第二章 遠山ラボ② 不可逆の真実
ツイッター(現X)にてオープニング曲をアップしています
オープニング曲『Pride yourself』
https://x.com/HanashioKikei/status/2107309872920604756?s=20
URLをコピペしてご覧ください
さて、ラボを出た大樹は研究所所員の案内で地下階へと下りていた。日常的には使われていないのだろう、所員がスイッチを入れるとパパパパッとLEDの青白い明かりが灯る。屋内が白塗りの壁であることも手伝い、通常の部屋よりも明るく感じる。
「神代さん、こちらへどうぞ」
案内され所員がドアを開く――――が、そのドアは非常に分厚く、壁もまた同様。ただ大樹は見覚えがあった。
「なんかガッコの実技棟ってヤツに似てんな」
何とはなしに呟いた独り言が所員の耳に届いたのだろう。
「その通りですよ。ここはラボの実験室、神代さんの通う望陵学園の実技棟と同等の設備があります」
むしろ高校に大学の実験室と同じレベルの設備があることに驚くべきだろう。それほどに望陵の魔導関連施設の充実度が高いことを意味するのだが。
そしてその重厚な壁の理由を、かつて大樹は澪に説明されたことがある。魔導自体、あらゆる物理現象を扱うことからそこで起こる様々な事象を外へ漏らさないよう、被害は学校内で収めなければならない。それ故に過剰なまでの防護設備があるのだと。
「ここって核爆発でも大丈夫なんすか?」
大樹の質問に所員は面食らう。
「さすがに核爆発となれば…規模にもよりますが建物ごと吹き飛ぶでしょうね」
質問の意図が掴めない所員だったが、高校生の言う事だ、あるいは子供らしい質問と捉え、笑顔で答えた。
「そりゃそっか」
納得はしつつも、やはり文弥が言っていた核爆発ともなると想像がつかない。大げさに誇張しただけでは?と思わなくもない。
「それでは私は別室で測定機器の操作がありますので、神代さんはここで待機していてください。以降は放送で案内しますので」
「分かりました」
大樹の返事を確認すると、所員はドアの向こうへと消えていった。
大樹は実技室同様の射撃場によく似た場所で待つが、標的となるものがあるはずの場所は真っ暗なまま。
〈あー、テステス。神代さん、聞こえますか? 聞こえましたら右手を挙げてください〉
放送で言われるままに右手を挙げる。
〈了解です。そちらの音声はこちらに聞こえませんので、以降、計測が終了するまで同様に返事をしてください。それでは始めます。これからターゲットを出しますので、こちらの指示の通りにオペレーションをお願いします〉
パッとレンジの先が明るくなる。そこには台があり、その上に何か塊が置かれているのが見えた。大樹は右手を挙げる。
〈了解です。現在、神代さんの立っているところから30m先に鉄の塊が設置されています。中に空洞は無く、芯までみっちり鉄となっている、大きさが1辺30cmの立方体の無垢の鉄塊です。これを今から神代さんに、直径が5cmの球体に圧縮してもらいます。直接触れることなく、という条件で、それ以外は神代さんの思い通りで構いません。ともかく、結果として5cmの球体になっていれば結構ですので。あ、もう一つ条件がありました。できれば穏便に済ませたいので、鉄としての性質は維持したまま、ということでお願いします。よろしいでしょうか?〉
「穏便に…ってどういうことだ? っていうか鉄の塊って潰せるもんなのか?」
ぶつくさと独り言を言いつつも右手を挙げる。
〈了解です。それではこちらの計測を開始します。オペレーションは神代さんのお好きなタイミングで結構です。どうぞ〉
ともかく聞こえはしたので右手を挙げる。
「よく分かんねぇけどやってみっか」
目を瞑ってスゥッと深呼吸。同時に今目前…というには距離があるが、その鉄塊を思い浮かべ、それが直径5cmのボールになった様子をイメージする。せっかくなので、どこをどう測ってもぴったり直径5cmになるように。同時に――――『穏便に』済むように。そして目を開け立方体を凝視、脳内の5cm球のイメージをそれに重ね、右掌をそちらへ向け翳す。無意識にとったこのポーズ、この辺はかつて戦った天城の形を真似たものかもしれない。
「とりあえず、球になれ」
ボソッと呟く。そして――――炎もなく、光もなく、音もなく。あれよあれよの間に立方体はぎゅうぎゅうとその形を変えていき、やがてテニスボールと卓球の球の中間くらいの大きさまで縮こまった。同時に、できあがった球は置かれていた台座を抜けて、床へとゴトンッと大きな音を立てて落下した。
「終わりましたよー」
大樹はおそらく所員がいるであろう方向へ右手を挙げた。もっとも所員からはレンジの様子はカメラでモニタリングしているので、背を向けて手を挙げる大樹が見えている状態なのだが。
〈…あ、はい…あの、お疲れ様でした。私はこれから今測定したものをデータ化して教授の元へ送る作業がありますので、ここに残らなくてはなりません。神代さん、おひとりで先ほどの部屋まで戻れますか?〉
「たしか…ここを出て階段上って、エレベーターで3階まで上がって…だったよな? まぁ、どうにかなんだろ」
と、右手を挙げ、所員の方へと軽く会釈をして部屋を出た。もちろん、カメラが捉えたのはお尻を向けたまま会釈する大樹の姿だったが。
◆
「失礼しまーす」
澪たちがいる研究室へと大樹が戻ってきた。こちらはちょうど『ヴァリアブル・シンタックス』の『講義』が終わったところ。
「お疲れさん」
遠山が声を掛ける。「あ、ども」程度のあいさつをするが、大樹が気になったのは澪が真っ赤な顔をしていることだった。
「白鷺、お前、顔真っ赤だぞ? どうかしたか?」
「どうもしませんっ!」
とプイっと横を向く澪。イジられたてホヤホヤなのでまだご機嫌は斜めの模様。
「神代君、ここ座りなよ」
と遠山に席を勧められ、そこへ向かう途中――――ふとふくれっ面の澪の耳に顔を寄せ、囁いた。
「白鷺。嫌なことされたらオレに言えよ。ソイツ、ブッ飛ばしてやっから」
そして勧められたスツールへと掛けた。
(な…っ⁉)
前触れ無しのいきなりだったので澪は驚いた。そりゃもう驚いた。鼓動が跳ね上がる。が、一方で。
(「ブッ飛ばす」って…小学生じゃないんだから…)
とも思ったりもするが、心配してもらえたのが嬉しかったか、ようやくふくれっ面が収まった。顔の方はさらに真っ赤になってはいるが。
「さて神代君、これを見てもらおうか。今君が実験室でやったことの計測結果だ。いやー、まいったね。理論値とはいえAMI値を100までは測定できるようにしたんだが、それすらぶっちぎりだ。降参だよ、降参」
遠山は両手を挙げて笑っているが、笑えないのが澪だった。
「遠山さん? AMI値って5が最高なんじゃないんですか⁈」
5ですら理論上、と言われているものが100とも言われれば、そりゃぁ驚く。
「もちろんその通りだよ。澪ちゃんの知識が間違ってるわけじゃない。とはいえ霧島が5じゃ測り切れない子供がいるからって相談してきてね、だったらおもしろい、なんとかして測ってやろうって思ってね。そこで、魔導の事象発生に『抵抗』を掛けてみることにしたんだ。理屈の上では不可能だろうというレベルのね。そうすることによって事象発生から結果まで、わずかでもタイムラグが発生するはずなんだ。その時間を計測することで、関数的に割り出そうって魂胆さ」
「すごい…」
澪は素直に感心する。『こういうところ』はさすがに科学者だな、と。
「鉄の塊を潰してもらったんだが、まぁ1辺30cmの立方体を直径5cmのボールにするって、普通は不可能って思うじゃない? せいぜい形が変わった、くらいで終わるかと思ったんだよ。ところがだ。驚いたことに、ちゃんとボールになってるんだ。もっと驚いたことには、手持ちのノギスでの計測だけど、ちゃんと5cmピッタリになっている。これ、精密に検査したらどんな値が出るんだろうな? そこも興味が尽きないが、もう一つ、神代君の魔導はちゃんと『ゴール』を決めてあげるとそこで現象が止まるんじゃないか、って考えたんだ。望陵の実技では水温下げるのにどこまで下げるのか、それを伝えてなかったんだろ? だから事故につながった。だったら、水温ならどこまで下げるのか、彼に伝えてあげればそこで物理現象は止まったんじゃないかな、ってね」
「さすがだな、遠山。それは考えなかったな。なるほどゴールを決めてやればいいのか」
聞いていた文弥も感心しきりだが、澪に至っては口があんぐりと開いたまま塞がらない。ただただ、すごい、としか考えられなかった。大樹は――――よく分かってないようだ。もはや理解を諦めたかあくびを噛み殺しているようでもあった。
「まぁ何が起こるかは分からないから、穏便に、とだけしか伝えてなかったけど、それでも神代君はその通りにやってくれた。言い換えれば約束を守ってくれた、ってことだよね。魔導の力云々じゃなく、男として信用できる、そんな感じだよ、君は」
「そ、そっすか。ありがとうございます…」
理屈は分からないしそのつもりもなかったのだが、とりあえず褒められていることは分かった大樹、頭を掻きながら礼を言う。褒められ慣れしてないのがよく分かる。
「だから神代君は、今後魔導を使う際には、イメージでいい、その現象をどこまで進めるか、どこで止めるかを意識すると良いだろう。それだけでも魔導に関わる事故は相当防げるようになるはずだよ」
照れていただけの大樹だったが、にわかに顔が引き締まる。思い当たる節はいくつもある。それが元で大切なものを失ったことも多々ある。だから。
「アドバイス、ありがとうございます」
今度は姿勢を正し、深々と頭を下げた。
文弥が口を開いた。
「うん、今日は君たちをここへ案内してよかった。君たちはもちろん、私も得るものが多かった。遠山には感謝しきりだな」
「そんなこたないぜ。俺はこんなことしかできないんだからさ」
「謙遜するなよ。まぁいいさ。それで、君たち二人にここへ来てもらったのはもう一つ用件があったからだ。遠山、案内してくれるか?」
「いいけど、いいのか? 結構キツイヤツだぜ?」
「魔導を志す以上、その現実から目を離すべきではないと思うからな。澪。それに神代君。これから目にすることは現実だ。違法魔導のなれの果て、というな」
違法魔導。それを目の当たりにしていた二人は「なれの果て」という言葉に背筋がゾクリとした。
「では、行ってみようか」
◆
ラボの収まるビルを出て、大学構内を歩く。山の中にあるキャンパスゆえ、周囲は深緑の森に囲まれ風光明媚ともいえる。大学はすでに夏休みに入っているので学生は疎ら、理数系の一部の学生が実験で訪れている程度。そんな彼らとすれ違い、敷地の外れ北側の斜面に、まるで木々で隠されているかのように目指すものは建っていた。
あまり見栄えを考えてはいないだろう、コンクリート打ち放しの外観。窓は採光用の小さな物が申し訳程度にあるくらいで、実質コンクリートの巨大な直方体、と言って構わない。よく似た建物と言えば、かつて事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所を閉じ込めた『旧石棺』だ。
一カ所だけある出入り口へ向かうが、遠山のセキュリティカードの鍵を通し、なおかつ
「先日話しておいた見学者を連れてきた。開けてくれ」
それでやっとガチャリと鍵が開く重い音がする。
「それじゃ入るよ」
と遠山はドアを開けるが、実験室並みに分厚いそれは油圧のサポートが無い分ズッシリ重いのだろう、遠山も開けるのに相当な力を込めている様子が分かる。
中に入れば実験室とは違い最小限の照明しかなく薄暗い。「守衛室」と書かれた「壁」がある。壁には小さいレンズとスピーカーがはめ込まれ、「遠山だ。ちょっとお邪魔するよ」と声を掛けるとスピーカーからは「承知しました」と短く返ってきた。
廊下はあるのだがずっと壁が続くだけで部屋らしいものは無い。右に折れて階段を昇り、どうやら2階の廊下であろう場所に出てきた。ここも先ほどと同様に薄暗い。
(まるで刑務所みたい…)
想像でしかそれを知らないものの、澪の感想は目の前の風景に対し適切な表現であろう。ドアはある。しかし鉄製と思われるそれには小さなのぞき窓があるのみ。しかしドアと呼んでいいものか、取っ手がない。
無言のまま進む遠山についていく。3つほど『ドア』を過ぎたところで遠山が立ち止まった。
「ここが先日運ばれた人の部屋だ。そこの窓から覗いてごらん?」
まずは大樹が覗き込んだ。何も言わずただ澪に場所を変わるよう促した。しかしその顔は蒼白だ。
促され、澪はレンズのように分厚いガラス窓から中を覗き込むが何も見えない。コンクリート製の冷たい壁があるだけ。背伸びをして下へと視線を移動する。グレーの防火タイルの上に何かが転がっているのが見えた。黒くて大きなイモムシのような何か。そのイモムシはヒトの顔をしていた。見覚えがある――――
「ッ⁈」
――――息が止まった。
「あれ…って…黒坂先輩…っ?」
確かにそこにいたのは黒坂だった。しかしかつてのイキリヤンキーだった面影はなく、虚ろに目と口を開いたまま。身体は両手両脚を拘束する黒い衣服で包まれていた。
ドーン…
他の部屋であろう、何かの衝突音のようなものが微かに聞こえた。小さく「ここから出せーっ!」とも声がしたような。
「話は外に出てから。それでは出ようか」
一同は今来た道を無言で引き返した。
再び重いドアを開け、建物の外へと出た。夏真っ盛りの陽の光と暑さ。それは確かにあるのだが、澪と大樹は違うもの――――ずっと寒気のような冷ややかさを感じていた。そういえば建物の中はずっとひんやりとしていた。その空気をそのまま持ってきてしまったかのように。
「黒坂君は見ての通り、あの状態で保護された」
文弥が説明する。
「警察とひと悶着はあったらしいが、突然何かが切れたようにあの状態になったそうだ。遠山のラボで検査をしたんだが、どうやら脳に大きな負担がかかり、旧皮質で生命維持に関わる最低限のところを除き、機能を停止してしまっているらしい」
「死んで…しまったわけではないのですか?」
「呼吸もあり心拍もある。だがそれ以外の、行動に関わる機能は失ってしまったようなんだね」
「それは…違法魔導の影響、ということですか?」
「おそらく」
重苦しい文弥の返答に遠山が付け加えた。その厳しい表情は、先ほどまでの朗らかなものとは明らかに違った。
「違法魔導は本能へ強い刺激を与えることで発揮される。だが、急激にやってしまえば、本能がどこか焼き切れたり暴走したりする。君たちも聞こえたろう? あの声、あれは同様に違法魔導で本能に変化が生じ、彼の場合は行動の抑制が利かなくなってる状態なんだ。無駄に攻撃的、というかね」
「無論、違法魔導だからそうなりやすいという話ではあるが、君たちのように通常の魔導を使う者でもあのようになる可能性が無いわけではない。だからこそ、魔導の取り扱いというのは慎重になるべきなのだ。それは分かってもらえたかな?」
二人は静かに頷く。
「あの、お父様。遠山さんも。黒坂先輩が治るというか、元に戻ることってできるのでしょうか?」
文弥は黙って首を横に振り、代わって遠山が答えた。
「正直、今の技術では難しいね。しかしそれをどうにかしようとしているのが我々だ。いつか元の姿に戻して、家族の元、愛する人たちの元へ返してあげたい、そう思っている。だた今は…あのまま世の中に放置してしまえばどんな不都合が生じるか分からないからね。かわいそうではあるが、ああしておくしか手段がないんだよ」
遠山の言葉の後に訪れた静寂はセミの鳴き声で埋め尽くされた。汗が流れるが、それは暑さのせいだけではないかもしれない。
◆




