#3 挨拶回り
秋葉原のメインストリートから少し外れた、レトロな風情が残る「神田秋葉原中央通り商店街」。
ここは、最新のガジェットショップやアニメショップ、老舗の定食屋に混じって、異世界の露店や魔法道具店がひしめく活気あふれるエリアだ。店頭で串焼きを売るオークの威勢の良い声と、日本の伝統的な出汁の香りが心地よく混ざり合い、人間も異世界人も当たり前のように肩を並べて買い物や食事を楽しんでいる。
「いやあ、いつ来てもここは良い雰囲気ですね。大接続から20年、地球と異世界の共生が一番理想的な形で結実している場所ですよ」
書類カバンを抱えた相模原 蓮が、隣を歩くルクレシアに語りかけた。
ルクレシアは甲冑姿(CITAの魔力抑制タグ付き)に、胸元には小さくなったAランクモンスター・レグをすっぽりと抱いている。レグの首元には、昨日CITA研で発行された青く光る安全首輪がしっかり装着されていた。
「うむ……! 人間とアークレシアの民が、互いの文化を尊重し合い、笑顔で商いをしている。まさに私が目指す『カフェ・アルベルト』の理想郷のような街だな!」
「ルクレシアさん、理想に胸を膨らませるのも良いですが、今日のミッションを忘れないでくださいね。この通りでお店を開くための『近隣店舗への挨拶回り』と、レグちゃんの『危険生物特例・近隣同意書の回収』です」
「分かっている! 誠心誠意、私の想いを伝えてみせる!」
レグも「ニャー」と頼もしく鳴いた。
最初に訪問したのは、向かいで営業している創業50年の老舗和菓子屋『錦屋』。 暖簾をくぐると、白髪の小柄な店主・和夫と、看板娘として働くエルフの少女・フィオナが出迎えてくれた。
「いらっしゃい……おや、CITAの相模原さんじゃないか。今日はどうしたんだい?」
「和夫さん、こんにちは。実は向かいの空き店舗で、こちらのルクレシアさんが新しいカフェを開くことになりまして。今日はそのご挨拶と、少し特殊な手続きのお願いで伺いました」
「ほう、カフェかい! それは目細い(めでたい)ねえ!」
和夫が笑顔を見せる横で、ルクレシアは深々と頭を下げた。
「エルドリア王国元第3騎士団長のルクレシアと申します! この街の素晴らしい雰囲気に惹かれ、人間と異世界の民が憩えるカフェを開く決意をいたしました! 若輩者ですが、どうぞよろしくお願いいたします!」
「まあ、丁寧な騎士様ね。私はフィオナ。よろしくね、ルクレシアさん!」
エルフのフィオナが和菓子を包む手を止めて和やかに微笑む。
「それで……その『特殊な手続き』っていうのは?」和夫が尋ねた。
蓮が手際よく書類を取り出した。
「実は、ルクレシアさんが店舗の看板猫兼用心棒として引き取る予定のこの子……『レグ』ですが、元はエルドリアのAランクモンスター『フェリス・レグナ』なんです」
「「ええっ!?」」
和夫とフィオナの声が重なった。
「Aランクって……あの深遠の森の災害級モンスター!?」 「そんな恐ろしい魔獣を店に置くのかい!?」
一気に緊迫する空気。しかし、ルクレシアは慌てることなく、抱えていたレグを優しく和夫たちの前に見せた。
「ご安心ください! CITA研の厳重な審査を受け、この通り魔力抑制首輪を装着しております。普段はこうして小さな猫の姿で、性格も極めて穏やかです。何より……私の焼くパンケーキに胃袋を掴まれており、人を襲うことなど絶対にありません!」
「き、キュ〜ン……」
レグは空気を読んだのか、くりっくりっの瞳で和夫を見つめ、ゴロゴロと喉を鳴らしながら和夫の手元に頭をすりすりとおねだりするように寄せた。
「……あらまあ」フィオナが頬を緩める。「可愛い……全然怖くないじゃない」
「うーむ……」和夫はゴツゴツした手でレグの頭を撫でた。「まあ、CITAの相模原さんが保証してくれて、こんなに大人しいんなら文句はないよ。この通りはさ、お互いに助け合って商売するのがルールだからね。同意書だろ? 喜んでサインするよ」
「本当ですか! かたじけない……!」ルクレシアが感動で目を潤ませる。
「その代わり」と和夫がニヤリと笑った。「店がオープンしたら、うちの餡子を使った『和風パンケーキ』のコラボでもやろうじゃないか。異世界の甘味と日本の和菓子の合体だ!」
「なんと! 和菓子とのコラボ……! ぜひ、ぜひお願いしたい!」
その後も挨拶回りは順調に進んだ。
隣のドワーフが営む魔導具&ジャンクショップ『鉄槌堂』では、店主のグラムがレグの首輪の構造に興味津々で「この魔力抑制技術は素晴らしい! 同意書? おう、書いてやる! 代わりに店が空いたらビール飲ませろよ!」と快諾。
さらに斜め向かいのオーク族が営む串焼き露店『ガラクの店』では、店主のガラクが「騎士様のパンケーキ、楽しみにしてるぞ! 開店祝いに最高級の魔獣肉差し入れしてやるからな!」と豪快に笑って署名してくれた。
この商店街には、「地球人」も「異世界人」も関係なく、新しく入ってくる仲間を温かく迎え入れ、共に街を盛り上げようという気風が満ち溢れていた。
「……すごいな」
すべての店舗からの同意書をバインダーに収め、夕方の商店街のベンチに腰掛けたルクレシアが、しみじみと呟いた。
「私は最初、自分が異世界人であり、元騎士という堅苦しい身分だから、街の人々に受け入れられないのではないかと不安だった。だが……皆、なんと温かいのだ」
「ええ」蓮は缶コーヒーを飲みながら微笑んだ。「大接続からの20年間、この街の人たちが手探りで築いてきた成果ですよ。お互いの文化を面白がり、困った時は助け合う。ルクレシアさんが誠意を持って挨拶回りをしたからこそ、皆さん快く受け入れてくれたんです」
「相模原殿……ありがとう。君が日本のルールを正しく教えてくれたからこそ、私はこうして街の一員になれた」
ルクレシアは誇らしげに胸を張り、膝の上のレグを撫でた。
「さて! 地域の同意も得られた! 次はいよいよ、保健所の『食品衛生責任者』の最終確認と、店舗の改装工事だな!」
「その前に」と蓮はカバンから新たな書類を取り出した。
「近隣の『商店街振興組合』への加入手続きと、毎月第3日曜日に開催される『神田・異世界合同マルシェ』への出店エントリー用紙です。地域貢献もお店の大事な仕事ですからね」
「むっ……!? ま、まだ書くものがあるのか……!?」
「ふふ、ルクレシアさんファイトです!」 差し入れのたこ焼きを買ってきたリリアが笑う。
「ニャー!」とレグも応援するように鳴き声を上げた。
ルクレシアの試練はまだ続く




