#11 巨大ムカデ
背中に生えた黒い突起の感触を確かめるように、異形の幼虫は湿った腐葉土の上を這い進んでいた。エルドリア大森林の空を覆う大樹は、時間の経過とともにその位置をずらし、森の底に這う影をより深く、より歪なものへと変えていく。
視界に入るものはすべて糧であった。 グレイブアントとの死闘を経て一回り大きくなった躯体は、以前よりも強い飢えを欲していた。もはや最初のような小さな卵や、動かない死骸では、その肥大化した食欲を満たすことはできない。幼虫は、より多くの肉、より濃い血を求めて、朽ち果てた倒木のトンネルへと潜り込んでいった。
倒木の内部は、湿った木屑と無数の菌糸が織りなす微小な生態系で満ちていた。 そこに群がっていたのは、半透明の体躯を持つ「スカベンジャー・マゴット」の群れであった。数センチメンートほどのそれは、一匹一匹は弱弱しく、幼虫の敵ではない。しかし、十匹、二十匹と群れをなして這い回り、木屑を貪っている。
幼虫が近づくやいなや、腐食虫たちは一斉にその気配を察知し、うごめく波のように群がってきた。 しかし、幼虫のためらいはなかった。尖った口器を突き出し、最初の一匹の頭部を迷いなく噛み砕く。
プツリ、プチプチと、柔らかい組織が潰れる感触が連続して口内に伝わる。 酸性の消化液を吐き出しながら、幼虫は左右に頭部を振って次々と腐食虫をすり潰していく。青白い体液が木屑のなかに飛び散り、甘ったるい腐敗臭が狭いトンネル内に充満した。次から次へと口に放り込まれる肉の塊は、幼虫の消化器官で瞬時に分解され、幼虫の栄養へと変換されていく。
群れ全体を食い尽くすのに、そう時間はかからなかった。 すべての腐食虫を腹の底に収めたとき、幼虫の腹部はパンパンに膨れ上がり、先の尖った無数の腹脚が不気味なリズムで波打っていた。
突如、足元の腐葉土と大地が激しく揺れた。 地底の奥深くから、巨大な何かが這い上がってくるような、すさまじい地鳴りと気圧の変化が森を襲う。木々の梢がざわめき、微細な塵がパラパラと降り注いだ。
幼虫の本能が、かつてないほどの強烈な死の予感を告げた。 逃げようと身体を反転させたその瞬間、視界の天井を覆っていた朽ち木が、まるで紙屑のように爆ぜ散った。
――現れたのは、概念としての絶望そのものだった。
全長数十メートルに及ぶ、巨大な上位生物。千節の災厄とでも呼ぶべき、巨体を誇る巨大ムカデ(フンデル•バイン)であった。 その頭部には無数の禍々しい単眼が不気味に爛々と輝き、幾重にも重なる顎からは、地面を溶かすほどの強烈な酸性の涎が糸を引いて滴り落ちている。アークレシアの生態系の頂点に君臨する巨大捕食者にとって、現在の幼虫など、砂粒ほどの大きさの、モノにすぎなかった。
巨大ムカデが、轟音をたて巨大な躯体をうねらせた。 狙われたわけではない。ただ進路上に位置していたというだけの理由で、その無数の節足の一つが、強烈な威圧感とともに振り下ろされた。
回避行動をとる間すらなかった。 ズシン、と大地を砕く凄まじい衝撃とともに、巨大ムカデの脚が幼虫の躯体を直撃した。
「ギ、ガァッ……!」
音にならない絶叫が、幼虫の裂けた喉から漏れた。 一瞬にして、背中に生えたばかりの黒鋼の甲殻が粉々に砕け散り、紫黒色の体液が激しい噴水のようになって周囲の木々に飛び散る。重傷。全身の節が捻じ曲がり、内臓が圧迫されて口からドロドロの血の塊が逆流した。
砕けた外皮を引きずりながら、幼虫は泥の斜面へと身を投げ出した。 巨大ムカデは、足元で蠢いた微小な虫の生死など気にする素振りも見せず、そのまま地鳴りを轟かせながら地の奥へと潜っていった。その移動の余波だけで、周囲の木々は根元からなぎ倒され、大地には深々とした亀裂が刻まれた。
取り残されたのは、半身が潰れ、青黒い体液をダラダラと流す惨めな幼虫の残骸であった。




