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#7 密輸容疑者


「――ちょっと待ってください、蓮さん!」

中央異世界管理局(CITA)の窓口に、リリアの澄んだ声が響き渡った。彼女は手元の端末画面からパッと顔を上げ、身を乗り出すように蓮を見つめた。

「ヴェーゼさんの会社の本国査問会への同行、私も補佐として連れて行ってください!」

「いや、リリア。君まで本国に行ったら、この窓口の業務が完全に回らなくなるんだが……」

「そこを何とかお願いします!」リリアは両手を合わせて切実に訴えた。 「ちょうど1ヶ月後、エルドリア本国では20年に一度の大規模な国家行事――星霜祭(せいそうさい)が開催されるんです! エルドリア全土からありとあらゆる種族が集まって、夜通し盛大な祭りが行われるんです。大接続のときからずっと、いつか里帰りついでにお祭りを見たいなって思ってたんですよ!」

「星霜祭……?」

隣で資料をまとめていたエルフのCEO・ヴェーゼが、ふっと優雅な笑みを浮かべた。

「ほう、リリア君。確かに我が国の王都で1ヶ月後に開催される星霜祭は、魔力の源泉が最も高まる神聖かつ盛大な祝祭だ。古い元老院の堅苦しい空気も、あの期間ばかりは緩む。査問会の空気を和らげる意味でも、彼女が同席するのは悪くない手かもしれないぞ」

「ですよね、ですよね!?」リリアは目を輝かせた。「お祭りだけじゃなくて、本国のエルフたちの伝統的な商習慣とか魔導技術の最新トレンドも、私の目で直接見て勉強してきますから! だから、私の出張手続も一緒に進めてください!」

蓮は呆れたように息を吐き、それから苦笑いを浮かべた。

「……まあ、君がいないと僕がヴェーゼさんの問題を正確に追いきれないってのも事実か。分かったよ。そこまで言うなら、リリアの出張申請書とビザの書類も一緒に作るとしよう」

「やったー! 蓮さん大好きです!」

「ただし」と蓮はピシリと人差し指を立てた。 「ただのお祭り気分で行くんじゃないからな。エルドリア本国の厳格な入国管理法、特にCITA職員としての身分証明、現地での行動予定表、そして商務補佐としてのレポート提出義務……これらをすべてクリアするのが条件だ。出発までの1ヶ月、通常の窓口業務の合間に地獄の事前研修をやってもらうからな」

「うっ……。急に現実的なスパルタ教育が始まった……」 リリアは一瞬青ざめたが、すぐに気を取り直して拳を握りしめた。

「でも、星霜祭の屋台で売られるエルドリア風ハニーロースト・ナッツや、夜空を舞う精霊の灯火をまた見られると思えば、研修の書類の山なんて乗り越えてみせます!」

「頼もしいねえ」ヴェーゼが満足そうに頷く。「では、我がアルカナ・ロジスティクスの財務顧問である相模原殿、そして優秀な補佐官リリア君。我が故郷エルドリアでの一大決戦と祝祭、よろしくお願いする」


「――よし、これでヴェーゼさんの法人税申告の修正と、リリアの本国一時帰国・星霜祭参加のための渡航申請は完了、っと」

中央異世界管理局の窓口。蓮はパソコンのエンターキーを力強く叩き、ホッと息をついた。

エルフの国エルドリアで開催される20年に一度の大祭星霜祭まで、あと1ヶ月。 エルドリア本国へは、ゲートを抜けてから王都まで馬車や魔導列車を乗り継いで1週間ほどかかるため、余裕を持たせて祭りの2週間前には日本を出発するスケジュールで旅程が組まれていた。

「ふあぁ……。なんとか書類上の準備は間に合いそうですね」 隣のデスクで、山のような参考書を積み上げていたリリアが、伸びをしながら目をこすった。 「出発まであと3週間かぁ。向こうに着いたら美味しい屋台料理を食べるんだって考えると、このスパルタ研修も乗り切れそうです!」

「気を抜くなよ。本国の査問会は遊びに行くわけじゃないんだからな」 蓮が苦笑いしたその時である。

カランコロン、と窓口のドアベルが鳴った。

そこに現れたのは、全身に煤(すす)と油をまとったガタイのいいドワーフの男だった。 無精髭を生やし、背中には異様に重そうな特大の鉄製トランクを背負っている。ただ、その表情は青ざめており、汗だくでハァハァと荒い息をついていた。

「す、すまねえ……! ここが異世界人のトラブルを受け付けてくれる窓口って聞いたんだが……!」

蓮は素早く立ち上がりカウンターへと歩み寄った。

「はい、CITAです。……落ち着いてお話しください。どのようなご相談でしょうか?」

ドワーフの男は周囲をキョロキョロと窺うと、背負っていた鉄製トランクをドスンとカウンターの上に下ろし、ガタガタ震える手でその蓋を少しだけ開けた。

中から漏れ出たのは、怪しくも眩い黄金色の光と、周囲の空気を歪ませるほどの強烈な魔力波形だった。

「俺はドワーフの鉱石職人のバルドだ……実は、俺が買ったはずのこの特級魔導鉱石・サンストーンの塊……本来なら厳重な国家管理と特殊輸入許可が必要な代物なんだが、知らぬ間に不法に持ち込まれたものだったらしくてよ……!」

「――なっ!?」

「おまけに、税関の魔力探知に引っかかって、俺に密輸の容疑がかけられちまったんだ! 身に覚えがねえのに、このまじゃあ明日にもCITAの保安部にしょっぴかれちまう!」

蓮とリリアは思わず絶句した。

「待ってくださいバルドさん。それ、一歩間違えたら異世界物品管理法違反および関税法違反で即座に逮捕されかねない重罪ですよ。……ちなみに、その鉱石の輸入元はどこなんですか? エルフの国エルドリアから?」

バルドは首を横に激しく振った。

「いや、違う! エルドリアじゃねえ、ドワーフの国アイゼンガルドから持ち込まれたものだ! 俺はただ、アイゼンガルドの正規商人から合法的に買い付けたはずだったんだが……!」

(アイゼンガルドからの密輸ルート……? エルフの国エルドリアへ行く直前のこのタイミングで、別の国の影が絡む厄介な事件が持ち上がったというのか!)

蓮は頭を抱えたい衝動に駆られながらも、プロの行政書士としてのスイッチをカチッと切り替えた。

「……リリア、CITA保安部への一時的な身柄拘束の猶予要請と、アイゼンガルド側の流通ルートの照会を頼む!」

「り、了解です!」


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