第三章 新しい白鷺家の始まり① 謀略(笑)
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オープニング曲『Pride yourself』
https://x.com/HanashioKikei/status/2107309872920604756?s=20
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「そんじゃ後でな」
そう言って大樹は澪たちと別れた。
(後でって…明日学校で、ってこと? なんか気が早いなぁ…)
そんなにせっかちだったかな?と思いつつも、澪は文弥の運転する車に収まり、帰途に着いた。
――――はずだったのだが、珍しく文弥が寄り道を提案する。
「澪、ケーキを買っていこうと思うんだが、食べられるかい?」
「食べられますけど、え? 何でですか?」
「それなら結構。さっきのを見てしまえば食欲も無くなるかと思ったが、杞憂だったな。健康的で結構なことだ」
澪は「なぜケーキを買っていくのか?」と質問したつもりだったのだが、どうやら父親の受け取り方は違ったらしい。敢えて問い質すことでもないだろうと思い、この会話はここで終わる。しかし何より、普段澪はメイド長の菫から甘いものに対してかなーり厳しく制限を掛けられている。それは体質的にお腹周りに肉が付きやすい(婉曲表現)澪のことを気遣った菫の配慮ではあるのだが、澪とて甘いものには目がないお年頃であるからして、こっそり放課後に紗々羅と食べに行くのだ。そういう日に限り夕食が野菜中心脂モノ控えめであることから菫にバレているようであるが。しかし今日は家長である父のおごり。さすがに菫もこれには文句を言うまい。魔導の未来よりもスイーツが勝った瞬間でもある。
一度は自宅へ続く坂道を通り越し、行きつけの店「パンセ」まで足を延ばす。隣町な上に住宅街の狭い道を縫って入るようなロケーションゆえに時間の掛かる場所なのだが澪に異存はない。というのもこの店のいちごのタルトが澪の大のお気に入りなのだ。初めて口にしたときの、甘味と酸味のハーモニー、その衝撃と来たら――――加えて、在りし日の母・詩乃のおすすめだったことも、澪の脳裏にその味が強く焼き付いている理由でもある。
自転車に乗れない澪にとって普段一人ではなかなか来られない店だけに、買いに来るときはいつも文弥と一緒だった。その買い方と言えば、澪は常にお目当てが決まっているので早い。そして文弥も、ケーキと言えばいちごのショートケーキ、むしろそれ以外を知らないので、澪の分以外は人数を店員に告げれば買い物は終わる。しかし今日はどうにも様子が違う。
「澪、どれが美味しいかな?」
と聞いてくる。珍しい。「あれ? ショートケーキは?」と思う澪だが、あるいはいちごのタルト以外にも口にできるかもしれない、と、一緒になって真剣に吟味した。それはともかく注文した数が多い。とはいえ澪にしてみれば「誰かお客さんでも来るのかな?」と思う程度。なにしろそうした行事を娘に告げない父親なので、急な来客は珍しいことではない。
ともかく、たっぷり時間を使ってケーキを厳選し、やっとのことで帰途に着いた。
文弥は車の運転が得意ではない。安全運転とばかりにゆっくり走る。かれんのノロノロ運転も文弥で経験した道、澪にとってごく自然のことだった。とりたてて父親と話すこともなければ手持ち無沙汰だ。スマホでも眺めていればいいのだが、澪の両手には大事なケーキがある。膝の上に乗せてぬるくなったりしたら大変、と律儀にも両手で持っているのだ。
車はオオクマ通りを北へ向かう。湘桜高校の前に差し掛かり通り過ぎる校舎の景色。澪はちょっと懐かしいな、と思った。お別れしてからまだひと月も経っていないのだが、その間様々なことがあったおかげでなんだかずいぶん昔のことのように感じられた。代之宮高校に乗り込んだこともあった。結果はともかく、あれで大樹へのお返しはできたような気がする。違法魔導。黒坂。物思いに耽れば連想は進む。尊大な態度だったあの人が、あんなことになってしまうとは――――
ふと気が付いた。そういえば、自分の魔導暴走はどうやって止まったのだ? 杉崎の口ぶりから自然に止まったように思っていたのだが…
「あの、お父様。私が、その、おかしくなっちゃったのって、どうやって止まったのですか?」
当然経緯を知っているであろう文弥に尋ねた。
「…神代君が止めてくれたよ」
答えが出るまで微かに間があった気がしたがそれどころでは。そうか、また彼が…そう思わずにはいられない。
「そうですか」
とだけ返事をしたが、その口元は微かに微笑んでいた。
(明日、お礼を言わなくちゃね)
窓の外、途切れた景色の間に富士山が姿を現す。西に傾いた陽を浴びて、それは微かに赤みを帯びている。
帰り道でもたっぷり時間を使い、家に到着したのはそろそろ夕方を迎えようという頃。
「ただいまー。 …あれ?」
「あ、おかえりなさい、澪様」
かれんの出迎えがいつもよりワンテンポ遅かった。
「澪ちゃんお帰りー」
ひよりはいつも通り。
しかし、出迎えたかれんの笑顔が少々強張っている気がした。
「あの…澪様。こちらへ…」
こちらへも何も、いつもどおりダイニングへ向かうだけなのだが。
――――しかし、ダイニングに着くや、澪は硬直して固まった。
澪が驚きのあまりしょっちゅう固まることはすでにご存じであろう。だがこの時ばかりはこれまでにない驚きだった。ともかく事態が飲み込めない。幻でも見ているのかと目をこすりもした。
「な、な、な、な、な、な」
言葉にならない。
「ななななななななんでアナタがここにいるのーっ⁈」
やっと叫び声になった。
驚くのも無理はなかろう。
なにしろダイニングのテーブルには
「よお」
大樹が着いていたのだから。
「おや、澪様は聞いてらしてないのですか?」
大樹のカップにおかわりのお茶を注ぐ菫が「意外」という顔つきで見る。
「聞いてないわよーーーーーーーっ⁈」
再びの叫び声。ダイニングはおろか屋敷の廊下へも響き渡る。
「ああ、言ってないからな。神代君は今日からこの家に住むことになった」
遅れて入ってきた文弥が冷静に答えた。
「はぁッ⁈ 住むぅッ⁈」
「あらかじめ言ったりしたら、反対されるに決まってるからな」
「反対するに決まってるでしょーーーーーーーっ⁈」
間違いなく澪の言い分の方が正しい。
「あ、なんかオレ、邪魔だったかな?」
頭上でこんな会話が繰り広げられれば、いかに大樹でも居心地は悪かろう。
「いや、神代君はそのまま座っていてくれたまえ。これから説得する」
「これからて…」
さすがに…文弥のあまりの呑気さ・脳天気さに…大樹ですら呆れるほどだ。少なからず、市民病院の病室で会った者とは別人なのではないのか?と疑ったりもする。
「まずは澪。神代君は両親ともに不在で身寄りのない立場だ。それは理解しているね?」
「ええ、知ってますがでも」
反問は許さんとばかりに文弥は澪の言葉を遮る。
「さらに神代君は、学校からの支援金を受け取らない、と言っている。これは彼なりに思うところがあってのことだろう、そこは神代君の意思を尊重したい」
「そうですがでも」
「うん、澪の言いたいことはこう言う事だね? だとすれば、神代君の日常生活はどうなるのだろう、と。学業に専念せねばならない高校生が、その生活のためにアルバイトに時間を費やす。それは健全とは言えないのではないか、と」
「そうかもしれませんがでも」
「そうだね。そのとおりだ。ならば私も、いち教育者として、彼の生活を支援するべきではなかろうかと。人道的支援というヤツだ。幸いなことに、うちには空いてる部屋がいくつもある。普通のご家庭ではこうはいかないだろう。ならば、彼を受け入れることで、日本国憲法第26条教育を受ける権利、『すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。』、同じく第25条生存権『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。』、これらを保障してあげられるのだ。法令上もなんら問題はない、むしろ称えられてもいいくらいの案件だぞ?」
しまった、と思った。このままでは言い包められる。何しろ『敵』は憲法条文まで引き合いに出してきた。これに異を唱えるということは、国の最高法規に盾突くということになる。
――――いや、そんなことはないのだが、澪はカップラーメンの完成よりも早く追い詰められてしまった。さすがに弁の立つ父親だ。むしろここまで一歩も退かぬという勢いでグイグイと押してくる。従順な澪としては分が悪い戦いである。
しかし澪とてここで退くわけにはいかない。1対1では分が悪いのなら味方を付ければいい。
「菫さんからも何か言ってくださいよぉ」
菫に助けを求めた。もちろん、年頃の娘が住まう家に、同世代の男を住まわすとは何事か、と、菫が味方についてくれることを期待してのことである。
「私は賛成です」
「菫さんッ⁈」
なんと。菫すら文弥陣営に入るという誤算。
「殿方の視線があれば澪様もご自分のお部屋を掃除なさると思いますので」
菫はきっぱりと、そう答えた。
「菫さぁん…」
澪は泣きたい気持ちではあったが、これは泣いて済む話なのか?と思えば涙の一滴も出てこない。
(そんな…これほどまでに部屋を掃除しておけばよかったと思い知るなんて…)
後悔先に立たず。ただただ、弱るだけだった。
◆
「さて今日は人数が多い。夕食はにぎやかになりそうだな。菫さん、私にもお茶をいただけるかな」
沈黙は肯定とばかりに強引に澪の了承を取り付けた文弥、珍しくご機嫌な様子で席に着いた。
澪はと言えば
「私は部屋に行きますからっ!」
と、ドッスンドッスン足音を立ててダイニングから出ていった。階段を昇る一音一音に澪の怒りが込められているように聞こえるのだが、文弥はむしろそれを喜んでいる様子でもある。
時に澪、自室に入るやベッドへうつ伏せで倒れ込むと、もがもがとイモムシのごとく身悶える。思い返せば不自然な点がいくつもあった。文弥がショートケーキ以外を選ぶこと、その選択に必要以上に時間を費やしたこと、買ったケーキの数。いや、そもそもケーキを買いに行くと言い出した時点でおかしい。それに大樹は別れ際に「後で」と言っていた。つまり大樹は知っていたわけだ。
「謀られた…」
そう思う澪だが後の祭りであった。
澪のドッスンドッスンを見送った後、菫は文弥のお茶を淹れにキッチンへ、かれんとひよりも夕食の支度で菫の後を追った。
「なぁ。アイツ、すげー怒ってんみたいだけど大丈夫なんか?」
神経の太い大樹とはいえ、この状況、さすがにいかがなものかとは思ったようだ。
「大丈夫だよ。むしろ喜んでいるぞ」
「マジか…」
とんでもねぇことを言うおっさんだ、と大樹は思った。いや、あれで喜んでいるとは到底思えない。
「なぁ、校長先生よぉ」
「神代君。学校以外の場所まして家では、校長と呼ぶのは止めてもらおうか。私は公私をちゃんと区別したいと思っているのでね」
「じゃぁ…何て呼べばいい?」
「君の好きなようで構わない」
「マジか…じゃぁ…おっさんよぉ」
「ははは、おっさんか。それはいい。『おとうさん』とでも呼ばれたらどうしようかと思っていたがね」
そう言って笑う文弥、しかしその言葉の『真意』を大樹が理解するにはまだ若かった。
「なんだよそれ。まぁいっか、でよぉ、オレをここに呼んだのは、そして近くにいさせて住まわすってのは、アイツの、白鷺のことを考えて、ってことで間違いないよな」
「…こうして一緒に住むことになったんだ、包み隠さず言ってしまえばその通りだ。先日も話した通り、すまないが君を利用するつもりでいる。もちろん君にはこれを拒否する権利はあるが」
「いや、べつに構わねぇよ、んなこと。オレごときで役に立てるんならどうしてもらっても構わねぇ。すでに学費は出してもらってる身だしな、そんくらいのこと、お安い御用だ。ただアンタはこうも言ってたよな。これはオレのためでもある、と。けどオレはこんなところで魔導を使ったりしねぇぞ? そんくらいの常識はある。それとも何か? オレに関して、何かウラでもあんのか?」
「ふむ…これも話しておくべきか。我が学園が火災に遭って生徒がみなあちこちへ受け入れられていった時、なぜか君だけが、神代君だけがこちらの思惑とは違い、代之宮高校へ、しかも一時預かりではなく転入という扱いになった」
「それって、オレがアミってのが0だからじゃねぇのか?」
「表向きはそういうことになっている。だがそれだけでは説明がつかないところがあってね。それで、現在その件に関してこちらが内密に調査をしているところなんだよ」
「おいおい、それってオレに話していいことなのか? 内密なんだろ?」
「確かにね。しかしこちらは君に娘の未来を守ってもらう立場なのだ、そこら辺はフェアでありたいと思っている。そうでなくても澪の身を何度も助けてもらっているんだからね。このくらいの情報でケチケチする必要はないだろう。そんなわけで、君をうちの家員の一人として扱えば今後は『保護者の同意』が必要となる。そうは勝手にされないだろう。そういうことだ」
「…なるほどな」
このタイミングで菫がやってきた。長く白鷺家に仕える菫だけに、場の空気を察することには長けている。
「旦那様。お茶を用意いたしました」
「ああ、ありがとう」
文弥はゆっくりとお茶の香りを楽しんだ後、美味そうにそれを一口啜った。
◆
楽しい夕食の時間が終わった。 …1名を除いては。
文弥、澪と、一家が揃って夕食を摂ること自体が珍しかった。以前はいつだったかが思い出せないほどだ。さらに珍しいのが、文弥が饒舌であったこと。かつても、澪と一緒だったにしても二人とも黙々と食べるだけであった。もちろんケンカをしているわけではない。文弥の話題は仕事に関わることが多く、おいそれと口にはできない。澪もその事情を分かっているのでこれまたおいそれと声を掛けるわけにもいかず、結果的に黙って食べる羽目になる。それが今夜は、かれんとひよりばかりでなく、菫までが食卓に着いた。単純に人数的ににぎやかだったのもあるが、なんと文弥が話題を振ってくる。とはいえ当たり障りのないこと、主にかれんとひよりの普段の学校生活についてであったが。ちなみに文弥はアルコール類を嗜まない。下戸なのである。よって、今夜の様子は酒の勢いが手伝って、というわけではない。
さて澪はと言えば、予想通り、ブンむくれて食事を口の中へ詰め込んでいる状態だった。次から次へと詰め込むものの、菫からの「よく噛んで食べなさい」というお達しは守っているので、口に詰めた物をモグモグとしっかりよく噛んでから飲み込む。結局食事に掛かった時間はいつもと同じだった。
大方食事が済んだあたりで菫が声を掛けた。
「本日はデザートとして旦那様に買っていただいたケーキを皆さんと頂くとしましょう」
かれんとひよりは「わぁ!」と歓声を上げるが
(選んだのは私なんだけどなー)
と、無言の不満表明。そうは思いつつもケーキが収まった箱へ一番乗りだったのは澪だったりする。
自分の分のいちごのタルトを確保――――と同時に、かれんたちが手を出す前にスッともう一つを確保、小皿に乗せた。
「はい、どうぞ」
と澪自ら大樹へとケーキを給仕する。ここでガンッとでも皿を置けば怒り継続中というのも分かるが、極めてニュートラルに、それはサッと置かれた。嵐の峠は越えたのか?
だが様子が変なのは大樹の方だった。腕組みして渋った顔をしている。
「どうしたの?」
「スマン…オレ、甘いものが苦手なんだ」
「はぁ⁈」
信じられない。スイーツが苦手な人類がこの世界にいるなんて。煽るような返答はそういう意味合いからなのだが、すぐさまそれは次の思考に塗り替えられる。
「それじゃ私がいただいちゃおうかな!」
さっきまでブンむくれで食事をしていた者とは同一人物とは思えぬ笑顔。大樹の前の皿へ手を伸ばしたその時。
「いけません」
菫の叱咤が飛ぶ。
「ひいっ⁉」
思わず手を引っ込める澪。
「一つでもカロリー過剰ですのに二つともなれば断じて認めるわけにはいきません」
「そ、そんなぁ…」
しょぼくれる澪の脇からひよりの小さい手が伸びる。
「それじゃ私が食べちゃおっかなー」
「いけませんっ! ひよりっ!」
「うひぃ⁉」
むしろ澪よりも強く叱られた。
「しょんなぁ…」
澪と同じ反応である。
大樹の前に置かれたケーキとそれを巡って叱られている女の子2人。でもそれはごちそうを目の前におあずけを喰らっている子犬のようでもある。
「それでは… 切り分けてみんなで少しずついただきましょうか…」
かれんの提案でどうにか事態は収束へと向かったのだった。
さて大樹はと言えば、食事中ずっとおとなしかった。他人様の家での食事、ということももちろんあるのだが、むしろこの大人数で、ということに圧倒されていた。まだ両親が健在だった頃も一人っ子だったことでこうは賑やかではなかったし、施設にいるときに至っては――――その体質から孤立していたため、実質一人で食べているのに等しかった。それだけにこれだけの人数でワイワイと食べることには不慣れだったのだ。いつか、この空気に慣れる日が来るのかもしれないが――――
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