤマ師どもをっ面を引っ叩いてやる!」
その日の夜、22:00。 秋葉原の裏手にある、かつて異世界との物資搬入に使われていた巨大な高架下のコンテナヤード。
街の喧騒が遠ざかり、ひっそりと静まり返ったその場所に、黒いコートを羽織った男が一人、怪しげなアタッシュケースを提げて現れた。 顔をフードですっぽりと隠しているが、その尖った耳の形状から、人間ではなくドワーフか、あるいは別の亜人種であることが窺える。
「……待たせたな、バルド。大口の買い付けというのは本当か?」
物陰から、バルドがゆっくりと姿を現した。 「ああ、本当だ……! お前らが売りつけたあの鉱石、税関で散々な目にあっちまったんだぞ! どう落とし前をつけてくれるんだ!」
フードの男は不気味にククッと笑った。 「フッ、税関風情に引っかかったお前が間抜けなだけだ。だが、金さえ払うなら、次の鉱石を売ってやってもいい……」
男がアタッシュケースを開けようとしたその瞬間――!
「そこまでだ!!」
闇夜を切り裂くような鋭い声とともに、コンテナの陰から一斉にサーチライトが点灯した。
「CITA 所属相模原蓮だ! さらに警視庁異対課およびCITA保安部も包囲している! 違法魔導資源の密売および国際経済犯罪の現行犯で身柄を拘束する!」
「なっ……! 嵌めたな……!」
フードの男が慌てて逃げ出そうとしたが、すでに退路は完全に塞がれていた。 すかさずリリアが魔力拘束ロープを投げ放ち、鮮やかな手際で男の腕を絡め取る。さらに、隠れていたバルドがドスッと重低音の足音を鳴らしながら目の前に立ち塞がった。
「逃がさねえよ、この詐欺師が……! 俺の顔に泥を塗りやがったツケ、たっぷり払ってもらうからな!」
こうして、アイゼンガルドの裏社会を揺るがす密輸ブローカーは、蓮たちの見事な連携プレーによって一網打尽にされたのであった。
翌日。CITAの窓口。
「――というわけで、ブローカーの自供と裏帳簿の押収により、バルドさんにかけられていた密輸容疑は完全に晴れました。正式に無実の証明書が発行されます」
蓮が爽やかな笑顔で書類を差し出すと、バルドは感極まった表情でそれを両手で受け取った。
「相模原殿……! リリアさん! 本当にありがとう……! おかげで俺の職人としての誇りと、工房の未来が守られた……!」
「いえ、当然のことをしたまでです。……ただ、これでアイゼンガルドとの正規の貿易ルートの不備もクリアになったので、今後はちゃんと正規の通関手続きを通してくださいね」
「おう、肝に銘じるぜ!」
ドワーフのバルドが晴れやかな笑顔で管理局を去っていくのを見送り、蓮は椅子に深く腰掛けた。
「ふう……これで大型のトラブルは一件落着、だな」
「お疲れ様です、蓮さん!」と、リリアがスケジュール表をめくりながら声を弾ませる。 「これでいよいよ、1週間後のエルドリア王国への出張に集中できますね!」




