第四章 夏期魔導実技集中補習② 唐揚げにまつわるエトセトラ
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オープニング曲『Pride yourself』
https://x.com/HanashioKikei/status/2107309872920604756?s=20
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「ただいまー。 …あ、そっか。かれんさんたち、今日遅い日だ」
甘々のスイーツと友達との楽しいおしゃべりをたっぷりと堪能してきた澪、帰宅。一方大樹は、といえば補習授業が終わると直行でバイト先へ。そもそも澪たちとスイーツを食べに行く時間が無かった、とも言える。
ところで…お察しの通りではあるが、大樹が澪の家で同居しているのは秘密である。というか澪から厳重に緘口令が敷かれた。とはいえ、そもそも澪は風紀の仕事で朝早く登校し、大樹は放課後即バイトの生活が常なので一緒に登下校するというタイミングが発生しない。白鷺家の敷地は玄関までが長く、敷地以内への入り口も防犯を兼ねて外からは分かりにくい構造となっている。敷地を出るのに歩いていたら、いつの間にか公道に出ていた、そんな感じだ。さらには大樹を常々注目しているような人もいないので、よほどのことがない限り大樹が白鷺家に住まうとは気付かないだろう。
さて、先ほどの唐揚げ談義のシーンには続きがある。本日の補習授業はお昼を挟む形だった。澪はいつも通り菫に詰めてもらった弁当で、大樹もまたいつも通り、どこかで買ってきた――――前日のバイトの帰りにコンビニで買ったのだが――――総菜パンが2つ、だった。よく見ている割にはあまり気に留めてなかった澪だったが、その唐揚げの話でこう思った。
(お弁当をつくらなきゃ)
菫に頼んでもう一つ詰めてもらって、という考えには、なぜか至らなかった。そしてなぜか決心が固い。
自室で着替えた後、キッチンへ。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ」
「あの、今日の晩ごはんは少なめでお願いします」
「そうですか… …ケーキは美味しかったですか?」
(ギクゥッ⁉ …なんでバレた、の?)
バレないと思っている方がおかしい。
「あは、あははは… いや、あのっ!」
それはあまりにも急で菫も意表を突かれドキッとした。
「明日のお弁当は私が作ります!」
「… … … ほう…」
菫の表情は複雑だった。まず8割は単純な驚き。残りの内1割は澪の心境の変化への驚き。もう1割は――――かつて澪は『やらかし』がある。中学生の頃、周りで自作弁当がプチブームになり、澪も挑んでは見たのだが――――卵サンドを作ろうと生卵をそのまま電子レンジへ――――初手で詰んだ。何しろ電子レンジを買い替えた。にもかかわらず挑戦しようという志しへの驚き。つまりすべて驚きなのだが。
本音を言えば、澪を文字通り「生まれたときから」知っている菫としてはこれでもかというほど甘やかしたい。かれんやひよりと同じ世代、もはや孫同然。しかし早逝した『奥方様』との「白鷺家子女として、女性として、何より人として立派に育て上げて欲しい」との約束がある。菫は心を鬼にして、きっちり躾をすると決心した。
だからこそ、部屋の片付けすら絶望的な澪がそんな殊勝なことを言い出したのに小躍りの一つもしたいほど嬉しい菫ではある。あるいは大樹と一緒に住まうようになった影響かもしれない。とはいえ、余計なことを言えばせっかくやる気になっている澪の機嫌を損ねかねない。菫は努めて冷静に振る舞う。
「それで、主菜は何になさいますか?」
「その、唐揚げを…作ろうかと…材料はあるのかしら?」
「モモ肉は常時在庫していますから問題ありません。味付けはいかがなさいましょう? 市販の唐揚げの素を使うのであればひよりを使いに出しますが」
「その、それが…『とある人』から聞いた話なんですけど」
そもそも「唐揚げの素」が売っていることすら知らなかった。とはいえ今回の目標は『大樹の唐揚げ』を作ることだ。澪は大樹から聞いたその特徴を熱心に伝え、菫は目を閉じ、黙ってそれを聞いていた。
「澪様。それはおそらく、唐揚げと言うよりもザンギではないかと」
「ザンギ?」
「北海道で唐揚げによく似た、というよりほぼ唐揚げなのですが、そういう料理がございます。『その方』は、もしかするとご出身が北海道なのかもしれませんね」
「へぇぇぇ」
こうして澪の「初めての唐揚げ」が始まった。
◆
冷蔵庫から取り出された鶏もも肉。これをパックから取り出すのだが…
(うへぇ…)
まずは難関。そのぶよっとした手触り、感触。
「ではそれを食べやすい大きさに切りましょう」
第2の難関。
「澪様。包丁はしっかり握りませんと」
「え? この柄のところを握るんじゃないの?」
「その握り方では力が入らずケガをします。もっと刃の近くを持ちませんと」
「それって手が切れませんか?」
「刃がないところなら切れません」
第3の難関。
(うひぃぃぃ)
鳥皮の鳥肌で文字通り鳥肌が立つ。ブツブツとした生々しさが澪の「キモイ心」を直撃する。恐る恐るどうにか切り分けることができた。
こんな調子で、普通なら何でもないことですら難関になる。だって澪だもの。
「ただいま戻りました。 …って澪様? こんなところで何を?」
かれんが「職場」へやってきた。いるはずのない者が調理場にいるのだ、そりゃ驚く。
「あのこれは」
「澪様は明日のお弁当の準備をなさっているところです」
澪の言葉は薫に遮られる。
「それでしたら、私、お手伝いしましょうか?」
「それなら」
「いいえ。澪様はすべてご自分でなさるとおっしゃっています。余計な手を出さないように」
再び遮られた。
「うぐぅ…ッ⁉」
お分かりだろうか? お分かりだろう。薫は先回りして澪の逃げ道を塞いでいるのだ。かれんやひよりではどうしても甘くなる。薫はそれを重々承知である。
澪の孤独な調理は続く。しょうがとにんにくを摺り下ろし、酒・みりん・醤油を混ぜ合わせたものに投入、鶏肉を漬け、揉みこみ、しばらく放置。もちろん、苦難の末に、だ。
次は言うまでもなく…漬け込んだ鶏肉に片栗粉をまぶし、油で揚げるのだが。
「ひぃぃぃぃっ⁉ 熱ッ! 熱ッ!」
跳ねる油が容赦なく澪を襲う。醤油とニンニクの香ばしい香りが漂っているのだが今の澪にはそれを堪能する余裕などない。だって澪だもの。
「…澪様。もう上げませんと」
「え? あ、はいっ!」
ちょっと焦げた。だって澪…なのだが、醤油が入っている以上、油から上げるタイミングは難しいのだ。
「ただいまー。うわーイイにおーい。うわーおいしそー。1個もらっていい?」
ひよりも到着。さっそくつまみ食いを…と手を伸ばしたところ
「なりません。それは澪様が明日のお弁当に入れる物ですから」
「そっかー、ざんねーん。あとで自分で作っちゃおっかな…」
「…え?」
ひよりも唐揚げくらいなら自分で作れる。しかしそれは澪にとって衝撃であった。
かくしてどうにか唐揚げはできあがった。これを冷まし、あとは明日弁当箱へ詰めるだけ。
調理済んで…
「ごめんなさい…服を汚してしまいました…」
澪の部屋着は片栗粉と醤油や油が跳ねた跡でまみれている。
「お召し物は洗えば済むことです。ですが澪様、ご自分の手をご覧ください」
「手…?」
服同様、片栗粉やら鳥の脂やらまみれだ。
「それは働いた者の手です。そうして作られたお弁当、きっとおいしくお召し上がりになられると思いますよ」
誰が召し上がるのか、を言わないところはさすが澪を知り尽くした菫。言えば意固地になることはよく分かっている。
「そう…だといいのですけど。あの、私、手を洗って着替えてきます。菫さん、ありがとうございました」
澪は礼をすると洗面所へ駆けて行った。
「…さて、次はお片付けもお手伝い願いましょうかね」
菫はキッチンに散らばった調理器具の惨状を見て小さくため息をつき、微かに口元に笑みを浮かべた。
◆
翌日。
今日もお昼を跨いでの補習授業。ただしそもそもは夏休み中な上、普段とは時間割が違うため、チャイムが鳴らない。実習だけということもあり、昼休みの時間も普段より長く取られている。昨日はその長さの感覚が分からなかった生徒たちだが、2日目ともなれば「それなら」と思う者も出てくる。いつもの教室から抜けて、外で食べよう、なんて者もいる。実技棟から戻ってきた2-Bの生徒たち、それぞれの仲良しグループごとで打ち合わせをしたのだろう、昼食を持って教室からゾロゾロと出ていく。その中で、例によって大樹は自分の机にかけたまま。さてパンでも食べるか、と、カレーパンとソーセージパンを取り出し、カレーパンからいざ開封、となったタイミングで。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってっ! ちょっと待って、神代君っ!」
と、駆け寄ってきた澪に止められた。
「あ? なんで?」
「あの、ね、その…あの」
「何? なんか用か? オレ、さっさと食って昼寝してぇんだけど」
と、いつも通りにつっけんどんに答える。
「あのあのあのあの…」
(何をここでためらってるの、私っ⁉)
謎の緊張から自分でもなぜためらうのか分からない。
(がんばれ、私っ!)
ドンッ
「神代君の分あるからっ! お弁当っ!」
大樹の机の上に青いタータンチェックの布で包まれた物体が置かれた。
「…え? オレの? なんで?」
「なんで、って、その、あの、ほ、ほら、育ち盛りの男の子が、毎日毎日そんなパン2個だけとかはダメでしょ、栄養とかそういうのとか。だから、ね? その、ね? 用意してきたのよ、私。つくったのよ、私」
「…へぇ…」
経緯がさっぱり分からない大樹は空気の抜けるような返事しかできない。これは責められないだろう。
「うはー! すげーじゃん、澪! お弁当作ってきたの?」
突然目の前から消えたかのような澪の一連の動きに取り残された紗々羅がやっと流れに追いついた。
「…う…うん…」
澪は真っ赤な顔で頷く。
「ほほぅ。それじゃ本日はひろっちも交えて一緒に食べましょうかねぇ」
紗々羅は空気が読める子。なので、これを冷やかすでなく、むしろサポートに回るのだ。
◆
机3つをくっつけて、その上には各々の弁当。
「ひろっち、早く開けてみてよ!」
紗々羅が急かしていざお弁当の御開封。
「おぉ…」
大樹は感嘆の声を最後に沈黙。
「…唐揚げじゃん…」
「…うん…」
「これ、澪が作ったの?」
「…うん…」
「これってばさ、昨日ひろっちが言ってたヤツ?」
「…うん…たぶん、そう… …なんか、あんまり見られると恥ずかしい…な…」
「へぇ…ねぇねぇひろっち。早く食べてみてよ! で、感想聞かせて? 澪様お手製のお弁当の味ってヤツを!」
「もう、紗々羅!」
紗々羅が勝手に盛り上がる中、大樹は無言で唐揚げを一つ箸で摘まむと、そのまま一口で丸ごと頬張った。その一連の動作を澪が紗々羅がジッと見守る。
「ど、どう…かしら…?」
あまりにも大樹が黙っているので澪はなんだか心配になってくる。うつむき加減の上目遣いで尋ねた。
ところが。
上目遣いの先にいる大樹は涙を流していた。
「…スゲェ…」
「え? あれっ? どどど、どうしたの?」
「これ…オフクロが作ったのと同じ味がする」
瞬く間に一口目を飲み込むともう2つ目に手を付けていた。それもモグモグとよく噛んで飲み込んだ。
「スゴイよお前」
大樹は涙を拭いもせず真っ直ぐ澪を見つめる。あの、普段は仏頂面で表情に変化の乏しい大樹が涙を流している上に笑顔だ。もちろんそんな表情、澪は初めて見た。
「あ…あの、その… …あり、がとう…ございます…」
それにどう応えていいのか澪には分からなかった。
「よかったねーっ! 澪!」
バンッ
「げほっ⁉」
紗々羅に背中を強か叩かれた澪。その紗々羅の目が少し潤んでいたいたことには気付かなかった。何しろ澪は今、自分の胸がじんと熱くなっているを感じ、それの正体が何なのかは分からないけども、しかしその熱さの心地よさに心を委ねていたから。
◆




