#5 エルフのCEO
カフェ・アルベルトの華やかなプレオープンから数週間。 秋葉原の商店街にすっかり馴染んだその店は、今や人間と異世界人の憩いの場として連日大盛況となっていた。看板猫のレグが首元の安全首輪を誇らしげに揺らしながら接客を手伝う姿も、すっかり街の名物風景となっている。
一方、その頃。 中央異世界管理局(CITA)の窓口。
「――はあ」
相模原 蓮は、またしてもデスクの上で深く長い溜息をついていた。彼の目の前に山積みになっているのは、パンケーキのレシピでもメニュー表でもない。 「決算書」と「確定申告関連書類」の束だった。
「蓮さん、そんなに青い顔をしてどうしたんですか?」
隣のデスクからハーフエルフのリリアが覗き込む。
「いや……ルクレシアさんのカフェが軌道に乗って大繁盛しているのは喜ばしいんだが、問題は『お金の管理』だ。彼女、オープンからの売上現金を全部レジスターの引き出しに入れっぱなしにしていて、帳簿の帳尻が一切合わないんだよ……」
「あー……。騎士様ですから、経済の仕組みや複式簿記が苦手何かもしれませんね」
「そうなんだよ。日本の税法や消費税の仕組みをイチから叩き込まないと、税務署の調査官がやってきたときに討伐されてしまう……」
蓮が頭を抱えていると、カランコロンとドアベルの音が窓口に響いた。
そこに立っていたのは、これまでの異世界人とは一味違う、洗練された雰囲気を纏ったエルフの男だった。 整えられた美しい銀髪に、オーダーメイドの高級スリーピーススーツ。足元までぴかぴかに磨き上げられた革靴を履き、手には高級そうなアタッシュケースを持っている。ただ、頭の上からはピンと長いエルフ耳が伸びており、辛うじて異世界人であることが分かる。
「失礼。ここが、異世界からの起業家に対する法務および行政支援を行う窓口と聞いてきたのだが」
低い、ただ深く響く美声が窓口に響く。
「はい、CITAのサポート窓口です。……お名前を伺っても?」
蓮が尋ねると、男はフッと優雅に微笑み、胸元から名刺を取り出して差し出した。
「私はエルドリア王国出身、現在は日本法人アルカナ・ロジスティクスの代表取締役を務めている、ヴェーゼ・フォン・シルフィードだ。……実は、我が社の日本国内における法人税の申告と魔導素材の輸入関税トラブルについて、お知恵を借りたいのだがね」
エルフのCEOからの予想外すぎるガチのビジネス相談に、蓮とリリアは思わず顔を見合わせるのだった。
「――法人税の申告に、魔導素材の輸入関税……ですか」
相模原 蓮は、エルフのCEO・ヴェーゼが差し出した名刺と、彼の会社が持ち込んだ分厚い財務資料のファイルに目を落とした。
エルフ特有の流麗な文字で書かれた数字の羅列。一見すると美しく整えられているが、蓮がそれをひと目見ただけで、顔の筋肉がピクリと引きつった。
「ヴェーゼさん。これ……エルドリア側の魔導鉱石の採掘コストと、日本国内での流通販売益が、完全に相殺処理されずに雑収入の勘定科目に全部まとめて放り込まれていますよ」
「む? 何か不都合なことでも? 利益が出ているのだから、国に収める税金もその分多く払えば文句なかろう?」
ヴェーゼは当然のように上品に微笑んだ。だが、その言葉に蓮とリリアは盛大に天を仰いだ。
「そういう問題じゃないんです!」リリアが思わず声を上げる。「日本の税法では、適正な経費計上と売上の区分けを行わないと、過剰に税金を払うことになって大損するか、あるいは逆に脱税の疑いをかけられて国税局の査察が飛んでくるかの二択なんですよ!」
「なんと……!? あの温和に見える日本の行政が、そこまで苛烈な牙を隠し持っているとは……!」
ヴェーゼの顔から先ほどの優雅な笑みが消え、冷や汗がツーと流れた。彼のようなエルフの高級官僚出身者であっても、日本の複雑怪奇な法人税法とインボイス制度、さらには異世界貿易特有の関税品目分類の前では無力らしい。
「大接続から20年、異世界の企業が日本でビジネスを展開するケースは増えていますが、大半がこの税務と会計の壁で足元をすくわれるんです」
蓮はデスクの引き出しから、新しい一冊の分厚いテキストを取り出した。今度は青色の表紙だ。
「――ようこそ、CITAへ。ヴェーゼさん、まずは法人成りと税務申告の基礎、そして消費税の課税・免税判定について、みっちり学んでもらいましょうか」
「ま、待ってくれ! 私は経営のプロであって、簿記の専門家ではない!」
「大丈夫です。ルクレシアさんだってたった一晩で食品衛生の魔導書を突破しました。エルフのCEOなら、複式簿記のマスターなんて朝飯前ですよね?」
蓮の爽やかな笑顔の裏に宿る容赦ないプレッシャーを感じ取り、ヴェーゼは青ざめながらアタッシュケースをギュッと抱きしめた。




