第四章 夏期魔導実技集中補習③ 2-Bの奇人たち-松本鈴音-
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オープニング曲『Pride yourself』
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補習授業3日目。
本日2-Bは午後番。よって昼過ぎの集合となった。
「今日は弁当ないんだな」
順番待ちする大樹、それは独り言だったのだが。
「あ… …食べたかった?」
案外と期待されていたのかな?と澪は大樹を見上げる。
「ん? あぁ、うーん、あるなら食べたいけど無いなら仕方ない、だろ」
「そっか。おうち帰ったら何か作ってあげようか?」
期待されるなら応えたいというのが澪心。
「あのさ、そういうのこういうとこで言うなよ。秘密にしとけって言ったの、お前だろ?」
「あ…そっか、ごめん…」
弁当を褒められたのがさぞかし嬉しかったのだろう、浮かれていたのは間違いない。
「お前忙しいからさ、別に無理する必要はねぇぞ」
「うん…そだね…」
その辺の距離を置こうと言い出したのは自分でもあるのだが、なんとなく突き放されたような気がしなくもない。とはいえ、(この不愛想な)大樹が喜ぶ顔を見たい、とも思う澪。矛盾する2つの気持ちの間で揺れながらも、生来のお節介魂は密かに後者を後押しするのであった。
本日の課題は命中精度。25m、50m、75mに置かれた同心円の標的(金属製)を撃ち抜く。円は外側から内側へ向かって得点が書かれているがそれぞれが「命中精度」として、さらに圧力感度計で得た数値が「威力」として記録される。要素は任意、土要素を得意とする者は不利となるが、他の要素でやってみろ、ということになっている。
さて今日も大樹と澪、二人そろって壁に貼り付いているのだが紗々羅がいない。彼女は現在「水仲間」と魔導談義中。今回の「お題」が命中精度ということで「ここは水属性の威厳を示さなくちゃ!」ということで作戦会議だそうだ。
その大樹、いつもなら退屈そうに試技を眺め…というよりほとんど眠っているのだが、今日は、昨日の澪の魔導、そして愛波の解説があったこともあって、少しは魔導に興味が出たか試技者一人一人を見ている。そして魔導にはその一人一人の個性が出るものだと気付く。今さらだが。
そんな発見の中。
(あんなヤツ、いたっけ…?)
レンジに立つ野元亞里亞の背中に小さな女の子が立っていた。肌が透き通るように白く、両腕両脚が針金かと思わんばかりに細い。制服を着てる以上、望陵の生徒であることは間違いないのだが。
(幽霊…じゃないよな…)
脚はある。二本とも。
「いいよ、鈴音ちゃん。整った」
鈴音と呼ばれた少女は頷くとそっと亞里亞の背中に右手を添えた。
「要素って炎でぇ。あの的の真ん中、狙っちゃう感じぃ? いくよ。ブチ抜けェッ!【メラメラムーチョ】!」
ターゲット向けて構えた亞里亞の魔導ステッキの先から、スパンッスパンッと気持ちいくらいに鋭い炎の弾が飛ぶ。25m、50m、75mと、次々に中心近くをきれいにヒット。
「イヤッホーゥ! スゴイよ鈴音ちゃん! 全弾命中だよ!」
嬉しそうに振り返る亞里亞に、鈴音も笑顔で返す――――しかし。
「 」
鈴音は何かを亞里亞に話しかけ、確かに口が動いてる。
「あ、そっか。当てること優先で【メラメラムーチョ】にしたけど、【ツンツクムーチョ】の方が良かった、って感じか」
「 」
だが大樹には、鈴音の声が、音が聞こえない。
「うほー⁉ そだねー! うーん鈴音ちゃん、ありがとー!」
とはいえ亞里亞との会話は成立しているのは間違いないのだ。
(…なんだ…今、何も聞えなかったよな? なんで野元はあんな返事ができんだ?)
腕組しながらそれを見ていた大樹、釈然としないので隣の澪に尋ねてみた。
「なぁ白鷺。アイツ誰?」
「アイツって?」
「あの、野元のとこにいるちっこいの」
「ちっこいって失礼ねぇ! アナタがうすらデカいだけじゃないの」
うすらデカいと言われたのも釈然とはしないが、今はあの少女が何者なのかが気になる。
「そりゃ悪かった。で、誰?」
「誰も何も、鈴音ちゃんじゃない。松本鈴音ちゃん。クラス委員の。いつもホームルームのときには羽川君と一緒に前にいるでしょ?」
記憶にない。小さ過ぎて視界に入らなかったのか? それとも声が聞こえないから印象に残らなかったのか?
「そ、そうか。そう…なのか。で、アイツってしゃべれないの?」
「はぁっ⁈ ちゃんとお話してるでしょうが」
「えぇ…」
もはやからかわれているとしか思えないのだが、澪は真顔である。まだ数カ月の付き合いとはいえ、澪がこの顔で冗談を言ったことはない。ということは。
「マジか…」
事実である、模様。
「で、アイツって何してんの?」
「ああ、それは分かりにくいかも。鈴音ちゃんはちょっと変わった魔導特性で、いわゆる5要素というのは使えないの。その代わり、先天的に光と闇の要素が使えるらしいのよ。それで、ああやって他の人に触れてると、触れられた人が鈴音ちゃんの要素を利用できて、今の亞里亞ちゃんの場合、それを命中精度に使った、ってとこ。スゴイのよぉ? 狙いのブレがピタリと止まるっていうか。まるで狙ったところへ吸い込まれるように飛んでいくの」
澪は興奮気味に話す。そういえば澪は魔導のこととなると熱くなるタイプだった。そこは良くも悪くも親に似た。
「そうだ。もうすぐ私の番だから、鈴音ちゃんにお願いしてみるね」
「あ、ああ…」
昨日に引き続き魔導のナゾが大樹を惑わせる。そんな便利能力があるのか? でもあまり鈴音自身には得が無いような気もする。それでもああしてニッコリと誰かのサポートをするのだ。見上げた精神力、と大樹は思った。
そして澪の番。
「じゃ、行ってくるね」
と、レンジへ行く前に鈴音へひと声かけた。それは大樹専属お世話係としての責任感か。
「鈴音ちゃん、私もお願いしていいかな?」
「 」
「そんなことないよ。私もまだまだ修行の身です! うふふ」
「 」
「うん、そうね。さくら先生。私も松本さんにサポートしてもらおうと思うんですが。あの、後ろにいる神代君が、松本さんの魔導の仕組みを分かっていないみたいなので、彼の後学のためにも、ってことで」
さくらはチラッと大樹の方を見ると
「なるほど。いいだろう。そもそもここは学習の場だからな。それが神代のためになるなら問題なかろう」
と許可を出した。
「ありがとうございます。それじゃ鈴音ちゃん、お願い。25mは私が自力でやります。50mと75mをサポートしてみて。要素は水よ」
鈴音はコクリと頷き、タクトを構えた澪の傍らに立つ。
「水を要素に。前方の標的へ――確かな一撃を。【水塊のピチカート】!」
振り下ろされたタクトより放たれた水滴は迷いなく真っ直ぐ飛び、25m先の標的中80%の円周を直撃。
「次。鈴音ちゃん!」
鈴音が亞里亞の時と同じように、澪の背中へと触れた。
「【水塊のピチカート】!」
カーンッ…
「もひとつ! 【水塊のピチカート】!」
カーンッ…
50m、75mの標的は、硬質な音と共に水滴でそのど真ん中を撃ち抜かれる。
「 」
「ううん、鈴音ちゃんのサポートがあってこそよ。遠くの標的の方が25mよりも正確に当たってるんだから!」
「 」
「いいのよいいのよ。そういうのはお互い様、ってことで。それじゃありがとう!」
それは実に爽快だったのだろう、澪はるんたった~♪と足取りも軽く大樹の元へ戻ってきた。
「ね? すごかったでしょ?」
「う、ん、その、それってお前がすごかったってことではなくて?」
「あーっ! もー! 分かってないなぁ。手前よりも遠くの方が正確に当たってたでしょうが! 水滴って空気抵抗が大きいから、形状が安定しないと遠くの物ほど当てにくいのよ!」
「お、おう…」
分かってない、と言われてもその通りだ、としか言いようがない大樹である。
「そうだ! 神代君もサポートしてもらえばいいんじゃない? 鈴音ちゃんに」
「オレ? いや、オレ、何も出ないんだけど」
「やってみれば何か出るかもしれないじゃない! 何でも挑戦あるのみよ!」
そんなわけで自分の番が回ってきた大樹、近くにいた鈴音へとお願いしてみる。
「あの、松本。オレもサポートっての、やってみてもらえるか?」
「 」
ぬぅっと現れた巨体の影が少女の上に覆い被さった。並んでみれば30cmほどの身長差。しかし体格そのものが違い過ぎるので見た目は倍くらいはあるように見える。そんな「大男」が声を掛けてきたのだ、鈴音は一瞬怯んだものの、快く引き受けた。
「そんじゃやってみるぜ。ふぬぅッ!」
いつになく真剣に標的へと右手を翳す大樹。どこに力を入れてるのか分からないが、顔を真っ赤にキバっている。その彼の背中に手を添えた鈴音。
「 」
驚いて一旦手を離した。しかし微かに頷き、震えながらも再び手を添える。
「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぅッ! …ふぅ…ダメだ、何も出やしねぇ…済まねぇ松本。なんかその、ダメだった…」
「 」
もちろん大樹には聞こえていないのだが、小さな背を丸めてなおさら小さくなった鈴音を見れば、言わんとしていることは分かる。というかむしろ何もできなかった罪悪感のようなものがある。
「 」
「え、と、その、なんだ、ドンマイ、ってヤツだ」
様子からして謝罪でもされているのだろうとは思ったので大樹はそう答える。どうやら話は通じているようで、鈴音は顔を上げ、ニコッと笑い
「 」
何かを言いかけたところで背後からキャーキャーと声が聞こえた。待合スペースの隅で固まっていた水要素集団。話が盛り上がっているのか騒がしい。
「あいつら」
さくらが注意の声を上げようと、スウッと大きく息を吸う。すると、ふ…と鈴音が手を挙げさくらを制し、にぎやかになった水要素集団をじぃっと見つめた。すると。
「…あ、すずねちん、ゴメン。うるさかった?」
紗々羅を筆頭に、一人、二人と鈴音の視線に気付き、ごめんね、と静かになった。それを見て鈴音はニコッと笑う。
「松本、ありがとう」
「 」
さくらとも意思疎通はできているらしい。それはともかく、眼力だけで大人しくさせる――――以前に、意識がこちらへ向いていなかった者すら振り向かせ、意志を伝えたという事実。これも魔導なのか?と質問したいところだが、会話が成り立たないのではそうもいかない。
「お前…なんかすげぇな」
溜息か称賛か。どちらとも取れる言葉が漏れる。
「 」
鈴音は笑顔と共にそう答えたがやはり大樹には聞こえていなかった。
「やっぱダメだ。何も出なかった…」
がっくり肩を落とし、大樹は澪の元へ戻ってきた。再び壁を背に並んで立つ。
「そっかー。まぁ、いつかは何か役に立つものが見つかるんじゃない? 鈴音ちゃん、望陵に来てから今の能力が見つかったらしいし。焦らなくても努力してれば報われるものよ」
「そういうもんか?」
何か無責任な言葉とも取れるが、澪の口調からはそうした気配は取れない。
「私はアナタから何かが出てるような気がしてるんだけどな」
それは独り言だったのかもしれない。しかしその言葉に大樹はドキッとした。
(コイツ、知ってるのか? 自分のこと…)
澪の父である文弥から彼女の生命力、言い換えれば寿命の話をされた。よく考えれば口止めはされていない。言っていいことなのか?――――だが、自分の口からそれを言うのは、澪に対して死の宣告をするのに等しい。何も知らずに「その日」を迎えるのが幸せなのか? こんなことまで考えさせられるなんて、自分は文弥に試されているのでは? あるいは信用されているのか? 疑問は尽きない。が。
「男って色々出るモノがあるからな」
「…何の話?」
「いや、何でもねぇ」
あいまいにしておきたい気持ちから出た高校生男子のお下劣ジョークは純真無垢な『御令嬢』には通じなかった。
◆
《松本鈴音のセリフ注訳》
注1「もっと収束性の高い火球にした方が総合得点としては上だったかも」
注2「そうそう。亞里亞ちゃんの使える範囲でぎゅって絞っちゃうといいと思うよ」
注3「構わないけど、澪ちゃんなら私無しでも全然平気じゃない?」
注4「あはは、そっか。一応先生に相談してみた方がいいんじゃないかしら?」
注5「さすが澪ちゃんね!」
注6「そうだね。っていうか、手伝った人の成績が私に反映されるじゃない? でも最上位は除外されちゃうの。今のところ澪ちゃんの成績がトップだから、最終的には2番目の成績が私のもの。うふふ。私も得しちゃった!」
注7「⁈ あ、はい、いいですよ」
注8「何これ⁈」
注9「あの、私こそお役に立てなくてごめんなさい。私、神代君の背中に手を当ててるのが精一杯だった…」
注10「あなたは不思議な人ね。何か大きいものに押し返されるようで…私、中に入れなった…」
注11「神代君って見た目によらず」
注12「いいえ。クラス委員としての仕事をしただけですよ」
注13「あなたほどではないです」




